第28話『家に帰るまでが旅行』
宿に戻った私たちは、ひとまず温泉で汗と汚れを流すことにした。
先に上がった私とロイドは、着替えを済ませ、汚れた服を片付けていた。
「洗濯が大変だわ……」
「私がすべて綺麗にしておきますよ」
「助かるわ……一家に一台ロイドの時代ね……」
ロイドと手分けして服を袋に入れながら、宿の玄関でのことを思い出す。
笑顔で出迎えてくれた女将さんは、エリスの血まみれのパーカーと、胸元に開いた穴を見て、大慌てでタオルを持ってきてくれた。
事情を説明して何とか落ち着いてもらったが、流石に申し訳なくて、売店でお土産を少し多めに買っておいた。
袋の口を閉じ、鞄にしまっていると、襖の向こうから声がした。
「失礼しますわ」
ポルフォルが、スマートフォンを片手に入ってきた。
初めて会ったときと同じ、紫の半袖ニットとアイボリーのフレアスカートに着替えていた。
「報告は終わった?」
「ええ」
座布団を引き寄せて勧めると、ポルフォルは膝を揃えて座った。
「騎士団本部から、この町のギルドへ、警備と警戒を強めるよう指示が出るそうですわ。それと……」
手元のスマートフォンに目を落とし、ばつの悪そうに笑った。
「わたくしは、反省文を書くことになりました」
「反省文?」
ロイドと顔を見合わせると、ポルフォルはスマートフォンを座卓の上に置き、再生ボタンを押した。
聞き覚えのある声が、スピーカーから流れてくる。
『休暇中なのに働いて~。服務規程違反で反省文ね~。残りの休暇は、ちゃんと休むように~』
言葉が途切れ、ツー、ツー、と電子音が続いた。
「……メリンらしいですね」
「でも、メリンなら多少雑に書いても許してくれそうね」
「あら、メリン先輩は、あれで結構細かいんですのよ? 特に文章の読みやすさには、騎士団でもトップクラスに厳しいですわ」
「へぇ……意外な一面」
三人で談笑していると、露天風呂の方から、着替えを済ませたテュフォンが駆け寄ってきた。
「ライラお姉ちゃーん」
「あら、テュフォン。綺麗になったわね」
「ふふん」
私の膝の上へ座り、上気した顔をポルフォルへ向ける。
「ポルフォルお姉ちゃん、これで一緒に遊べる?」
「……ええ。大丈夫ですわ」
「それじゃあ、時計も見れるね!」
ポルフォルは少しだけ口を開いたが、すぐには返事をしなかった。
やがてスマートフォンをハンドバッグへしまい、テュフォンに笑いかける。
「……ふふ、そうですわね。今日は、一緒に見ましょう」
テュフォンが、嬉しそうに頷いた。
「あれ? 僕がいない間に、なんかいい感じの雰囲気……」
まだ髪の濡れたエリスが、ガラス戸から頭を出した。
* * *
町の散策に出た私たちは、露店で食べ物を買いながら、からくり時計のある場所へ向かっていた。
「んまーい」
エリスが、紙袋から取り出した饅頭にかじりついていた。
黄色い粒のついた表面を愛おしそうに撫で、残りを口に放り込む。
幸せそうに咀嚼しながら、もう一つの紙袋を覗き込んだ。
そこから饅頭の天ぷらを取り出し、また一口かじる。
「あわまんじゅうも、饅頭天ぷらも美味しいねえー!」
「饅頭ばっかり……」
「違うよ、ライラ! よく見て! これがあわまんじゅう、これが饅頭天ぷらで、こっちが薄皮饅頭。そしてこれが……」
「あー、分かったから。ごめんって。ほら、着いたわよ」
からくり時計の前で立ち止まり、エリスの饅頭講座も適当なところで切り上げさせた。
そこそこの人だかりの中で、ポルフォルが手にした紙袋の口を開く。
中から、黒く輝く小さな饅頭を取り出して、
「わたくしは、かりんとう饅頭ですわ」
「いや、あんたも乗るんかい」
「? 何がですの?」
呆れる私の横で、ロイドが時計の下の札を確かめ、文字盤へ目を移した。
「あと三分ほどですね」
「よかったー。間に合ったね」
テュフォンが、閉じている小窓を見上げた。
饅頭談義で盛り上がる二人に声をかけ、皆で時計が動くのを待った。
もうすぐ動き始めるというところで、ポルフォルの視線が時計から外れた。
通りの向こうで、女性の持っていた紙袋が破れていた。
土産物の箱が足元に落ち、女性は袋を抱えたまま、それを拾おうと屈んでいる。
「……ちょっと、行ってきますわ」
ポルフォルが、饅頭を紙袋へしまった。
女性の方へ踏み出そうとしたところで、私はその手を取った。
「ライラさん?」
「大丈夫よ。ほら」
女性の近くを歩いていた男性が、落ちた箱を拾っていた。
店先から出てきた人が、新しい袋を差し出す。
女性は箱を受け取り、破れた袋と一緒に、新しい袋へしまった。
何度も頭を下げる女性に、二人は笑いかけていた。
ポルフォルは何も言わず、しばらくその光景を眺めていた。
「ポルフォルお姉ちゃん、見て!」
テュフォンがポルフォルの袖を引いた。
時計の方を振り返ると、明るい音楽が鳴り始めた。
集まった人たちがカメラを向ける中、小窓が左右に開き、赤い鬼と青い鬼が顔を出す。
それぞれ小さな手ぬぐいを肩にかけ、音楽に合わせて首を振っていた。
文字盤の下から湯船がせり出すと、二体は並んで腰を下ろした。
縁に腕を載せ、交互に身体を揺らす。
やがて揃って頭を下げ、小窓の奥へ戻っていった。
音楽が終わり、扉が閉じると、周囲の人たちはカメラを下ろし、談笑しながらその場を去っていった。
「……見られましたわね」
ポルフォルが、閉じた小窓を見ながら、ぽつりと言った。
口元の緩んだ横顔に、そっと声をかける。
「これで、見たかったものは見れたわね」
「ええ。ちゃんと満喫しましたわ。見たかったものは」
「お、なんか含みのある言い方だね?」
エリスは饅頭を食べ尽くしたのか、紙袋をくしゃりと丸めながら笑いかけた。
「やりたいことがありますの。今晩、お邪魔してもよろしくて?」
こちらに向き直ったポルフォルに、私たちは当然、頷き返した。
* * *
その晩、私たちは五人で座卓を囲んでいた。
卓上には、昨日とは別の人生ゲームの盤面が広げられ、色とりどりの駒や紙幣が並んでいる。
「同じ人生ゲームの二周目はちょっと辛いからね、別のやつにしたよ!」
「……お手数をおかけしますわ」
ポルフォルは苦笑いを浮かべながら、ルーレットに手を伸ばした。
出た目を見て、紫色の駒を進める。
「寄付マスですわ。学校建設費として百万……は、破産ですわ……っ!」
最後の紙幣を支払って、そのまま頭を抱えてしまった。
続けて、エリスが笑いながらルーレットを回す。
駒を進めると、カンパのマスに止まった。
「一番資産の少ない人に資金援助……じゃあ、ほい。ポルフォルに十万」
「まあ、いいんですの?」
エリスが紙幣を数えて、ポルフォルに手渡した。
ロイドと私も、順番にルーレットを回す。
「私もカンパマスに止まりましたので、五万お渡しします」
「私も。こっちからは七万」
「皆さん……ありがとうございます。おかげで、持ち直せましたわ」
その後も、ポルフォルは寄付マスに止まっては、破産しかけていた。
そのたびに誰かがカンパをして、どうにか全員で進み続け、
「ゴールですわ!」
全員の駒が、最後のマスに揃った。
ロイドが電卓と紙を手に、皆の顔を見渡す。
「お疲れさまでした。資金の計算をしますので、手元の紙幣を出してください」
全員が、紙幣を卓上に載せていく。
私が一万、エリスは千で、ロイドが百万。
ポルフォルが二万で、テュフォンが……、
「一兆ですね」
「「「一兆?!」」」
「お姉ちゃんたち、まだまだだね」
束どころか山になった紙幣を前に、テュフォンが勝ち誇ったように両手を上げ、笑顔を浮かべていた。
その肩に乗ったエキドナは、お土産コーナーで買ってきた小さなサングラスをかけている。
「ねえ、テュフォンちゃん? エリスお姉ちゃんに半分くらいちょーだい?」
「やだ。課金するでしょ」
見事に轟沈したエリスお姉ちゃんを横に、みんなで駒や紙幣を片付けていく。
きれいになった卓上を見て、ポルフォルが口を開いた。
「これで、やりたいことは全部やれましたわ。皆さん、本当にありがとう」
満足そうに微笑み、私たちへ頭を下げた。
* * *
翌朝、最後にもう一度だけ温泉につかってから、車に荷物を積み込んだ。
忘れ物がないことを確認し、女将さんにお礼を言う。
帰りはロイドに助手席へ乗ってもらい、駐車場を後にした。
「帰りまでお世話になってしまって……本当にありがとうございます」
後部座席の真ん中に座るポルフォルが、ルームミラー越しに頭を下げた。
「気にしないで。むしろ、あれだけ一緒にいたんだから、帰りも一緒の方がいいじゃない」
「そうだよー。旅行ってのは、みんなでワイワイしてこそ!」
「ねえねえ、ポルフォルお姉ちゃん。おすすめのお饅頭の話、聞かせて」
賑やかな後部座席から、前方へ視線を戻す。
川沿いの道を走り、赤い欄干の橋を過ぎた。
旅館の瓦屋根が後ろへ遠ざかっていく。
緑の山間を抜けると、やがて高速道路の案内板が見えてきた。
ロイドに財布を取ってもらい、料金所で支払いを済ませる。
高速道路に入ってしばらくすると、騒がしかった車内は静かになっていた。
「三人とも、熟睡していますね」
後部座席を振り返ったロイドが、小さな笑みを浮かべた。
ミラー越しに見ると、エリスとテュフォンが、真ん中のポルフォルに頭を預けて眠っていた。
ポルフォルも目を閉じ、少しだけテュフォンの方に頭を傾けている。
その膝の上では、エキドナが小さく丸まっていた。
「そうね」
前に目を戻し、パーキングエリアの案内板の下を通り過ぎた。
しばらく、タイヤの音だけが聞こえていた。
「ねえ、ロイド」
「はい」
「昨日のこと。ごめんね」
「ごめん、とは?」
「あなたたち三人だけだったら、あの吸血鬼を捕まえられただろうから」
「それは違います」
視界の端で、ロイドが首を振った。
「あの場に現れたカロンという男。彼の攻撃に、私もポルフォルも対応できませんでした。交戦していれば、我々はすぐに殺されたでしょう」
目だけを隣に向けると、緑色の瞳と目が合った。
「ライラ様たちがいたから、戦わずに帰る判断ができたのです。むしろ、いてくださって、ありがとうございました」
「……そ。なら、よかった」
遠くに見える案内板を、ロイドが指した。
「もうすぐ、降りるインターチェンジです」
「ありがと」
後ろの寝息を聞きながら、左のウインカーを出して、ゆっくりと本線から離れた。
ここまで読んでくださった皆様、いつもありがとうございます。
これでついに、書き溜めたお話を全部出し切ってしまいました。ということで、次回のお話更新は少し日が空きます……すみません。
早く皆様の元へ続きのお話をお届けできるよう、えいこらと執筆してまいります。これからのライラ家の日常を、どうぞお待ちください。
改めて、ここまで本当にありがとうございました。
今後とも、よろしくお願いします。




