価値なき敗北
歓声が、鳴り止まない。
「アーサーァァァァァァァァ!!!」
「今のなんだァァァ!!!?」
「速すぎるだろォォォォ!!」
闘技場全体が揺れていた。
熱狂。
興奮。
どよめき。
その中心でーー
アーサーは、ただ静かに立っている。
剣を下ろし、
荒い呼吸を繰り返しながらも、
視線は逸らさない。
倒れたランスロットへと、
真っ直ぐに向けたまま。
ーーその時。
観客席。
「‥‥‥いやいや‥‥‥」
ぽつりと、声が漏れる。
蓮だった。
顔を、真っ赤にしている。
「いやいやいやいや!!」
両手で頭を抱える。
「アーサーさんパネェっす!!」
思わず立ち上がる。
「いや何あれ!?俺あんな技教えたっけ!?」
興奮と困惑がごちゃ混ぜになった声。
「いや教えたけど!!教えたけどさぁ!!」
自分でツッコミを入れる。
「普通あそこまで完成させる!?」
ぐしゃぐしゃと頭をかきむしる。
その様子を、隣で見ていたエルメスが
くすりと笑った。
「ふふ‥‥‥‥」
「いいじゃあないか」
軽い口調。
だが、その目はしっかりと闘技場を見ている。
「キミが与えた"種"が、あそこまで育ったんだ」
「誇るべきことだろう?」
「‥‥‥‥っ」
蓮が、言葉に詰まる。
視線が、再び闘技場へと向く。
そこにいるのはーー
剣を握る、一人の剣士。
「‥‥‥そりゃあ、まぁ‥‥‥‥」
少しだけ、照れくさそうに笑う。
「‥‥‥弟子が優秀すぎると、教えた側がビビるっての」
ぼそりと呟いた。
ーーその頃。
闘技場の中央。
ゆっくりと。
アーサーが、歩き出す。
倒れたランスロットへとーー
一歩。
また一歩。
歓声の中。
ただ静かに。
その足音だけが、
やけに重く響いていた。
(‥‥‥終わった、のか)
自分でも、まだ実感がない。
だがーー
確かに。
この戦いは、決着した。
アーサーは、ランスロットの前で立ち止まる。
その巨体は、動かない。
「‥‥‥‥」
わずかな沈黙。
その時ーー
「‥‥‥はは‥‥‥」
かすれた声。
ランスロットだった。
「どうやら‥‥‥俺は、負けたらしいな‥‥‥」
ゆっくりと、上体を起こす。
その動き一つにすら、重みがあった。
アーサーは、静かに首を振る。
「そんなことはない」
まっすぐな声。
「どちらが勝っても、おかしくなかった戦いだった」
ランスロットは、わずかに目を細める。
「よしてくれ‥‥‥‥」
小さく、息を吐く。
「負けた俺に‥‥‥価値なんて、もうない」
その言葉にーー
アーサーの表情が、強くなる。
「そんなことない!」
はっきりと言い切る。
「お前は強かった!!」
「それを否定するな!!」
一歩、踏み出す。
「それだけはーー誰が何を言おうと、事実だ!」
沈黙。
ランスロットは、何も言わない。
ただーー
わずかに目を伏せた。
アーサーは、少しだけ息を整えてからーー
口を開く。
「‥‥‥よかったら」
「私と、一緒に来ないか?ランスロット」
顔を上げる。
「お前とは‥‥‥気が合いそうなんだ」
ほんの少しだけ、笑う。
「私のマスターを紹介しよう」
「少し頼りないところもあるが‥‥‥悪い人ではない」
観客席の蓮が
(なんか悪口を言われた気がする)と感じとった。
ランスロットは、しばらく何も言うわなかった。
やがて。
「‥‥‥誘ってくれるのは、嬉しい」
ぽつりと、呟く。
「だが‥‥‥」
ゆっくりと、首を振る。
「俺には‥‥‥やらなければならないことがある」
その瞳は、もう迷ってなかった。
アーサーは、静かに頷く。
「‥‥‥そうか」
それ以上は、何も言わない。
ただ一言。
「‥‥‥なら仕方ないな」
その言葉にーー
ランスロットは、ほんのわずかに目を見開いた。
***
ーー控え通路。
重い足音が、響く。
ドン‥‥‥ドン‥‥‥‥
ランスロットが、歩いていた。
その先。
待っていたのはーー
「あぁ‥‥‥来たか」
奴隷商人だった。
その顔には、苛立ちが浮かんでいる。
「やってくれたな‥‥‥貴様‥‥‥‥」
低い声。
「‥‥‥」
ランスロットは、何も言わない。
「負けるなと言ったはずだ」
一歩、近づく。
「それを、あっさりと敗北とはなぁ‥‥‥?」
口元が、歪む。
「約束は‥‥‥どうなる‥‥‥」
ランスロットが、静かに問う。
その瞬間。
奴隷商人は、嗤った。
「決まっているだろう」
「そんなものーー無効だ」
「‥‥‥っ」
空気が、凍る。
「負けたお前に価値はない」
「価値がない奴隷など、ただの荷物だ」
吐き捨てるように言う。
「そんな奴との約束など。守る理由がどこにある?」
そしてーー
「‥‥‥あの娘は、売り払ってやる」
静かに。
ただ、確実に。
その言葉が、突き刺さる。
「ーーっ!!」
ランスロットの拳が、震えた。
だが。
鎖が、鳴る。
ジャラ‥‥‥
動けない。
契約。
束縛。
その全てがーー縛り付ける。
「‥‥‥貴様‥‥‥‥!」
低く、唸る。
今にも飛びかかりそうな気配。
だが、その瞬間ーー
「ーーそこまでだ」
静かで。
だが、その一言でーー
場の空気が止まった。
奴隷商人の表情が、わずかに歪む
「‥‥‥誰だ?」
その視線の先。
ゆっくりと、歩み出てくる影。
「これ以上は、見過ごせないな」
軽い口調。
だがーー
その存在感は、明らかに異質だった。
エルメスだった。
ーーその場の"空気ごと支配するような存在"で。




