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写真の中の彼女

第一話の続きになります。

少しずつ物語が動き始めます。

よろしくお願いします。

翌日、俺は記憶を頼りに自分が通っていた中学へ向かった。

教室へ向かう足取りまで、どこかぎこちない。

三年間通った場所のはずなのに、いざ入口に立ってみると、妙によそよそしく感じた。

教室の中の顔ぶれも、同じだった。

見たことはあるはずなのに、薄い霧を隔てているみたいに、輪郭だけがぼんやりしている。


「おい、湊。入口で何ぼーっとしてんだ?」


その声を聞いた瞬間、ようやく息がつけた。

こういうとき、「見慣れている」と思わせてくれるのは、こいつくらいだった。


「司、よかった」

「は?」

「お前も同じクラスだったの、危うく忘れるところだった」

「何バカなこと言ってんだ? とうとうあの家で脳みそまでやられたか?」


相変わらずだ。

口を開けば、ろくなことを言わない。

けれど、その調子のおかげで、ようやく現実に戻ってきた気がした。

司の悪態は聞き流した。

正直、こいつがいてくれて助かった。

ポケットから写真を取り出し、司に見せる。


「司、この人を見たことあるか?」

「うわ、なんだこれ。どこで手に入れたんだよ、この写真。モデル、めちゃくちゃ可愛いじゃん」


司は写真をじっと見て、眉を上げた。


「ん? しかも、うちの学校の制服か?」


司を見た。

司は「うーん」と唸り、写真を裏返したり戻したりしながら、もう一度眺めた。


「見たことないな。本当にこんな目立つやつがいたら、俺が知らないはずない」


思わず眉を寄せた。

困った。

この中学でまともに覚えている人間は、たぶんこいつくらいだ。

ほかの連中のことは、ほとんど忘れている。

まさか写真を持って、一人ずつ聞いて回るわけにもいかない。

司は俺の焦りを見抜いたのか、急に得意げに笑った。


「なあ湊、お前、マジで急いでるみたいだな。司様がひと肌脱いでやろうか?」


その腹立つ顔を見た瞬間、反射的に相手にしたくないと思った。

けれど仕方がない。

この写真は、元の時間へ戻るための唯一の手がかりだ。


「……頼む。この件は俺にとって大事なんだ」


そう言うと、司は妙に張り切った顔で、俺の手から写真をさっと抜き取った。


「いいぜ。俺が聞いて回ってやる。早ければ昼休み前後には何かわかる」

「当てがあるのか?」

「俺を甘く見るなよ」


司は手の中の写真をひらひら振って、にっと笑った。


「昼休み、屋上で会おう。先に扉を開けておく」


そう言うと、司は何事もなかったように自分の席へ戻っていった。

その背中を見ながら、軽くため息をつく。

屋上は立ち入り禁止のはずだ。

あいつはいったいどこから鍵を手に入れたのだろう。

とはいえ、司ならたぶん本当に、学校中の噂を知っているという、あの「情報屋」のところへ行くのだろう。

その後の授業は、まともに頭に入ってこなかった。

中学の授業内容は、今の俺にとってはあまりにも聞き覚えがある。

教師が教壇で話していることも、ほとんど意味を持たない。

だからこそ、時間は余計に長く感じた。

ようやく昼休みまで耐えたところで、チャイムが鳴った。

ほとんど同時に、司が教室から飛び出していく。

どうやら、本当に何かを聞き出してきたらしい。

教室の人間がほとんど出ていくのを待ってから、そっと立ち上がった。

廊下の生徒や見回りの教師を避けながら、屋上へ向かう。

入口に着いて押してみると、扉は本当に開いた。

本当に開けやがった。

扉を押し開けた瞬間、冷たい風が一気に顔へ吹きつける。

屋上の空気は校舎の中よりずっと澄んでいて、呼吸まで軽くなった気がした。

高い場所を渡る風は、校庭脇の桜の花びらまで巻き上げていた。

淡い桃色の花びらが、空中でくるくると回る。

なぜか、俺はまた昨日の神社にあった、あの桜の木を思い出した。


「待たせたな、湊」


声を聞いた瞬間、胸が跳ねた。すぐに振り返る。

少し離れたところで、司がこちらに手を振っていた。


「『答え』を連れてきた」


答え。

その言葉に、思わず胸が高鳴った。

司が体を横にずらした。

その後ろに、一人の女子が立っていた。

長い髪に、重たそうな前髪。

その奥にあるはずの目は、ほとんど見えない。

季節外れの大きな上着を羽織り、スカートの裾は足首近くまで伸びている。

体の線どころか、存在そのものまで隠そうとしているみたいな格好だった。

司はこの女子を連れてきて、何がしたいんだ?

彼女が「情報屋」なのか?

目の前の彼女と、写真の中の少女が、どうしても結びつかなかった。

違いすぎる。

写真の中の彼女は、桜吹雪の中に静かに立っているだけで、どこか特別な美しさがあった。

けれど目の前の女子は、自分の存在そのものを隠したがっているようにしか見えない。

反射的に司の袖を引っ張り、脇へ寄せて声を落とした。


「誰だよ? お前の言う『答え』って、まさかこの人のことか?」

「お前、さすがにひどすぎるだろ、湊」


司は呆れた顔で俺を見た。


「お前が探せって言った人を、俺が連れてきたんだぞ。それなのに、お前のほうが見分けられないのかよ」

「……見分けられなくても普通だろ。違いすぎる」

「まあ、それはそうだな。情報が間違ってなかったら、俺だって本人だとは思わなかった」


司はあの女子を振り返ってから、さらにこちらへ顔を寄せた。


「彼女も写真を見た瞬間、びっくりしてた。自分は写真みたいな髪型にしたことなんてないってさ」


一瞬、何と答えればいいかわからなかった。

神社のこと。

少女のこと。

写真のこと。

それに、三年前へ戻ってきたこと。

ぜんぶまとめて話すわけにはいかない。

そんな話をしたところで、でたらめを並べているようにしか聞こえないだろう。

もう一度、その女子へ目を向けた。

彼女は静かにそこに立ったまま、両手で上着の裾を握っていた。

全身がひどくこわばっていた。

俺と司に放っておかれたせいで、余計に不安そうに見える。

……失礼すぎる。

確認するために呼び出したのはこちらなのに、一人だけそこに立たせておくなんて。

まして俺たちは、彼女のことを横で話していたのだ。

司を押しのけ、彼女のほうへ歩いていった。


「ごめん」


できるだけ声をやわらげた。


「急に呼び出したうえに、放っておいて悪かった」

「い、いえ……」


彼女はうつむいたまま、風に消えそうなくらい小さな声で言った。


「気にしないでください……」


ここまで近くにいなければ、たぶん聞こえなかった。


「あの……」


彼女はそっと指先を握り込む。


「写真のこと……」

「ああ、それは――」


口にしたところで、こっちが先に言葉に詰まった。

とにかく先に人を見つけることだけを考えていた。

けれど実際にここまで来ると、どう説明すればいいのかわからない。

それに、目の前の彼女が写真の少女と同一人物だとは、とても思えなかった。

確認したくても、顔がほとんど見えない。

ただ、目から下だけを見る限り、かなり整った顔立ちをしているようには思えた。

少し迷って、それでも尋ねる。


「写真に写っている人……君なのか?」


彼女は考え込むように黙った。

数秒してから、ほとんど聞き取れない声で口を開く。


「もし……私にすごく似ている人がいないのなら……たぶん、私です」


まるで自信のない答えだった。

前髪に隠れた彼女の顔を見つめているうちに、思わずもう一言だけ聞いてしまった。


「あの……少しだけ髪をどけてもらえないか? 確認したいんだ――」


言い終える前に、彼女は何かに刺されたみたいにびくりと肩を跳ねさせた。

一歩後ずさり、腕を抱いて全身を縮こまらせる。


「わ、私……私……」


それは、ただ驚いただけの反応ではなかった。

ほとんど本能に近い、防御反応に見える。


「ごめん」


すぐに言い直した。


「大丈夫。嫌ならしなくていい。無理にとは言わない」


彼女はうつむいたまま、答えなかった。

風が俺たちのあいだを抜け、数枚の桜の花びらを巻き上げた。

しばらく、誰も言葉を発しなかった。


「どうだ? 確認できたか?」


橘司が俺の耳元に寄ってきて、小声で尋ねた。


「まだだ。本人が嫌がってるなら、俺にはどうしようもない」

「あの……大丈夫です」


彼女がふいに口を開いた。


「本当にいいのか? どうしても見せろって言ってるわけじゃない」

「はい」


彼女は小さくうなずいた。


「誰にも言わないで、秘密にしてくれますか?」

「……わかった」


司には少し離れているように言い、確認は俺だけですることにした。

彼女にとって、顔を見られること自体が傷に触れる行為なのかもしれない。

彼女はゆっくりと手を上げ、額の前髪をどけた。

ようやく、彼女の顔が見えた。

その瞬間の感情を、うまく言葉にできなかった。

彼女はひどく大変なことをやり遂げたみたいに、そっと息を吐いた。

それから俺の視線を避けるように脇へ行き、腰を下ろす。

鞄から弁当を取り出し、慎重に開けて、うつむいたまま食べ始める。

昼休みなのだから、それ自体はおかしくない。

けれど俺には、このあと向けられるであろう質問から逃げているように見えた。


「どうだった? 用は済んだか?」


司が近づいてきて尋ねた。

すぐには答えられなかった。

見つけた。

けれど、違う。

前髪の奥にあった青い瞳と泣きぼくろ、そして顔立ちの雰囲気から、写真の人物が彼女であることはわかった。

けれど、違う。

彼女の額や目尻には、大きさの違う傷痕がいくつもあった。

どう見ても、転んだとかぶつけたとか、そういう傷ではない。

誰かにつけられたものだと、すぐにわかった。

俺の様子を見た司も、表情を真剣なものに変える。


「どういうことだ? 説明しろ」


さっき彼女には、誰にも言わないと約束したばかりだ。

それでも今は、司にだけは知ってもらうしかなかった。

俺は声を落とし、さっき見たことを簡単に話した。


「はあっ?!」


慌てて司の口を手で塞いだ。


「声が大きい」

「悪い悪い……マジかよ?」

「この目で見たんだ。嘘なわけないだろ。それに彼女は、明らかに人に知られたくなさそうだった」


その反応だけで、だいたいの事情は察せられた。

あの傷が、自分でつけたものだとは思えない。

学校でつけられたのなら、彼女はいじめられているのだろう。

あそこまで怯えさせる相手なら、ただの同級生とは限らない。

上級生か、あるいはクラス内でかなり力を持っている誰かかもしれない。

もう一つの可能性は、家庭の問題だ。

もし家でつけられた傷だとしたら、彼女が口にできない理由も、なおさら重くなる。

もちろん、ほかの事情も考えられる。

ただ、俺の記憶では、あの数年、町の見回りは以前よりずっと厳しくなっていた。

中学の頃、外から来る人間が増えたせいで、巡回も強化されていたはずだ。

可能性が高いのは、やはり学校か家庭だろう。

どちらにしても、胸の悪くなる話だった。


「それで、これからどうする?」


ずっと考えていた。

なぜ自分は三年前に戻ったのか。

なぜ彼女を見た直後だったのか。

今なら、少しだけわかる気がした。

たとえそれが理由じゃなかったとしても、彼女を放っておくことはできない。


「司……」


俺が口を開くより先に、司が肩をぽんと叩いた。


「わかってる。俺も乗る」


一瞬固まり、思わず司を見た。

……面倒なときほど、逆に頼りになるやつだ。

少なくともこれで、一人ではなくなった。

次は、彼女に気づかれないように原因を探る必要がある。

もう一度彼女の前へ行き、できるだけ穏やかな口調にした。


「あの……まだ名前を聞いてなかった」


突然聞かれるとは思っていなかったのか、彼女の肩が小さくすくむ。


「つ……」


短い音を漏らしたところで、彼女は何かに気づいたように言葉を止めた。


「……雪代澪です。雪代澪と言います、桜井くん」


さっきの音が、少し気になった。

けれど彼女はもううつむいていて、続きを説明するつもりはなさそうだった。


「よければ、連絡先を交換してくれないか。あとで何か困ったことがあったら、直接俺に連絡してくれていい」


彼女は少し慌てたように見えた。

何度か深呼吸をしてから、小さくうなずいた。


「……また、迷惑をかけてしまいますね」

「ん? 今、何か言ったか?」

「な、何でもないです」


彼女は慌てて首を振り、俺の視線を避けた。


「それで、その写真は……」


彼女は、俺の手の中にある写真がどうしても気になるようだった。

自分とそっくりな人物の写真が、異性の手にある。そう考えれば、怖いに決まっている。


「この写真は、えっと……」


そのとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「時間だ。この写真は……たぶん、君によく似た人が写ってるだけだ。そういうことで、戻ろう」


写真のことは曖昧にごまかした。

これ以上追及されないことを願うしかない。


「そ……そう、ですか……」


彼女は荷物を片づけると、教室へ戻っていった。

俺と司もそのあとに続いた。

本当は教室へ戻る途中で、司と今後のことを話すつもりだった。

けれどその頃になって、ようやく空っぽの腹が抗議を始める。

結局、最後まで俺たちは何も話さず、売店で買ったパンを一つずつかじりながら、のろのろと教室へ戻った。


午後の授業は、あっという間に終わった。


「湊、一緒に帰ろうぜ。ちょうど、このあとのことも話したいし」


うなずいた。

もともとそのつもりだった。


校門を出ると、通学路はすでに夕陽で暖かな色に染まっていた。

空に浮かぶ赤みを帯びた雲を見上げ、一瞬ぼんやりした。

ほとんど同じ景色のはずなのに、記憶の中のそれとは、やはり三年ぶんの距離があった。

もう一度ここに立ってみると、感覚はまるで違っていた。

司が口を開くまで、我に返れなかった。


「お前の話だと、彼女の顔の傷は誰かにやられたものってことだよな。見間違いじゃないんだな?」

「ああ。あれは絶対に、どこかにぶつけてできる傷じゃない」

「わかった。明日、俺が聞いてみる。学校で彼女をいじめてるやつがいないかどうか」

「……本当に助かる、司」

「それより」


司は俺をちらっと見て、急に笑った。


「お前、あの子のこと好きになったんじゃねえの? じゃなきゃ、そこまで気にするか?」

「そういう冗談はやめろ」


ほとんど反射的に言い返していた。

自分でも、声が少し硬すぎたと思った。


「……怖っ。急にそんな真面目な顔すんなって。悪い悪い、もう言わねえよ」


司は肩をすくめ、空気を読んでその話題を流した。

まもなく、俺たちは交差点に着いた。


「じゃ、俺はこっち。明日、連絡する」

「ああ、また明日」


司と別れたあと、一人で家のほうへ歩いた。

まず確認すべきなのは、雪代が学校で誰かに狙われているかどうか。

本当にそんなことが起きているなら、噂ひとつ立っていないはずがない。

それに、この学校にはもともと、噂を集めるのが得意な人物がいる。


家に着いた頃には、空はさらに暗くなっていた。

玄関は、静まり返っていた。

母さんはいない。

兄もいない。

今の俺にとっては、むしろそのほうが気楽だった。

冷蔵庫から食材を取り出し、適当に作って腹を満たす。

ほかの二人はたぶん外で食べるだろうし、俺が心配することではない。

それに母さんは、たぶん俺が作った飯なんて食べたがらない。


食事を済ませ、簡単に洗面をしてから、自分の部屋に戻った。

まだ時間は早いのに、もうベッドに倒れ込みたい気分だった。

今日起きたことが多すぎた。

ほかのことを考える気力もなくなるほどに。

……明日は、少しでもうまくいくといい。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


少しずつ物語が動き始めました。

次話もお付き合いいただけたら嬉しいです。

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