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残されたもの

アルトリア広場に静寂が落ちる。

先ほどまで響いていた悲鳴も、

今は遠くでざわめく声に変わっていた。


倒れた完成体。

その傍らで、アーサーは剣を下ろした。

赤い血で、石畳をゆっくりと染めていく。

マーリンが小さく息を吐いた。


「‥‥‥終わった」


蓮は倒れた体を見つめていた。

その黒く変色した肉体の奥に、

かつて王子だった面影を探すように。


「‥‥‥‥」


だが、もうそこに人の姿はなかった。

その時だった。

広場の屋根の上。

一人の男が立っていた。

黒い外套。

顔はフードの奥に隠れている。

男は、ゆっくりと拍手をした。


パチ‥‥‥パチ‥‥‥‥。


乾いた音が、夜の広場に響く。

蓮の視線が鋭くなる。


「‥‥‥‥お前か」


外套の男は肩をすくめた。


「まさか」


軽い声だった。


「やられてしまうとは‥‥‥」


完成体を見下ろす。


「少々、予想外ですね」


アーサーが剣を向ける。


「貴様‥‥‥‥!」


男は気にした様子もなく続けた。


「まぁいい」


フードの奥で、口元が歪んだ。


「十分な観測はできました」


その言葉に、マーリンの顔が険しくなる。


「観測‥‥‥?」


男は広場全体を見渡した。

倒れた騎士。

壊れた石畳。

そして、アーサー。


「アルトリアの剣‥‥‥」


楽しげに呟く。


「なかなか興味深い」


蓮が低く言う。


「次は逃さない」


男は軽く笑った。


「安心してください」

その体が、黒い霧のように揺らぐ。


「また会えますよ」


「必ず」


男の姿は、夜の闇へ溶けるように消えた。

広場に残ったのは、

静かな風だけだった。


蓮が小さく舌打ちする。


「‥‥‥‥逃げたか」


その時。

遠くから足音が響いた。

鎧の音。

騎士団だった。


「ここにいたぞ!」

「負傷者を運べ!」

「広場を封鎖しろ!」


騎士たちが一斉に動き出す。

マーリンが言う。


「地下の施設も調べないと‥‥‥!」


蓮は短く頷いた。


「王城に向かう」


「まずは、王と王妃を探す!」


***



石造りの通路に、足音が響く。

湿った空気。鉄の匂い。

地下牢は、異様なほど静まり返っていた。


「‥‥‥こちらです」


先導する騎士が、重い扉の前で足を止める。

錆びた鍵を差し込み、ゆっくりと回した。


ーーギジィ‥‥‥‥


鈍い音を立てて、扉が開く。

薄暗い牢の奥。

鎖で繋がれたであろう姿があった。


「‥‥‥っ」


アーサーの息が止まる。

蓮も、言葉を失った。


そこにいたのはーー

アルトリア国王と、王妃だった。


やつれた様子ではある。

だが、その瞳は死んでいない。

王はゆっくりと顔を上げた。

そして、アーサーの姿を認めるとーー


わずかに、目を細めた。


「‥‥‥来たか」


低く、落ち着いた声。

アーサーが膝をつく。


「陛下‥‥‥ご無事で‥‥‥」


王は小さく息を吐いた。


「無事、か‥‥‥」


その言葉に、わずかな苦味が混じる。

一瞬の沈黙。

やがて王は、静かに口を開いた。


「‥‥セレシア」


王は、ゆっくりと視線を落とした。


「レオンハルトとヴァルドは‥‥‥死んだと聞いた」


その場の空気が、凍りつく。

アーサーの拳が、わずかに震える。


「‥‥‥はい」


短い返答。

嘘はつけない。


王は目を閉じた。

その表情に、大きな動きはない。


だがーー

長い、長い沈黙が流れた。

やがて。


「‥‥‥そうか」

もう一度、同じ言葉を繰り返す。

それだけだった。

責めることも。

嘆くこともない。


ただーー


"理解している"沈黙。

王妃が、かすかに顔を伏せる。

鎖が小さく鳴った。

蓮が低く呟く。


「‥‥‥知っていたのですね」


王の瞳が、ゆっくりと蓮へ向く。

その視線には、濁りがなかった。


「‥‥‥ああ」


短い肯定。


「いずれ、こうなることもな」


アーサーの目が見開かれる。


「では‥‥‥なぜ‥‥‥!」


思わず声が荒くなる。

王はその言葉に、静かに受け止めた。


「止められなかった」


それだけだった。

だが、その一言にはーー

あまりにも多くのものが詰まっていた。


「王であっても、届かぬものはある」


静かに言い切る。

地下牢の空気が、さらに重くなる。

そして王は、ゆっくりと立ち上がろうとする。

騎士たちが慌てて駆け寄る。


「陛下!」


だが王は、それを制した。


「よい」


その言葉には、まだ力があった。

そして。

アーサーを真っ直ぐに見据える。


「セレシア‥‥‥兄達を死なせたのは余の責任だ‥‥

 だが、一つだけ言わせてくれ‥‥‥」


「よくやった‥‥‥感謝する」


それは、王の言葉ではなかった。

一人の父としての言葉だった。


アーサーの肩が、わずかに震える。


「‥‥‥‥っ」


言葉が出ない。

王は静かに続ける。


「お前が騎士として国を守ったと聞いている」


その言葉が落ちた瞬間。

アーサーは深く頭を垂れた。

地下牢に、再び静寂が戻る。


だがーー

その静けさの奥に。

まだ消えていない"何か"が、ーー

確かに、この国に残っていた。




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