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誰かに決められたわけでもないのに、わたしがここに残るのは当然だった。わけあって、このときすでにUターンして転職しようと決めていたからだ。祖母の家から自転車で十分行ったところにある図書館に就職先を見つけ、会社に退職届を郵送していたのである。
それに、たったひとりの孫として、おばあちゃんにかわいがられていたわたしに課せられた義務だと信じていた。祖母との最後の時間を少しだけ延ばしたかった理由でもある。
それにしても、と思う。
ひとが亡くなると、本当にいろんなものが残るんだな。みんなが帰って、わたしひとりになっても、おばあちゃんの生活はそのまま。愛用の老眼鏡がテーブルの上に置いてあった。
「沙織ちゃん、お帰り。よう来たねえ」
すぐそこから、おばあちゃんがひょっこりと出てきそうに思えた。
※※※
ここ数日にあったことをいろいろ思いだしていたら、タクシーが門の前に止まった。
以前から頼まれて預かっていた合いカギで門を開けると、庭の朝顔が咲いていた。九月になっても秋はまだ遠く、誰も水をやっていないのに咲いている。律儀なその花を少しのあいだ見てから、わたしは石畳を歩いた。
祖母の家は南向きの平屋建て。灰色の瓦がズッシリと重たそうで、広めの庭には柿の木と小さな畑があり、茂った雑草の中に名前の知らない花が点々と咲いていた。いわゆる、田舎ではさほど珍しくない、どこにでもある日本家屋だ。
東京で暮らしていたころは、その「どこにでもある」という感じがあまり好きじゃなかった。
「どこにでもある」ということは、「どこにもない」ということでもあるような気がして、息苦しさまで感じるほどだった。
たぶん、世間のことを知らない、初心なわたしの考えすぎだったのだろうけれど。それがかんちがいであったと気づくには、そう時間はかからなかった。わたしが住んでいた都会のどこかしこも、祖母のような家はなかったから。




