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試験前日:ある男の記憶2

「兄さんが死んだんだって?」


 シュトラウス自警団創設者、ファーレン・ヴィルは、死んだ。

 そのことをいち早く聞きつけたのは、弟のエリハ・ヴィルだった。絶縁状態であったはずだが、どこから嗅ぎ付けたのだろうか。面白そうに笑ったエリハ、とても血の繋がった兄弟の反応とは思えなかった。


 エリハは、才能溢れるファーレンをよく思っていなかった。これでもかというほど高く釣り上げた眉を、更にくい、と上げた。自分にない信念という意志の根源を、彼は心底嫉妬していた。


 兄が死んだのをいいことに、彼は兄の残した戦果を根こそぎ奪いにきたのだ。シュトラウスは今やルナに不可欠な組織となった。戦争の兵士だけでなく、ルナ内部の治安にまで加担するようになった。


 オウビスはエリハを好きにはなれなかった。傲慢で、自尊心が高く、それでも尚嫉妬心に溢れ、周囲を蔑むことで自身を保つ。嫉妬に狂ったエリハは、今の今までファーレンを蔑ろにし、ファーレンが家に帰って来れないよう両親を丸め込んだ。そうして彼は、ファーレンの代わりに家業を継いだ。


 家に帰れないんだ、そう寂しそうに呟いたファーレン。しかしそれでもファーレンは、弟を大切だと言っていた。会いたいと言っていた。心底、愛おしそうに。


 エリハはシュトラウス自警団の受け取りを正式に申し出た。当然、ファーレンの事情を知っていたシュトラウスの団員たちはそれを強く拒んだ。オウビスもまた同様に。

 ファーレンの名を汚すような真似は、絶対にしたくなかった。けれど、当然に求められる権利が与えられていないこの時代において、団員の声は一切聞き入れられなかった。


 ファーレン・ヴィルとエリハ・ヴィルは、貴族の出身だったのだ。ファーレンは、権力に塗れた安全な世の中で生きることにうんざりしていた。あのまま家に留まっていたら、もしかしたら、俺は腐った世界に潰されて生きていたのかもしれない、といつだか言っていたのを、ふと思い出す。


 シュトラウス団員が何と言おうとも、この時代のルナが味方をするのは、エリハの方だった。血族で、しかも貴族の人間。決定権は完全にエリハのものだったのだ。そしてルワーフも同様にエリハの元へと渡った。


 それからルワーフは瞬く間に衰退化していった。戦闘集団をまとめ上げ、作り上げていくのは、予想以上に難しいものである。エリハとファーレンでは、人望に大きく差があった。


「兄さんが大きな組織が作り上げたというから、もらい受けにきたんだ。功績もあると聞いたし、僕の財力があればもっと大きくできるはずだった」


 期待外れだな、とエリハは鼻で笑った。


「思った以上にポンコツな集団だ。統率がとれていないじゃないか」


 それはエリハの下で戦うのが嫌だという団員たちの無言の抵抗であったが、エリハはそれに気づくこともなかった。そうしてエリハは、シュトラウスで、最も、言ってはならないことを言った。


「はは、兄さんもたかが知れてるな。こんな茶番に労力を費やして。馬鹿な奴。なあ、オウビス」


「―――こんなとこで死ぬのが馬鹿みたいなのは同感ですね」

「そうだろう」


「でも、」


 オウビスは屈託のない笑顔をエリハに向けた。


「何か勘違いしていませんか」

「どういうことだ?」


 エリハが訝しげに眉を吊り上げる。エリハの鋭い視線に気圧されることなく、オウビスは笑顔を浮かべ続けた。


「ここはファーレンさんの組織であってエリハ殿のものではないのですよ」

「―――、」


 ぞく、と背筋に何かが走った。

「!」

 そこでエリハは初めて気付いた。エリハを見る周りの目が、殺意に満ち溢れていることに。憎々しげに自分を見ている。まるで檻の中から、獲物を狙っているかのよう。もしその檻の扉が開いてしまえば、自分は一たまりもない。自分の本能がそう告げていた。


 そして、その檻の役目を果たしているのが、オウビスなのだと。


 エリハは唾を飲んだ。


「こッ…ここは俺の組織だろう!俺が買い取った!ルナの法に乗っ取り、俺がもらい受けたんだ!お前らは俺に従う義務がある!そうだろう!?」


 それでも、今まで下に見ていたモノに見下ろされるのは、癪に障ったのだろう。恐怖よりもプライドが勝った。エリハは恐怖で震える拳を強く握り、オウビスに反論した。オウビスは仮面のように笑顔を崩さない。


「ま、ルナの法も、死体には関係ないですけどね」


 オウビスはあくまで、なんの邪念もない笑顔だった。だからこそ言葉通りの意味だった。


 それが決定打となり、エリハは口を閉ざした。エリハの威勢は徐々になくなっていった。真っ青な顔で、ゆっくりと後退する。エリハには最早、身を守る術をもってはいなかった。もともとエリハは戦うことに関しては疎かったのだ。だから兄を羨み、貶めようと画策していた。


 そのままエリハは、もつれる脚を必死に前に出して逃げた。時々躓き、悲鳴を上げ、そして消えた。


 なんとも滑稽な姿だ。

 オウビスはおかしくて噴き出した。途端、それが合図となって周りにいた団員たちが歓喜の声をあげる。オウビスはあまりの騒音に耳を塞いだ。


「うおー!これで俺たちは自由だ!」

「オウビスさん!これから俺たちのリーダーはオウビスさんだ!」

「え、」

「何驚いた顔してるんですか!当たり前じゃないですか」


 そうくるとは思わなかった。そんな表情のオウビスを、団員たちは囲った。


「暑苦しい男共に囲まれても嬉しくないんだけど!?」

「万歳!」「オウビスさん!頼みますよ!」「万歳!」

「ここの皆、人の話を聞かない奴らばっかり!」



 オウビス・ジェイリズは、偉大な人物だった。ルナの民に訊けば、誰しも名前を知っている。しかし、その偉大な者たちが名を連ねる史書に、ファーレン・ヴィルの名前は、ない。


「いつか、」


 オウビスは呟いた。


 ファーレンは結果的に、ルナから評価を得ることはなかった。理由は三つある。



 一つ目は、ファーレンのいた当時のシュトラウス自警団は、さほど結果を出していなかったこと。


 もちろん戦力としては圧倒的であったが、当時、ファーレンは"堕ち人"として、ルナの上層部の者に良く思われていなかった。

 堕ち人とは、貴族の家から追い出され、平民以下の権利しか持てなくなること。

 ファーレンは自ら家を出たが、上層部は堕ち人と認定していたようだった。上層部は、堕ち人が団長を勤めるシュトラウスを信頼していなかったため、大きな仕事を与えなかったのだ。



 二つ目は、戦死者の増加である。


 ファーレンが創設したシュトラウスは、多くの有志のもと、大きな戦力となった。シュトラウスの創設、ルワーフの創設は、ルナの民へ戦いを促した。そして志を高く持つ兵士を増加させたが、それが原因で運営がごたつき、訓練指導に手が回らなかった。結果的に戦死者が増加。

 現場を見ている者であれば、それは仕方のないことだと思えたのだろうが、シュトラウスとルワーフ運営による報告を受けたルナの上層部の評価は、ファーレンが堕ち人であるということもあり、相当低かった。

 ファーレンを、そして当時のシュトラウスを知る者はもう、オウビス以外はいない。時が経ちすぎてしまった。



 三つ目は、エリハ・ヴィルの存在だ。


 彼はあのあと、気が狂ったように身辺の警備を強化した。シュトラウス団員を恐れてのことだろう。

 そして彼は、傷ついた自尊心を埋めようと、貴族という身分を濫用した。結果的に犯罪にまで手を染めた彼は、ルナに裁かれた。犯罪者として名を広めたエリハの兄、という更なる不名誉の肩書を得たファーレンは、ルナのために戦い続けて命を落とした後ですら、評価を上げることはなかった。


 オウビスが継ぎ、時代が変わり始め、やがてルナはオウビスを英雄と称えた。"あの"シュトラウス自警団を結成し、更にルワーフ魔法塾を創設。今やルナでは、この二つの組織は心臓ともなりうる。


 しかし、ファーレンの名は、ない。


「いつか、ファーレンさんとの約束を果たしたら、」


 ルナの民に、知らしめてやろう。この、英雄、オウビス・ジェイリズを創ったのは、お前らが愚かな指導者だったと罵った、あの、ファーレン・ヴィルなのだと。


 そして、


「ファーレンさんの像でも建てちゃおっかな」


 ファーレンを認めないルナを、ファーレンを戦場に横たわる無数の屍に沈ませたルナを、オウビスは許してはいなかった。けれど、ファーレンが望む世界とは、ルナを護り、世界を護ることでしか完遂されない。


 許すことはできない、が、大切な恩人のために、俺は、生きる。


「長生きしなくっちゃ」

「貴方もう既に百年は生きてるでしょう、充分ではないですか?」

「あと五百年くらいしたら一旦塾長引退するね。そしたらエイド、ルワーフはお前に任せるよー」

「五百年て、いつまで生きるつもりですか。ありがたい話ですが、それは、私が生きてたらですね」


 オウビス・ジェイリズの魔法は、闇属性と特別相性が良く、その中でも身体変化と、契約系の(たぐい)に長けていた。しかし、魔法には永遠はない。永遠に近づけるのみである。

 生命を長引かせることはできても、永遠の命を持っているわけではない。砂の落ちる穴を極限まで狭めた砂時計のように、身体に流れる時間は遅くできても、完全に止めることはできない。


 だからこそ、悠長にしてはいられない。


 約束、ですからね。ファーレンさん。

 俺は、貴方の望む、アホみたいな平和な世界、創りますよ。だから、見ていてください。


 ルナは嫌いだけれど。

 ルナの未来のために、ルワーフを支えます。


 そして、いつか。


 ファーレンさんが創ったこのルワーフから、



 貴方の意志と共に戦い、本当に戦争を失くしてしまうような、そんな誰かが、現れることを願って。

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