最初の剣
酒場の卓を囲んだまま、しばらく沈黙が続いた。
王都の噂は重い。
干からびた死体。
消えた兵士。
そして、王族の血を狙う影。
アーサーは静かに顔を上げた。
「‥‥‥行きます」
その言葉に、侍女が息を呑む。
「アーサー様」
「王都で何が起きているのか、確かめたい」
迷いのない声だった。
侍女はすぐに言う。
「でしたら、私もお供します」
だがーー
「いいえ」
アーサーは首を振った。
「今回は待っていて」
「ですが‥‥‥‥!」
侍女は言葉を詰まらせる。
アーサーは穏やかな目で彼女を見る。
「危険かもしれないの」
「だからこそ、あなたはここにいて」
その言葉に、侍女は黙り込んだ。
横でパンをかじっていたマーリンが言う。
「人数は少ない方がいい」
口の端にパンくずをつけたまま続ける。
「潜入なら四人が限界」
マーリンがそう言いながら、エルメスを含めて指を折る
蓮も頷いた。
「俺もそう思う」
その時だった。
奥の席から、静かな声がする。
「今回は」
エルメスだった。
椅子にもたれたまま、こちらを見ている。
「僕は同行できない」
蓮が眉を上げた。
「師匠‥‥‥珍しいな」
エルメスは軽く肩をすくめる。
「用事があってね」
それだけだった。
詳しい説明はない。
だがその声は、いつもと同じく落ち着いている。
「残念だが、今回は君たちだけで行ってくれ」
マーリンがちらりとエルメスを見る。
何か言いたげだったが、結局何も言うわない。
蓮は小さく息を吐いた。
「分かった」
視線をアーサーに向ける。
「潜入は俺たち三人だ」
アーサーは静かに頷く。
「ええ」
酒場の窓の外では、風が強くなっていた。
遠くーー
王都アルトリアの方角から吹いていく風だ。
蓮はその空を見上げる。
胸の奥に、妙な違和感があった。
だが理由は分からない。
「行くか」
短く言う。
アーサーとマーリンが立ち上がる。
王都アルトリア。
混乱の中心へ、三人は歩き出した。
***
酒場を出た頃には、空はすっかり夕暮れに染まっていた。
村の通りには、まだいくつかの店が明かりを灯している。
「まずは装備だな」
蓮が言った。
「王都にそのまま入るのは目立つ」
マーリンが首を傾げる。
「傭兵じゃダメ?」
「今は怪物騒ぎだ」
蓮は肩をすくめた。
「兵士に目をつけられる」
少し考えてから続ける。
「行商人になりすます」
アーサーが小さく頷いた。
「なるほど‥‥‥」
マーリンが笑う。
「確かに、それなら怪しまれない」
三人は村の小さな市場へ向かった。
店の多くは閉まりかけていたが、旅装備を扱う露天が一つだけ開いている。
油ランプの明かりの下、年配の商人が商品を並べていた。
「いらっしゃい」
かすれた声が響く。
「旅人かい?」
蓮は頷いた。
「王都に行く予定だ」
その言葉に、商人は眉を上げた。
「この時期に?」
「行商だ」
蓮は布袋をさす。
「それらしい装備が欲しい」
商人はしばらく三人を眺め、それから肩をすくめた。
「まあ、金さえ払えば構わん」
布袋、外套、簡単な荷車用の縄が並んでいる。
蓮はそれらを見ながら、ふと別の棚に目を向けた。
そこには、何本かの剣が立てかけてあった。
高級なものではない。
鉄の質も粗く、装飾もない。
ただの量産品だ。
蓮は一本手に取る。
軽く振ると、刃がわずかに震えた。
(安物だな)
だが、今はそれでいい。
アーサーを見る。
「これ、どうだ?」
アーサーは少し驚いた顔をした。
「‥‥‥私に?」
蓮は剣を差し出す。
「王都に入るなら武器は必要だろ」
少しだけ視線を逸らす。
「安物で悪いんだけど」
一瞬、沈黙が落ちた。
アーサーはゆっくりと剣を受け取る。
鞘から抜くと、ランプの光が刃に映った。
決して立派な剣ではない。
だがーー
彼女は静かに呟いた。
「‥‥‥いいえ」
顔を上げる。
その瞳は、どこか嬉しそうだった。
「これは」
胸元で剣を抱く。
「マスターがくれた、初めての剣」
蓮が少し目を丸くする。
アーサーは微笑んだ。
「"守る剣"です」
刃をそっと鞘に戻す。
「大切にします」
その言葉は、とても静かだった。
だが、不思議と重みがあった。
横でマーリンがニヤニヤしている。
「へぇ」
蓮が睨む
「なんだよ」
マーリンは肩をすくめた。
「いや?」
楽しそうに言う。
「いい主従関係だなって思って」
蓮はため息をついた。
「茶化すな」
商人が咳払いをする。
「話は終わったか?」
蓮は金貨を数枚置いた。
「これで全部だ」
商人は袋に装備を詰めながら言う。
「王都に行くなら気をつけな」
「最近、変な噂が多い」
蓮は袋を受け取る。
「聞いてる」
商人は低く言った。
「怪物の噂だ」
ランプの火が揺れる。
「夜になると、人が消えるらしい」
三人は顔を見合わせた。
王都アルトリア。
そこでは今、何かが起きている。
アーサーは新しい剣の柄を握る。
蓮は言った。
「準備はいいな」
二人が頷く。
「行こう」
王都へ向けて、三人は歩き出した。




