2【L】お届け先に間違いはございませんから
〈システム・サクラメント〉の神父のアカウント名は〈ゴースト〉だった。ゲームは一人称視点のガン・シューティングゲーム。かつて神父だった物のプレイヤーランクはゴールド。街並みの描き込みが恐ろしくリアルで没入感がある。そこで傭兵となって暗殺者と戦いながらミッションをクリアするとポイントがもらえる。予想していたよりよくできている。アバターは濃紺のスーツを着たハンサムな青年であった。ちなみに武器は拳銃のみ。このアカウントがメインで使っている銃はS&WⅯ19。その拳銃はシスターたちが扱っている銃と同様の物だった——構造がシンプルで動作不良が起きにくいため(動作不良は暗殺において命に関わる)、アイリスが使い出したのを、皆がこぞって真似をしたのだ。
「あたしは経営のこととかやんないといけないこと色々あるから、このゲームのことはリリィに任せるわ。なんか問題が発生したら報告してちょうだい。大丈夫、画面の左上にヘルプマークがあるから、それを読んだら操作の方法も摑める。じゃ、よろしく」とアイリスは言っていた。
ゲーム画面の右下のメールボックスの存在に気がつく。クリックしてみると、メッセージは空だった。神父が削除したのかもしれない。その上にはフレンド欄があって、そっちはクリックしてみると、たくさんのアカウント名が表示された。那由多、ラーメン吾郎、ナインボール、シャノワール、オットー、ジョン・スノウ等々。ちなみに他者と同じアカウント名は使えない仕様だ。それにしても特に怪しい点が見当たらない。神父はただ純粋に遊んでいただけなのではあるまいか。リリィは外付けのコントローラーを用いて、適当にフィールドを歩いて、暗殺者を次々と銃で撃っていった。臨場感があって、実際に銃で人を撃っている感覚に近い。いい訓練にもなる。
一時間くらい〈システム・サクラメント〉をプレイしていると、弾丸が切れた。画面の右上のショップのアイコンをクリックする。ちゃんと弾丸はショップで販売されていた。ええと、S&WⅯ19だから弾は.357マグナム弾ね、と思いながら、ショップのページを巡る。見つけた.357マグナム弾は1000発で523万円もした。その法外な値段にリリィは一瞬頭の中が空白になった。
「なるほど。どうやら評判通りの糞ゲーみたいね」
アイリスは自室で書類の整理をしていた。管理や整理しなければならない資料が山ほどあるのだ。彼女は二つの書類を見比べ、その片方にボールペンを用いて、書類に詳細を書きつけながら財布から一枚の黒いカードを取り出して、それを指に挟み、話を続けた。
「こういう事態に備えて、くすねておいた元神父のクレジットカードがあんの。それをリリィに預けておくわ」、そう言いながらアイリスは書類に判子を押した。
「いいの?」
アイリスは顔を上げる。「もちろん。でもやっと廃課金者しかプレイできない理由が納得いったわ。それに神父の口座にはダムのように、それこそ有り余るほどの金が捨て置いたままだし、それに何であんなにも評判の悪いゲームをプレイしてたんだか、なあんか引っかかんのよねえ。購入履歴に足がつくのを案じて、このカードは切り札として残してたんだけど、この際、じっくり調査してちょうだいな。だからこのカードはあんたに預ける。私はやることガン積みで手が離せそうにないし、それにリリィに頼みたいの」
「任せて」とリリィは言った。「がんばる」
自分の部屋に戻って、かつて神父の物だったゲーミングパソコンを開くとさっそくゲーム内の画面のショップのアイコンをマウスでクリックした。さきほどまで523万円だった.357マグナム弾の値段がもう15万円ほど値上がっていて、彼女は慌てふためいて気絶しそうになった。ええい、ままよ。リリィは思い切って預かったクレジットカードを用いて購入ボタンをクリックした。「ありがとうございます。購入が完了いたしました」と画面にテロップが出る。ゲームの残弾数が1000発増え、リリィはゲーム内のミッションをまた受注した。
翌朝、修道院に本物の実弾が1000発届けられた。
配達しにやって来たのは、一人の紳士だ。鮮血のような色をしたランボルギーニに乗ってやって来た。紺のスーツを身に着け、ネクタイはしておらず、左の胸ポケットにはピンク色のチーフ。スーツの左襟には桜の花の模様のボタンをつけていた。それは配達表のついていない段ボールに入れられていた。応対したビオラが印鑑かサインをしようとすると、紳士は「それは不要です。お届け先に間違いはございませんから」と答えて、顔に微笑を浮かべた。そして配達が済むと、赤いランボルギーニに乗って、あっという間に走り去って行った。
荷物を開けると弾薬箱が入っていてパンジーが慌てふためいた。
「姉さん、これはどういうこと?」
「神父が事前に発注してたんじゃないか?」、ビオラが首をひねって答える。
リリィとアイリスは黙って顔を見合わせた。
「全部.357マグナム弾、これってもしかして」とリリィが実際に弾丸を手に取って言う。
「ええ、タイミング的に見て、〈システム・サクラメント〉と現実がリンクしているのかも」、アイリスが頷く。「ゲームのアイテムが高額すぎる意味もやっと少し理解できた」
「何々、なんの話?」とビオラが尋ねる。
リリィとアイリスはビオラとパンジーに昨日の出来事を説明した。〈システム・サクラメント〉のこと、そこで弾丸1000発購入したこと、値段があまりにも法外すぎたこと等。
「でもそれだと、誰でも実弾が買えることになりませんか?」、パンジーがまっすぐな目で疑問を呈する。「悪人も実弾が買えたら危険じゃありませんか?」
「確かに」とリリィとアイリスは応えて首をかしげた。
「でもとりあえず実弾がこんなに沢山手に入ってよかったじゃない?」、ビオラが能天気にそう言って手をピストルの形にした。「撃ち放題」
「そうね」とリリィも肯定する。
「弾薬の補充は当座の問題だったもんね」とアイリスも賛同する。「でも〈システム・サクラメント〉には、まだまだあたしたちの知らない謎がありそうね」
「とりあえず弾薬箱は地下の射撃場に保管しときましょうよ」とリリィは提案した。「あそこなら子供たちの目に触れないから」
「異議なし」と他のシスターたちは言った。
夕食はアイリスが奮発してハンバーグにした。雇っている二人の調理スタッフのおばさんたちそれぞれに一万円のチップを支払って作ってもらったのだ。子供たちは歓喜して、いつもより支度するのが早かったし、そしてお利口にもしていた。お祈りを終えると皆夢中になってフォークを扱った。使える子はナイフも使った。
「ハンバーグは逃げないから、よく噛んで食べるのよ」とアイリスが子供たちに言う。
「はーい」と子供たちはそれに応じる。
リリィは最年長の子のミナの隣で食事をともにした。
「ミナ、あれから具合はどう」とリリィは尋ねる。
「あれからって?」、ミナはフォークを口に咥えてきょとんとする。その仕草はまだあどけない。
「だから、お昼寝でみんなが夢にうなされていた時から」
「ああ、なんともないよ?」、にっこりと笑う。
「本当に」
「本当だよ」
「他の子たちも元気?」
「もちろん、元気すぎるくらいだよ」
「ならいいけど」、リリィは安堵の息を洩らした。
「ねね、きいていい?」とミナが目を輝かせて言う。
「いいよ」
「シスターってどうやったらなれるの?」
リリィは顎に手をかけた。「洗礼を受けて三年以上経ったならなれるわよ。独身であるとか、年齢にもよるけれど」
「じゃあ私も洗礼受けたいな」とミナは笑顔で言った。「シスター・リリィみたいな優しいシスターになりたいの」
リリィはそれを聞いてびっくりした。「本気?」
「本気だよ」
「でもうちの修道院だけはやめたほうがいいわ」とリリィは厳しい口調で言った。だって裏では暗殺を生業としているもの、と彼女は思う。
「どうして?」、ミナが食い下がる。「みんなと離れたくないよ」
「どうしてもよ」、頑として譲らない。
ミナは唇を噛んで黙っていた。膝の上で拳を握っている。やがて唐突に、
「いじわる!」
とムッとして叫んだ。その声は響き渡り、辺りは騒然とする。
ミナは顔を覆い、食堂から駆け出して行った。その指の隙間からは可憐な雫が滴っているのがかすかに見えた。そしてミナの席のハンバーグは最後のひとくちが、皿の上にぽつんと残ったままだった——さも淋しそうに。
いじわるかあ、とリリィは夕食でのことを思い返しながら、自室でひたすらに〈システム・サクラメント〉の画面の中で銃を乱射していた。いくらかやけっぱちになっている。何に腹を立てているかというと、自分自身の不器用さに対してである。もっと寛容に話くらいはしっかり聞いてあげればよかった。
ゲームの中とはいえ、銃を撃つことには刺激があったので、彼女は無我夢中に迫りくる暗殺者を屠っていった。しばらくすると夜も更け、彼女はノートパソコンの電源を切るのも忘れて(我を失っていたのだ)、着替えを持ってシャワールームに行った。
リリィが部屋を出てしばらくすると、パソコンの画面のメールボックスに赤い点が表示された。彼女のもとにDMが届いたのだ。彼女はそんなことも露知らず、裸になり——頭を冷やすため——冷たいシャワーを頭から無心に浴びていた。
リリィ「オラオラオラオラオラァ!」
↑ゲームの中でも銃を手にすると人が変わる。




