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第3話 もう一人の訪問者

台風一過の抜けるような青い空だった。

多恵の強引なリクエストにより、玉城は近くに出来た巨大アウトレットモールに付き合わされることが決定した。

来るときはすっぴん同然で来たくせに、出かける前になるとメイクに余念がない。

多恵は洗面所の鏡に貼り付いたまま動かなかった。

「急げって言ったくせに」 不満げな玉城。

「女は時間が掛かるものなのよ」

「面倒くさいな」

「気の短い男には彼女が出来ないわよ」

「大きなお世話だ!」

こいつだけは絶対に大東和出版に入社させてはいけない。半ば本気で玉城はそう思った。

仮にもし入社したとして、長谷川の下にでも配属された日にはどんな火花が散るか分からない。

玉城はゾッとした。


「ねえ、先輩は大東和出版でどんな仕事してるの?」

鏡を見つめてマスカラを塗りながら多恵が聞いてきた。

「いろいろ、細々ね。取材とか、コラムとか」

「へえ、どんな人の取材するの? 芸能人とか? モデルとか?」

「そうだな。鳥とか」

多恵はくるりと首をこちらに向けてキョトンとした。

「鳥?」

「そう、鳥」

玉城がニヤッとして言うと、多恵は腑に落ちない顔をして、また鏡に向かった。

「笑い所がわかんない」


その時、ふいにドアホンが大きく部屋に鳴り響いた。

「こんな朝っぱらからお客なの?」

メイクがあらかた終わったらしい多恵が化粧道具を片づけながら言った。

時刻は午前9時前。

「多恵ちゃんは記憶喪失か? 君はいったい何時にここへ来たと思ってるんだ」

あきれ果てながら玉城は玄関に向かった。

自分でも「こんな時間に誰だろう」と、いぶかりつつ。


ドアを開ける前に覗き穴から外を確認してみた。

正面に人影は無かったが、下の方にしゃがみ込んでいる人物が確認できた。

「あれ? なんで?」

裏返った声を出すと玉城は急いで鍵を開けた。

「誰なの?」

興味深そうに多恵も玄関の方へ近づく。

「ありえない人」

そう言いながら重い玄関ドアを開けた先に、しゃがみ込んでいるリクがいた。


「あ」

玉城を見上げるリク。

「どうしたリク。なんでお前が居るんだ?」

ある意味とぼけた質問だったが、玉城にとってこれほど意外な客はいない。

玉城の横からヒョイと顔を出してリクを見た多恵が、ハッと息を飲んで照れたように顔を引っ込めた。


リクはゆっくり立ち上がると玉城の後ろに隠れてしまった多恵をチラリと見、

次に玉城を見て「ごめん、お邪魔しちゃったね」と、小さく言った。

「え? あ、いや、この子は違うんだ、友達の妹だよ」

友達の妹という言葉が、何か免罪符になるのかは分からなかったが、

妙な誤解をされないために玉城は必死だった。

長谷川の好意で貸して貰ってる社員寮に、女を連れ込んでるなんて思われたくなかった。


そしてなぜか多恵も必死らしかった。

「そうなんです。妹分なんです。たった今ここに来たばかりなんですよ」

いや、4時間前だ。夜明け前だ。と言いそうになったが玉城はぐっと堪えた。


「そう」

リクは穏やかな表情で笑った。

玉城のシャツの裾を後ろからぐいっと引っ張ると、多恵は小声で聞いてきた。

「ねえ、誰? 友達?」

返事の代わりに玉城は苦笑いをしてみせる。

ちょっと説明がめんどくさい。

それよりもこっちがリクに尋ねたいことがいっぱいだ。

“何でここに居るのか”

“しゃがみ込んで、何をしていたのか”

“お前の足元にあるオモチャは何だ”


玉城は再びリクの足元の物体に視線を落とした。

それを察したのかリクが口を開いた。


「玉ちゃんさ、鳥類の恋人でもいるの?」

「は?」

まさに「は?」としか答えようがない。

奇妙なやり取りに多恵もクイと体を乗り出して二人を見た。


リクは少し困ったように笑いながら、足元にあった小さな可愛らしいベビーカーをそっと持ち上げて、その中身を玉城と多恵に見せるように傾けた。

ふんわりとガーゼの柔らかい布が敷かれた小さなベビーカーの中には

ツヤの良い水色の卵が3つ乗っていた。

そしてその横には綺麗な手書きの文字で、

『事情があって私には育てることができません。どうかこの子を可愛がってあげてください』

と、書かれた便せんが添えられていた。


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