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『七月十日 面会禁止だったのに隼人くんが見舞いに来てくれた。ナスの花きれいでごきげん』
また隼人の登場だ。そういえば、と先日、隼人との会話を思い出した。
「おばあちゃんの入院中、面会に行ったことある?」
以前、特別な意味はなく、ただ不思議に思って聞いてみたことがあったのだ。祖母の入院していた期間は一か月とみじかくて、息を引き取ったのもこの家だったから。
「まあ、一回だけな」
「面会禁止じゃなかった? どうやって会えたの?」
すると、隼人は照れたように頭をかいた。
「病院の受付のおばちゃんに、面会はご家族のみですって断られてさあ、けど、ちょうどそこに春江さんが検査から帰ってくるところで、運良く会うことができたんだよ」
「それで、ナスの花を」
クスクス笑っていたら、隼人は真面目な顔になった。
「なあ、知ってるか? ナスの花って寿命がみじかいんだぜ。早朝から午前中にしか咲かないし、しかも三、四日ってところなんだ。縁起でもないってうちのおばちゃんには怒られたけど、春江さん、かわいいって喜んでくれるかもって思ってさ」
「おばあちゃんと隼人の推しはナスなんだ」
「いや、ネギだってかわいいんだぞ」
そのときのことを思い出して、また目頭が熱くなった。近くにあったティッシュ箱に手をのばし、チーンと鼻をかむ。
ごきげん通帳はまだ終わりじゃない。先を読もうとページをめくる。すると、うしろのページが張り合わされて、袋とじのようになっているのに気づいた。
『沙織ちゃんへ』
わたしの名前が書かれていた。
五分ほど、その袋とじのページを眺めつづけた。それから深く息を吸い込み、のりづけされている端のほうから、慎重にはがしていくと、その中から、折りたたまれた便せんが二枚、滑り落ちるようにあらわれた。
『沙織ちゃんへ
この手紙を読んでいるということは、わたしはもうあの世に逝ったあとだろうって願っているよ。まあ、歳の順だからね。ちっとも悲しむことはないさね。向こうでは、おじいちゃんが待っていることだしね。なんにも怖いことないさあ。
沙織ちゃんに言っておきたいことがあったから、おばあちゃん、体力が残っているうちにこの手紙を書いているよ。年寄りの戯れ言だと思って読んでちょうだい。
沙織ちゃんがね、仕事で苦労していたこと、好きなひとのことで悩んでいたこと、わたしには全部話してくれなかったけれど、電話の声でなんとなくわかっていたよ。がんばっているのに上手くいかない、そんな感じの声だったねえ。
それでも、電話の沙織ちゃんは笑っていたから、わたしはね、大丈夫だと思っていたよ。いいや、そうじゃなくて、大丈夫だと思いこもうとしていたかもしれないね。
もし、この手紙を読んでいるときの沙織ちゃんが笑えていなかったら、それは、よかれと思って見ないふりをしていたおばあちゃんの責任だ。もっと話を聞いてあげればよかったね。本当にごめんね。今となっては、それだけが心残りだよ。
けどね、人間ってね、無理して笑わなくていいと、おばあちゃんは思うんだよねえ。三十年前、おじいちゃんが交通事故で亡くなったとき、おばあちゃんもそりゃあ泣いてばかりだったさあ。
でも泣きながらでも生きているなら、それだけでいいさね。誰にも奪われず、自分の人生を生きていけるということは、とても素晴らしくてすごいことなんだよ。
わたしのごきげん通帳、きっと沙織ちゃんが見つけてくれただろうね。よかったら、続きを書いてくれるかい?「今日もごきげん」を数えると、不思議なもんさね、明日が来るのが待ち遠しくなるから。
沙織ちゃん、今日もごきげんでいてね。いろいろありがとう。
おばあちゃんより。
追伸
隼人くん、あの子はいい子だよ。おじいさんにそっくりだがね』
便せんを畳んで、膝の上に置いた。声がでなかった。泣いているのか笑っているのか、自分でもよくわからない。ただ、ただ、おばあちゃんが恋しくてしかたなかった。
わたしは自分のごきげん通帳をカバンの中から取りだした。
『十月十一日 おばあちゃんのごきげん通帳が新たに発見される。こちらこそありがとうだよ。おばあちゃんに会いたくなって、ごきげん』
そう書きこんだあと、外の風に吹かれたくて、さっき閉めたばかりの雨戸をあけた。




