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2-6


 この日十五層で待ち構えていたのは『デュラハン』という首のない鎧姿の魔物だった。

 

 館の扉から出て、庭のような場所にそのデュラハンはいた。

 時間は夜のはずはないが、当たりは暗く、空には月が浮かび上がっていた。

 

 馬に乗っているかと思えば、するりと降りる。鎧姿で重たそうにも思えたが案外身軽に動く。

 馬がすっと走り去っていくと、途中で虚空に向かって消えていくのが分かった。

 

 デュラハンはこちらの戦闘準備が整うのを待っているかのように、じっとこちらに身体を向け待ち構えていた。

 

 日菜子が精霊を召喚し、スキルを使う。

 精霊を強化する魔法を使用したのが分かった。俊太郎も支援魔法を掛けていく。

 

 土の精霊が口を大きく開け、戦闘が開始された。

 

 デュラハンは何もない場所から巨大な剣を召喚していく。

 月明りの光を浴びたその刀身は、薄っすらと光を放っていた。

 

 

 

 第三段階の迷宮を攻略した俊太郎たちは、建石の組合に行き深界石を提出した。

 これで四段階の迷宮に出入りすることが出来るようになる。

 マナマスという深界人が地球人のふりをして組合の受付にいるはずだが、やはり見当たらなかった。

 

 

 三段階を攻略というのは中々超えられない壁があるらしい。迷宮の変化もあり、罠や迷子になりそうなほどに入り組んだ迷宮。行く手を阻む階層主やらが、攻略を困難にしていく。

 

 まだ四人で残り二人をパーティーに加えられるが、これでもかなりバランスが良い。

 

 

 それから数日は休みを取ったが、紫雨が途中で迷宮にいかないかと俊太郎を誘った。

 俊太郎自身こっそりと、迷宮に行こうと思っていたので、二人で行くことにした。

 行く場所は三段階だが、五層付近を進んでいくことになった。

 以前、ひとりで行った妖怪ばかりが現れる迷宮を二人で攻略していく。

 

 

 上位の職になった俊太郎と紫雨はかなり強力になった。今でも探索者や自分の職について調べることはやめていない。

 魔法剣士や剣客についての情報はあまりないが、ないならないで自分で確かめることにした。

 

 迷宮内で、スキルの内容を調べたり、詳細な内容を数値や言葉に落としていく。それらをメモしながら、帰宅してからまとめていく作業を行っていた。

 それらが熟練度に影響しているかは分からない。ただスキル一つ一つの理解度は高まっていた。

 

 

「最近、日菜子さんがモデルの仕事を頼まれたって言っていましたけど、先生知ってましたか?」


 魔物を処理しながら、紫雨がそんなことを言う。

 俊太郎は知らなかったが、話を聞くと知人に頼みこまれ断り切れなかったという。

 

「探索者用の情報サイトみたいです。一般人にも開放されている内容ですが、記事になるみたいです」


 紫雨は、時折こんな風にメンバーや惠のことなどに対し、俊太郎をサポートするかのような情報を渡す。

 惠の誕生日のことだって、聞いていなかったらプレゼントすら用意できなかっただろう。

 

「そういえば、紫雨さんの誕生日ももうすぐではなかったかな」


 刀をスッと鞘に戻す。かちりという音がなってから紫雨がこちらを振り向いた。

 

「プレゼントはまた一緒に迷宮に行ってもらうだけで良いですよ」


 眼鏡越しに、いつもの無表情な顔をこちらに見せる。そのまま一歩近づくと身長差で少し上目遣いになった。

 そのままふふっと堪えきれずに笑みを零した。

 

 困惑した感情を隠し、必死に平静な様子を見せようとする。

 もしかしたら顔が赤くなっていただろうかと、不安になった俊太郎は、一度ため息をつきつつ横を向いた。

 

 絶対にプレゼントを用意しておこうと決めた。

 

 

 

 ニュースを見ていると、あの戦争を引き起こした国が迷宮から魔物をあふれさせたと問題になっていた。

 この件についてはテレビでも取り上げるほど問題視されている。

 そこから話が膨れ上がり、探索者叩きにまで発展していた。

 

 テレビのコメンテーターが、また探索者が魔物を溢れ返したのではと憶測で語っている。

 

 俊太郎はなんとなく新谷のことを思い出していた。

 それほどの付き合いがあるわけではないが、あの男には似合わない真剣な眼差しが、少し狂気を孕んでいたような気がしていたからだった。

 

 

 迷宮の帰り際に建石の組合にも寄った。するとマナマスが地球人の姿で仕事をしていたのを確認できた。しかし人が混雑しており、真面目で有能そうな顔にも少し疲れのようなものが見える。

 さすがにその状況で話を聞きに行くわけにもいかずその日は帰宅した。

 

 

 それから数日。夏休みも半ばにさしかかり、俊太郎もお盆休みに実家の墓参りに帰ったりした。

 日菜子や彩花もどこかへ帰る様子もない。紫雨は母親のところに帰ってはいるものの、自分の借りた部屋に入り浸っている。

 

「先生が、ひとりで迷宮にいくなら、いつでもついていけるようにしておきます」


 そんなことを紫雨は言っていた。

 彩花や日菜子が休んでいる間も、俊太郎は紫雨と一緒に迷宮に行ったりしている。

 四人で探索に出る日も増えているので、そう多くはないはずだが、最近では夢中になって探索を行っている。

 それも何か理由があるわけでもない。ただただ迷宮に行って攻略をするのが楽しいのである。

 紫雨には聞いたことはないが、同じ理由なのではないだろうか。

 

 

 そんなある日、日本にも魔物が現れる事件が起きた。

 最初は地上で魔物、それもゴブリンが発見されたというニュースだった。

 しかし、それだけではとどまらず、各地で魔物が発見される。

 

 

 タブレットから通知が来て、最寄りの組合へと探索者が召集されることになった。

 組合の発表ではまだ詳細は分からないが、建石でも魔物があふれることになるかもしれないとのことだった。

 探索者たちは武器の携帯を義務付けられることになった。

 

 迷宮の中ではないのなら、武器を持っていたとしても大した戦力にはならないはずだが、それでもすぐさま迷宮に駆け込めるようにしておくことが大事なのだそうだ。

 

 俊太郎は剣を持つようになったし、紫雨も刀をもっているから何とかなるが、日菜子や彩花は、魔法やスキルがなければ大したことはできない。

 

 

 タブレットから情報を収集したりしていると、ストアに並んでいるアイテムがほとんど売り切れている。新たにアイテムが並ぶこともないようで、使えない状態が続いていた。

 

 探索者用のSNSも情報が錯綜しているのか、あまり役立つ情報は得られそうになかった。

 

 

 紫雨には母親である綾子をマンションに呼んでもらい、一緒に生活してもらうことになった。

 

 そうして一週間ほど引きこもっていたが、大して状況はよくならない。

 ずっと家にいても仕方がない。俊太郎は一人組合に顔を出すと、マナマスが受付にいた。

 

「こんにちは。お待ちしてましたよ」


 マナマスの受付にいくと、そんなことを言う。

 ついてきてくださいというマナマスに言われるまま、俊太郎は歩いていく。

 裏の入り口からゲームセンターに入ると、そこには新谷がいた。

 

「やあ。元気だったかい」


 そいう言う新谷の顔は、疲れ果てて白い顔を浮かべていた。

 

「そちらこそ大丈夫ですか? そうとう顔色が悪いですよ」


「そう、かな。はは、ボクもさすがに疲れているようだ」


「家に帰ってないのですか?」


「ああ、もう僕は家には帰れないよ。帰ったら多分捕まってしまう。証拠もないだろうが犯人にされて国際指名手配犯ということにされてしまうのではないかな」

 

 

 俊太郎はなんとなく、そういうことなのか、と分かった。

 詳しいことは分からないが、今回の件になんらかの形で関わっているのではないかと疑っていた。

 

「やっぱり何か関係しているんですね」


「うん、まあ。そうだね。でもボクも嵌められたみたいでね」


「嵌められた?」



 結局新谷は、詳細を語らなかった。

 

「もしよかったらでいいんだけど、土地型の迷宮を進んでみてほしい。建石もいいけど、国内で言えば横浜の迷宮なんかも有名だから」


 そんな言葉を残し、再び迷宮のなかに入っていくのを俊太郎は見送るしかできなかった。

 

「それで僕はどうしたら?」


「どうされようとも良いと思いますよ。ただ彼は彼の信じる道を行くだけです。あなたもあなたの信じる道を行けばいい」



 

 新谷と話をしてから、数日が経つ。

 あれから地上から魔物が消えることはなかった。

 ある日、彩花が「あっ」と声をあげたかと思えば、物が見えるようになったというのだ。そこは迷宮内でもなんでもなく地上の道路を歩いているだけなのに。

 

 つまり迷界が地上にも現れるようになったのだ。

 穴あきのように迷界が点々としており、そこでは探索者がスキルを使えるようになった。

 当然魔物も現れる。中にはゴブリンなどの弱い魔物だけでなく、二階層や二段階で現れるような魔物まで出現するのだった。

 迷界の中で戦うことが出来たとしても、探索者の手が回らない現状、これ以上魔物が増えるのはかなり危険だった。

 

 

 この期に及んで世間は未だに探索者を批判している。探索者たちの管理が甘かったからだとか、国家に対する反逆だとか、話を大きくする天才がいるらしい。

 

 

 俊太郎たちは、地上の魔物を狩ることもしていたが、迷宮にも通っている。

 そろそろ夏休みが終わる時期だが、まともに登校などできないだろう。

 惠や紫雨も学校には行く気はないようだが、特に惠は一日中家に引きこもっていて不満がたまっているようだった。

 

 

「この際、迷宮のなかに移り住んだ方が安全な気がするわね」


 日菜子が言うことにも一理ある。

 結局魔物が現れるのは一緒だ。それなら迷宮内の方がスキルをいつでも使えるし、不意を打たれることは少ない。

 

 しかし、それは地上を見捨てるということになりかねない。

 

「移り住むといっても大変だろうな。僕等はともかく、探索者ではない人たちはかなり厳しいだろう」




 俊太郎たちは出来るだけ強くなることにした。現在は四段階の迷宮を攻略しているところだ。

 簡易迷宮の魔物を倒したところで、地上の魔物に対する影響はおそらく皆無だろうが、強くなるには簡易迷宮が手っ取り早い。

 

 四段階の迷宮は罠も多く、魔物も強敵だ。全二十階層にもなる迷宮はなかなか一筋縄ではいかなかった。

 それでも着実に強くなっている実感はある。

 

 組合やタブレットのストアがまともに動かなくなってしまい、アイテムなども自分たちで必要な分を用意するしかない。

 運よく、以前から欲しかった状態異常に対する抵抗力があがる指輪を手に入れることが出来た。

 それはひとまず日菜子に渡すことになる。それ以外の装備なども随時更新していくことになった。

 

 

 

 こうして四段階の迷宮を巡りながら、一日ごとに地上の魔物を倒す、ということを繰り返している。

 

 タブレットのSNSも俊太郎は確認している。それまで大した情報は現れなかったが、街中に『淀み』が発見されたという。

 

 それをどうにかして潰すと、魔物は現れなくなったらしい。

 それに対し、どうやって潰すのか、という問いがあった。俊太郎も深界人以外にそんなことが出来るのかと、疑問に思う。

 質問に対して、投稿者はまずは組合に報告してほしいという返答をするだけだった。

 

 

 

 迷宮に通いながらも着実に強くなっていった。

 日菜子は召喚できる精霊が中位のものになったし、彩花は魔導師という職に転向することになった。

 

 日菜子の精霊は以前、敵として出現した精霊と似た姿だった。火の精霊は見たことがなかったが、トカゲのような姿のそれは見た目に反して攻撃力の高さを見せた。

 

 彩花はしばらくの間、転向を迷っていた。

 スキルもしばらくの間、新たな物を覚えていなかったし、探索者や迷宮職について学んだおかげか、熟練度もかなり高まっていた。

 

 どの職に転向するのか、というのはあらかじめ決めていたらしい。それでも今の『眼』を手に入れたのは魔法使いという職のおかげだ。

 それから離れるというのが、なかなか踏ん切りがつかなかったようだ。

 それでも転向に踏み切った理由は、自らの肉体を強化するという魔導師の内容に、自らの視力回復に繋がる何かがあるのではないかと期待したからだ。

 

 

 

 迷宮の階層主に対し、なんならかの共通点があったりすることがある。

 例えば、スケルトンであればスケルトンの階層主が徐々に強くなって出現したりと、その迷宮によって様相は変わる物の、なにかしらの共通点があったりするものだ。

 

 その迷宮は最初、ゴブリンが剣をもって一人で立っていた。

 そのゴブリンはいかにも歴戦の戦いを繰り広げた過去がありそうなほどに、身体は傷跡が残されており、雰囲気があった。

 確かに強かった。ゴブリンにしては、強烈な斬撃は当たれば中々の威力に見える。

 しかし、それらは全て日菜子が召喚した土精霊に吸い込まれていく。

 今までよりも硬い印象を見せる土属性の中位精霊は、見ていて安心感がある。

 

 十層の階層主は、スケルトンが一本の剣を持っていた。

 スケルトンとは思えないほど、動きが滑らかなその相手は、ゴブリンとは違って精霊ばかりにかまけているわけではなかった。

 それでも俊太郎たちの相手ではなかった。

 紫雨がトドメの一撃を見舞い、相手が倒れていくのを見送る。

 

 十五層は、オーガという、鬼に似た魔物だった。

 二十層は鎧武者という鎧姿で刀を一本持っている相手である。どうにも生きている人間というわけではなく、リビングアーマーやデュラハンのような霊体に近い相手らしい。

 

 結局、とどめに紫雨が切り伏せることによって相手は倒れていった。

 

 既に紫雨が持っている刀は、攻撃力が今の魔物に見合っていない状態になっていた。ストアが開いていればもっと良い武器は買えるはずだが、仕方なく以前のままの刀を使うことになっていた。

 

 鎧武者を倒し、アイテムカードを拾うと、その中に刀があった。

 それは『咲時雨』という名前の付いた刀だった。そんな名前の刀は聞いたことがなかったが、紫雨が持つとなんだか紫雨のためにあつらえたものように見えたのだった。

 

 

 

 俊太郎たちは四段階を攻略し五段階に挑戦していた。

 季節はもう夏はすぎ、少し暑さにも陰りが出てきたころだ。

 

 変わらず魔物が地上を徘徊していて、何人もの犠牲者が出ている。

 自衛隊や探索者が地上を這いまわり、魔物を倒しているが、倒しても倒しても数は減らない。それでも倒さないわけにもいかず、俊太郎たちも迷宮に行かない日は協力しているが、結局元を絶たなければ意味がない。

 

 魔物の発生しているのは、土地型迷宮があるそばのようで、その周囲に住む住人たちは避難を余儀なくされている。

 建石にある淀みは見つけられていない。日本国内でも何か所かは淀みを潰すことが出来たらしいが、魔物が発生されている土地型迷宮はあと十カ所近く存在している。

 

 

 淀みは最初の一カ所以外、同時多発的に発生した。どうしてそんなことが可能なのか分からないが、最初の一回こそが新谷によるものなのではないかと、紫雨が考察していた。

 

「今から考えてみるとあの一回はとても小規模で、被害も大きくならないような場所が選ばれてます」

 

 その後の世界中で発生した魔物の大暴走は、個人の力でどうにかなる規模ではないのは確かだった。

 そして俊太郎たちが見つけたあの『淀み』だ。迷宮内で見つけてしまったあの『淀み』こそ、新谷に活用されたのだろう。


 新谷は嵌められたと自分で発言している。

 この状況はどこが有利になるのか。国なのか、国だとしたらどこの国か。

 そんなことを考えて、途中でやめた。

 

 紫雨が考察していたから俊太郎も思わず考えてしまったが、紫雨がこちらをじっと見ているのに気が付いた。

 

「やめましょう。考えても仕方ありません。そんなことより新しい防具が欲しいですね。器用さが上がるようなのがいいです」


 四段階の迷宮を進んでいる最中に考えるようなことではなかったが、俊太郎と紫雨の二人はあまりにも気軽な雰囲気で、迷宮を進んでいた。

 まるで二人にとってこの場所がデートスポットであるかのようだった。

 

 

 

 その日は四人で迷宮を進んでいた。

 段階を攻略し、装備もある程度更新できた。

 五段階の簡易迷宮は、数が少ない。攻略されることも少ないため、長い期間いつまでも存在し続けるが、そもそも発生することも稀である。

 実際に五段階の迷宮を攻略してしまうような探索者は、本当に極まれである。

 四段階を攻略できる探索者もかなり数が少ないと言われているが、俊太郎たちはいつのまにかその仲間入りを果たしている。

 

 いよいよ探索する場所がなくなってきた俊太郎たちは、本格的に土地型迷宮に乗り込むことになった。

 

 

「これだけ見つかっていないということは『淀み』も建石の中にあるのかもしれませんね」


「迷宮の中に?」


 紫雨が言うには、土地型の迷宮内に『淀み』が発生していて、それを潰すことで地上の魔物が徐々に発生しなくなったという情報があったようだ。

 それが確かなら、土地型の迷宮をくまなく探さなければならない。

 迷宮内は隅々まで探すとなると、かなり時間がかかる。二層でさえかなりの広さであり、俊太郎たちも未だに三階層の先は探索していないのだった。

 

 

 俊太郎たち四人は、土地型の迷宮の攻略を開始した。

 二階層はすでに人が多く、結構な探索者が淀みを探しているらしかった。

 

 三階層に進んでみたは良い物の、そこまで来るのにかなり時間がかかる。

 一応念のためテント類も持ってきたが、その日はそこまで大がかりなことはするつもりはなかった。

 フローティングトロリーに乗せた荷物もそう多くはない。

 

 結局その日は軽く探索した後、帰還することになった。

 

 一層を抜けてゲームセンターから出ようとしたときだった。

 

「な、なにこれ」

 

 俊太郎の身体が何かに引っかかるようにして、出ることができない。

 紫雨の身体も抜けることができなかった。

 

 日菜子が試してみるも、簡単に抜けることができた。

 

「どうなってるの?」

 

 彩花も外に出ることが出来たが、顔から血の気が引いているのか青い顔をしていた。

 

 

「シュンタロ」


 後ろから声が聞こえて振り返る。

 青い肌の彼女はコタマだった。

 

 彼女の冷静な表情とは裏腹に、なにかとんでもないことが起きてるのだと俊太郎もようやく理解したのだった。

 

 

 

 あれから数日が経った。

 俊太郎と紫雨は未だに迷宮から出られていない。

 最初のうちはゲームセンター内で寝泊まりしていたが、今は四層のキャンプエリアにいる。

 毎日日菜子や彩花とは会っていたし、家に帰れないこと以外はそれほど不便ではないのだが、紫雨をいつまでもこんなところに閉じ込めておくわけにはいかなかった。

 

 紫雨の母親である綾子にもゲームセンターの中にまで入ってきてもらった。

 ここから出られないことを理解してもらい、どうにか出る方法を探すということになった。

 さすがの事態に綾子も冷静ではいられなかったのか、紫雨のことを抱きしめていた。

 

 

「私のことは気にしないでください。案外この中も悪くないですし、迷宮ですから。簡易迷宮でないのでアイテムがドロップしないのが残念ですが」


 そんなことを言って、割と明るくふるまっていた。

 手がかりを探すにも途方に暮れていたが、そこでコタマが問題ないとつぶやいた。

 

「建石からでも今の二人になら、別の迷宮に移動できる」


 コタマの言葉が理解できなかった俊太郎だったが、四層にたどり着き、少し歩いた後、景色がまったくの別の場所に移動していた。

 

「ここは……」


「探索者たちはヨコハマと呼ぶ」


 ヨコハマ。横浜である。今の一瞬で俊太郎は横浜にある土地型迷宮にまで移動してきたというのか。俊太郎は理解が追い付かない。

 俊太郎と紫雨はここが自分らのいた迷宮ではないことを理解したあと、周囲を警戒した。

 

 横浜なんかで戦う準備はしていないのだ。

 

「どうして、こんな移動ができるんだ?」


 うーん、と頭をひねったあとコタマは説明をひねり出すようにして答えた。


「あなたたちは今、私たち深界人に近い状態。完全ではない。だけどこのままだと迷宮から出られなくなる」


 それは困る。できればすぐにでも迷宮から出てしまいたいが、すぐにどうにかなるものでもなさそうだった。

 それに横浜にきたは良いが、結局大自然の中にいるのには変わりない。

 ここでなにか手がかりが見つかるとは思えなかった。

 

「あなたたちのように、探索者だった人間は他にもたくさんいる。そしてその人たちはだいたいここらの迷宮に隠れて住んでいる」


「隠れて?」


「普通の探索者には、彼らのことは視えない。話しかけても声が聞こえない状態。彼らも今は地上のことは忘れて生活している人間も多い」


 そこでふう、息をつくコタマ。コタマは普段から口かずが少なかった。

 なれないことをさせてしまって悪い気がしたが、どうにか手がかりを得るにはコタマしか頼れる相手はいないのだ。

 

「ということは、僕等はその取り残された人たちのところに行くってことか?」


「そう」


 そこで、なにか手がかりを探せということなのだろうが、言ってしまえば彼らも脱出できないでいるからこの迷宮内に取り残されているのだ。そこで重要な情報を得られるとは思えず、気が遠くなるような気がして俊太郎は項垂れた。

 

 紫雨はあまり気にしていないのか、なにや考え事をしているようだった。

 

「それなら、他の深界人の方たちにも協力してもらいませんか?」


 紫雨が言うには深玉を取り出し、相談してみようということだった。


「考えるなら一人より二人です。深界人さんたちにも脱出する方法を考えてもらいましょう」


 俊太郎はそれでなにか変わるとは思えなかったが、たしかに今までも探索者として俊太郎がやってこれたのは、彼らのおかげでもある。

 俊太郎は深玉を取り出す。

 すっと浮かべると『声』が聞こえてきた。

 

『お、なんか久々だな』

『シウちゃんと二人か。デートか?』

『なんかいるんだが、二人の邪魔するなよ』


 コタマが、彼らの『声』を聞き得意げな顔をしている。どうにも彼らにとって、俊太郎たちのような活動者の隣にいることが、自慢になるらしい。

 

 俊太郎は説明をしたかったが、紫雨に彼らの声が届かないのも不便なように感じた。

 コタマがそれならと言って、紫雨の持つ深玉に触れなにかを操作した。

 すると紫雨のもとにも俊太郎が聞いているものと、同じものが聞こえるようになったのだった。


『まじかよ。シウちゃんに声聞かれるの?』

『どうしよう。恥ずかしい』

『うっひょー、シウちゃん聞こえてるー?』


 ただでさえ、賑やかだった『声』たちが、紫雨に向かって話しかけて、騒がしくなった。

 紫雨も彼らの『声』の数に圧倒されていた。

 

「タブレットで見る時は、先生の姿しか見ることしかできませんでしたから驚きました」




 それにしてもと、俊太郎は周囲を見渡す。ここが横浜だとして、何階層にあたるのか。

 コタマに問うと、建石と同じ、四階層だという。

 帰れなくなった探索者や活動者が集落を形成しているのは、五階層の先にあるという。

 コタマに日菜子たちに数日帰れなくなるが問題ないことの伝言を頼む。

 

 

 そして二人でなだらかな平原を進んでいくことになった。

 遠くには美しい山々が連なっている。

 

 踏みしめる地面は土の上を草の絨毯で敷き詰められているようだった。

 遠くに一本の木が生えているのがわかる。

 あの先に五層のキャンプエリアがあるらしいのだが、今のところ見えてこない。

 

 

 時折魔物が現れる。動物のような見た目の魔物や、二足歩行型の魔物も出現する上に、精霊のような姿の物まで現れる。

 非常に出現する種類が多く、中には俊太郎も戦ったことがない魔物までいた。

 

 強さのほどはそれほどではなく、簡易迷宮の四段階に出現する魔物とそう変わらない。

 

 二人で魔物を切り伏せていく。新たに覚えたスキルは俊太郎たちを強くした。

 以前俊太郎が使っていた火属性付与のような魔法が、発展し剣を強化する。

 様々な属性の魔法が剣から切りつけた相手に襲いかかり、苦しめていく。

 

 紫雨は剣自体の攻撃力を高め、鋭い攻撃は相手の防御力をある程度無視しながら斬撃を浴びせるのだ。

 俊太郎は魔法で紫雨は物理。そんな具合にお互いの苦手な相手を補いながら戦っていく。

 

 

 気付けば目先にキャンプが点々とならんでいるのが遠くに見えるほどまで来ていた。

 

 しかし、目的地はさらにその奥だ。

 トロリーを引き連れ、多少の荷物は持ってきているが、何日も生活できるほどではない。

 迷宮の中には、食べることのできる動植物もあるというが、俊太郎はまだそれらを口にしたことはなかった。

 

 

 

 ならぶテントを横目に、進んでいく。

 平原はなだらかだが、少し傾斜があった。山の麓に近づいているのか、その傾斜も少しきつくなっていて、若干の登りだった。

 かと思えば、下りがありなだらかな谷底があったりする。そういう場所はたいてい魔物がたむろしており、戦うことになった。

 

「もう少し。彼らの住む場所はこういった少し隠れた場所にある」 

 

 いつのまにか隣にいたコタマがそう声をかけた。

 

 ふと腕時計をみると、もう時間は陽が落ちるころ合いだった。

 しかし、この迷宮ではまだ明るい。陽が落ちるにはまだ先のようにも見える。横浜の迷宮は、日本よりも遅いらしい。

 



 結局その日はたどり着くことが出来なかった。タブレットで確認しながら休息できそうな場所を探す。コタマにも確認しながら魔物が現れない場所を選びテントを張った。



 突然のことだったので、テントも一つしか持ってきていなかった。建石の迷宮に張ったままコタマに飛ばされてしまったので、荷物も大して持っていない。

 

 夜の平原はさすがに寒く、暖まるためにも俊太郎と紫雨は身を寄せ合って眠ることになった。

 

 コタマが「何か来たら起こしてあげる」と言うので、お言葉に甘えることにした俊太郎だったが、あまり眠れる状況でもなさそうだった。

 

 お湯を沸かし、軽い食事を済ませる。

 一日中歩きどうしだったため、シャワーくらいは浴びたいが、そんな贅沢は言っていられない。

 

 先に紫雨がテントの中に入り、着替えを行っている間、俊太郎は妙なことになってしまったと気まずい時間を過ごした。

 コタマはどこにいるのか、彼女の姿は視えない。こちらからは見えなくとも彼女には見えているものがあるのだろうと諦めることにした。

 

 紫雨が着替えている間に自分も外で着替えを行う。着替えが終わり、テントから顔を出した紫雨の姿を見たとき、俊太郎はなんだか追い詰められた子犬のような気分だった。

 

 

 テントの中で、長い髪をほどいた紫雨が、パーカー姿でラフな格好でいる。

 テントの中は最近発売されたばかりの深界石で動くランプで照らされている。小さく軽いそのランプは多くの荷物を持つ必要がある土地型の迷宮で活動する探索者に好評だった。

 深界石も一層や二層で手に入るものでも、長い時間動く上、小さな粒一つで動くのは、電池や燃料を持つ必要がなく、火事の心配もない。

 

 明るさも照らされていれば、中で本を読むことも出来るくらいに。

 

 紫雨は小さな単行本の小説を一つ持ってきており、それを読んでいた。

 その姿は普段と変わらない。いつもテントの中ではこんな様子で時間を潰しているのだろうと簡単に想像がついたのだった。

 

 

 俊太郎は小説なんて気が利いたものは持っていない。自分もなにか暇を潰せるものを持っていればよかったと考えたところで、結局タブレットのスイッチを入れることにした。

 

.■消す

 迷宮の中では当然、ネット回線は通っていない。マップを見るのだってあらかじめダウンロードしておかなければ使えない。横浜の土地型迷宮になんか来るつもりはなかったので、そんなものは用意していなかった。

 

 タブレットを点けても大した情報は得られなかった。結局手持ち無沙汰のまま電源ボタンを押した。


 

 隣の紫雨がこちらをじっと見ている。

 寝袋に入った紫雨は身体をこちらに向けていた。もうすでに眼鏡を外しているが、寝袋を上で閉め切っていないため、まだ紫雨の首元までが見えている状態だった。

 髪がほどけ、寝袋の外にまで散らばっている。長く黒い髪が、どきりとするほど妖艶に見えた。

 

 

 俊太郎もゆっくりと寝袋にはいる。いつまでも見続けるわけにもいかず、かといって背を向ける気にもなれなかった。

 いつもとは違う、テント内の空気。紫雨が一人いるだけで、こんなにも変わるの物なのかと驚きがあった。

 ふと、紫雨と目が合う。紫雨が待っていたかのように口を開いた。


「このまま二人、いつまでも迷宮から出られなかったら、どうします」


「……」


 そんなことにはならないよ。必ず紫雨さんだけでも、迷宮から出す方法を考えるから。そんな陳腐な言葉を重ねようとして、結局口には出せなかった。

 

 紫雨の吸い込まれるような瞳を見ていると、今まで積み重ねてきていた家庭教師としての人格や、探索者として先輩という立場が、ガラガラと音をたてて崩れてしまっていくように思えた。

 

 紫雨の頭の傍にある眼鏡が、光に反射した。

 彼女は本来こういう顔をしていたのかと、今ようやく気が付いた。

 俊太郎が思う彼女は一見、頼りなさげな印象だったがそれも性格を知るとあまりそういう一面は見られない。

 まるで眼鏡という存在が彼女の性質を歪めて他人に見せているかのようだ。

 

 実際の彼女の顔はまた少し印象が違うような気もした。

 まっすぐ見つめる眼は、狙った魔物を逃さない鋭い探索者としての彼女に似ているようだが、それとも少し違うように見える。

 

 それが何なのか気になって、彼女の目を見つめていると、紫雨は寝袋にくるまって小さくなってしまった。

 あまりに不躾に見すぎたせいか、さすがに耐えられなかったらしい。

 

 結局彼女の問いには答えられないまま、寝袋の中に吸い込まれるように眠りに落ちていくのだった。

 

 

 

 翌日目が覚めると、すでに紫雨は起きていた。長い髪をふたつにすでにくくっていた。

 挨拶をしてから外に出る。朝露の空気が冷たくぶるりと身体を振るわせた。

 

 簡易コンロに火を点けお湯を沸かす。

 数少ない食事を用意する。レトルトのカレーにビスケットだけだ。

 さすがに今日は目当ての集落が見つかるといいが、そうでなければ帰るか探索者にお願いして深界石などと交換しなければならない。

 こんなところでは深界石よりも食料の方が価値が高い。あまり選びたくはない選択肢である。

 

 

 紫雨がテントの外に出てくるとすでに、探索者の装備を着ていた。

 未だにセーラー服に羽織を装備しているが、どちらも二着目だ。

 どこから探してきたのかそのスタイルにこだわりがあるらしい。装備の性能も問題ないどころか、防御面でも攻撃面でも頼りになる存在だった。

 未だにストアは正常に機能していないが、最近ではぽつぽつとアイテムが並んで来てはいる。

 近隣の組合ごとに管理しているようで、種類自体は少ない状態だ。

 

 

 

 食事を済ませ、片づけをしてから出発することになった。

 紫雨がぐんぐんと魔物を倒していく。果たして探索者に調子が良いなどというものがあるのか謎ではあるが、確かに紫雨は気合が入り調子が良いように見える。

 

 跳ねたり跳んだりしながら魔物を倒していると、長い髪が邪魔にならないだろうかと心配になるが、不思議と彼女自身が自分の髪の毛を切り落としたことは一度もない。

 いつもなら日菜子らに頼んで三つ編みにしたり、まるめて大きな団子のようにしていたこともあった。

 

 

 その集落は隠れるように一段低いところにあった。

 近くに川が流れている。動物のようなものが柵に囲われていたり、農作業をしているような長閑な風景がそこにあった。

 迷宮のなかだということを忘れるくらいには、そこは異質だった。

 ちょうど集落の入り口のようなところに足を踏み入れると、通りかかった住民が声を掛けてきた。

 

「おや、新しいお仲間かな?」


「お仲間?」


「君らも迷宮から出られなくなったのだろう? それに俺のことが見えるし会話もできる。残念だろうが、俺は新しい人が増えて嬉しいよ」

 

 そう言いながらニコリと笑った。何かの作業途中だったのか荷物を載せてどこかに運び入れる途中だったようだ。向こうにここの長がいるからと指をさす方向に向かうことにして彼とは別れた。

 

 肌が黒く日焼けしたその男は、額に汗をにじませながら荷物を運んでいた。とてもエネルギッシュで、探索者なのだと言われても頷けるようなそんな男であった。

 

 

 木造の家々が並ぶその集落は、お世辞にも立派な建物があるとは言えなかった。素人が建てたのが分かるようなもの混じっていて、少しおかしかった。ただ温かみのあるのも素人の建てた方だと俊太郎は思う。

 

 指さす方向に来てみたは良いものの、ここらにはこの家しか見当たらない。

 ひとまず話を聞こうと声を掛けると返事があった。

 

「君は、どちらさま?」


 現れた男に言葉を失った。その男は覚えていないのかもしれないが、俊太郎は忘れることはない。そしてその後ろにいる紫雨はもっと忘れられないだろう。

 

「いや、待て君は会ったことがあるな。ん? そっちは……」


「お父さん」



 しばらくの間、彼は時間が止まったかのように固まったままだった。珍しく紫雨の表情も困惑を抑えきれなかったようで、いつもの無表情が崩れていた。

 

 

 数年ぶりだというのに、再会は思ったよりもあっさりしたものだった。

 紫雨の淡白な性格は彼から来ているのだと、よくわかる仕草だ。

 

 

「ここに来てしまったということは、君たちも迷宮から出られないのだろう」


「まあ、そうです」


「あまり気に病まなくていい。探索者とはいずれこうなる運命なのだろう。それにしては早いみたいだが」


 しばらく、俊太郎は親子の会話を聞いていた。母親の綾子ことや、探索者としての近況。二人の関係。

 紫雨の口から放たれていくそれらをいまさら止めることも出来ず、聞くままだった。なにか都合が悪いことが飛び出してくるのではないかと、思わず身構えていたが、それほどひどいことにはならなかったようだ。

 

「お母さんはまだ、お父さんが生きているって分かってたみたい」


 紫雨がそういうと、父親である正則は、軽く俯いた。

 

「綾子さんには悪いことをした。一人にさせてしまったし、そして私はここから出ることを諦めてしまった」


 正則の言葉が重くのしかかる。探索者としてやってきた彼が、夫であり父である彼が、そう簡単に外に出ることを諦めたとは思えなかった。

 その正則が諦めたという言葉を使うことの意味を俊太郎は触れてしまったような気がして、恐ろしくなった。あまり考えたくないことだが自分もそうなるのではないかと思わずにはいられない。

 

「まだ僕はここから出る手がかりを探しています。何か些細なヒントでもないでしょうか」



「そうだな。綾子さんを一人にさせるのは出来れば私も避けたいが……」


 そう言いながらも正則は、昔をさかのぼるように話し始めた。

 

「まず、探索者とは言うが基本的には活動者しかここにはいない」


「活動者だけなのですか?」


「そうだ。君もそうだろう?」


 活動者だけならば、うちのパーティーメンバー全員が活動者なはずだ。

 

「もちろんそれだけじゃない。恐らく、存在力が関係しているのではないかと私は思っている」


 存在力。探索者にとってそれを上げることが、自分たちの能力の上昇につながる物だ。装備は変わらなくとも、存在力を上げることで、攻撃力も体力も防御力も変わってくる。


「存在力が高すぎた活動者、というのは迷宮に囚われてやすいのではと私は考えている。それがどんな理由で迷宮から出られなくなるのかは分からないが」




 正則に案内してもらい、空き家を借りることになった。

 紫雨も正則と夜の間しばらく話をしていたが、結局こちらの空き家に顔をだした。こちらの空き家で寝ることにしたらしい。

 

「存在力が高くなると迷宮から出られないと言っていたけど」


 机に向かって座ると、どこからともなくコタマが現れた。

 

「そうなのかもしれない。私は人間たちが存在力というその力を上げて、シュンタロたちに合うことが出来ている」


「そうなのか。それって深界人なら誰でも?」


 俊太郎がそう聞くと、青い肌をしたコタマは物凄く得意気な顔をして「そんなことはない」と言い切った。

 

「迷宮にはそれぞれ入ることの出来るコードが違う。人間でいうところインターネットのアドレスに近い。だけどそのコードを知っていても誰でも入れるわけではない」


「存在力を上げることが色んなところにアクセスするのに必要だってことか?」

 

「そう。でも誰でも存在力を上げればアクセスできるわけではない。私には様々な場所に入ることは出来るけど、迷宮から出ることはできなかった」


 そういうコタマは少し落ち込んでいるように見えた。

 

『その代わりこいつは大抵の迷宮に現れることが出来るらしい。飛ぶのも一瞬だし』

『存在力なんかあげても大して遠くに行けない奴も多いけどな』

『私こいつ好きじゃない』


 やはりなぜかコタマは嫌われている。しかしそのコタマを見ても彼らの声を聴いて、再び得意気な顔に戻っていた。

 

「存在力を上げるって言っても深界人は血生臭いことは苦手なんじゃなかったか?」


「魔物を倒さなくても、深界石の力を取り込めば、存在力自体はあげることが可能」


『俺らは魔物の血が駄目なのさ。少し触れただけでも最悪死ぬかもしれない』

『でも魔物を倒しているのを見るのは好きだぞ』

『まあだから、こうして才能のありそうな探索者を見つけて覗いているわけだけど』


 結局結論は出ないまま、夜は更けていく。あまり遅い時間まで話し込んでいると近所迷惑になりかねないので早めに横になることにした。

 

 テントの中で二人きりになったのは昨夜だけだったが、俊太郎はむしろ一人になってからの方が眠れない時間が続いた。

 



「やっぱり存在力を上げるしかないんじゃないでしょうか」


 朝食を机にならべて二人で食べていると、紫雨がそんなことを言う。


「でも存在力が高くなる所為で迷宮から出られなくなるんだろう?」


「コタマさんとも相談したのですが、存在力を上げる過程で、出入りの出来なくなる場所もあるということです」


 コタマが頭の触手をユラユラさせながら、会話を聞いている。コタマはこちらの会話をしているときはよほどのことがなければ、遮ることもない。

 純粋に俊太郎たちの会話ややりとりを楽しんでいるように見えた。

 

 


「そうか。もしよかったら行ってみてほしい場所があるんだが」


 俊太郎たちが、存在力をあげるために魔物を狩りにいくことにしたと、紫雨の父である正則に報告をする。

 

 すると俊太郎たちに依頼のようなものを正則が提案する。

 

「ここは元々探索者たちだった者ばかりなのでは?」


「それがな……」


 どうにもここに長い間住んでいると、魔物の血が苦手になる者が増えたのだそうだ。全員ではないものの、正則や他の住人達も積極手に狩りに出るほどの気持ちにはなれないのだという。


「こんなことを自分の娘や仲間にお願いするのはどうかと思うのだが、頼めるか」


「分かりました」



 ここら辺では魔物の数は少なくほとんど現れないそうだ。

 しかし最近になってちょこちょこと集落にまで魔物が現れることがあった。

 方角なども確認しながら足を運んでみると、どうやらそちらの方に大きな洞窟があることが分かった。

 

 山々の中にある自然にできた洞窟は、魔物の棲家になっているようで、それらを排除するには時間がかかりそうなのが分かると、住人たちの大半はあきらめてしまったそうだ。

 

 正則や他の数人で時折、様子を見ては魔物を倒してはいるものの、数が多く減らすことが出来ているとは思えない状況だったという。

 

 

「迷宮に長く住んでいると、私たちのような存在になってしまうのかもしれない」


 黙って歩いているとコタマがポツリと言った。

 

「深界人に?」


 そう、と口にしながら頷く。

 

 

 

 洞窟の中はには、多くの魔物が生息していた。そのほとんどがゴブリンたちで、これほどの数と強さを持ったゴブリンを相手にしたのは初めてだった。

 

 何かを守るように必死で向かってくるゴブリンたちを、俊太郎と紫雨は剣で薙ぎ払っていく。

 

 ゴブリンはゴブリンでも様々な種類が存在すると言われている。ゴブリンウォーリアーやゴブリンマジシャンなど、武器や戦い方のスタイルだけでなく、ホブゴブリンといった肉体の作りから違う存在もいる。

 

 洞窟の最奥に待っていたのは真っ黒なゴブリンだった。

 体つきも他のゴブリンとは違って、縦も横もしっかりとした体形を維持していた。

 一本の剣を取り出しこちらに向かってくる。

 

 ゴブリンの剣の腕前も中々だった。

 ひとりで戦っていたら、中なか手ごわい相手だったかもしれない。

 前衛となって戦う俊太郎の後ろには気配を隠して構えている紫雨がいる。

 最初は紫雨のことが気になっていたようだが、俊太郎との戦いが熾烈になると、存在を忘れたかのように俊太郎に視線が固定される。

 

 俊太郎がゴブリンの斬撃をパリィする。カウンターを黒いゴブリンの胸に浴びせた。

 俊太郎の攻撃はただの一振りの攻撃に過ぎないが、すぐに魔法のような現象がゴブリンを襲った。

 氷の杭のようなものがドスドスと胸に向かって突き刺さる。

 ゴブリンは予期しない攻撃によろけながら後ろに下がるも、紫雨が追い打ちをかけるように待ち構えていた。

 

 たった一回、刀を振っただけだ。だが、その一振りが致命傷になったようだ。

 真っ黒なゴブリンは、口から血を流しながら倒れる。

 

「このゴブリン、以前建石で見たあのゴブリンに似てませんか?」


 俊太郎は気が付かなかったが、腕に紐のようなものを巻き付けている。それはあのとき腕時計をぶら下げていた紐のようにも見えた。

 

「もしくはそのゴブリンから奪ったのでしょうけど、なんだか似ているような気がして」


 真偽は定かではない。ただあのゴブリンはもう現れないのだろうという気がした。

 魔物とは何のために生き、何のために死ぬのか。あのゴブリンは魔物にしてはなんだか臆病なような気がした。

 それがどこか人間臭さのようなものを感じて、妙に気になったのだけは覚えている。

 






迷宮にさまよい戻ってこれなくなってしまいました。だからずっと眠ったままの物語でしたが、いつか編集しなおして二人を帰還させてあげたいと思っています。

新しい物語も投稿予定です。そちらもよろしく


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