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あの日空が裂けた  作者: リンダ


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15/59

ニュースの向こう側



『あの日、空が裂けた ― 365日の記憶 ―』


第15話


ニュースの向こう側


朝のニューヨークは、いつも通り動いていた。


地下鉄は混み、タクシーは鳴り、コーヒーショップには行列ができる。

人々はそれぞれの一日を持ち、同じ方向へ歩いているわけでもないのに、街全体としては確実に前へ進んでいる。


秋田家の朝も、やはり変わらなかった。


「北斗、ランドセル」


「持った」


「宿題」


「やった」


「本当か?」


「……たぶんやった」


「“たぶん”はやってないやつや」


一平の一言で、食卓に笑いが起きる。


朝陽はスマホをちらっと見て、すぐに伏せた。

ノアからのメッセージが来ている。内容は軽いものだが、それだけで少し気分が上がる。


梓はそれを横目で見て、小さく息をついた。


(いいなあ……)


声には出さない。

でも、その感情は確かにそこにある。


さくらは味噌汁を配りながら、テレビのニュースに耳を傾けていた。


「……中東地域の一部で、再び緊張が高まっています――」


アナウンサーの声は落ち着いている。

だが、その映像には、どこか穏やかではないものが映っていた。


群衆。

煙。

破壊された建物。

怒号。


「またこの話か」


一平が軽く言う。


「最近、多いですね」


さくらが答える。


それ以上、会話は続かない。


子どもたちにとっては、それはまだ「遠いニュース」だった。

テレビの向こうの出来事。

自分たちの生活とは、直接関係のないもの。


だが――


世界のどこかで起きていることは、必ずどこかとつながっている。


それを、この時点で実感できる人は、ほとんどいなかった。


⸻


同じ頃、ワシントンD.C.


アメリカ合衆国国防総省の一室では、別の種類の朝が始まっていた。


巨大な建物の中、窓の少ない会議室。

テーブルの上には資料が並び、壁には地図が映し出されている。


「これは“単発”ではない可能性がある」


スーツ姿の男が、静かに言った。


机の上にはいくつかの報告書が置かれている。


断片的な情報。

別々の場所で拾われた小さな兆候。

出所のはっきりしない資金の流れ。

訓練に関する不自然な動き。


それらはまだ、ひとつの線にはなっていない。

だが、無視するには少し多すぎた。


「まだ確証はない」


別の人物が言う。


「だが、“何かが動いている”のは間違いない」


静かな緊張が部屋を包む。


誰も断言はしない。

だが誰も、「何もない」とも言えなかった。


⸻


同時に、別の場所――


アメリカ連邦捜査局の分析室でも、同じような違和感が積み上がっていた。


コンピュータの画面。

通話記録。

渡航履歴。

訓練施設への出入り。


ひとつひとつは、合法で説明できる。

だが、いくつかが重なると、妙に不自然になる。


「これを“偶然”で片付けるには、数が合わない」


若い分析官が言った。


上司は腕を組み、しばらく考える。


「まだ線にはならない」


「はい」


「だが、記録は残せ」


「分かりました」


その時点では、それ以上できることは限られていた。


疑いだけで動けば、社会は簡単に壊れる。

だが、疑いを無視すれば、取り返しがつかないこともある。


その境界線の上で、彼らは仕事をしていた。


⸻


その日の午後、ニュース速報が入る。


テレビ画面が切り替わる。


「速報です。中東地域にあるアメリカ大使館付近で爆発がありました――」


映像は揺れている。

煙。

サイレン。

逃げる人々。


画面の向こうで、誰かが叫んでいる。


「現地の詳細はまだ分かっていませんが、テロの可能性もあるとみられています――」


秋田家のリビングでも、そのニュースは流れていた。


北斗は一瞬だけテレビを見て、すぐに図鑑へ視線を戻した。

梓は手を止めたが、何も言わない。

朝陽は画面を見つめたまま、少しだけ眉を寄せた。


「大使館って……」


「外国の拠点やね」


一平が短く説明する。


「なんで狙うの」


北斗が聞く。


一平は少しだけ考えてから答えた。


「いろんな理由がある。でもな……」


そこで言葉を止める。


子どもに説明するには、複雑すぎる。


「簡単に言うと、“自分たちの不満をぶつける場所”にされることがあるんや」


北斗は完全には理解していない顔で頷いた。


「ふーん……」


さくらが静かに言う。


「怖いですね」


その一言が、部屋の空気を少しだけ重くした。


だが――


それでも、どこか現実感が薄い。


遠い国。

知らない街。

テレビの向こうの出来事。


自分たちの生活とは、まだ距離がある。


朝陽は画面を見ながら思った。


(でも……なんか違う気がする)


何が違うのかは分からない。

ただ、最近見ているニュースの“つながり”が、うまく説明できない形で頭の中に残っていた。


中東の不安。

航空のニュース。

そして今の爆発。


点はある。

だが、まだ線にはならない。


⸻


翌日、学校。


昼休み、ノアが言った。


「Did you see the news?」

(ニュース見た?)


「Yeah.」

(見た)


「Embassy attack.」

(大使館のやつ)


朝陽は頷く。


「Feels far away, but also not.」

(遠い感じするけど、なんかそうでもない)


ノアは少しだけ真剣な顔になる。


「My dad was talking about it this morning. He said things like that don’t just happen.」

(今朝、父さんも話してた。ああいうのは“突然起きるものじゃない”って)


「Meaning?」

(どういう意味?)


「Meaning someone planned it. For a long time.」

(つまり、誰かがずっと前から計画してたってこと)


その言葉は、静かに重かった。


朝陽は何も言えなかった。


“計画されたもの”


その響きは、日常の中ではあまりにも異質だった。


⸻


その夜、一平は再びニュースを見ていた。


専門家がコメントしている。


「これは単独の事件ではなく、より大きな流れの一部である可能性もあります――」


“流れ”


その言葉が、やけに引っかかった。


バラバラだったものが、つながり始めている。

だが、まだ誰もその全体像を見ていない。


一平はリモコンを持ったまま、窓の外を見た。


ニューヨークの夜景は、何も変わらない。

ビルは立ち、車は走り、人は笑い、明日も同じように朝が来る。


そう見える。


だが、その“見えるもの”の外側で、何かが動いている。


それはまだ、この街には届いていない。

けれど、確実に存在している。


⸻


朝陽はベッドに入りながら、ノアの言葉を思い出していた。


「誰かがずっと前から計画していた」


その言葉は、なぜか頭から離れなかった。


世界には、見えないところで進むものがある。

気づいた時には、もう止められないものがある。


でも――


今はまだ、普通の一日が続いている。


学校があって、

友達がいて、

家族がいて、

次の週末の予定を考えている。


その“普通”の中にいることが、どれだけ脆いものなのかを、


まだ誰も、知らなかった。



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