8話 聖女、儀式を見守る
その後行われた儀式は、すごいものだった。
三人の王子が魔法陣の三方に立ち、呪文を唱える。
そうすると神聖な力が神殿に満ち……リーンの像から優しい光が生まれ、それは貫くように天に伸びていった。
あの光が、各地の塔に届けられ、結界を強化するのだろう。
あっという間に終わった……。
終わった後の王子達は三者三様。
長男の肉体派エドワード王子は疲労した様子もなく、平然としている。
私に丁重に挨拶をして、付き人や兵士たちを引き連れて、午後の鍛錬のために去っていった。
ジェシー王子は、周囲の巫女や神官に気さくに声をかけ儀式の成功を喜ぶ。
そして私に歩み寄ってきて気軽に声をかけてくれた。
「どうだった?聖女アルナ様。これが俺たちの護国の結界の儀式だよ」
「お兄様。アルナは午前僕に魔力供給をして疲れているんだよ」
わっと割り込んでくるキース王子。
「話したいのはわかるけど、明日も僕の体に溜まった魔の息吹を祓ってもらわないとね。今日の儀式でも、体に重たいものが溜まったのがわかる。
アルナは僕がしばらく独占する。お兄様達、悪いね」
「まったく、ワガママ坊やだな。キース。
アルナ、困ったらいつでも相談して」
ジェシー王子は流れるような所作で私の手を取り、跪いて手の甲にキスをした。
ああああ!
そんなそんな。
王子様みたいな事を……って王子様だった!
後ろでものすごい怒りの気配。
キース王子が怒ってる。
怖い……!
「アルナ。行こう。黒曜石宮に戻るよ」
私は慌ててキース王子の後をついていった。
「アルナ。もう一度、今の儀式で僕の体に溜まった息吹を祓って」
キース王子は吐き捨てるように言いながら、黒曜石宮に歩き続ける。
私も慌ててその後を追いかけるが……。
「ビア、昼食を用意して。
黒曜石宮の僕の部屋で食べるから。アルナの分も」
キースの早口の指示でビアはうなずき、お辞儀をして去って言った。
ひええ、王子の機嫌最悪。
黒曜石宮。
彼部屋に戻ると、彼はまだ私が足を踏み入れていない二階に付いて来るように促してきた。
従者には一階にいるよう指示し、私たちは階段を登る。
黒曜石宮の2階は、キース王子の寝室。
豪華な調度品と、天蓋付きの大きなベッド。
執務用の黒樫のデスクと、休憩や来客用なのか、グレーの立派なソファセット。
ソファの上にどかっと腰掛けると、キース王子は儀式の間、黒曜石宮でお留守番をしていたチャーリーを抱きしめた。
「ただいまチャーリー。不安にさせたね。いい子にしてた?
さて。
アルナ、体調は?」
「変わりないです……」
「僕は疲れた。儀式の後はいつも体が重い……結界を通して魔の息吹を吸ってしまう……」
「大変……宮廷医師や神官を呼びますか?」
「いい。彼らの術では殆ど楽にならない。もし問題なければ、アルナ。もう一度魔力供給をしてくれない?つらいんだ」
ええっと……。
「魔力供給は一日一度ってビアさんから伺っていたんだけど……」
「しんどいならいい」
キース王子は私に背を向けた。
「もう本殿に戻っていいよ」
「そんな……そんな事言わないでください。わかりました。魔力供給をしましょう」
「唇?握手?」
うっ。
「私……ご説明した通りキスはしたことがないので、唇は……」
「ふうん」
キース王子はこちらに体を向けて足を組んだ。
そして斜めに体を傾けて、そっくりかえってこちらをじろりと睨めつける。
「本当に初めてのキスで緊張するから?
僕のことが嫌いだからなんじゃないの?」
キース王子は肩を震わせて、床に向かって吐き捨てるように言った。
「お兄様達になら、キスで魔力供給できるんだったりしない?」
「そんなことはしません!」
「信じられないな。僕はワガママだし、気難しい。しかも体に魔の息吹をためている呪われた存在。
僕にキスしたい女性なんていない……。
それでも、僕はアルナにキスしたいんだ。
僕を救ってくれる僕だけの聖女様。
お願い。
僕のことが嫌いじゃないっていうんだったら、キスしてよ」
ええええ!
彼は立ち上がり、私にずいっと迫ってきた。
「……いや?」
嫌……じゃない。
キース王子のじっとりと念がこもった懇願するような琥珀の瞳の真剣に見つめられ、心が震える。
推しが近い。近すぎる。
どうしよう……流されて負けちゃいそうです。
そういえば、
体験版ではここでキスシーンだった……。
どうする?
どうするの私!!
(続く)