学校祭準備
チュンチュン。
外から鳥の鳴き声が聞こえ目を覚ました。どうやらあの後、寝てしまったようだ。布団も何もかかってないので寒くて仕方がなかった。ふと時計を見た。やばい。遅刻するかもしれない。風呂に入ってご飯を食べている時間がない。とりあえずシャワーだけ浴びることにした。シャワーを急いで浴び終わると髪も乾かさずに家を飛び出した。
「新堂、遅刻ギリギリだぞ」
「すみません……」
そっと椅子に座った。
「凛が遅刻ギリギリなんて珍しいな」
直哉がより遅く登校するのは久しぶりである。
「静かに、いよいよ明日が学校祭だが今日の昼休みから学校祭の準備を始める。うちのクラスは隣のクラスと合同でメイド喫茶と執事喫茶だが、ケガの無いように協力して準備をするように」
それで朝のホームルームは終わった。
「昨日、あの後病院に行って医者になんて言われた?」
直哉からの質問に耳元で、小声で話した。
「下手したら死ぬから歌うなだってさ」
直哉が驚いた顔で僕を見つめてきた。
「死ぬ?じゃあ歌はやっぱり中止か……」
「それはちゃんと歌うつもり。でもそれ以降は歌わないと思う……」
「そっか。最後の歌じゃ俺たちも気合入れてやらないと。でも無理はするなよ?」
「わかってる」
「凛!」
美樹もやってきた。直哉に言ったことをもう一度繰り返すようである。
「お医者さんはなんて言っていたの?」
「医者が何て言おうが歌うから大丈夫!」
「バカ。それが心配でしょうが!」
言い方がまずかったようである。いろいろ省いて発言したら逆に怒らせてしまった。
「学校祭が終わったら歌わないから心配するなってことだよな。凛」
「うん」
「ならいいけど……」
直哉のナイスフォローに救われた。
「じゃあ今日は準備を頑張りましょうね!」
「そうだな」
「うん」
午前中の授業はお腹がすいてはいたが学校祭のことを考えていたらあっという間に終わっていった。
「じゃあ始めるぞ」
「おー」
皆やる気満々のようだ。
「僕はなにをしたらいい。というよりクラスの出し物の話に全然参加してなかったけど大丈夫かな?」
「それは大丈夫だ。みんなあえて凛がいる前では出し物について話さなかっただけだから」
「なんで?」
なんでみんなそんな手の込んだことをするのだろうか。
「それは凛にいろいろやらせたいものがあるけど前から話していると、逃げられるからかもしれないからだよ」
「みんな僕に何させようとしているのさ!」
周りのみんながクスクス笑いながら何も答えそうになかった。
「直哉は知っているの?」
「……少しだけな」
「教えてよ!」
そういった瞬間、みんなして直哉を睨んだ。
「……この通り、俺から言えることはない」
直哉も苦笑いしながらごまかし始めた。
「じゃあ二人はまずこの紙の通りに机を並び替えて」
同じクラスメイトの人が紙と役割をくれた。
「じゃあ凛やるぞ!」
「うん」
準備が始まった。お客さんが座る用の机とこっちでドリンクを作ったりするように使う机を紙に書いてあるように並び替えた。これはあっという間に終わってしまった。
「じゃあ次は飾り付けね」
飾り付けは紙を見ても大まかなことしか書いてなかったので指示に従いながら黙々と作業をした。飾り付けが終わるころには大分時間が過ぎていた。
「そういえば衣装とかはどうしているの?」
「それは美樹たちの担当だ」
「見に行ってみるか?」
「うん」
隣のクラスに入ってみるといろんな衣装がずらっと並んでいた。
「凛。いいところに来た!」
どうやら、まずい時に来てしまったようである。
「うちのクラスの子が手作りで衣装作ってくれているのだけれど、試しに来てみてよ。最初はこれね!」
手渡されたのはやはりメイド服であった。今更逃げることもできなから嫌々着ることにした。
「キャー。かわいい」
そんな声がクラス中から聞こえた。
「なんか女の私が負けた気がするぐらい可愛いわ……」
「……もう着替えていい?」
「ダメよ。次はこれ!」
それから美樹に何着も着せられて時間はかなり過ぎていった。ようやく美樹の手から免れて、僕のクラスに戻るとそこには執事喫茶が出来上がっていた。
窓は黒いカーテンで閉め切りその上に白いレースのカーテンを取り付け、テーブルにも真っ黒なテーブルクロスがかかり、蛍光灯にも薄いシートがかかっており室内が薄暗くなっている。そんな室内に赤い花や観葉植物が置いてあり学校の教室とは思えない変わりようである。
どうやら僕と直哉がやった飾り付けは、ほんの一部でしかなかったようである。
「これはやり過ぎじゃないか。なあ凛」
「……うん」
僕と直哉は苦笑いしてしまった。美樹のクラスは衣装にばかりに気を取られて部屋をあまり見ていなかったのでもう一度確認しに向かった。
僕のクラスは黒をメインに作られていたがこちらは白とピンクが際立っていた。
「衣装合わせも終わったし、飾りも終了。あとは接客の練習ね。みんな集まって!」
うちのクラスにいた男子たちもこっちにやってきた。
「みんな私に続くように」
「はい」
みんなやる気満々のようである。
「おかえりなさいませ御主人様」
「おかえりなさいませ御主人様」
「凛、声が小さい。あともっと可愛らしく喋って」
「そんな無茶な」
「無茶じゃない。やるの!」
訳も分からずやったこともない女声に挑戦することにした。一度深呼吸して
「……おかえりなさいませ御主人様」
みんな一瞬黙ってしまった。
「……やればできるじゃない。凛、もう性転換して女になっちゃえば?」
「バカ言うな!」
みんな笑い始めてしまった。
「じゃあ次。おかえりなさいませ御嬢様」
「おかえりなさいませ御嬢様」
それから美樹の指導が数十分にわたった。
「お疲れ様。今日の準備と練習はここまで。あとは本番を頑張りましょう」
時刻はもう十八時過ぎであった。みんな続々と下校していった。
「私たちはどうする?」
「とりあえず京子に会いに行こう?」
「そうだな」
三人で京子の薄暗い廊下を歩きながらクラスに向かった。
「失礼します」
美樹が先陣を切って京子のクラスに入っていった。
「三人ともいらっしゃい。そっちも終わったようだね。こっちのクラスもさっき終わったところだ」
「ここは何をやりますか?」
「うちはネコカフェをやる。あの時のネコカフェが忘れられなくてね」
「私も来たいです!」
「俺も来たいです。もちろん凛も来るよな?」
「うん」
「もちろん大歓迎だよ」
「それで歌のほうの準備って今日は何かありますか?」
「今日は特にない。明日に備えてゆっくり寝ることだけだ。私はもう少しやることがあるから先に帰っていて構わない」
「わかりました」
「じゃあ凛帰ろうぜ」
「うん」
真っ暗の中、下校した。こんな遅くに下校したのは久々な気がした。普通なら学校に残っていると先生に帰れと言われてしまうが、学校祭前はそういった先生はいないようである。歩きながら去年の学校祭を思い出そうとした。しかし、これといって印象に残っていることがない。けど、今年の学校祭は一生の思い出になる気がする。違う。思い出に残るような学校祭にしてみせる。より一層やる気が出てきた。そんなことを考えている間に家についてしまった。
明日は頑張ろう。心の中でそう呟いた。
ジージージー。僕の睡眠を邪魔する音がする。嫌々このうるさい目覚まし時計のスイッチを止めた。もう朝のようである。まだ意識がはっきりしない体を無理やり起こして立ち上がりカーテンを開けた。雲がない学校祭日和である。
「凛、おはよう!」
「直哉、おはよう」
「いよいよ学校祭だな」
「そうだね」
「頑張ろうな!」
「うん」
うちのクラスに到着するまでにいろいろなクラスの前を通ったが、昨日は薄暗くてわからなかったが日のさす今でははっきりと見えた。どのクラスも外装から手の込みようはすごかった。
「凛、おはよう!」
「美樹、おはよう」
「みんな一回集まって」
美樹に言われるがまま美樹の周りには二クラスの生徒全員が集まった。
「いよいよ学校祭が始まります。みんなで一生懸命準備したこの喫茶を大成功させましょう。そして一生の思い出になるように楽しみましょう。それでは始めるよ!」
「おー!」
みんな美樹の話で士気がたかまり一致団結した。
「それではさっそく着替えてください」
やるしかないのか。今更逃げられないし覚悟を決めよう。
「わかった」
男子はうちのクラスで着替えて、女子は美樹のクラスで着替えることになった。
着替えようと服を脱ぎメイド服を着ようとするとなぜか複数の視線を感じた。
「そんなみんなジロジロ見るな!」
クラスにいる男子からの視線が痛かった。
「凛。見るなっていうのが無理な話だよ。みんなこれを楽しみにしていたのだから。ほら。早く着替えな」
直哉に言われたが着替えようとしたがなぜか急に恥ずかしくなってきた。さっき覚悟を決めたのだから勢いで一気に着替えた。
「おー!」
みんな何が「おー」なのやら。
「凛。これを忘れているぞ!」
直哉からポンと頭にウィッグを乗せられた。ウィッグをちゃんと被ると
「おーー!」
さっきより大きな歓声らしきものがクラス内に響いた。
「男子、着替え終わった?」
廊下から美樹の声が聞こえた。
「入るわよ!」
ガラガラガラ。美樹が入ってきた。
「相変わらず凛はムカつくぐらい可愛いわね。本当に性転換しちゃえば?」
「するか、バカ!」
「……他の男子もなかなか似合っているじゃない」
そう言っている美樹自身もとても似合っていた。自分の着替えに気を取られ過ぎて周りの男子を見ていなかったが本当にみんなカッコよく見えた。特に直哉は当然のことながら似合っていた。
「それじゃあ、直哉と凛は宣伝のためにこれを首からさげて学校中を歩いてきて!」
美樹から手渡されたのはクラスの番号とメイド喫茶と書かれたのと執事喫茶と派手に書かれた段ボールに書かれた看板のようなもの渡された。
「それじゃあ、宣伝よろしく!」
そう言い残すと美樹はメイド喫茶のクラスに戻っていった。
「じゃあ凛行くとするか」
「うん」
さっそく歩き始めた。まだ開催前だからお客さんはいないが生徒は大勢いた。みんな慌ただしかったが僕と直哉が前を通ると動きを止めてこちらをジロジロと見てくる。そんな中僕たちに近づいてくる生徒もいた。
「一緒に写真いいですか?」
「いいですけど、うちのクラスに来てくださいね?」
「もちろん行きます!」
こんなやり取りを何回も直哉はしていた。僕はただ作り笑いをしながら写真に入っているだけであった。
歩いていると、ニャーニャーと猫の鳴き声が聞こえてきた。この声の発生源は京子のクラスであった。
「生徒会長、おはようございます」
そ こには猫と戯れている京子がいた。
「おはよう。二人とも似合っているじゃないか。なるほど。それで宣伝で歩き回っているのか」
「美樹に言われて歩き回っています」
「私たちも負けていられないな」
「じゃあ俺たちはクラスに帰りますね」
「わかった。学校祭を楽しみな」
「はい」
直哉に続いてクラスを出てった。
「凛!」
京子に呼び止められたので振り返った。
「体調には気をつけながら楽しみなよ?」
「うん」
学校を一通り回ったのでクラスに戻ることにした。
「ただいま!」
「おかえりなさい。こっちは準備万端よ!」
僕たちが回っている間に飲み物やケーキ類が運び込まれていた。
「えー。聞こえているかな」
どうやら校内放送のようである。
「まもなく学校祭が開催されます。くれぐれも問題ごとは起こさないように。それでは頑張ってください」
それで放送は終了した。すでに廊下が騒がしくなっていた。ドアの隙間から覗き込むと直哉と歩き回った時に一緒に写真を撮った人が数人いた。どうやらさっそく来てくれたようだ。メイドはドアの前に並びお客を迎える準備をした。おそらく直哉の方も同じようにしているのであろう。
「それでは開店!」
美樹の開店発言と同時に扉が開いた。
「おかえりなさいませ御主人様」
ついに始まった。




