自由の重さ
静寂。
砕かれた鎖の余韻が、まだ空気に残っている。
ランスロットは、ゆっくりと自分の腕を見る。
そこにあったはずの拘束はーーもう、ない。」
「‥‥‥解けたのか」
ぽつりと、呟く。
だが、その視線はすぐにーー目の前の男へと向けられた。
エルメス。
その存在を、測るように。
「‥‥‥‥助かった」
低く、短い言葉。
だがーー
「礼は言う」
一拍。
「だがーー」
空気が、わずかに張り詰める。
「悪いが俺は、"奴隷商人"という者をまだ信用できない」
はっきりと、言い切る。
その声には、迷いも遠慮もない。
メアリーの体が、わずかに強張る。
ランスロットの腕の中で、
小さく、服を握りしめる。
過去の記憶。
恐怖。
それが、まだ消えていない証だった。
「‥‥‥‥当然だろうね」
エルメスは、あっさりと頷いた。
怒るでもなく。
否定するでもなく。
「キミたちにとって"奴隷商人"とは、そういう存在だ」
淡々とした声。
「むしろ、簡単に信用されても困る」
くすりと、わずかに笑う。
ランスロットは、黙ったまま視線を逸らさない。
探るように。
見極めるように。
「で?」
エルメスが、軽く首を傾げる。
「これから、どうする?」
沈黙。
数秒。
ランスロットは、腕の中の少女を見る。
メアリーも、見上げていた。
不安とーー
わずかな希望を宿した目。
「‥‥‥‥この子を」
低く、呟く。
「村に、帰す」
その言葉は、静かだった。
だがーー
揺るがない。
「ほう」
エルメスが、わずかに目を細める。
「当然の選択だな」
短く評価する。
ランスロットは、続ける。
「約束した」
メアリーの頭に、手を置く。
「必ず、元の場所へ帰すと」
メアリーの瞳が、揺れる。
「‥‥‥‥うん」
小さく、頷く。
「なら、やるべきことは決まっているな」
エルメスが、踵を返す。
興味が薄れたようにも見える動き。
だがーー
「道中、気をつけるといい」
振り返らずに、言う。
「この世界は、キミが思っている以上にーー」
一瞬、言葉を切る。
「"理不尽"だからね」
ランスロットは、その背中を見ていた。
何も言わない。
だがーー
「‥‥‥借りは、作った」
小さく、呟く。
エルメスは、止まらない。
ただ、片手を軽く振るだけ。
「これも"仕事"の一つさ」
「返したいと思うのなら、いずれ返してくれ」
そのまま、去っていく。
足音が、遠ざかる。
残されたのはーー
静寂と。
自由になった、二人。
ランスロットは、ゆっくりと息を吐いた。
「‥‥‥行くぞ」
短い一言。
メアリーが、小さく頷く。
「うん」
それ以上、言葉はなかった。
二人は、歩き出す。
振り返らない。
鎖のない足で。
自分の意思で。
ただ、前へ。
その背中をーー
誰も、引き止めなかった。
それはーー"自由"の重さを知る者の歩き方だった。
そして。
その歩みは、まだ終わらない。




