(22)癒しの風①
カイルは、ファーレンシア達とともに聖堂を訪れた。
初めて肉体を伴って、地上に降り立った場所はここだった。
「ちょっと懐かしいな……」
カイルの言葉に、シルビアが首を傾げる。
「僕が世界の番人にステーションから強制的に転移させられたとき、ここにきたんだよ。あそこに、ファーレンシアとメレ・エトゥールが立っていた」
カイルは少し離れた場所を指さした。ファーレンシアも微笑んだ。
「精霊の先見お告げがあり、私と兄がここで待っていたのです。予言された救い手は、カイル様でした。――カイル様、ここでよろしいのですか?」
「うん」
ファーレンシアが指さした場所に、侍女のマリカが冷たい石床の上に敷布を広げる。
カイルはそこに腰を下ろし、胡坐をかいた。
子犬化しているトゥーラを組んだ足の上におく。
ファーレンシアとシルビアもそばに腰をおろした。
「私達は何をすれば?」
「そこにいてくれればいい。何かあったら、二人で僕を呼び戻して」
「何かあったら、って何があるんですか?」
「わかんない」
「カイル!」
「念のため、だよ」
「同調ですか?」
「う~ん、ちょっと違うかな……癒しの力をトゥーラに集めてみようかと」
「そんなことができるんですか?」
「わかんない」
シルビアが目を細め、それから例の微笑を浮かべた。
「カイル……ふざけているんですか?」
「ふざけてないよっ!」
カイルは慌てて弁解した。
「トゥーラがよく言うんだけどさ、概念の問題なんだってさ。できると思えばできるし、できないと思えばできない。あると思えばあるし、ないと思えばない」
「……哲学を論じる気ですか」
「確かに哲学の世界だね。人間の概念と認知の話だから。人の意識には無限の可能性があるのに、人は無意識に檻を作るらしいよ」
シルビアは揶揄することなく、カイルの言葉に考え込んだ。
「面白い論説です」
「興味があれば、世界の番人とウールヴェにきいてみればいいよ。きっと長々と論じてくれる」
カイルはウールヴェの頭に右手を軽く置いて、呼吸を整えてそのまま目を閉じた。
トゥーラに癒しを送るのは簡単だった。
聖堂という場所が精霊樹からくる癒しの力に満ちた場になっていたからだ。
精霊樹から肉眼では見えない多くの細い金色の線が聖堂に向って伸びていた。その先端から光が生まれて、聖堂全体を薄い金色の光で満たしているのだ。
カイルはその波動を再現して、癒しの真似事はできたが、ファーレンシアや精霊樹の持つ本物の癒しには敵わなかった。
カイルには、いまだにこの癒しの力の正体がわからなかった。
なぜ精霊樹から癒しの力が生まれるのだろう。
カイルは、最初、単純にトゥーラに聖堂にある癒しの力を集めていた。
カイルは意識の片隅で、集めた癒しの力が、やがて静かなうねりを生み出したことを感じた。
すぐにそばにいるシルビアもファーレンシアもそれには気づいていない。
――なんだろう、これは……
カイルはその力の誕生に既視感があった。
どこでこの静かな力の集合体に遭遇したのだろう。
やがてそれが1本の筋となり、天空に向って伸び始めたとき、カイルは思い出した。
はるか虚空に続いていく道だった。
戦争の負傷者を救えずに絶望したとき、精霊樹のそばで見た道だ。
あの時はこの先に求めていたディム・トゥーラがいたのだ。
この道は今もディム・トゥーラと繋がっているのだろうか?
『トゥーラ』
――うん?
『この癒しの力はディム達に届くかな?』
――うん 届くよ
ウールヴェはカイルの膝の上で、まどろみながら告げた。
――ちゃんと 必要としている 人に 届くよ
ディム・トゥーラはウールヴェにつきあって酒を飲みすぎた、と反省をした。
酔っぱらったという自覚はなかったが、幻影が見えはじめたからだ。唐突に天上から金色の光が舞い散りはじめたのだ。
「?」
思わず手を伸ばすと、光は掌に触れると消えた。だが光はまだ降り注いでいた。
果てしなく落ち込んでいたはずのリードも子犬の姿のまま、天上を見上げた。
「……幻覚かな?」
『大丈夫だ、私にも見えている』
「これは、なんだ?」
『癒しの力だ』
「癒し?」
『君の規格外の友人が、君を案じて癒しの力を送ってきたのだ』




