(34)閑話:夢(前編)
凛花と阿修、鍋事件(笑)のあとのネタ
凛花が目覚めると、そこは最近移住したエトゥールの小さな自分の部屋だった。
東国は平屋が多かったので、凛花はエトゥールの階層構造の家屋を不思議に思ったものだ。年をとったら、階段の上り下りをどうするのだろうと――。
そして今、凛花の目の前にはエトゥール特有の低い天井が目に入った。凛花は、ぼぉーっとしながら、それを見つめていた。
――なんだ、やっぱり夢か……
いい夢だった。どうせならもう少し夢の世界にいたかった。
凛花は寝返りをうち、身体を丸めた。もう一度夢の世界に戻りたかった。
阿修が生きていて、働いている店にきたのだ。
嬉しかった。夢のようだ、と思った――実際夢だったが。
阿修が生きていて、店にきて、無事な姿を見せてくれて――。
「ああああああああ」
凛花は寝台の上で、もだえた。
後悔先に立たず、どころじゃない。
夢でもいいから会いに来て、霊体でもいいから会いに来て、と散々願っていた相手に――。
鍋を投げた。
なんて、大馬鹿なんだろう。リアルすぎる夢だったから、羞恥が半端ない。
なぜ、鍋?
霊体の界渡りだったら、二度と会いに来てもらえないレベルだ。
頭に血がのぼった状態だったのは確かだ。
死んで遺産まで渡されたのだ。その相手が生きていた。死んだふりをして、今の境遇を憐れんで金を寄越したことになる。
生きて、援助をするなら、まだわかる。
阿修は死んだことにして、凛花との関係を切ったのだ。
それを悟った瞬間、阿修にありとあらゆる物を投げた。投げているうちに、誰かにあたって、主人に怒られて、なんかして――目が覚めた。
ああ、なんて馬鹿なことをしたんだ。
どうせ夢なら、もう少し、自制できなかったものだろうか?
凛花は身体を丸めたまま、頭の中で、自分の望む展開を考えてみた。
――無事だったのね
――もう一度会いたかったの
――ううん、貴方が昔、去った時からずっと会いたかったの
――あんなお金が欲しかったんじゃない
――どうして生きているなら、もっと会いに来てくれなかったの
だめだ、やっぱり鍋が飛ぶ。
鍋がなければ、阿修を殴っている。泣きながら殴っているのだ。
死んだと思った、初恋の相手に再会したら、普通の女はもっと愛らしい反応をするのではないだろうか。
鍋はいただけない。鍋はダメだ。
やっぱり、敗因は阿修が去り、父が処刑され、蛇韓に土地と家屋を奪われ、行かず後家の道を野生のウールヴェ並みに突っ走って、三十路になったことに思える。側から見れば、かなりこじらせているように見えることだろう。
布団の中でジタバタしながら、夢を何度も反芻する。
ようやく凛花は正解にたどりついた。
――助けてくれてありがとう
――貴方がきてくれたから、生きのびることができたの
言うべき言葉はこれだ。
今度夢であったら、絶対に言わなければならない。
凛花は半身を起こした。小さな声でつぶやいて練習をする。
「……助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ん?!
声をする方を見ると、足のある幽霊が腕を組み、戸口によりかかって、立っていた。
「……幽霊?」
「お前は、幽霊に鍋を投げたのか」
「……え?いや?あれ?だって?夢だよね?」
「賢者に鍋を投げたからといって、現実逃避をするな」
「――賢者……」
全てを思い出した凛花は大混乱に陥った。




