↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通の魔女と、グレーの家族  作者: ネコメガネ
第三章『温泉旅行』
29/29

第28話『家に帰るまでが旅行』


 宿に戻った私たちは、ひとまず温泉で汗と汚れを流すことにした。


 先に上がった私とロイドは、着替えを済ませ、汚れた服を片付けていた。


「洗濯が大変だわ……」


「私がすべて綺麗にしておきますよ」


「助かるわ……一家に一台ロイドの時代ね……」


 ロイドと手分けして服を袋に入れながら、宿の玄関でのことを思い出す。


 笑顔で出迎えてくれた女将さんは、エリスの血まみれのパーカーと、胸元に開いた穴を見て、大慌てでタオルを持ってきてくれた。


 事情を説明して何とか落ち着いてもらったが、流石に申し訳なくて、売店でお土産を少し多めに買っておいた。


 袋の口を閉じ、鞄にしまっていると、襖の向こうから声がした。


「失礼しますわ」


 ポルフォルが、スマートフォンを片手に入ってきた。


 初めて会ったときと同じ、紫の半袖ニットとアイボリーのフレアスカートに着替えていた。


「報告は終わった?」


「ええ」


 座布団を引き寄せて勧めると、ポルフォルは膝を揃えて座った。


「騎士団本部から、この町のギルドへ、警備と警戒を強めるよう指示が出るそうですわ。それと……」


 手元のスマートフォンに目を落とし、ばつの悪そうに笑った。


「わたくしは、反省文を書くことになりました」


「反省文?」


 ロイドと顔を見合わせると、ポルフォルはスマートフォンを座卓の上に置き、再生ボタンを押した。


 聞き覚えのある声が、スピーカーから流れてくる。


『休暇中なのに働いて~。服務規程違反で反省文ね~。残りの休暇は、ちゃんと休むように~』


 言葉が途切れ、ツー、ツー、と電子音が続いた。


「……メリンらしいですね」


「でも、メリンなら多少雑に書いても許してくれそうね」


「あら、メリン先輩は、あれで結構細かいんですのよ? 特に文章の読みやすさには、騎士団でもトップクラスに厳しいですわ」


「へぇ……意外な一面」


 三人で談笑していると、露天風呂の方から、着替えを済ませたテュフォンが駆け寄ってきた。


「ライラお姉ちゃーん」


「あら、テュフォン。綺麗になったわね」


「ふふん」


 私の膝の上へ座り、上気した顔をポルフォルへ向ける。


「ポルフォルお姉ちゃん、これで一緒に遊べる?」


「……ええ。大丈夫ですわ」


「それじゃあ、時計も見れるね!」


 ポルフォルは少しだけ口を開いたが、すぐには返事をしなかった。


 やがてスマートフォンをハンドバッグへしまい、テュフォンに笑いかける。


「……ふふ、そうですわね。今日は、一緒に見ましょう」


 テュフォンが、嬉しそうに頷いた。


「あれ? 僕がいない間に、なんかいい感じの雰囲気……」


 まだ髪の濡れたエリスが、ガラス戸から頭を出した。




 * * *




 町の散策に出た私たちは、露店で食べ物を買いながら、からくり時計のある場所へ向かっていた。


「んまーい」


 エリスが、紙袋から取り出した饅頭にかじりついていた。


 黄色い粒のついた表面を愛おしそうに撫で、残りを口に放り込む。


 幸せそうに咀嚼しながら、もう一つの紙袋を覗き込んだ。


 そこから饅頭の天ぷらを取り出し、また一口かじる。


「あわまんじゅうも、饅頭天ぷらも美味しいねえー!」


「饅頭ばっかり……」


「違うよ、ライラ! よく見て! これがあわまんじゅう、これが饅頭天ぷらで、こっちが薄皮饅頭。そしてこれが……」


「あー、分かったから。ごめんって。ほら、着いたわよ」


 からくり時計の前で立ち止まり、エリスの饅頭講座も適当なところで切り上げさせた。


 そこそこの人だかりの中で、ポルフォルが手にした紙袋の口を開く。


 中から、黒く輝く小さな饅頭を取り出して、


「わたくしは、かりんとう饅頭ですわ」


「いや、あんたも乗るんかい」


「? 何がですの?」


 呆れる私の横で、ロイドが時計の下の札を確かめ、文字盤へ目を移した。


「あと三分ほどですね」


「よかったー。間に合ったね」


 テュフォンが、閉じている小窓を見上げた。


 饅頭談義で盛り上がる二人に声をかけ、皆で時計が動くのを待った。


 もうすぐ動き始めるというところで、ポルフォルの視線が時計から外れた。


 通りの向こうで、女性の持っていた紙袋が破れていた。


 土産物の箱が足元に落ち、女性は袋を抱えたまま、それを拾おうと屈んでいる。


「……ちょっと、行ってきますわ」


 ポルフォルが、饅頭を紙袋へしまった。


 女性の方へ踏み出そうとしたところで、私はその手を取った。


「ライラさん?」


「大丈夫よ。ほら」


 女性の近くを歩いていた男性が、落ちた箱を拾っていた。


 店先から出てきた人が、新しい袋を差し出す。


 女性は箱を受け取り、破れた袋と一緒に、新しい袋へしまった。


 何度も頭を下げる女性に、二人は笑いかけていた。


 ポルフォルは何も言わず、しばらくその光景を眺めていた。


「ポルフォルお姉ちゃん、見て!」


 テュフォンがポルフォルの袖を引いた。


 時計の方を振り返ると、明るい音楽が鳴り始めた。


 集まった人たちがカメラを向ける中、小窓が左右に開き、赤い鬼と青い鬼が顔を出す。


 それぞれ小さな手ぬぐいを肩にかけ、音楽に合わせて首を振っていた。


 文字盤の下から湯船がせり出すと、二体は並んで腰を下ろした。


 縁に腕を載せ、交互に身体を揺らす。


 やがて揃って頭を下げ、小窓の奥へ戻っていった。


 音楽が終わり、扉が閉じると、周囲の人たちはカメラを下ろし、談笑しながらその場を去っていった。


「……見られましたわね」


 ポルフォルが、閉じた小窓を見ながら、ぽつりと言った。


 口元の緩んだ横顔に、そっと声をかける。


「これで、見たかったものは見れたわね」


「ええ。ちゃんと満喫しましたわ。見たかったものは」


「お、なんか含みのある言い方だね?」


 エリスは饅頭を食べ尽くしたのか、紙袋をくしゃりと丸めながら笑いかけた。


「やりたいことがありますの。今晩、お邪魔してもよろしくて?」


 こちらに向き直ったポルフォルに、私たちは当然、頷き返した。




 * * *




 その晩、私たちは五人で座卓を囲んでいた。


 卓上には、昨日とは別の人生ゲームの盤面が広げられ、色とりどりの駒や紙幣が並んでいる。


「同じ人生ゲームの二周目はちょっと辛いからね、別のやつにしたよ!」


「……お手数をおかけしますわ」


 ポルフォルは苦笑いを浮かべながら、ルーレットに手を伸ばした。


 出た目を見て、紫色の駒を進める。


「寄付マスですわ。学校建設費として百万……は、破産ですわ……っ!」


 最後の紙幣を支払って、そのまま頭を抱えてしまった。


 続けて、エリスが笑いながらルーレットを回す。


 駒を進めると、カンパのマスに止まった。


「一番資産の少ない人に資金援助……じゃあ、ほい。ポルフォルに十万」


「まあ、いいんですの?」


 エリスが紙幣を数えて、ポルフォルに手渡した。


 ロイドと私も、順番にルーレットを回す。


「私もカンパマスに止まりましたので、五万お渡しします」


「私も。こっちからは七万」


「皆さん……ありがとうございます。おかげで、持ち直せましたわ」


 その後も、ポルフォルは寄付マスに止まっては、破産しかけていた。


 そのたびに誰かがカンパをして、どうにか全員で進み続け、


「ゴールですわ!」


 全員の駒が、最後のマスに揃った。


 ロイドが電卓と紙を手に、皆の顔を見渡す。


「お疲れさまでした。資金の計算をしますので、手元の紙幣を出してください」


 全員が、紙幣を卓上に載せていく。


 私が一万、エリスは千で、ロイドが百万。


 ポルフォルが二万で、テュフォンが……、


「一兆ですね」


「「「一兆?!」」」


「お姉ちゃんたち、まだまだだね」


 束どころか山になった紙幣を前に、テュフォンが勝ち誇ったように両手を上げ、笑顔を浮かべていた。


 その肩に乗ったエキドナは、お土産コーナーで買ってきた小さなサングラスをかけている。


「ねえ、テュフォンちゃん? エリスお姉ちゃんに半分くらいちょーだい?」


「やだ。課金するでしょ」


 見事に轟沈したエリスお姉ちゃんを横に、みんなで駒や紙幣を片付けていく。


 きれいになった卓上を見て、ポルフォルが口を開いた。


「これで、やりたいことは全部やれましたわ。皆さん、本当にありがとう」


 満足そうに微笑み、私たちへ頭を下げた。




 * * *




 翌朝、最後にもう一度だけ温泉につかってから、車に荷物を積み込んだ。


 忘れ物がないことを確認し、女将さんにお礼を言う。


 帰りはロイドに助手席へ乗ってもらい、駐車場を後にした。


「帰りまでお世話になってしまって……本当にありがとうございます」


 後部座席の真ん中に座るポルフォルが、ルームミラー越しに頭を下げた。


「気にしないで。むしろ、あれだけ一緒にいたんだから、帰りも一緒の方がいいじゃない」


「そうだよー。旅行ってのは、みんなでワイワイしてこそ!」


「ねえねえ、ポルフォルお姉ちゃん。おすすめのお饅頭の話、聞かせて」


 賑やかな後部座席から、前方へ視線を戻す。


 川沿いの道を走り、赤い欄干の橋を過ぎた。


 旅館の瓦屋根が後ろへ遠ざかっていく。


 緑の山間を抜けると、やがて高速道路の案内板が見えてきた。


 ロイドに財布を取ってもらい、料金所で支払いを済ませる。


 高速道路に入ってしばらくすると、騒がしかった車内は静かになっていた。


「三人とも、熟睡していますね」


 後部座席を振り返ったロイドが、小さな笑みを浮かべた。


 ミラー越しに見ると、エリスとテュフォンが、真ん中のポルフォルに頭を預けて眠っていた。


 ポルフォルも目を閉じ、少しだけテュフォンの方に頭を傾けている。


 その膝の上では、エキドナが小さく丸まっていた。


「そうね」


 前に目を戻し、パーキングエリアの案内板の下を通り過ぎた。


 しばらく、タイヤの音だけが聞こえていた。


「ねえ、ロイド」


「はい」


「昨日のこと。ごめんね」


「ごめん、とは?」


「あなたたち三人だけだったら、あの吸血鬼を捕まえられただろうから」


「それは違います」


 視界の端で、ロイドが首を振った。


「あの場に現れたカロンという男。彼の攻撃に、私もポルフォルも対応できませんでした。交戦していれば、我々はすぐに殺されたでしょう」


 目だけを隣に向けると、緑色の瞳と目が合った。


「ライラ様たちがいたから、戦わずに帰る判断ができたのです。むしろ、いてくださって、ありがとうございました」


「……そ。なら、よかった」


 遠くに見える案内板を、ロイドが指した。


「もうすぐ、降りるインターチェンジです」


「ありがと」


 後ろの寝息を聞きながら、左のウインカーを出して、ゆっくりと本線から離れた。






ここまで読んでくださった皆様、いつもありがとうございます。


これでついに、書き溜めたお話を全部出し切ってしまいました。ということで、次回のお話更新は少し日が空きます……すみません。

早く皆様の元へ続きのお話をお届けできるよう、えいこらと執筆してまいります。これからのライラ家の日常を、どうぞお待ちください。


改めて、ここまで本当にありがとうございました。

今後とも、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。