こっくりさん 裏
その日、俺は完全に拗ねていた。
単純にガラに出るのが面倒だったからだ。
拗ねていたから何もかもどうでも良くなっていて、フィッツさんが衣装だと言うそれを何の確認もせずにそのまま着て会場入りした。
ガラコンサートは昨日発表された順位の表彰式の後に行われる為、当然みんな舞台衣装を着て登場する。
その後に着替えて各々の衣装でガラコンサートに臨むのだが、俺は拗ねていたし、どうでも良くなった気分のまま、渡された衣装で表彰を受けた。
華やかな衣装に囲まれている中、俺だけは他の色が全く無い黒い衣装だった。
浮いてはいるがあまり気になりはしない。
コンクール特有の緊張感はもうなくなっている控室では談笑も盛んに行われており、コラボレーションの相談なんかをしている奴らもいる。
「誠也、新曲はどういうものだったんだ?
あのペンドラフィッツが作曲者に名を連ねているじゃないか、しかも連名で。」
陽気なアメリカ人がそう言って、パンフレットにある曲目を指さしている。
…作曲、編曲の所には確かにフィッツさんの名前がある。
そして、先生の名前もあった。
「何で説明するといいのかな、実は俺も良く分かってないんだよね。
えーと、俺の先生、もう死んだ先生がいるんだけど、その先生が俺の為に遺した最後の楽譜が半端なやつでね、それをフィッツさんがリメイクしてくれたものなんだよ。」
「おぉ…それは、辛かったな。
優しい人なんだな、ペンドラフィッツさんは。」
それは違う。
あの人は楽しそうな方向に舵を切る変態なだけだ。
「優しいかは今でも分かってないけど…あの曲を渡された時は嬉しかったな。」
俺が俯きながらそう言うと、陽気なアメリカ人は俺のことをオウ、ボーイと抱きしめてくれた。
いや、お前俺より年下だろ、パンフレットに書いてあったぞ。
ありがとね、そういえば誰かに話すのは初めてだ。
人に言ったことで少し気持ちが整理されたかもしれない。
そうか、俺は嬉しかった気持ちがあったのか。
「その黒い衣装もペンドラフィッツさんが?」
「うん。」
「ハッキリ言ってセンスは最悪だ。
祝いの席なのに、葬式みたいだからな。」
そう言って彼は笑っていた。
色々な奴と似た様な会話をしていると、いよいよ俺の番らしく係の人に呼ばれた。
「何をやって来るんだい?」
それに対して俺は答えを言わなかった。
なんか、急に恥ずかしくなったのだ、アンパンマンたいそうでお茶を濁すと、少し真面目な話をした彼にそう伝えるのが。
俺がスッと構えると、会場が静まる。
ガラとはいえ、演奏者に対する敬意はもちろんある。
いやぁ、申し訳ねーす、茶番の為に構えさせてしまって。
確かに5秒待つんだっけかな。
5秒経たない内に、スーというノイズに紛れて日本語が流れる。
「誠也、聞いているかな。」
先生だ。先生の声だ。
「出来れば生きている内に一緒に弾きたかったけど。」
うん、俺もそうだよ。
「上手い事いかないからさ。」
仕方ないよ。
「音で遺すよ。」
ピアノの音が鳴る。
あ、あ、あ、あ、あ。
知っている。
知らないけれど知っている。
これは、あの変な先生の変な楽譜、それの片割れだ。
兄弟の様な、恋人の様な、友達の様な、そういう。
頭は急なことに呆けていたが、身体は勝手に動いた。
乗り移ったかの様に動く。
公園の景色が瞳の裏に流れる。
コンクールに使ったフィッツ版と入りは変わらないのもあるし、妙に頭に残るヘンテコな曲だったので、ちょくちょく遊びで弾いていたのもある。
俺と先生の音が重なる。
いつからだったか、ずっとこうして遊びたかった。
俺は色々足りてない。
ギリギリ人、そんな程度の生き物で、会話なんかで友人にはなれない。
対等な存在にはなれないからだ。
けれど音楽なら、ずっと弾いてきた音楽なら、少しは分かり合えるだろう。
それくらい頑張ってきたと思う。
樹くんと俺の音が重なる。
あぁ、なるほどね、変な切れ方してたのは掛け合いだったのか、樹くん。
分かりにくいって。
でもそういう言い方するなら、こうやって返して欲しいでしょ。
分かるよ、俺は、分かる様になったよ。
くそ、フィッツさん、この服は正しく喪服じゃないか。
分かってて用意しただろ。
まぁ、いいや。
アンタも友達だから。
そのくらいのイタズラは許してやるよ。