30.稲妻を呼ぶ者の末裔
独りでなんでもできた。だから、他人と協力し合うということを経験したことはなかった。
新しく組んだパーティのメンバーを気に入っていた。俺に、お前の序列は犬の次だと言い放つ度胸の持ち主だ。無自覚だが。
俺はもともと、余計なことはしない性質だった。枝葉末節を省き、物事は簡潔に捉え行動した。率直に対応してきた。
だが、コウは利がなくても他者と接する。そう関わりがないものでも、自分と大きく異なる者にでも、己が考えを伝えること、交流することを行う姿に、知らず影響された。
ただ目的に一直線に行くだけでは、つまらないのだと。
周囲に目を向け、様々な事象を取り込んでいき、変化していくのだと。
それを教わった。
そして、そうする姿に希望を持ってしまった。
自分と異なるものでも、変わらず親しくしてくれるのではないかと。
そんな考えを持ってしまうと、希望を絶望にしたくない、などという弱さも持った。
コウは弱さを抱えて生きている。
なんという勇気だろう。
俺はどうだろうか。
「コウ、俺たちのパーティは今日限り解散だ」
「え、なんで?」
希う。
「俺は有角だ。俺の一族で長は代々そうだった。でも、理性を持ち、他者を襲わない」
俺のこともまた、角があったとしても、理性がないと決めつけないでくれ。
理性を失わさせないでくれ。
「そうなんだ。じゃあ、パーティを解散する必要はないよな?」
「いや、同行するのはこれまでだ」
あいつが創造した世界を、調和を失わさせないでくれ。
こんなに一心に祈ったことはない。それはいっそ憶病なほどだった。
「なんでだよ! 俺たち、友達だろう⁈」
ああ、どうして。
「俺、信じるよ! スウォルがそう言うなら、角があろうとなかろうと、理性があるよ。無暗に他を襲わないよ!」
俺が欲した言葉が分かるんだ。
コウは口を噤んで俯いた。
そして、膝から崩れ落ちる。
考えるまでもなく、手を伸ばして腕を掴んで引っ張り上げた。そうか。俺はずっとそうしてきたんだな。コウに何かあった時、自然と手を貸していた。
ならば、それで良いじゃないか。
「スウォル、俺、俺さ、パーティを解消したくないよ」
「……分かった」
「え? 良いの?」
自分からパーティを解消したくないと言ったものの、おそらく、力量差を思って眉尻を下げる。今更だ。コウに限らず、その他の人間も一族の者たちも、俺からしてみればそう変わりはない。
コウが自分の力不足を思ってしょげたことが嬉しかった。俺に負担を掛けたくないという思いがあるということだ。そして、そこには有角だとか、無意味に襲われないかといった恐怖はない。
そのことに、この上なく安堵した。
俺はこの世界を旅して、人知を超えた素晴らしいもの、摩訶不思議を知ることができた。この先もそうだといい。
「俺たちは友達だろう?」
そう言うと、コウは唇を尖らせた。
コウと同じことを言っただけなのに、なんでだ。
ひと口に神と言っても、様々だ。
強力な力を持つ動物が神格化された者もいれば、暴れまわって人を困らせ、後の英雄と称される人間に討たれる者もいる。
そんな中でも古の神は大きく隔たる力を有していた。
「この世界の神話は知っているか?」
「神話?」
「そこからか」
始め、空と大地はひとつだった。
その中で火と水が生まれ、相反する性質は反発し合い、やがて大爆発を起こし、空と大地は別った。
神々は新たにできた大きな空間に数多の動植物を生み出した。
この時、一柱の神が作り出した動植物は次々に他者を屠り、その力を自分のものにしていった。強くなりたいがために他者を喰らう。
それでは世界は成り立たないと他の神々は強く抗議した。
神々は激突した。
七日七晩、世界は嵐に覆われた。厚い雲から雷が降り注ぎ、火山は噴火し、津波が起こり、暴風が吹き荒れた。
強力な力を持つ神ではあったが多勢に無勢、袂を分かって一柱、地中の暗い世界へと居を移した。
このままこの世界を見捨てて行っては、またぞろかの神がよからぬことを企みかねない、と神々のうちの数柱が残り、空の上に住まうことにした。
神々は地上と空とを去る際に、かの神が作った動植物に印をつけることにした。
「それが魔物だ」
「ということは、印って角のこと?」
「そう。でもな、実際は違うんだ」
「角じゃないの?」
「ああ、いや、魔物の印は角だと思っておけば良い。そうじゃなくて、神々の争いの方だ。空と大地が火と水によって分かれた時、神々が住まう天上から、ちょうど一柱がふらふら散歩していたんだ」
「さ、散歩?」
「その時の大爆発を見て仰天してな。大きな空間ができたのに喜々として何か創り出そうとしたんだ」
「なんか、楽しそうな神様だな」
「それで、動植物を作った。出来栄えに自賛した神はちょっと手許を狂わせた。何をどうしてか、他者を襲う邪悪な存在を作り出したんだ」
「まさか、それが魔物っていう?」
「そう」
「わあ、失敗作だった!」
「出来上がった魔物に慌てたが、調子に乗って作りすぎて、力を使い果たしていたんだ」
「親しみやすい神様だなあ。人間っぽいっていうか」
「そうか? 案外、コウとは気が合うかもな。そこで他の神々が口を出してきた。他者の命をいたずらに奪う者をそのままにしておくのかと。神も確かにそうだと頷いた。ただ、創り出したからには愛着がそれなりにある」
「ああ、それで、角をつけたんだ?」
「そう。目印にな。識別できるようにしておくから、後は自分たちで棲み分けしろということだろう。自分の身は自分で守れない者は生きていけないってことだ」
「まあ、そうなんだろうけどさ。それが神話の真実ってこと?」
「ああ」
「でもさ、なんでスウォルがそんなこと知っているんだ?」
「その神は力尽きて地中で眠っているんだがな。その前に子孫を残しているんだ。その子孫は大地と空の覇者となった」
「その子孫たちと会ったことがあるの? その人たちから教わったんだ」
「会ったというと語弊がありそうだな」
俺の呟きは聞こえていない。またぞろ町の者に絡まれて賑やかに騒いでいたからだ。
神と竜の末裔のとある特殊な村の長は代々角を持つ。
原始の竜の力を抑え込めるのは神の力のみ。それほどまでに強い竜から受け継いだ角を持っても理性を失わない。
脈々と受け継がれた血の中に、大きな力を持つ存在が世界を滅ぼそうとしたらそれを阻止せよと記憶されている。
そのためか、長となる子は印を持って生まれてくる。
唯一、高い理性と知性、膨大な魔力と力を持ち、他者を無暗に襲わない、角を持つ者だ。
印を持つ子供が長となり、角を持つ時に、始祖は目覚める。短いひとときだけ、微睡から覚める。
そうして、自分が造ったものたちがどんな風に過ごしているか尋ねる。
俺はろくに話してやることができなかった。
長は角を持つから外へ出ないようになった。角を持つ者は厭われる。だから、この世界のことをろくに知らない。
正直にそういうと、あいつは残念そうだった。
話すことがなくて沈黙が下り、ふと聞いてみた。眠りにつく前はどんな世界だったのか。あいつが語る世界に夢中になって耳を傾けた。
しまいには、あいつは笑い出した。
いつも長には世界のことを聞いていたから、逆に聞かれて楽しんでくれて嬉しかったよ、と。
だから、誓った。
次の世代交代の時、今一度まどろみから浮上した際には、世界の様々なことを話してやると。
あいつは楽しみにしていると言って再び眠りについた。
その後、旅に出ることにした。約束を果たすために、楽しめるものを見聞きしようと思った。
一族の者たちは反対した。
事情を知っているからこそ、そして事実を知っているからこそ、角を持ったとしても、一族の長は無差別に他者を害さない。
しかし、知らぬ者はそうはいかない。
見つかれば、武器持て追われ、最悪の場合、命の危険があるだろう。
「俺を命の危険の瀬戸際にまで追いつめられるやつがいるというのか?」
俺は笑って取り合わなかったが、一族は訓練され統率された大人数である軍隊の恐ろしさや私利私欲によって練り上げられた権謀術数の恐ろしさを説いた。
それでも、頷かなかった。
「長といってもやることはないんだから、別に村に留まる必要はないだろう」
世界の数多ある生命を生み出したのに、その当事者がたった独り、深い深い地の底で眠るのだ。悠久の間、時折目を覚まし、自分が生み出した者たちがどんな風に過ごしているのかを聞くのを楽しみにしているのだ。
そして、その貴重なひとつの機会を、自分がふいにしてしまった。
「寝ぼすけが次に目を覚めるまでに色々見て回りたい」
長でなくなる時に、もう一度会えたら、いや、会えなくても良い。次の長となる者に、見聞きしてきたことを語り、あいつに伝えて貰うのだ。
お前が創り上げた世界は、こんな風になっているのだと。
それが良いものか悪いものかは分からない。
それでも、詳細を聞くことができたら、慰めになるだろう。
人間は加速度的に数を増やし、世界各地で集落を形成して文明を築いている。きっと面白いものが見つかると思った。力加減をするのが面倒ながらも、人間と同じように色々やってみたら楽しそうだと思った。なんでもできるのは退屈でしかない。
傲慢な考えだと分かっている。しかし、それこそが強者だ。
人間社会では良いものばかりではなかった。
頑張っても頑張ってもどうしようもなく、飢えて死んでいく者もいた。弱く知恵がなかったからだ。血を吐きながら助けてと手を伸ばす。その先には神を見ているのだろうか。
「スウォルは強いからさ、そんなにのほほんとしていられるんだ」
「のほほん? 俺が? コウに言われたくないな」
はん、と鼻で笑って軽く額を突くと大げさに痛がった。
「痛ってぇぇぇぇ!」
でこぴんってなんだ?
その後、俺たちは世界のあちこちを巡った。そして、様々な香辛料を調合した「コウの魔法の粉」を作り出した。
配分はコウのみが知る。今もまた、日々配分や材料に応じた味を追求している。俺も料理の助手を務め、あいつに食べさせてやることを夢想している。
歴代の長が聞けば鼻で笑われたり眉を顰められるかもしれないが、俺にとっては一筋の希望だった。
『ふぅん、面白い。不思議な気配にこれは竜の血が混じっている。ああ、原始の竜だ。すごいな、そんな者を抑え込める存在がいるのか。人に擬態しているけれど、甚大な力を感じる。何をするつもりかな? くく。面白いなァ』
色を弾く長い爪が、吊り上がった唇をなぞった。
これにて完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。




