第4話 王室広報の歓迎
遠くに見える城は要塞の上に幾つもの尖塔や居住エリアが載せられたような形状で、単なる見た目だけでなく外敵から身を守るような実用的なものを感じさせる。そしてそこを中心に広がる都市は屋根の色が橙色に統一され、世界遺産としてよく紹介されているような美しい街並みになっている。空をゆったり移動する浮島にも町があるのが見え、あれはどうなっているんだろうと興味をそそられる。
「いやーいつ来ても素晴らしいですね」
多田は遠くに目を向け感嘆の声を漏らした。月並みな感想だが本当に素晴らしい。自分が映画やゲームの世界に入り込んだようで不思議な気分だ。
沢口がアナログの腕時計を見ながら同意する。
「冒険者になりたいって人が後を絶たないわけです」
「日本では応募者が殺到し過ぎて順番待ちが何百万人になってますよね」
「多田さんは応募しました?」
「いえ、こうして仕事で来れるので。沢口さんは?」
「私もしてはいないですけど、迷いますね。一度はモンスターと戦ってみたいですし、魔法も使ってみたい」
「完全な移住をするとか何とかっていう計画は進んでるんですか?」
これは沢口個人について移住するかどうかを訊いたのではなく、国レベルの話だ。異世界に観光はできるようになったが、異世界へ行ってそのまま定住することは認められていない。唯一の例外が冒険者だがそれも短期免許だ。アメイズへの移住はアメイズ側も日本(やアメリカ等の各国)側も争いの種になり得ることで一致しており、制限無しでの施行はあり得ない。ではどう制限をかけていくか等まだまだ課題は山積している。
「あれは駄目でしょうね。日本やアメリカ等の代表団がアメイズの各国と交渉してますけど、上手くいかないでしょう。アメイズへの完全な移住が認められるようになれば冒険者の申請が順番待ちになるようなことも無くなりますが……なんせ日本の順番待ちの人がアメイズに押し寄せるだけで今日お世話になる国の人口より遥かに多いですし」
「いやあ凄いですね、乗っ取りですよ、国を乗っ取り」
「エイリアンの映画ですよね、残念なことに我々の方がエイリアンなんですけど」
「ここの人達にエイリアンめ駆除してやるぜって言われちゃいますね。やっぱり移住の計画は中止になった方が良いですね。駆除されるのも嫌だし、それに何よりウチらのような異世界観光業も廃業になってしまうので」
「ああ~職を失うのが一番の心配でしたか」
「はい、小市民なんで」
多田はニッコリして言い切った。大人になると家族の事と明日の食い扶持が何よりも守るものになってくる。とりあえず今の職が無くならないでほしい……自分が退職するまでは。
二人で会話していると、神殿の外へ幌馬車がやってきた。幌馬車は次々と到着する。ビジネスマン達はまずこの幌馬車に乗って王都へ向かうのだ。多田は社用スマートフォンを取り出す。当然ながら電波は圏外になっているが、この電子機器はここでは重要な役割がある。翻訳アプリを起動し、設定を行う。これで準備オーケーだ。沢口に連れられて多田も幌馬車へ向かった。
幌馬車の前では肩幅ほどの木板を掲げている人が何人も立っていた。それらには英語や中国語や日本語が書かれている。沢口が日本語の木板を掲げている桃色髪の女性に声をかけた。
「おはようございますー今日もよろしくお願いします!」
その言葉はすぐに翻訳アプリで現地の言葉に変換され、沢口の声で再生される。桃色髪の女性はノリノリで返事をして握手を求めてきた。彼女の声はすぐに日本語に変換される。
「サワグチさん、また会えて嬉しいです。今日もよろしくお願いします!」
翻訳アプリの性能は上々だ。変換によるタイムラグが殆ど無く、ストレス無く会話が可能になっている。わざわざ社内に部門を設けて開発しただけはあるというものだ。MTCJ以外の会社では自社で翻訳アプリを作成している会社は無く、システム会社に委託して作ってもらったり、アメリカの大手が開発したアプリをライセンス購入して使用したりしているらしい。
多田も桃色髪の女性と握手を交わした。
「エウリナさん、今回もよろしくお願いします」
「タダさん、また会えて嬉しいです。今日はどんな企画を持ってきてくれたのですか? 楽しみです」
この女性と多田は既に面識があった。多田がアメイズに来ると案内人はほぼこのエウリナが担当してくれている。彼女はグリウェンテ王国の王室広報部門の職員で、王国の名所を度々紹介してくれている。多田の企画の多くは彼女から紹介された名所に基づいているといっても過言ではない。彼女は猫顔でとても明るくノリが良い。案内人として人気が高いようで、他の幌馬車に乗ろうとしているビジネスマンからハァイと挨拶を送られている。
多田と沢口とエウリナの三人で幌馬車に乗り込み、出発。車内は四人しか座れない小型タイプだが、ビジネスに利用するには丁度良い。早速エウリナは仕事の話に入る。
「今日はどんな儲け話を持ってきてくれましたか?」
可愛らしい仕草で尋ねる彼女に沢口が応じる。
「あれ? 王室には伝えておきましたが……今日は隣のスランジャルバ王国の案件なんです」
「それは知らなかったです。組織の連絡ミスかもしれません。私は良い話を持ってきていただいたととても期待していました」
エウリナはこう言うが、わざと知らないふりをしているようだった。また、翻訳アプリは堅苦しい言い方に翻訳しているが、彼女の甘えたような口調や仕草を加味するなら実際はこう言っているに違いない。
『それは知らなかった~! 組織の連絡ミスかも。ねぇ~私、良いお話を持ってきていただいたととおーっても期待してたのにぃ!』
エウリナ嬢ははっきり分かるほどあざとい。以降、彼女の言葉はすべからくこの形式に脳内変換されたし。
「いやー本当に申し訳無いです。この案件以外で色々とグリウェンテ王国の案件も進行中ですからそっち側で良い話にさせていただこうかなと」
「そっちはそっち、こっちはこっちです」
「いやー流石に今日はこっちに置かずに、ちょっと馬車の外に置いていっちゃいましょうか」
そう言って沢口は見えない球を馬車の外へ投げる仕草をする。するとエウリナは見えない釣竿でそれを釣り上げる仕草で応戦してくる。
「そうはいきません。捨てないで下さい。私は熱心な広報室の働き手です」
「いやあ参りましたねぇ、エウリナさんの食らいついたら離さないその熱心さには感服いたしますよ本当に」
沢口は困って苦笑いするしかない。多田はああこれはいつも通りだなあと思って笑ってしまう。エウリナはとても親しみやすい人ではあるがとにかく商魂たくましい。甘える素振りを見せつつ相手から好条件を引き出そうとする性格だ。
多田は沢口を助けるために話題を替えにかかった。
「そうそう、去年商品化された『歩く樹がガイドするトレッキングツアー』なんですけど、ある程度データが採れて参加者の感想も集まってきましたよ」
「樹々の集会所を見せてくれるやつですね。どうでしたか? 子供達は喜んでいましたか?」
「ええ、それが……意外なことに高齢者から最も支持いただきました。例えば……『動く樹にこの人生で乗ることができるなんて思わなかったです、涙が出ました』。ああ、どうやらガイドの樹がサービス精神旺盛で、参加者を乗せて歩いてくれたみたいなんですよ。他にも『感動した』とか『一生の思い出になった』とか、凄い反響です」
「それは予想していなかったです。集会所で樹々とお話するのが子供達に良いと思っていたのですが」
「私もこれはまったくの予想外でして……高齢者だけでなく中高年から子供まで、満足度が殆どの人が満点付けてますね。今予約状況も殺到していて、次回から値上げもできそうです」
多田にとってこのツアーは無難な商品の一つの認識だった。異世界の山をトレッキングするということで万人ウケはしないだろうと思っていた。山登りが嫌いな人もいるし、歩く樹より分かり易いモンスターを見学したい人の方が圧倒的に多いだろうと。だいたい中高年でトレッキングを楽しむ層に支持されて無難な採算ラインに落ち着く……これが多田の予想だった。まったくもってツアーは何が当たるか分からないものだ。
値上げと聞いてエウリナは目をキラリとさせた。
「私はとても嬉しいです、参加者の皆さんが喜んでくれて、その結果が私達の手元にも返ってくるのですね!」
「手元にもねぇ、ハハハ……ハハハハ……」
そう言って多田が沢口の方に視線を送ると沢口がもちろん、と頷いた。
「それはもう弊社とグリウェンテ王国が尽力した結果ですから、ツアーの値上げに伴って王国の実入りが良くなるのは当然のことです」
「収穫ですね。抱え切れないくらいの実をプレゼントしてくれますか?」
大喜びでおねだりを始めるエウリナだが沢口は悩んだ顔を見せる。
「そうしたいのは山々なんですが、ちょっとした問題が……」
「問題は無いです、あっちに捨てましょう」
エウリナが見えない球を馬車の外へ投げる仕草をする。今度はそれを沢口が見えない釣竿で釣り上げる仕草で返した。
「オーゥダメダメダメ~……だってこのツアーは最初の時にエウリナさんの頼みでだいぶそちら側に有利にしてあげたじゃないですか~」
こうした気の利いた返しはやはり営業職の本領発揮と言える。しかしエウリナの手強さも相当なものだった。
「そちら側もどちら側も無いです。私達は皆仲間です」
「確か当時のお約束では、王国としては増分を見込んでいないから最初の契約だけ金額を上げてくれと。仮に増分があっても1対9で良いですよと仰ってらっしゃいましたよねぇ?」
「私達に9ですか、嬉しいです!」
「いやいやいやいやいやいやそんなわけないでしょう!」
「9が良いです」
「1」
「9」
「1」
「サワグチさん、私の目を見て言って下さい。いきますよ……」
エウリナがあざとい姿勢で身を乗り出してくる。そして沢口と視線を合わせて。
「9」
「1」
「9」
「1」
「1」
「…………えー、1」
「……引っ掛からないですね」
「引っ掛からないですよ」
そして両者が三秒見つめ合った後大笑いした。
『ハハハハハハハハハハハハハハハハ‼』
全く心の籠っていない作り物の笑い。
『ハハハハハハハ――』
目元までちゃんと笑顔になっているが、視線は相手から外さない……僅かな隙も逃さぬように。
『…………』
これが交渉の場というものである。
「サワグチさん、以前より意地悪になりました」
「交渉術が上達してきたのです、エウリナ師匠のお陰でございますよ」
エウリナは仕切り直しとばかりに身体を元の位置に戻した。表情もおねだりモードからビジネスモードへパッと切り替わる。
「割合をどうするかは今度じっくりお話するとして、今日のスケジュールを確認しましょうか」
スイッチを切り替えれば一瞬で別の顔に変わる、そんな役者の気質を持つのが彼女という人物だった。
「それは名案です」
沢口は緊張が解けたようだった。彼の変化は僅かなもので眼鏡を触ったのと足の置き場を変えただけだったが、力んでいた足を解放したのを多田は見逃さなかった。多田も殆ど見ているだけではあったが緊張していたし、これでホッとした。交渉はどれだけ笑顔で行われていても交渉だ、そこには静かで激しい攻防戦がある。大人の世界とはそういうものだ。




