12・愚かな元夫は、離縁した妻を恋しがる
ライラ達が華やかなパーティーを満喫している一方で――
フレッグはリリアナの家で、体調を崩して寝込んでいた。
「う、うぅ……」
両親から冷たい目で見られるのが嫌で、実家ではなく、掃除の行き届いていない不衛生なリリアナの家で暮らすようになったという環境の変化。以前は栄養について考えられたライラの手料理を食べていたのに、最近は自分かリリアナの、まともに火が通っていなかったり焦げていたりするような食事をしていること。そして不貞を公にされ人々に後ろ指をさされるようになったというストレス。それらが複合し、身も心も弱って熱を出したようだ。
「まったく、あの女から光の剣を奪わなきゃいけない矢先に寝込むなんて! 何なの? 少し前までは英雄とか呼ばれていたくせに、ちょっと体調を崩したくらいで大袈裟に苦しんじゃって、情けないわね」
薄い毛布にくるまって寝込むフレッグに冷たい声を浴びせるのは、リリアナだ。
「情けないとはなんだ! 熱があるし、頭がクラクラして、本当に気持ちが悪いのに! ……ああ、腹も減った……リリアナ、何か食べやすい物を作ってくれ……」
「なんで私が。自分でやりなさいよ。熱をうつされたら嫌だし、私、今日は外で何か食べてくるから」
リリアナはそう言って、バタンと外に出て行く。フレッグは硬いベッドの中に一人、取り残された。
「なんなんだ、あの女は……! 以前とは別人じゃないか。あいつ、俺が光の剣を持っていた間は、猫を被っていたんだな……!」
フレッグは、リリアナが出て行った後のドアに向け、枕を投げつける。枕は跳ね返り、ゴミだらけの部屋の中に落ちた。フレッグもリリアナも掃除が嫌いなため、現在部屋の中は汚れきっている。ゴミが散乱し、埃は積み上がり、羽虫まで飛び交う始末。フレッグは、チッと舌打ちをした。
(俺は具合が悪いんだぞ。掃除や料理くらい、してくれたっていいだろう!)
心の中で文句を言うものの、当のリリアナはもう行ってしまった。仕方なく自分で何か作ろうかと思ったが、フレッグが料理しても、どうせ不味いものができるだけだ。そもそも、金がないフレッグとリリアナの家には、もう食料もろくなものがない。外に何か食べに行くと言ったリリアナだって、買えるのはせいぜい、固くて小さな黒パンくらいのものだろう。
「はあ……っ。俺が体調を崩すなんて……。俺は、俺は英雄なのに……」
(いや、待てよ……だが光の剣を持っていたときも、体調を崩したことはあったな。そのときは、ライラが看病してくれて……)
当時のライラは、温かなパン粥を用意してくれたし、果物を剥いてくれた。ずっと傍についていてくれて、汗を拭いたり、薬を飲ませたりしてくれた……。
「……ライラが、いてくれたら……」
だがそんなライラに対し、フレッグは「林檎じゃなくて柑橘が食べたい」だの「苦い薬なんて飲みたくない」だのと我儘を言ってばかりだった。それは体調を崩して不安になっているからこその甘えでもあったが、そもそもフレッグは元気なときだっていつもライラに冷たく当たっていた。
(……あいつに、もっと優しくしてやっていればよかったのか? だがあいつは、英雄の妻としては相応しくないような女だったし……)
――そうだ。何を懐かしく思ったりしているのだ。あいつは俺を刺し、俺から英雄の座を奪った非道な女じゃないか、と。フレッグはライラへの想いを消し去ろうとする。
(今は体調を崩して心が弱り、うっかりライラのことを恋しく思ってしまっただけだ。俺は……俺はあいつから光の剣を取り戻し、今度こそ真の英雄として賞賛を浴びるんだ! そうしたらライラだって、『離縁を突きつけた私が間違っていました』と自分の過ちを認めるだろう。どうせあんな地味女、俺以外に貰ってくれる男なんていないだろうしな。……本当はあいつだって、俺と別れたことを後悔しているんじゃないのか? そうだ、そうに違いない!)
「よし! 腹が減ったし、やはりスープでも作るか」
少しだけ気を取り直したフレッグは、ベッドから起きて、食材の残りカスでスープを作ったのだが――
「う、うげえ……っ。どうしてこうなるんだ……!」
あまりの不味さに、思わず吐き出す。そしてやはり、心がライラを求めてしまうのだった。
(――ああ。やはりライラは……本当は、いい妻だったんだな。なあ、戻ってきてくれないか、ライラ……)
今更そんなことを考えたって、もう遅いに決まっている。それでもフレッグは未練がましく、自分が虐げてきた妻を恋しがる。どれだけ後悔しようが、何もかも、もう手遅れだというのに。
不味いスープは、飲み込むと頭痛がするほどだったが、他に食べる物もない。フレッグは汚れた部屋で一人、無理矢理自分の作ったスープを啜るのだった――
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