(6)駆け引き⑥
「お前達は下がってよい」
その言葉に専属護衛は一歩ひき、礼をしてから退室していった。アッシュが引き際に「ご武運を」と言ったのは気のせいだろうか?
――なんで武運が必要になるんだよっ?!!
だが、アッシュが言った励ましは確かに必要だった。
世界の番人並の凄まじい威圧がセオディア・メレ・エトゥールから放たれていた。つい最近、初代達に接触したいと要望して怒られた記憶があるがそれ以上だった。
問題は、カイルがどの件で激怒されているか、わからないことだった。あまりにも心当たりが多過ぎた。
「カイル殿、貴方は妹の夫になると言うことを、軽視していないか?」
「別に軽視なんか――」
「私が倒れたら、ファーレンシアが女王になり、カイル殿が摂政の立場になるんだぞ?」
「……はい?」
それは思っても見なかった話だった。
摂政――代理で全ての政務を摂る役職――そうカイルは検索した。
「……摂政?」
「……やはり考えてなかったか」
「いや、初耳だし、今まで一言も言わなかったじゃないか?!」
「言えば、妹の婚約者の立場から逃げだしただろう」
「逃げ出しはしないけど――大災厄が優先なのは譲れない」
「もちろんだとも。だが、王都が消滅した後に、地方に疎開した民を導く責務は残る」
「貴方が死ぬ前提で話さないでくれ!」
「その件ではシルビア嬢に殴られたから、保留にしているが、生きている補償もない。私は妹をエトゥールの重荷から解放したいと思ったが、私が生きてエトゥールが存続するならば、そうもいかなくなる」
「まさか、僕を禁書で釣ったのは……」
「政務を覚えさせるために決まっているだろう」
にやりと狡猾な笑みをメレ・エトゥールは浮かべた。
――悪魔だ。悪魔がここにいるっ!
「そんな前から婚約者候補じゃないだろう?!」
「そんな前から妹はカイル殿に好意を持っていたが?」
「え?」
カイルの反応にメレ・エトゥールは目を細めた。
「だからこそ、エトゥールで長期滞在が決まった折には、シルビア嬢との関係を問わせてもらった」
カイルは記憶を遡って反芻した。
――ああ、そういえばもしお二方がご夫婦か近しい関係なら、同じ部屋を用意させるが
「あれか?!!!」
「エトゥールの未来を担う婚約者殿が、国が手配中の犯罪者と路地裏で会話をかわす。政敵が喜びそうなネタだ。その点はどう思う?」
「うっ……」
「それが表沙汰になり、婚約の儀の三日前に婚約破棄や延期など、女性にとって致命的な醜聞だ。その可能性があったことについては?」
「ううっ……」
「おまけに顔に傷を負っただと?治癒できなければ、どうしたつもりだ?」
「えっと……」
「私は初代との接触を止めたはずだ。それを無視した点は?」
「接触は不可抗力だよっ!!」
「そうだな。では、なぜすぐトゥーラを呼ばなかった?」
「あ……」
「同郷だ、と判断が甘くなっているからだ。平気で顔を傷つける相手に、何が危険がないだ。会うならミナリオ達の命を、犠牲にできる覚悟ができるのか、と以前問いたはずだ。襲ってきた相手を殺せるか、についても私はたずねたはずだが?」
「――」
「アッシュの切腹の提言は正しい。主人を守れなかった専属護衛として、東国風だが、彼は専属護衛の任をよく理解している。カイル殿、妹の婚約者としての唯一の欠点は、自分の立場に無自覚なことだ」
「…………すみません」
「しばらく外出を禁じる。婚約の儀が終わった後もだ」
「…………はい」
しょんぼりと項垂れるカイルの目の前に、ドサっと何かが山積みされた。
禁書としてメレ・エトゥールが管理している書物だった。
「暇だと言うなら、ここに来て好きなだけ読むがいい」
「――メレ・エトゥール」
「なんだ?」
「飴と鞭の使い分けが上手すぎる」
「それが駆け引きと言うものだ。カイル殿も学ぶべき手法だ」
カイルは全面的に白旗を掲げた。




