エピローグ
朝日が眩しく下界を照らす。
雪が反射する紫外線でわずかに目が痛い。
人々の住む家々がクリスマス・ケーキにのった砂糖菓子のように白く雪化粧されている。
その真っ白な風景の中に少しずつ人の姿が増えてきていた。まだ通勤には早いのだろう、歩いている人よりも歩道に積もった雪を掻く人の数の方が多い。
せっかく積もった雪なのに少し勿体ないとわたしは思う。だけど、それはわたしがここで見ているだけだから言えることだ。
地球の営みを感じることのできる美しい自然。豊かな環境に恵まれたその風土は、言うなれば傍観者だけのパラダイスである。
そこで生まれ、そして骨を埋めてゆく人々にとっては、普段の生活を阻む厄介な問題に過ぎない。なのに、その苦労も知らずに傍観者は自然を讃え、生活のために森を焼く人々に怒りを向ける。
やはり、人は自分勝手な生物だ。
そう思っていると、彼らの努力を嘲笑うかのように再び雪が舞い始めた。
わたしは視線を小さな祠に向けた。
わたしに信仰の喜びを教えてくれた老婆はもういなくなっていた。彼女がお参りしていた小さなお稲荷様は、今はもう振り返る人もなく、雪の中にぽつんと建ったままだ。
――帰りに手を合わせていこう。
そう考えていると、雪の中を元気に走っていく男の子が見えた。身体に不釣り合いなくらいの大きなランドセルを揺らしながら走る彼の唇からは真っ白な息が漏れている。
そういえば、明後日から講義が始まるんだっけ・・・。
わずかに揺れる心の中に、千波さんの明るい声が飛び込んできた。
「真弓さん、おはよう」
「おはようございます、千波さん」
「いよいよ今日でお別れね」
「うん・・・」
「山梨に遊びに来ても、もう病院には来ちゃダメよ」
「はい」
「あとで穂澄先生や他の看護婦さんたちからも花束いただくと思うけど――」
千波さんはそう言って、小さなバラの花束を振った。
「これはわたしから個人的に」
「わあ、ありがとう」
「でも・・・」
お店が開けるくらいあるわね、昨日、能勢刑事からもらった花を見て、千波さんはくすくすと笑った。
「実はもうひとつプレゼントがあるんだけど」
と、千波さんはそこで口ごもる。
「何ですか?」
「実家の猫が子供、産んだんだよね。よかったら一匹もらってくれないかなって思って。――真弓さんって、猫、好き?」
「好きです。どんな猫ですか?」
「うーん。文学的に表現するならね・・・」
綿毛のように真っ白で――。
まるで魔法のようだった。
ティンクは悪夢を終わらせてくれたのだ。
千波さんが出ていったあと、わたしは窓の外を見つめたまま泣いた。
嬉し涙ではなかった。でも、悲しみや恐怖といった負の感情からでもない。
こんな涙を流したのは初めてだった。
涙で歪んだ水晶体は、朝の光を乱反射させ、一層景色を輝かせて見せる。その美しい景色の中に、一瞬、わたしは里見先輩の姿を見た。
ほんの数秒の白昼夢。
雪の花を咲かせた街路樹にそっと片手を添えて立つ彼の顔はわずかに微笑んでいるように見えた。
「・・・里見、先輩?」
わたしは乱暴に涙をぬぐった。
そして、もう一度彼の立っていた場所に目を凝らした。しかし、陽光の煌めく世界に彼が再び現れることはなかった。
すべては脳の生み出した仮想現実。
だけど、その中でわたしは確かに彼の声を聞いた。
――言っただろう? 君の名前は真弓だ。
わたしはようやくすべてを悟った。
大きく息を吐いて虚空を見上げる。
かなわないなあ――。
結局はあの神の掌の中。
彼に反旗を翻し、真実の神を求めたわたしの思考の流れも彼の計画だったってわけか。
さらに高位の存在に対する彼の信仰心となるための意識。それを生むことがわたしの本当の役割だったのだ。
だからこそ、里見先輩は彼の意志に従ったのかも知れない。
そう思いながら、わたしは不思議に彼に対する憎悪が消えかけていることを知った。
人を救い、生かす神。
人を苦しめ、殺す神。
それが全く同一の意識だなんて不思議だけれど、意識とは本来そうした両面性を持っているものなのかも知れない。
里見先輩のいう運命の神。
人生というレールの上をわたしたちは走っている。そこに分岐点など存在しない。選べる道は神の用意した一本だけだ。
だけど、わたしはそこで人生を生きよう。
神のものではないわたしの人生。
レールの上に生きる者。
レールを敷いて生かす者。
立場が違えば、求められる答えも違ってくる。
神の意図した真実は、わたしにとっての真実ではない。
――真実とは認識し思考する存在の数だけある。
視線をあげれば、ビルの向こうに富士山が大きく根を張って見える。
何という美しい山容だろう。
何という圧倒的な存在感だろう。
ただ大きいというだけで人は対象に感動する。それは圧倒的な大きさに卑小な自分を思い知らされるからだろう。
そして、やがて人はそこに神の存在を感じるようになる。かつて、そうやって原始信仰は生まれた。計算高い思想にも余人の手垢にも無縁の信仰の原点。
わたしはそれを信仰しよう。
そして、世界を神と崇めよう。
太古の昔から人は霊山のように偉大な聖の顕現に抱かれて暮らしてきた。
そして、現代も富士の裾野で日々の生活を営んでいる。
窓の外に広がる下界の風景。
歓声をあげて走り抜ける子供たちを避けるようにサラリーマンが職場へ急ぐ。
こうして見下ろしているわたしには誰もが同じような人間に見えるけれど、彼らはわたしの知らない場所でわたしの知らない人生を生きている。
煩悩と義務、あるいは愛する家族のために頑張る堅実家。
見果てぬ夢を追いかけてどこまでも走り続ける生活破綻者。
日々の享楽を糧に生きるギタリストに、恋愛を食べ過ぎて心を病んでしまった少女。
自身の信念を個性と信じ、信念の命ずるがままに日々を生きる人間たち。
しかし、その信念も、思想も、それぞれのドラマで彼らが繰り返す人情哀歌も、全て神の名を騙る存在の書いたシナリオどおりに行われていく。
でも――。
大丈夫だよ。
神様はそこにいるから。
朝のラッシュが一段落した病院の前の道路に、一台のタクシーが止まるのが見えた。
降りてきたのは父と母だった。
母は父の後についてタクシーから降りると、運転手に小さく御辞儀をした。
母らしいと思った。
真昼の喧噪が始まろうとしていた。
――あるいは、生臭い神の胎動が。




