一【K】意味なんてないで
「おお、シオン、よう来たな」
と管理者Ⅹは明るく言った。
「カイさん、お久しぶりです」
とシオンは言った。
「また背ェ伸びたんと違うか? もう。うちよりちょっとお兄ちゃんやな」
「カイさんも、相変わらず血色も良く、お元気そうで何よりです」
「やっぱりしっかりしとるな」
そう言うと管理者ⅩはKとバイパーを見た。
「あんたらもご苦労やった。喧嘩売ってきた追跡者をよう振り切ってくれた」
「ありがとうございます」
とKとバイパーは応えた。
まったくなんだってお見通しかよ、とKは思った。直感が冴えているにとどまらず、鷹の目や千里眼でも持っているんじゃあるまいか? だから街に入るとき、シオンを連れていても衛兵はすんなりと通してくれたのか。
Kはバイパーとシオンとともに司令室で仕事の報告を行っていた。
「シオン」
と唐突に管理者Ⅹは鋭く呼びかけた。
「はい」
シオンは言って思わず背筋が伸びる。
「あんたは使える。樹海の変容が烈しくなったいま、ちょうどガイドを探しとったところや。ただこの街で暮らすんやったら、いまの名前は棄ててもらうで。それはルールや。本名は一生口にしたらあかん。うちのこともコードネームで呼んでもらう。ええか?」
「かまいません。すべて覚悟の上です」
「よし」
うなずくと、管理者Ⅹの声が急に穏やかになった。
「じゃああんたの名前はこの瞬間から〈アウル〉や。叡智を求めるあんたにぴったりやろ?」
「アウル」
と少年は呟いた。
「わかりました。ありがとうございます」
「あとなァ、隠し事したらあかんで。ここではそれは命取りになる。あとでKとバイパーにほんまのこと伝えや」
「すみません。仰せの通りに」
言ってアウルは気まずそうに頭を下げた。
「気持ちはわかるけどな」
管理者Ⅹはそう言って身を預けている椅子を、子どものように無闇にゆっくりと回転させ始めた。椅子とともに彼女がくるくると回る。
「で、本題なんやけどな、ラットを殺した犯人が見つかったで」
「本当ですか?」
とKは答えた。さすが相変わらずやたらと手際がいいと思った。
「ああ、牢屋に監禁してる。いまから面会してみるか?」
「是非」
Kとバイパーは静かに首肯した。
アウル以外の三人はエレベーターに乗り、さらに下の階層へ、最深部まで降りた。アウルは管理者Ⅹが街の簡単な地図を渡して、職工区の図書館で待つこととなった。呑み込みの早い少年だから、こんな狭い町の図書館なんて、すぐにたどり着くだろう。エレベーターのドアが開くと、何もない部屋に降り立った。壁の中央に扉がある。管理者Xは扉の横のパネルに認証キーをてきぱきと入力した。すると扉が開き刑務所のような陰鬱とした留置場が現れた。
管理者Ⅹは出迎えてきた看守に尋ねた。
「やつの様子は?」
「変わりなく、ずっと大人しくしているであります」
看守は気真面目そうに答えた。
「ただ、いくら尋問しても、やはり同じことしか言いません。時間がループしたように繰り返すのみであります」
「いますぐ面会させてくれんか?」
看守は胸を張って敬礼した。
「はっ。急ぎ、面会室に連れて参るであります」
犯人はハンターのベアだった。大柄で腕っぷしのいいハンターだ。
彼は面会室を仕切るガラス窓の向こう側で、椅子に座り、うなだれたように顔を伏せていた。その向かいに管理者Ⅹは椅子に腰掛け、Kとバイパーは後ろに佇んで尋問の様子をうかがっていた。
管理者Ⅹは厳しい口調で、
「あんたがラットを葬ったやんやろ? ネタはあがっとんねん」
と言った。
「うう」
とベアがうめいた。
「夢を見ていたんだ。悪夢を。隣人をコロセ、コロセと、声が鳴りやまなかったんだ」
「それでほんまに殺したんか?」
「覚えてない。ただ声が幻聴のように耳元で囁くんだ。コロセ、コロセと。コロセ、コロセと」
管理者Ⅹはガラス窓を叩いた。
「わけのわかんことほざくな」
「だから、夢を見ていたんだ。悪夢を。隣人をコロセ、コロセと、声が鳴りやまなかったんだ」
管理者Ⅹはうしろを振り返った。
「ずっとこの調子や。こっちまで頭おかしくなりそうやわ」
「完全にラリっちゃってますねェ」
とバイパーが首を横にかたむけて言った。
「拷問にかけても通じなさそうですね」
とKは言った。
「せやろ?」
言って、彼女の顔にはほんの少し諦めの色が見えた。
「骨折り損や」
そして顔を上げた。
「バイパーはもう帰っていいで。しばらく慰労の休暇与えたる」
バイパーははしゃいだ。
「やった。ありがとうございます」
「俺はどうすれば?」
とKは尋ねた。
「Kはこのあとうちと一緒に司令室に戻るで」
「お伴します」
とKは言って頷いた。
司令室に戻ると、管理者Ⅹに腕を引っ張られてその部屋の隣の部屋に通された。なかはこざっぱりとしていてパソコンデスクとゲーミングチェアが備えてあった。パソコンデスクの上にはノート型のゲーミングパソコンが置いてあり、管理者Ⅹは、よっと声を洩らして、座り心地の良さそうなゲーミングチェアに座る。パソコンを開き電源を入れると、起動するまでのあいだ、管理者ⅩはKの方を見た。Kはちんぷんかんぷんの様子だった。
「ここんとこトラブル続きでな、あんたにはうちの仕事を少し引き継いでほしくって、レターズにネーミングしたわけや。あんたには見込みがあるから、いつかこういう事態になった時のために先を見越してのことや」
「そう言われても、まだ要領を得ませんが……」
パソコンが起動すると、管理者Ⅹはパソコンの方をくるりと向いた。
「まあ見とき、いまから新しい仕事の手ほどきしたるから。操作はシンプルやから、Kならすぐに馴れる」
「はあ」
管理者Ⅹは整頓された画面のなかから左側の桜の花の模様のアイコンをクリックした。すると画面が真っ暗になる。しばらくすると、システム・サクラメントにようこそ、という文字が中央に浮かび上がった。
「システム・サクラメント?」
「そそ、これな、有志に出資を募って、うちが監修して、チェリーブロッサム社さんと共同で開発したゲームアプリや。表向きはゲームを装ってるけど、裏では様々な取引が行えるで。運び屋の仕事もここから受注した」
「〈システム・サクラメント〉ってどういう意味なんです?」
「それな」
そう言って管理者Ⅹは軽快に笑った。
「意味なんてないで。意味がないほうが都合もいいと思って。単にうちらの組織〈システム〉とチェリーブロッサム社さんの和訳の〈桜の花〉をドッキングしてそれっぽくしただけや」
「そのアプリを使って裏稼業の受注や発注を俺にやれってことですか?」
「さすがK、話が早い。実はなここ最近、鉄壁と思われたサーバーを何者かによってハッキングされて情報が漏洩したんよ。あんたらを襲撃したのもその一味やと目算してる。その上ゲームのシステム自体に大きな損害がでて、長いことメンテナンス中やったわけ」
「そこで俺にアプリのなかで異常がないか監視しろってことですか?」
「そのとおりや。やっぱ期待どおり、うちの目利きに狂いがなくて嬉しいわ」
管理者Ⅹは心から嬉しそうにそう言った。
「いつからいつまで監視してればいいんですか?」
「ずっとや。永久に。これはトップシークレットの重要な案件やからな、パソコンは家に持って帰って、できるだけ警戒の目を張っといてほしいねん。ほな、いまから操作教えたる」
「了承しました」
そしてKは管理者Ⅹの手ほどきのもと、ぐんぐんシステム・サクラメントの操作を吸収していった。
管理者Ⅹの手ほどきが二時間くらいで終了すると、Kは託された鞄にノート型のゲーミングパソコンとその充電器、それとコントローラーを詰めると本部を後にした。その足で図書館にて待っているアウルを迎えに行く。到着するとアウルと一緒にバイパーの姿もあった。彼はアウルの面倒を見てくれていたのだ。アウルが気に入った本をKの図書カードで借りて、鞄のなかに仕舞う。そして三人で少年のためのズック靴や服や下着などの日用品を買いに回った。荷物持ちはバイパーが協力してくれた。いい奴だ。
街に二軒しかない食堂の片方に出向くと、三人はテーブルを囲い注文をした。
「好きなもん頼んでいいぞ」
とKは他の二人に言った。
「ゴチになります」
バイパーはそう言って大袈裟に頭を下げた。
アウルはマグロの刺身の定食を店員に注文した。バイパーは遠慮してか親子丼を、Kはサバのみぞれ煮の定食を注文した。
「もっと高いもの頼んでもよかったんだぞ」
とKはバイパーに言った。
「〈システム〉からいくら報酬が支払われようとも、この街にいる限り、金の使い道なんて殆どないんだから」
「いや親子丼好きなんですよ」
バイパーは照れたようにそう言った。
「昔から牛丼チェーン店行っても、頼むのは必ず親子丼でした」
そんなやり取りをしているうちに食事が提供された。彼らは噛みしめるようにそれを食した。Kの向かい側にはアウルとバイパーがいて、アウルがなんの躊躇もなく生魚などを食べている様子——ちゃんと箸を使って刺身にワサビと醤油までつけている——を間近に見て、以前から疑問だったことが再燃した。だいたいアウルからは他のグールたちが放っていた血の臭いや体臭が一切しないのだ。彼は思い切って、
「アウル、君はこれまでに一度も人肉を口にしたことがないね?」
と訊いた。
少年は一瞬固まった。しばらくするとそっと箸を置き、こう言った。
「はい、黙っていてごめんなさい。そのとおりです」
「ところで、俺関西弁しゃべれないですよ?」
「あほ、出身地バレへんように、ゲームでは標準語つことる」
「標準語つかえたんだ」




