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【完結】浮気相手の子を「育てろ」と押しつけられたので、罪のない少女は丁重に育てつつ、夫だけを優雅に制裁することにしました  作者: 真義あさひ
本編

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1/7

「私たちの子として育てるように」

スカッと炭酸系のざまぁに疲れてきたので、ワインで晩酌しながらしっとりアラカルトを味わう系のを書いてみた。

「離婚しない」「でも元鞘でもない」お話。

 夫が見知らぬ子供の手を引いて帰ってきたとき、私はちょうど、薔薇園に面したサロンで刺繍をしていた。


 針を持つ手は止めなかった。止める価値のある足音ではなかったからだ。

 ジェラルドの靴音には、いつも微妙に勘に障る軽さがある。自分より大きなものに庇われて生きてきた人間特有の、地に足のつかない歩き方……は言い過ぎだろうか。

 子爵という地位も、この屋敷も、そして私という妻も——彼が自分の力で得たものは、ひとつもない。それゆえの軽さと私は思っている。


「エレオノーラ。話がある」


 声のするほうへ顔を上げる。

 くすんだ亜麻色の髪に、榛色の瞳。中肉中背の、これといって特徴のない立ち姿。

 美男でも醜男でもない、どこにでもいる男。

 七年前、初めて引き合わされたときから、私はこの人に胸を高鳴らせたことが一度もない。家が決めた相手とは、得てしてそういうものだ。


 夫の隣に痩せた女の子が立っていた。


 歳は十になるかならないかだろう。

 仕立ての悪い外套の裾から覗く膝は、節くれだって白い。

 栗色の髪はきちんと梳かれてはいたが、それは今朝、誰かが慌てて整えたという種類の清潔さだった。

 大きな目が、見知らぬ豪奢な部屋を怯えながら一周する。

 その目の色は、――夫と違わぬ榛色だった。


 女の子のその目が、私の刺繍枠の上で止まった。金糸で縫いかけの紋章の上で。

 そろそろ母方の祖父母の結婚記念日なので、プレゼントに添えるハンカチを刺繍していたのだ。


「今日からこの子が、我が家の嫡子だ」


 夫はそう言った。まるで、晩餐の献立でも告げるように簡単な一言で。


「私たちの子として育てるように。名はリーゼ。……私の、娘だ」


 それから夫は、訊いてもいないのに言い訳がましく付け足した。

 母親はもう亡くなっていること。

 この子はずっと、聖アグネス孤児院で育てられていたこと。


 ——聖アグネス。


 その名に私は針を握る指を止めた。

 夫は気づかなかっただろう。けれど私の胸の内では、波紋がひとつ静かに広がっていた。


 懐かしい名前だった。あの孤児院でシスターを務めているのは、私の学生時代の友人だ。

 気高く、辛抱強く、決して嘘をつかない女。もし本当に彼女の手で育てられた子供なら——その人間性を、私は今、目の前のこの軽薄な男よりもずっと深く信用できる。


 もちろん、夫はそんなことは知らない。自分が連れ帰ったこの子が、よりにもよって妻の旧友の庇護のもとで育ったことなど、想像すらしていない。


 針を布に刺したまま置いた。


 私たち夫婦の間に子はいなかった。

 七年。私が産まなかったのではない。彼が留守がちで——いや、今はいい。とにかく、子はいなかった。

 そこに、ある日突然、よその女が産んだ子供を据えるという。それも「育てよ」と命じる。妻の私に。伺いもせず、一方的な宣告として。


 私は、この男のこういうところを心の底から軽蔑している。


 けれど……私は女の子のほうを見た。

 彼女は自分が今どれほど無作法な仕方で、他人の人生の中に放り込まれたのか、まるで理解していない顔をしていた。

 ただ怯えているように見える。床の模様を数えるように俯いて、外套の裾を、小さな指でぎゅっと握りしめて。


 ——この子は、何も悪くない。

 それだけは、はっきりしていた。


 不快だった。腸が煮えるほど不快だった。

 けれどその不快は、すべてこの軽薄な男に向けられたものであって、栗色の髪をした、榛色の目の、痩せた女の子に向けてはならない。


 私は立ち上がった。絹のドレスの裾が衣擦れの音をたてる。

 夫の肩がわずかに揺れた。怒鳴られると思ったのだろう。あるいは針山を投げられるとでも?

 彼は本当に、私という人間を、七年経っても何ひとつ理解していない。


 私は夫を一瞥もせず、女の子の前まで歩いて、膝を折った。彼女と目の高さを合わせるために。


「はじめまして、リーゼ」


 できる限り、意図的に柔らかい声を出した。それは難しいことではなかった。彼女に向ける感情の中には、怒りは一滴も混じっていなかったから。


「私はエレオノーラ。この家の女主人です。……長い旅で疲れたでしょう。お腹は空いていない?」


 女の子はようやく顔を上げた。私を見て、それから、背後に立つ父親を、不安そうに振り返る。


 その仕草で、私はおおよそを察した。この子がこれまでどんな場所で、どんなふうに大人の顔色を窺って生きてきたのか。

 孤児院にこの年まで預けられていたなら、仕方のないことだけれども。


 私は彼女にもはっきりわかるように、微笑んだ。


「この人のことは、いいの。あなたは私とお話ししましょう」


 背後で夫が何か言いかけた。


「エレオノーラ、私は」

「ジェラルド様」


 静かに遮った。名前呼びの冷たさに、彼が息を呑むのがわかった。

 そうよ。もうあなたを「旦那様」とは呼びたくないから。


「お話は後で伺います。たっぷりと。逃げないでくださいね」


 それだけ言って、私は女の子の冷えた小さな手を取った。


 この日のことを、私はきっと長く憶えているだろうと思った。

 私の、静かで優雅な戦いが始まった日として。




5年も投稿してて、まさかの(リンク)シリーズ(とスパダリBL)以外初の小説……だと……

異世界恋愛やヒューマンドラマは好みのシチュエーションがたくさんあるので、いろいろ模索してみたいきもち。


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