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胎動  作者: 八尋眞人
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第10章

 ――トクン。


 漆黒の闇を纏ったその悪魔は、周囲の暗黒に同化していた。

 どこまでが躰で、どこからが背景なのか、区別がつかない。

 境界がわからないのだ。

 その朧な輪郭はそこに佇んでいるようにも、虚無の闇そのもののようにも見える。

 それが、()った。

「我が肉となれ――」


 ――また、あの夢を見た。

 いや、正確に言えば、あの夢の続きだ。

 愛するものや世界があぶくのように弾けて消えた後、果てなく広がる虚無の闇の中にそれは()た。

 弱々しい鼓動はやがてしっかりとしたそれに変わり、そして、暗闇の中でそれは――。


 もぞり、と動いた。


 ティンクの死んだ夜から始まったその悪夢は、以来、わたしを悩ませ続けた。

 一時期はそれが理由で不眠症に陥り、そのせいでわたしは一度大学受験に失敗している。ただ、その失敗がなければ、宗教学の一般講義で里見先輩と知り合うことはなかったわけで、そのことについては、わたしはむしろ悪夢に感謝していた。

 翌年、無事、志望校に入学すると、わたしは心理学に関する講義を可能な限り受講した。教育学部にいては受けられない心理学関連の専門講義があると知り、一時は真面目に転部を考えたほどだ。宗教学や民俗学に興味を持ったのは、里見先輩の影響だったけれど、心理学に関してはわたしは自発的に書籍を漁り、先人が考察した足跡を追いかけていた。

 ――この夢は何なのだろう?

 それがすべての動機だった。

 コーヒーの入った魔法瓶を抱きしめ、睡魔と戦い続けてきた過去を捨てて、わたしは悪夢に真っ向から向き合い、その主張に耳を澄ませることにしたのだ。

 悪夢の正体を掴み、その意味するところを読み解き、そして、ねじふせる。

 あるいは飼い慣らす。

 そんな――悪夢との折り合いのつけ方を、わたしは心理学という学問に求めたのである。

 そんなわたしを最初に導いてくれたのが、精神分析の父、ジグムント・フロイトだった。

 彼の遺した『夢判断』の書は、わたしを夢中にさせた。子供時代に友人と喋った少女趣味的な夢占いとは違い、数々の事例を科学的に蒐集、分析した夢の世界にわたしは文字通り傾倒していった。しかし、夢に関する多数の書物に触れるにつれ、その熱は次第に冷めていく。

 フロイトの唱える夢の本質は、突き詰めてゆくとそのほとんどが性への欲求に還元されていく。大脳皮質が生む理性という垣根が半ば取り払われた眠りの世界では、確かに原始的な本能が幅を利かせていることについて疑う余地はない。しかし、自分の悪夢の背後に性への渇望が潜んでいるとは、わたしにはどうしても思えなかった。病根として挙げられる幼児期の性的体験や虐待などは全く記憶にないし、自分の家庭環境を考慮してもそのような事実があったとは考えられなかった。また、当時里見先輩とはキスまでの関係にとどまっていたけれど、彼と付き合う過程で自分の中に異性や性行為に対する恐怖やこだわりもなかったように思う。

 人間の性向を解き明かす心理学は、第二世代と言われるフロイトの精神分析学以外にも幾つかの理論体系がある。その各々の理論はほとんどの場合、基準とする人格モデルの心理をうまく説明している。ただ、幾つかの理論の間で矛盾する点があるのは、その基礎となる人格モデルそのものが異なっているからだ。心理学者の間で意見が対立するのは、まさにその点においてである。互いの理論よりもその理論を裏付けるモデルを攻撃し合うのだ。だから、心理学の発展の歴史は、研究対象である人間を模した人格モデルの発展の歴史と言いかえることができる。

 フロイトの夢分析にある種の限界を感じたわたしが次に頼ったのは精神病理学だった。臨床的な性格の強い精神病理学には様々な派閥があり、そこには当然フロイトの流れを汲む研究者も多い。しかし、フロイトの理論ではある意味限定されていた心的外傷(トラウマ)の定義の幅が格段に広げられていることにわたしは期待した。

 わたしの悪夢はまさにティンクが殺された夜から始まっている。

 ならば、その体験こそが夢の中に魔物の侵入を許す精神の亀裂(トラウマ)ではないか。

 わたしはそう考えたのだ。

 幼い頃から、わたしは母が半ば嫉妬するほどのお爺ちゃん子だった。さすがに小学校の高学年にもなると言わなくなったらしいが、それまでのわたしは「大きくなったらお爺ちゃんと結婚する」と主張して周囲を笑わせていたという。

 その祖父はわたしが中学に上がると同時に他界した。泣きじゃくるわたしを見かねて、母は知人から生まれたばかりの小猫を貰ってきてくれた。

 綿毛のように真っ白なその子猫を、わたしはティンカーベルと名付けた。

 ティンカーベルとは、『ピーターパン』に出てくる妖精の名前だ。物語の中では、ピーターパンがネバーランドから現実の世界に戻ってくるときにその記憶を消す魔法を掛ける。現実の世界で再びもとの生活が送れるように、夢幻世界で経験した冒険の記憶を封印するのだ。わたしが子猫にその妖精の名前をつけたのは、祖父との別離という悲しい記憶を少しでも打ち消してくれるように願ったからである。事実、ティンクはその愛くるしい仕草や表情で、わたしを慰めてくれた。また、わたしの方も彼を愛することによって、傷ついた心を癒していった。

 しかし、ティンクを失った後、悪夢に苦しめられるようになったわたしは、祖父の死によってもたらされた心の傷が決して癒されてなどいないことに気付いた。ティンクはその名の由来の通り、わたしの記憶を封印しただけだったのだ。そして、わたしを安んじ、忌まわしい記憶を封じていた妖精の魔法は、彼の死とともに解けてしまった。当時のわたしにとって、ティンクの存在はそのまま祖父の存在として認識されていたのだろうと、今のわたしは考えている。祖父の死とほぼ時を同じくしてわたしのもとにやってきたティンクを、わたしは無意識下で祖父と同一視していたのだ。

 だから、高二の夏、わたしは愛する猫の死と同時に、それまで先送りしていた祖父の死も受け入れなければならなかった。

 拡大的な解釈になるかも知れないけれど、わたしは心理的に関連する二つの死が、自身を安んじてきた仮想現実世界の崩壊と等号関係にあるのではないかと疑った。

 世界の崩壊――それはわたしを苦しめてきた悪夢の中で見る光景と同じだったからだ。

 精神疾患の一つに心的外傷後ストレス障害というものがある。

 瀕死の重傷を負うような出来事や身体の安全に迫る危険を、患者が体験、目撃、直面したことにより、強い心理的苦痛、不安、不眠、悪夢、恐怖、無力感、戦慄などに悩まされる症状を持つこと――一般的にPTSDと呼ばれるそれは、米精神医学学会が作成している診断と統計のためのマニュアル、DSM‐Ⅳにおいてそのように定義されている。

 しかし、わたしの場合、確かに悪夢を見たりするけれど、DSM‐Ⅳに列記されているその他の細かな診断項目については該当しないことがわかった。

 ――以来、今もわたしの悪夢に対する答えを求める思索の旅は続いている。

 里見先輩の影響で非科学的な学問に対する偏見はなかったので、一時はキルトン・スティワートの発表した『マラヤの夢理論』――夢を操るセノイの民の伝説にまで手を出したほどだ。

 そんな、悪夢には慣れっこになっているはずのわたしなのに――。


 ――トクン


 今夜の夢は目覚めて、なお、わたしを不安にさせた。

 それはあの悪夢の終わりに、今まで見たことのない「続き」があったからだ。

 わたしを包んでいた暖かな世界がなくなって、無限に広がるその真っ暗な虚無の中に――


 ――トクン


 それは、()た。


 あなたは誰?

 そんな暗黒の世界にいるのに、そんな禍禍(まがまが)しい気を放っているのに、あなたはどうして――


 ああ、


 そんなに神々しいの(・・・・・・・・・)


 ずっと前に見たことがある。

 あなたは――

 そうだ。

 以前見た不思議な夢の中で、里見先輩を(かしず)かせていた、あの――


 ――トクン


 黒い影。


「ねえ、わかってくれた? わたしの想い」


 照れ隠しもあって、あの場は開き直って終わらせたけれど、あの一瞬、里見先輩が見せたおかしな表情は一体何だったんだろう?

 あの夢には、何かもっと別の意味があったんだろうか?

 わたしは小さく溜め息をついた。

 わたしの勉強不足なのかなあ・・・。

 いや、少なくとも夢を分析する術において、わたしは里見先輩に遅れは取らないはずだ。

 だとすれば・・・。

 見解の相違が生じるもうひとつの要因。

 ――立場?

 そうか。

 それなら考えを進めることができる。

 里見先輩だけが持つ「体験」という名の情報。

 それが読み解く夢の正体を映し出す鏡となるなら、単純に深層心理の反映として夢を分析しようとしたわたしの前提が間違っていたことになる。

 わたしの知っている里見先輩は人の言葉や思想をそのまま受け入れたりはしない。ひねくれてるとか、そんなのじゃなくて、そういった新しい考えを一旦吟味してから自分のものにすることを心得ている人だ。

 でも、たとえ現実はそうでも、夢の中の彼がそのままの姿でいるはずがない。

 フロイトの言う「夢の作業」の過程で、わたしの無意識のフィルターに処理されているはずの里見先輩が実物と寸分の違いもないという方が不自然だもの。

 事実、わたしは彼のその姿を特別疑うわけでもなく、見知らぬ恋敵の我が儘を聞いてあげているんだ――なんて、やきもち焼いてたわけだし。


夢占い(オナイロマンシー)などただの迷信に過ぎない」

 ローマの雄弁家、キケロはそう批判した。

 だが、夢の世界は太古の時代より思索者の心を惹きつけてやまない。


 (つの)の門から出る夢をつかまえろ!

 それは未来に実現する夢

 象牙づくりの門に近づくな!

 空しき言葉、欺きの夢の出入り口

 二つの門を構えた 夢の宮殿 

 その扉が開くまでに思案しろ!


 古代ギリシャの詩人ホメロスは、数少ない正夢は「角の門」から出てくると(うた)った。それに対して、多くの支離滅裂な夢は「象牙の門」から出てくると。その分析的な着眼は冷静な自然科学者のものだ。

 フロイトの登場によって精神科学のメスを入れられるはるか以前、夢の学問はいわゆる呪術として生活に息づいていた。

 夜毎見る夢に人々が一喜一憂していた時代。

 巷には夢を売り買いする夢女が徘徊し、闇夜に舞う夢魔(モーラ)が眠りを貪る人々の枕元に羽音を響かせて降り立っていた呪術的世界(クランデリズモ)

 しかし、脳の神秘が解き明かされようとしている現在、それはもはや淘汰されるべき先史時代の怪物なのだろうか?

 科学的に未発達な古代人が作り出した単なる迷信なのだろうか?

 その答えは、否だ。

 如何なる現代心理学の分析も寄せ付けぬ不可解な夢は、科学万能の現代にも間違いなく存在している。

 事実、精神医学の研究に生涯を捧げ、夢の事例を多数蒐集したフロイトは、その晩年、精神感応(テレパシー)的な夢の存在を認める発言をしたという。

 現在もマレーシアの中央山岳地帯にひっそりと生活しているセノイ族と呼ばれる人々は、夢から知識や前兆などの啓示を受けたり、自発的に夢に関わり、夢見をコントロールしているとされる。

 では、何故、はるかな先人やセノイの人々は、夢を占いの道具に使うことを考え得たのか?

 里見先輩の言葉を思い出す。

「人は神秘を知る力を持っている」

 ――そうだ。

 太古の昔、人々は夢の持つもう一つの可能性を知っていた。

 ESP夢――時の経過とともに記憶の片隅に打ち捨てられたもう一つの通信網(ネットワーク)

 精神感応(テレパシー)過去認知(ポスト・コグニション)、あるいは未来予知(プレ・コグニション)として、人々の心と心を繋ぎ、ときには霊魂や精霊と呼ばれる超意識的な存在との架け橋にもなった意識の回線。


「うん。・・・例えば、コメツキムシみたいに頷いてばかりいたわ。先輩らしくないなって、変に思ったのを覚えてるもの。――どうかした?」

「・・・いや、何でもない」


 それで里見先輩が最後に見せたおかしな表情も納得がゆく。

 彼は最後の最後でそれに気付いた。

 わたしの見た不思議な夢が、単なる心の反映ではなく、フロイトの学説では説明できないもうひとつの顔を持った夢だということに。解釈の必要などない、彼自身の意識体験をそのまま再現、知覚したESP夢だということに。


 そう結論した瞬間――

 それは起こった。


 ――トクン。


 ・・・いや、そのことに、わたしは気付いた。


 どんなに目を凝らしても病室の天井が全く見えなくなっているということに。

 まさか――。

 冷水を浴びせかけられたように身震いすると、わたしは何度かまばたきをしてからもう一度周囲に目を走らせた。

 天上に取り付けられているはずの照明(あかり)の落ちた蛍光灯。

 淡い月影が僅かに透けて見えているはずの病室のカーテン。

 非常口を示す掲示板の緑色の光が滲んでいるはずのドアの小窓。

 ・・・いくら消灯時間を過ぎているとはいえ、何も見えないはずがない。

 しかし、視線の先にあるのは、どこまでも広がる闇ばかりだった。

 驚いてベッドの上に起きあがったわたしを待っていたのは、さらに恐ろしい事実だった。

 下半身にかかっているはずの毛布がない。

 その上を覆う布団もない。

 ごくりと生唾を呑み込みながら、わたしは暗黒の中で今まで横たわっていた部分をまさぐった。

 そこには、やはり――

 何もなかった。

 ついさっきまで身体を支えてくれていたはずのやわらかなベッドさえ、わたしの体温が残したぬくもりとともに消えてなくなっていた。

 そう認識した途端、わたしは自分がまるで宙に浮いているような感覚を覚えた。

 あらゆる触覚が麻痺しているかのようだった。

 暑くもないし、寒くもない。

 外界からの刺激を求めて、わたしは自分の身体に触れようとして、そして、叫んだ。

 触れるべき身体も、それを可能にする両手もそこにはなかった。

 そして――

 耳が痛くなるような静寂の中で、わたしは自分の意識以外のすべてのものがなくなっていることを知った。


 これはまるで、あの黒い影が棲む――

 虚無の世界だ。


 わたしは――

 わたしは、果たして存在しているのだろうか?


 言いようのない恐怖が襲ってきた。

 人間は外からの刺激によって自己の存在を認識しているということに初めて気付いた。

 何という脆弱で、そして儚い存在だろう。


 そこにものがあること(・・・・・・・・・・)

 そこにわたしが(・・・・・・・)いること(・・・・)


 ただそれだけの当たり前のことが、こんなにもありがたいことだったなんて――。

 わたしは意識を内側に向けた。

 そうしないと自分が存在しているのか、それさえもわからなくなりかけていた。

 そして、いつも悪夢の中で唱えている呪文をゆっくりと詠唱した。


「これはただの夢だ。

 ちょっぴり手強いただの悪夢だ――」


 そう強く念じたわたしの脳裏に、


 ――トクン


 その鼓動は響いた。


 驚いて目を開けると、闇の中にあの影が()た。

 そして、それを拝するように――

 あの人が、

 ――里見先輩が(こうべ)を垂れていた。


 ・・・崇めるのはもうよい・・・・反抗の意識を捧げよ・・・・

 そして・・・・我が肉となれ・・・・・・


「さ、里見先輩?」

 わたしは彼に呼びかけていた。

 しかし、その声は闇の中でうわんうわんと不気味に反響し、言葉にならない。


 ・・・突き落とせ・・・・それが・・・・我らの繁栄に繋がる・・・・・・


「あなたは、誰? 一体、何者なの? その人は、わたしの大事な人――」


 ・・・反抗の意識を捧げよ・・・・・

 我を求める者に・・・・・奈落より(いず)る、絶望を与えよ・・・・


「ねえってば! 少しは人の話を――」


 ・・・さあ・・・・・・我が子よ(・・・・)・・・・・・・


 ――車のバックファイアの音で、わたしは我に返った。

 音のした方を振り向くと、そこにはカーテンの引かれた窓があり、遠くのネオン街の明かりがわずかに透き通って見える。

 月の光に照らされた蒼みがかった色彩。

 人々の存在を感じさせる心地よい騒音。

 ぐっと手を握りしめれば返ってくる確かな応力。

 ――暖かな病室のベッドの中に、わたしはいた。


 今のも――

 夢だったんだろうか?

 人智を越えたESP夢。

 解釈の必要のないあるがままの情景。

 だけど、夢とするにはあまりにそれはリアルだった。現実感を伴っていた。

 わたしは自分の頬を叩いた。再び眠りの中に引き込まれないように、何度も何度も叩いた。

 リアルな幻覚はいつも再び目覚めることで終わりを告げる。

 明くる朝、ベッドの上で自分が眠っていたと気付くことでそれはただの夢だと片付けられる。

 常識の蓑に(めし)いた理性の判断。

 だけど、このまま目覚めていれば、理性もそれを否定できなくなるはずだ。


「個人の体験を本人が現実だって認識すれば、それはもう錯覚ではなくなるわ。すなわち、それがリアルです」


 本当にこれが真実(リアル)だとしたら・・・。

 あまりにも不気味な体験にまだ激しく打っている動悸を無理矢理静めると、わたしは急速に記憶を掘り起こした。

 封印されたあの日の記憶――。

 幾つかの思考が交錯する。


 不安定な脳波。

 ――超感覚的知覚夢(ドリーム・テレパシー)

 何かにつけて再現される里見先輩との会話。

 ――真相を知る無意識の証言。

 すべての生物の目指す究極の進化形。

 ――人類の意識の先に誕生する新たなる全の意識体。

 そして、黒い影の発した最後の言葉。

 ――「我が子よ――」


 信じたくないけれど、解答ははじめからわたしの目の前にぶら下がっていた。

 あの瞬間、脳裏に響いた聞き覚えのある声音。


 あの声は――

 里見先輩の声だった。


ほら(・・)早くバスから(・・・・・・)降りなさい(・・・・・)

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