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学校祭

 僕の役目はドアの前に立ちお客を迎え入れて席まで案内するだけの作業である。美樹たちはお客から注文を聞いてお客まで運び、


「美味しくなーれ」


 と言った後にオムライスであればケチャップでハートのマークを作るらしい。僕がその役目をやることにならなくてよかった。

しかし、僕の考えは甘かった。お客の一人がこういうことを言い始めた。


「あの子にこのソースをお願いしたいのですがいいですか?」


 あの子とは僕のことであった。注文を受けた美樹が僕のほうに近づいてきた。


「凛。私が言うことわかるよね」

「無理だよ。男って絶対にバレるって!」

「いいからやるの。これは命令よ。この喫茶店は凛にかかっている。大丈夫。今の凛は女の子以上に男の子だから」


 美樹は僕の後ろに回り込み背中をポンっと押し出した。その勢いでその注文を出したお客まで行った。心の中で僕は女。僕は女。僕は女。そう言い聞かした。

とりあえずニコッと笑い女声で


「それではソースをおかけしますね。美味しくなーれ」


 言ってしまった。しかしお客の反応がない。あれっと思ってお客の顔を見てみると目をキラキラさせながら僕を見ていた。すると


「おー!」


 着替えた時と同じような歓声が周りから響いた。どうやら大成功のようである。


「俺のところでもやって!」

「俺も、俺も!」


 これをきっかけに僕はこっちの役目になってしまった。


「おかえりなさいませ御主人様……って直哉達か」


 どうやら直哉がクラスの人を何人か連れてこっちに来たようである。


「よう美樹と凛。こっちも結構人がいるな」

「そっちは平気なの?」

「こっちは本格的に忙しくなる前に俺は休憩組に入っとけだってさ」

「なるほどね。凛もそのうち休憩させないと駄目ね……」

「とりあえず凛、案内してよ」

「お前らまでなぜ僕にする」

「決まっているじゃないか。一番人気な人に頼みたいのはみんな一緒だからさ」


 心の中で、我慢。我慢と言い聞かせた。


「……ご案内します」


 嫌々ではあるが今は直哉達も一応お客だから接客することにした。


「オムライスお願いします」


 席に座ってメニュー見ないで一番嫌なのをこいつらは頼んできた。


「お客様、ケーキなどはいかがでしょうか?」


 苦笑いしながら問い直してみた。


「オムライスをお願いします」

「お客様コーヒーなどはいかがでしょうか」


 もう一度問い直してみた。


「凛。あきらめろ」


 僕はその場で大きくため息をついた。


「……少々お待ちください」


 そのあとさっきまでやっていたようにソースをかけてあげたら満足して直哉達は帰って行った。一安心したと思ったら、美樹に呼ばれた。


「どうしたの」

「生徒会長と加藤先輩が来てくれたわよ」

「いらっしゃいませ」


 加藤先輩が僕の格好を、全身を撫でまわすように見ている。


「確かに似合っていね。凛君って知らなかったら声をかけてしまいそうだよ」


 これはありがとうございますと言ったほうがいいのであろうか。


「凛。いらっしゃいませじゃないでしょ。おかえりなさいませ御嬢様でしょ?」


 京子にも直哉のように面倒なことになる予感しかしなかった。


「……おかえりなさいませ御嬢様。おかえりなさいませ御主人様。お席にご案内します」


 二人を席に案内した。


「注文はコーヒー二つでいいわよ。別に言葉といらないわ。私はただ凛の働きようを見に来ただけだから」

「……ありがとう」


 コーヒーはすぐに出来上がったのでそれを持っていった。本当に京子たちは僕を見に来ただけでコーヒー以外の注文や要望は特になく十分程度で店を出て行った。


「凛」


 美樹に呼ばれたので美樹のほうに近づいて行った。


「人も少なくなってきたから私たちも休憩しましょう。またお昼頃になると忙しくなるだろうだから今のうちに休憩」

「わかった」


 休憩とは言われたが着替えることは許されずにこのままメイド服で学校を歩いてまた宣伝するようである。


「今度は私たちが直哉のところや生徒会長のところに行きましょう」

「そうだね」


 最初に隣の直哉のところに行くことになった。


「おかえりなさいませ御嬢様」


 出迎えてくれたのは直哉であった。


「やっぱり来たか」

「こっちもなかなか人が入っているようだね」

「おかげさまでね」

「どうする。何か飲んでいくか」

「いや。大丈夫よ。これから生徒会長のところに行くし、一番人気の凛とリーダーの私が長くメイド喫茶を離れるのはよくないだろうから生徒会長のところだけ行ってくる」

「わかった」

「じゃあ凛行こう」

「うん」


 直哉をいじめたい気持ちもあったがこの気持ちは後に取っておこうと思った。

学校内を歩いていると朝とは違い生徒の視線だけではなく大人の視線もしてきた。


「ちょっとこの格好で学校内を歩くのは失敗だったかしら」

「うん」


 そんな視線を感じながら京子のクラスに向かった。


「二人ともいらっしゃい」


 無事に京子のクラスにたどり着いた。うちのクラスとは違って格好もエプロンだけでシンプルだが内装は猫や観葉植物などが置いてあり、お客もとても落ち着いているように見えた。


 京子に案内され椅子に座った。椅子に座ると猫が近づいてきた。


「かわいい!」


 美樹はさっそく猫と遊び始めた。


「注文はどうする?」

「私、紅茶!」

「じゃあ僕はコーヒー」

「ちょっと待っていてね」


 数分もたたずにコーヒーと紅茶が運ばれてきた。


「歌の件だけど一応私たちは四時ごろにやる予定だからそれまでに体育館に集合してね」

「わかりました」

「凛。本当に歌うの?」

「うん。病院からわざわざ僕の歌を聴きにくれる人もいると思う。僕はそれに応えたい」

「わかったわ。じゃあ、ゆっくりしていってね」


 そういうと京子は仕事に戻って行った。


「凛。私は凛が歌うのは正直反対。何かあったら嫌だもん。でも凛のみんなのために歌いたいって気持ちを尊重したい。だから私も一生懸命演奏頑張る」

「……ありがとう」


 京子も直哉も美樹と考えていることは同じだと思う。心配ばかりかけてしまって申し訳ないけど、もし本当に僕に歌によって奇跡が起こる力があるのは何か理由があるのだと思う。神様はいるかわからないけどきっと僕に人助けをやってほしいのだと思う。


 だから力をくれたと思う。正直苦しいし死ぬのは怖いけどこの力のおかげでお母さんを助けることができたから感謝している。今度はお母さんだけでなくみんなに奇跡を起こす。そのために頑張ろう。


「御馳走様でした。猫かわいかったです」

「来てくれてありがとう。ではまた体育館で会おう」

「はい」

「うん」


 クラスに帰ることにした。


「ちょっと長居しすぎちゃったね。早く戻りましょう」

「うん」


 小走りでクラスに向かった。そんな中杖を使いながら歩いている女性が目に入った。近づくとそれはお母さんであった。


「あら。美樹ちゃん。そちらは。凛ね。二人とも可愛いわよ」

「お母さん。来るなら来るって言ってくれればよかったのに」

「びっくりさせようと思ってね。病院のみんなも歌を聴きに来ているのよ」

「そうなんだ」

「病院から来れない人は凛の歌を、ビデオを撮るからそれを見てもらうつもり」

「なるほどね」

「凛のクラスに行きたいところだけどおばさんの私が入るような喫茶店ではなさそうだから京子ちゃんのところに行ってくるわ。それとお医者さんから聞いたけど歌うなって言っても言うことを聞かないだろうから、……無理はしないでね」

「……わかった」

「……じゃあまたね。楽しみにしているから」

「またね」


 やはりお母さんは知っているようであった。知っていても僕のことを理解してくれているから歌わせてくれるのだと思う。

ありがとう。


「凛行こう」

「うん」


 教室についた。


「やっと二人来たー。もう凛がいいって人が多くて接客が大変だったのよ」

「ごめんね。今から行くから。凛。行くよ」

「うん」


 またメイド喫茶の始まりである。


 あっという間に時間は過ぎて行った。時刻を見るともう三時。店は三時までで三時以降は体育館で演劇やバンドが始まる。


「みんな、お疲れ様でした。軽く片付けたら体育館に行きましょう」


 ようやく終わった。忙しさのあまり、とても時間が過ぎていくのが早く感じた。


「凛。お疲れ」


 直哉のほうも終わったようである。


「じゃあ、凛と直哉、行きましょう!」

「そうだな」

「うん」



 さっきまで大賑わいであった外や廊下は生徒しか残っておらず、お客はみんな体育館に行っているようである。


 体育館に入ってみると生徒とお客がびっしりと入っていた。幸いうちの体育館は大きめで全員入れるだけのスペースはある。後ろの人まで見えるように巨大スクリーンまで備わっている。


 もうバンド演奏などが始まっていた。すると携帯電話が鳴った。京子であった。


「もしもし」

「もう体育館に来ているかい?」

「はい」

「私はステージ裏で待機しているからこっちに来てくれ」

「うん」


 そこで通話は終了した。


「ステージ裏に来てくれだってさ」

「じゃあ行きましょう」


 一度外に出てステージ裏に入る入口から体育館に再び入った。


「三人とも来たね」

「お疲れ様です」

「お疲れ様。喫茶店で疲れているだろうけど私たちの本番はこれから。もう少し頑張って」

「はい。私たちの順番ってあとどれくらいですか」

「今やっているバンドが終わった後に二十分程度の演劇が始まるからその後だ」

「了解です」

「凛。胸のほうは大丈夫?」

「大丈夫」

「練習通りやれば問題はない。あとは凛の胸がなんともなく済んでくれることを願うだけだ」

「そうですね」

「……実は、念のため救急車を待機させてある」

「そうなの?」


 僕は驚きを隠せなかった。準備がよすぎるが、それだけ心配なのだろう。


「ありがとう。これで思う存分歌える!」

「……そうだな」

「なんだか緊張してきちゃった」

「俺も」


 僕は落ち着いていた。死ぬかもしれないという恐怖心もなかった。みんなのために歌いた気持ちでいっぱいである。


「私も緊張している。でもみんななら大丈夫だ」


 京子の言う通りみんななら大丈夫な気がする。


「バンドが終わった」

「じゃあ私たちも楽器の準備をしよう」

「はい」


 僕はステージ脇からお客がいるほうを覗き込んだ。後ろから見た景色と大違いであった。この数えきれないライトの数。見に来てくれたみんなの熱い眼差し。この中にきっとお母さんや病院の方がいるのであろう。その他のみんなにも奇跡が起きればいいな……。


「凛、そろそろ演劇終わるよ」


 演劇が終わると大歓声と拍手が鳴り響いた。それと同時に幕が上から降りてステージが観客のほうからは見えなくなった。


「行くよ」

「はい」


 楽器が配置されて僕たちも位置についた。


「では開けます」


 京子が小さく言った。


「楽しもう」


 三人は頷いた。幕が上に登っていくと同時に拍手が鳴り響いた。眩しい。しかしすぐにこの光になれた。最初は僕が喋ることになっている。


「こんにちは。この中には初めましての方もいると思うので自己紹介から始めたいと思います。ピアノ担当は、生徒の皆さんはご存じの生徒会長の鈴木京子さん。ギター担当は、僕の大親友の佐藤直哉。バイオリン担当の、僕の幼馴染の小栗美樹。そしてボーカルの新堂凛です。作曲に協力してくれたのは元バスケ部部長の加藤智之先輩です。この中には僕の歌を聴きにわざわざ病院から聞きに来てくれた方がいます。ありがとうございます。病院では僕の歌声を奇跡の歌声などと言ってくれている方がいるそうです。今から歌う歌は苦しんでいる方に幸せが訪れますようにと僕の願いがこもった歌です。では歌わせていただきます。あなたのために」



あなたのために      作詞 新堂凛 作曲 加藤智之


苦しんでいるなら  逃げても構わない それを責めたりはしない

けれど 君のことを 思っている人がいる あの日

握ってくれた 手を 思い出してごらんよ


あなたのために 願う たとえ辛くても あの日の出来事を 思い出してくれよ

みんなで 会いたかった みんなで 遊びたかった 

でも 帰った後 君はいなかったね


あなたを思っても ここにはいやしない どこに行ってしまったのかな

生きてくことは 辛いこと ばかりだけれど それ以上に 幸せが

あるけれど わかっているかな



あなたのため 歌う たとえ苦しくても また話せる日を また願ってもいいかな

みんなと 会えなくても どんなに会いたくなくても どんなに寂しくても

この 歌を 届けるよ


あなたのために 私のためにも 声が枯れても 歌い続けるよ

たとえ 苦しくても ダメと言われても この思いは 消えはけしてしない

巡って 届いて 出会ったこの場所 もう何があったか 思い出さなくても

手を握ってみれば あの日の思い出を なぜかそれが急に 蘇ってきているよ



 苦しい。けど何とか全力で歌い切った。いっせいに盛大な拍手が鳴り響いた。観客席からは涙を拭いている人や体を動かしている人。立ち上がって拍手してくれている人が目に入った。


「……ありがとうございました」


 拍手が鳴りやまないまま僕たちはステージ脇に入って行った。入った途端、僕は倒れこんだ。


「凛。大丈夫?」

「凛。聞こえているか?」

「凛。返事して!」


 かすれていく視界にかすかに聞こえるみんなの声。


「凛!」


 僕は目を閉じた。


 僕は目を覚ました。ここはどこだろう。真っ白な世界だ。あそこにいるのは誰。近づいても、近づいても距離が縮まらない。待ってよ。あれは……お父さんだ!


「お父さん!」


 お父さんらしき人は足を止めてこちらを振り返った。たしかにお父さんだ。


「やあ。凛。なんでこっちにいるんだい?」

「ここはどこ?」

「お父さんにもわからない。けど凛はここにはいてはいけない気がする……」

「なぜ?一緒にいようよ」

「凛はまだ向こうでやらなくてはいけないことがあるはず」

「やだ。ここでお父さんと一緒にいたい……」

「ではお母さんやお友達はいいのかい」

「お母さん?お友達?……美樹……直哉。そして……京子!」

「そうだ!僕歌い終わった後、どうなったの?」

「自分で確かめておいで」

「わかった!」

「いい子だ」

「お父さんまたね!」

「ああ」



 重たいまぶたをこじ開けた。見慣れない天井。けど昔こんな光景を見た気がする。頭が重くて周りを見ることができない。とりあえず目だけでキョロキョロと見渡した。誰かが僕の手を握って寝ているようだ。寝ている人には申し訳ないが起きてもらおう。全然腕に力が入らない。けど時間がたつにつれて手の感覚がはっきりしてきた。


「ねえ。起きて」


 動くようになった手でその人を揺すった。その人はゆっくりと体を起こし始めた。どうやら京子のようである。眠そうに眼をこすっている。


「凛!」

「おはよう」


 お目覚めのようである。すると京子がいきなり抱きついてきた。


「バカ!心配させないでよ」

「ごめん。夢を見ていたよ。どんな夢を見ていたかは忘れてしまったけど」

「先生を呼んでくる!」

「わかった」


 医者はすぐにやってきた。


「ようやくお目覚めか」

「どのぐらい眠っていたんですか?」

「……一週間よ」

「そんなに眠っていたのか…」

「では私はお母さんに連絡しておくよ」


 そういうと医者は部屋を出て行った。


「あの後、僕はどうなったの?」

「体育館脇に入った途端に倒れこんだのよ。あの時、あなたの抱きしめたけど鼓動を感じることができなかった。近くに救急車を待機していたからすぐに病院に搬送した」

「そうなんだ」

「そうなんだ、じゃない!」

「ごめん……」

「私は生徒会長だから学校祭を放ってはいけないから一緒に救急車に乗れなかった。あの時ほど自分が生徒会長になったことを悔いたことはないわ……」


 京子が目から大粒の涙を流した。


「心配で涙が止まらずその場に膝をついてしまったわ。数分すると凛のお母さんから電話があって、心臓が動き始めたって聞いたときは一安心してまた泣いてしまった。本当に心配したんだから……」

「ごめん……」

「今も心拍数がギリギリのラインらしくて点滴でなんとか心拍数を上げていられるんだって」

「なるほど」

「もう歌っちゃだめだからね。今度こそ死んじゃうと思う」

「そうだね」

「けど学校祭で凛が歌ったおかげで多くの人に奇跡が訪れたのよ。周りを見てごらん!」


 京子の顔ばかり見ていて周りを見ていなかった。周りを見てみると病室内にフルーツや色とりどりの花束がずっしりとおかれていた。


「これは凛のおかげで奇跡が起きて救われた人や幸せが訪れた人が持ってきてくれたのよ」

「すごいね……」


 あまりの数の多さに驚きである。


「今では凛が歌った動画がネット上に流れて大変なことになっているんだから」

「そうなの?」

「奇跡の歌声ってすごいんだから。動画だから効果は小さいみたいだけどね。でも中にはこの動画を見て音楽関係のスカウトマンが大勢来たけど全員追い払った」

「ありがとう」


 僕が寝ている間に大変なことになっていたようである。


「自分で自分の動画見てみる?」

「後で見るよ」

「ここに学校の記録用に撮影されたビデオカメラを置いておくから後で見てみな」

「ありがとう」


 数時間後、お母さんや美樹と直哉も病室にやってきた。


「凛。京子ちゃんにはお礼を言っておきなよ。私の代わりに付きっ切りで凛の看病をしていたんだから」

「そういえば、お母さん普通に歩けるようになっているね」

「凛の歌をまた聞いたからさらに元気になっちゃったのよ」

「それはよかった」

「直哉と美樹にも心配かけてごめんね」

「無事に目を覚ましてよかったよ」

「そうね」


 すると医者がやってきた。


「元気そうだね。言うまでもないがもう二度と歌ってはいけないよ。鼻歌も念のため禁止だ」

「わかっています」


 それだけ言い残すと医者は病室を出て行った。


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