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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第1部 システムと修道院
10/71

10【L】なんで泣いているんだろう私?




〈ただいま緊急メンテナンス中です。ご迷惑をおかけします〉


 謎のアプリケーションソフトを開いたあと、ログインしようと画面をマウスでクリックしたら、その文字が彼女たちの行く手を阻んだ。メンテナンス期間も表示されていない。ただその文字だけが画面上に孤独なまでに浮かび上がっていた。

「もう、なんなのよ、これ」とアイリスが苛立った。「〈システム・サクラメント〉だっけ? ちっとも進まないじゃない」

「とりあえず今日はここまでにしよう」、リリィがなだめるようにそう言う。「明日になればメンテナンスも終わっているかもしれないわ」

「そうね、子供たちの面倒も見ないといけないしね」

「一応年長者に任せているけど、心配よ」

「でも〈システム・サクラメント〉ってどういう意味かしら?」

「システムの儀式、洗礼?」、リリィは首をかしげた。「何か深い意味があるのかも」

「ちょっと待って」とアイリスが声を上げる。

「どうしたの?」

「今検索してアプリの評価見てるんだけどさ、それが〈システム・サクラメント〉ってどうもソシャゲ(ソーシャルゲーム)っぽくて、ダウンロード数約6万人、評価は5段階でたったの星1。おまけにコメント欄に『ぜんぜん進まん』、『廃課金しないとランクが上がらない糞仕様』、『ゴミw』とかほんとに低評価ばっかりだわ。なんでこんなアプリをインストールしたんだろう?」

「さあ?」、リリィはさらに首をかしげる。「好事家だったのかしら?」

「ま、いいや」、アイリスは考えるのを一旦放棄した。「やめやめ。単なるゲームみたいだし。そろそろ子供たちのところに戻ろう」

「うん、その方がいいわ」とリリィも賛同する。

 アイリスはすべての画面を閉じると、パソコンをシャットダウンした。


 翌日の午後二時、ビオラは男物の白いパーカーに穴の開いたジーンズ、黒いキャップを目深にかぶり、マスクを着けて銀行の無人のATMの並んだ部屋でATMを操作していた。金を引き落とすと肩にかけたウェストポーチに詰め込んで、自動ドアから退出する。進路を右に10メートルほど歩いたら、緑と白の花柄のワンピースを身に纏い、縁の大きなサングラスをかけたアイリスが腕を組んでフェンスにもたれていた。

「ふー、緊張した」とビオラがアイリスに言った。威勢は良いが根は小心者なのだ。「暗証番号は神父の遺したメモのとおりだったわ」

「やっぱりね」、アイリスは微笑した。

「こんな危ない仕事、あたしにやらせないでよ」、さも迷惑そうに言う。

「あんたにしか頼めなかったのよ。ショートカットでペチャパイ、ごつごつしてる、男装にぴったりだわ」、アイリスは顔に満面の笑みを浮かべた。

「流れるように悪口を言われた」、ビオラは傷ついた。緊張で弱気になっているのだ。言い返す気力もない。

「これまで何度も危ない橋渡ってきたんだから、もっと度胸きめなさいな」とアイリスが言う。

「あんたの鋼鉄みたいな度胸、少しくらい分けてほしいよ」

「一発闘魂注入してあげようか? この手で」、ビンタのかまえをする。

「やめて」、ビオラは身をすくめる。

「小胆ねえ」、アイリスはお手上げといった仕草をした

「ところで神父の口座から五万円下ろしたけど、なんで五万円なの?」

「急に限度額いっぱいまでお金下ろしたら怪しまれるでしょ。こういうのは小分けにするもんなの」

「ふうん」

「その五万円、取っといて」

「え、いいの?」、ビオラの顔がぱっと明るくなる。

「監視カメラに顔晒さしたんだもん、当然の報酬よ」

「やりい」、ガッツポーズをきめる。

 ビオラは修道院への帰り道、いたくご機嫌になった。チョロいな、とアイリスは密かに思った。


 依然として〈システム・サクラメント〉はメンテナンス中だった。

 リリィは自室の椅子に座って編み物をしていた。毛糸を棒針に引っ掛けて通し、するすると器用に手袋の指の部分を形作っていく。それというのもクリスマスになったら子供たち全員に手袋をプレゼントしたいがためだ。今のうちに作り始めておかないと期限までに間に合わないかもしれない。彼女は無心に毛糸と棒針を操っていた。

 部屋のノックが三度鳴る。この柔らかい音はパンジーだろう。リリィは作業の手を止め、扉を開けると、やはりパンジーがおどおどと立ちすくんでいた。

「リリィ、子供たちの様子がおかしいの。一緒に来てくれない?」

 大部屋では子供たちがみんなそろってマットの上で毛布をかぶり昼寝をしていた。ただ奇妙なことに全員がうなされている。悶え、悲鳴を上げ、しくしくとすすり泣いていた。リリィは近寄って一人の子の額に手を当てる。「ああ、やめてえ」と子供は声を発した。額はひどく冷たく感じた。

「なんだか集団でずっと悪い夢でも見ているみたいなのよ」、不安げにパンジーが言う。「強引にでも起こした方がいいかしら?」

「とりあえずミナを起こしてみるわね」、ミナは最年長で14歳なのだ。

 リリィはミナの名前を何度も呼びかけながら肩をゆすった。

「あれ、シスター」、目を覚ますとミナは目をこすりながら言った。「もうお昼寝終わり? あれ? なんで泣いているんだろう私?」

 身体に異常はないか、どんな夢を見ていたのか尋ねる。

「どうして? 元気だよ。夢なんて見てないよ」、ミナは辺りを見渡す。「ん? なんでみんなうなされているの?」

 あなたもさっきまで同じようにうなされていたのよとパンジーが言う。

「うそ? ぜんぜん覚えてないなあ」、ミナはきょとんとした。「みんな起こしてあげようよ。苦しそうだよ」

 リリィとパンジーとミナの三人は手分けして一人ひとりを起こして回った。皆一様に眠りが深く、目を覚まさせるのに苦労した。ただ一度起きると誰もがけろっとしていて——それが四歳の女の子でも——ぐずる子もいないどころか、爽快感に充ちている様子だった。そして夢のことを覚えている子供はいなかった。あえて表現するならば、ただ真っ暗だったと——


「子供たちがみんなうなされた?」

 アイリスが修道院に戻ってくるとリリィはさっそく彼女にお昼寝の件を相談していた。今はアイリスの部屋だ。アイリスは修道服に着替えながら答えた。

「ごめん、ちょっとそれだけじゃあ意味不明すぎるんですけど。最初っから順を追って起こったことを話してくんない?」

 リリィは急に自身の口下手が恥ずかしくなって、言われたとおりにことの顛末を説明した。なるべく詳細に。

 アイリスはそのあいだに着替え終わると、話に耳をかたむけながら、シンク横のカウンターにティーカップを二つ並べ、そこに電気ケトルで湯を張ると一旦捨て、今度はティーカップそれぞれにティーバッグを入れて、また湯を入れる。両方とも小皿をその上にかぶせて一分経過したら、小皿を外してティーバッグを取り出すと両手にティーカップを持ってリリィのテーブルの前に「ほら」と言ってひとつ置き、自分は向かいの席に座って話に肯きながら砂糖とミルクをガバガバ入れて紅茶を飲んだ。どうせなら神父の高価な茶器や茶葉を受け継げばいいところだが、本人曰く「生理的に無理」らしい。それに彼女は黄色いラベルの紅茶で十分に満足していたし、それをせめてものささやかな贅沢だと思えるくらい質素倹約な暮らしに馴れていた。

 最後まで話し終えるとリリィは意見を求めた。「どう思う?」

「んー、正直前例がないから、今の段階ではなんとも言えないなあ」とアイリスは言った。「それよりも子供たちの方が心配。またおんなじことが起きたり、後々具合が悪くなったりしないかしら」

「そうだね」とリリィは力なく言った。不安がぬぐえないのだ。

「最近トラブル続きで、子供たちの面倒をパンジーに任せすぎたわね。反省だわ。これからはもっと今まで以上に子供たちに目をかけてあげよう」

「うん」


 修道院の地下にはシスターしか入れない施設が他にもある。それは射撃場である。リリィはイヤーマフとゴーグルを顔にはめ、距離10メートルのターゲットシューティングに励んでいた。右手でグリップの上の方を握り、左手で包み込むように添え、照準を合わせたら、トリガーを一定の力で後ろに引く。するとリボルバーから放たれた弾丸はターゲットの中央をかすめた。

「3発目でやっと中心に当たった」、リリィは思わずひとりごちた。「アイリスだったら片手でも全部ど真ん中なのになあ」

 最強の殺し屋タナトス、と彼女はアイリスのことを思う。でも対象はすべて排除してきたので、身内以外にはその目撃者がいないことで有名であり——誰が名づけたかは知らないが——その名はもはや都市伝説ではないかとも囁かれている。そんなアイリスの銃の腕がいかに精密であろうと、彼女は銃に関しては天才肌であり、初めて銃を手にするやいなや、何故かその感覚をしっかりとものにしたわけで、教えを乞うても、その説明が複雑かつ仔細すぎてリリィには到底理解が及ばない。はるかに次元が違うのだ。だから夜な夜な一人で訓練をしている恰好だった。

 とりあえず今の感覚を忘れない内に続けて撃とう。射撃場には何度も銃声が響き渡った。装弾数6発中全弾がターゲットの中心付近に命中したところで、リリィはようやく銃を下ろし、イヤーマフを外した。

「着実に一歩ずつ前に進んでいるわね」

 背後の声はアイリスのものだった。斜め後ろで腕を組んでいる。リリィは振り返って言葉を返した。

「いるなら早く声かけてよ」

「だってあんまり熱心だったんだもん。それにイヤーマフしてるし、射撃中に肩とか叩いたら危ないからね」、アイリスは微笑んだ。

「確かにね」、リリィはゴーグルを外し、肩の髪を手で払った。「それで、どうしたの?」

 アイリスは愉しげに言った。

「やっと〈システム・サクラメント〉のメンテナンスが終わったわ。アクセスできるわよ」

「うそ」、リリィは両手で口元を覆った。

「ほんと」とアイリスは言った。「さて鬼が出るか蛇が出るか、はたまたあまーい桜餅でも降ってくるか——見物ね」




アイリスは可愛いものとか甘いものがとにかく好き。

作中、彼女が着ていたワンピースは古着を自身で仕立て直した物。

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