最終話 ―絆―
「なるほどね、そんな事を吉田さんが言ってたんだ」
羽入家へ向かう道すがら鈴音は電話の内容を沙希に話した。水夏霞が容疑者となりえる状況だからこそ、神社から離れたこの場所を選んで話した。
神社からの田舎道は人通りがほとんど、いや、まったく無いと言える。だからこそ、誰かに聞かれると危険かもしれない内容を今のうちに話が出来る。
それになるべく早く沙希に話した方が安心できるというのもあっただたろう。
鈴音の話が終わると沙希は真っ先に自分の考えを口に出してきた。
「確かに考え方によっては、そういうのもありかもね。なにしろ今回の事件では容疑者がまったく浮かんでこないのが最大の特徴なんだから」
沙希の言うとおりだ。今回の連続殺人事件ではっきりとした容疑者は浮かんでこない。容疑者と呼べたのは死んだ秋月ぐらいで、秋月が死んだ後でも殺人が続いているのなら事件はまだ終わっていない。
終わってないからには必ず容疑者と呼べる犯人が居る。けれども警察がどれかけ調査をしても容疑者は誰一人として浮かんでこない。いや、正確には特定が出来ないといったところだろう。何人か容疑者に目を付けてはいるが、その容疑者が犯行不可能な時に事件が起きており、容疑者から外れるという事を繰り返しているのである。
村人外の可能性も考慮に入れているようだが、被害者全てが来界村住人であるからには可能性は少ないだろう。
そうなると村人全てが容疑者とも言える状態だ。
そこで吉田が考えたが複数の容疑者とそれを結ぶ何かという点だろう。つまり犯人達には共通の目的があり、そのために連続殺人を犯している。そう考えたようだ。
それにまだ羽入家という説も捨てては無いだろう。玉虫様の崇りを持ち出すのは誰でも良いのだから、羽入家が村の実権を全て握るためにこのような事をしている、と沙希は考えてもいるようだ。
どちらにしても言える事は……。
「犯人は複数犯。目的はいくつかに分かれるけど、どちらにしても玉虫様を利用しているのは確か。そうした恐怖心を村人に植えつける事が出来れば後々の事も運びやすいしね」
沙希はそう主張する。確かにその通りかもしれない、けれども鈴音はどうも納得が行かなかった。
「でもさ、それなら村長さんが殺された理由は何なのかな? 私達だけに知らせるためって理由だけなら弱いと思うよ。部外者の私達がそういう事を主張しても信用してくれる人は何人もいないと思うよ」
鈴音達がその説を主張したとしても信用する者はほとんど居ないだろう。なにしろ田舎の人間関係は強いうえ、鈴音達は部外者だ。たとえ村人達に玉虫様を拝めるようにしようとしてるとか、羽入家の権力を強めようとしてるとか、そう主張しても首を傾げるものだけで頷く者は誰も居ないだろう。
つまり今ここでその説を主張したり口に出したりしない方が良いという事だ。けれども沙希は考える必要だけは主張する。
「うん、それは沙希の言うとおりだよ。でもさ……何かが引っ掛かるの?」
「何かって?」
そんなのは決まってる。村長が残したノートと武器だ。沙希や吉田の考えが正しいとしても鈴音はその二つの謎を解かないと何も解決せず、静音にも辿り着かないように思えた。
「もちろん村長さんの事、あれだけ今までの事件とは特色がまったく違うじゃない」
そう、村長殺しだけは今までの首狩り殺人とはまったく違うもののように思える。だからこそ沙希がこう主張してもおかしくは無い。
「あれだけ犯人が違うとか? つまり便乗犯よ。村で起こってる連続殺人を利用して自分の恨みも晴らそうとしたとか、前から村長さんを殺そうとしてて機会を窺ってると丁度連続殺人が起きたとか、そんなんじゃない?」
「それにしてはタイミングが良すぎるよ」
沙希の主張通りなら秋月が死ぬ前に実行できたはずだ。それなのに鈴音達に何かを伝えようとした翌日に殺されている。まさか偶然とは考え難いだろう。沙希の考えどおりならいくらでもチャンスがあったのだから。
今まで躊躇していたというのも考えられるが、それなら犯行を行う勇気すら出てこないだろう。都合よく村長が一人にならなかったというのも考えられるが、犯人はわざわざ村長宅へ入っている。それなら深夜に侵入して村長を殺す事も出来ただろう。
それに助六が死んだ後には門番と呼べる者すらいない。更に犯行はやりやすくなるはずだ。
それなのにあのタイミングで殺されるのはそこに何かしらの意思があるからだと鈴音は沙希に伝えた。
「確かに村長さんも盗聴とかの恐れが有るから、わざわざあんな約束をしたのよね。それなのに偶然っていうのは考えずらいか。忘れてた、私もそれに気付いていたから村長さんの密約に乗ったのに」
沙希は大げさに頭を抱えて見せた。どうやら考えが大降りした事が大失態で自分が恥ずかしくなったようだ。
「とにかく」
沙希は咳払いをすると話を戻してきた。
「私は吉田さんの考えはあっていると思う、それと村長さんも間違ってないと思う。だからその二つを結ぶ何かがあると思うのよ。鈴音はどう思う?」
つまり二人とも半分ずつ持ってて、後はそれを繋ぐ接着剤が必要という訳だ。沙希はそう考えているようだが、鈴音は素直にそうは思えなかった。
もしかしたら沙希の言っている事が一番真相に近いのかもしれないよね。でも……なんだろう、この違和感。何かが違うような気がする。
鈴音は沙希の答えにすぐには口を開かなかった。
たぶん、何かが足りないんだ。何かを証明する何かが……あっ、そっか! 私達は情報だけで何も持ってないんだ。つまり何かを証明する証拠が無い。それは物的でも状況でもどっちでも良い。これが正しいんだという証拠が無いんだ。
鈴音はそう結論を出すと沙希の問に答えた。
「何が正しくて何が間違っているのか、私達はそれを証明するものを何も持ってないよ。持ってるのは繋がるヒントだけ、だから今は結論を出さずに証拠を探すのが一番だと思うよ」
「……そう言われればそうね」
鈴音の言葉に沙希は素直に納得した。ここが二人の絆が深い証拠だろう。
沙希が自分の考えが絶対に他人の意見を受け入れる容量が無ければ鈴音の言葉なんて入ってこないだろう。けれども沙希は鈴音を信頼してるから鈴音の言葉を素直に受け入れられる。
だから自分の結論が絶対に正しいと思っていても、それが真実だとは思ってはいないようだ。真実とは万人が納得できる、または受け入れられる物だと知っているから。
沙希がそういう価値観を持つ事が出来たのはやはり過去の経験があったからだろう。それは沙希以外の人が全て納得して、沙希だけが納得しなかった。それは沙希だけが真実を知っていたからだ。
つまり真実とは万人を納得できる、または受け入れさせる事が出来る。沙希はそういう価値観を持っている。だから信頼の深い鈴音に対してもそれを崩さないのだろう。
それからは互いにいろいろな考察を述べながら歩いている時だった。二人は村の中心に到達した。
そこには完成したオブジェがあり、今では業者の人達が撤収作業をしている。どうやらこれで九番目のオブジェが完成したようだ。
「相変わらず、これだけはワケが分からない」
オブジェを見てそんな感想を漏らす沙希。どうやら沙希はオブジェを見るたびにそんな事を思っているらしい。
まあ、このオブジェは木をモデルにしているが、とても木には見えないほど変形している。それでも木なのだろう。曲がりくねった柱のような物から幾つもの枝みたいな物が出ており、木の実のような丸い物が幾つも付いている。
芸術とは一体なんなんだろうと沙希はこれを見るたびに思うようになってきたようだ。まあ、その気持ちも分からなくは無いが、抽象的な物ほど理解が難しいのかもしれない。
そんなオブジェを見ている時だった。突如鈴音が声を上げて沙希に少し待っているように言うと撤収作業をしている作業員に向かって走り出した。
そこで少し言葉を交わすと鈴音はすぐに沙希の元に戻ってきた。
「何を聞いてきたの?」
「う〜ん、オブジェをもう一本立てるのかなって思ったんだけど、これ以上は立てないんだって」
「まあ、最初から九本だって聞いたような……」
そこまで言い掛けて沙希は鈴音が何を考えたのかを理解した。
「つまりあのオブジェが十本の柱だと思ったんだ」
「へへっ、正解」
沙希の思ったとおりのようだ。
玉虫様退治の話では囲った柱に玉虫様を封じ込めて御神刀で退治したらしい。そして別の文献だが、その柱の数は全部で十本だったようだ。
つまり十本の柱が存在するなら玉虫様の復活を本気にしている。または利用している人物が居る証拠になる。そう考えたようだ。
けれどもオブジェは全部で九本しか立てず、これからも立てる予定は無いようだ。そうなると鈴音の考えはまったく外れる事になる。
オブジェと伝承の柱はまったく関係ないようだ。沙希がそんな事を思ったときだった。とある疑問が浮かんできた。
「そういえばさ、私はあの本を読んでないんだけど。なんで玉虫様の復活に十本の柱が必要なの?」
玉虫様の話にも水夏霞の話にも柱は出てきた。それが何を意味するのかは沙希は本を読んでいないから分っていないようだ。そして当の鈴音も忘れており、思い出しながら喋りだした。
「えっと、確か……村を囲むように柱を立てると……玉虫様の力が安定するんだよ。だから死んで身体が無い玉虫様を具現化させるために十本の柱が必要なんじゃないかな?」
後半はすっかり鈴音の考えになってしまったようだ。まあ、正確には分かっていないうえ、静音にも調べが付かなかったのだからしかたないのだろう。
なんにしても静音が遊び半分でやっていた事だったから真剣ではなかったのだろう。その後の村長とは違って。
「あっ、そうだ」
村長の事を思い出したら鈴音は柱について何かを思い出したようだ。
「そういえばノートの最後の村長さんが十本目の柱が完成が近いって書いてあったよね。結局十本目の柱って何なんだろう?」
オブジェを見てからだろう、話はすっかり柱になってしまった。
けれども確かに村長はノートの最後に柱について記している。だからこそ柱についてまったく無視も出来ないのだろう。
けれどもその後二人して考えてみたが何も思いつかなかった。
「まあ、なんにしても、玉虫様の復活なんてありえないか。もし本気でそんな事を考えてるのは狂信者だけだろうし、もしかしたらそんな人達がこんな事件を起こしているのかもね」
沙希は柱についてそう締めくくるとオブジェについての話は終わり、これから向かう羽入家の話へとなっていった。
……相変わらず、というか未だに騒がしいね。
今朝来たばかりだが羽入家は未だに慌しく騒がしかった。まあ、これから戦争でもやろうとしているような雰囲気の中だから仕方なのだろう。
この様子だと誰かから羽入家の歴史についてゆっくり話が聞くのは無理かもしれない。少しは静かになっているだろうと思ったのだが、未だにこんな状態ではしかたない。
「それで鈴音、どうする?」
「……どうしよ、沙希〜」
羽入家に訪問しても良いのだけど、入っても誰も相手してくれない様子なのでしかたなく門前に立ち尽くすことになってしまった。
とりあえず話しが出来そうな人物を思い出そうと思考を巡らす二人だが、うってつけの人物が二人の後ろから声を掛けてきた。
「鈴音さんに沙希さん、どうかなされました」
「あっ、七海ちゃん」
制服姿に身を包んだ七海が二人の後ろから声を掛けてきた。七海の私腹や着物、巫女服などは良く見かけるが、制服姿もよく似合っている。さぞかしクラスではもてる事だろうと鈴音は思うが。
七海が羽入家であるからにはそう簡単に近づけないのも確かのだろうと沙希は鈴音とは逆の事を思った。
七海は二人の横から家の中を覗き込んでから言葉を掛けてきた。
「ウチの者に何か御用があるのですか?」
羽入家の誰かに用があるから二人が来たのだろうと七海は推測したようだ。けれども鈴音達は羽入家の歴史について知っている者なら誰でも良い。だからこそ、鈴音は目の前の人物に目を付けた。
「そうだ、七海ちゃん。羽入家の歴史ついて少しは知ってる?」
いきなりの質問に驚きはしないが少し首を傾げる七海。それから「少しぐらいなら」と返答を返してきた。
「それじゃあさあ七海ちゃん。ちょっと羽入家の昔について聞きたい事があるんだよね〜、だから協力して欲しいなって」
「やはり姉妹ですね、鈴音さんもですか」
半分微笑みながら答える七海。どうやら静音も同じような事を聞いた事があるようだ。
それから七海は鈴音の来訪を迎え入れると書斎へと案内した。
そこはかなり離れており、騒がしい音はあまり聞こえてこない。確かにここなら落ち着いて話が出来るだろう。
沙希は素直に設置してあるテーブルに座るが鈴音は蔵書数に驚き見回しながら歩き回っていると落ち着いた侍女がお茶を持ってきてくれた。
どうやら七海が先に頼んでおいていたようだ。
侍女はお茶を並べると部屋を後にする。そのお茶を七海は一口すすると本題へと入って言った。
「それで何をお調べになりたいのですか、ここならかなりの文献がありますし、お邪魔なら私も退室しますけど」
そこまでしなくて良いと鈴音は七海に言うと用件を完結に伝える。
「姉さんも調べえてたと思うんだけど、玉虫様の崇りについて知りたいなと思って」
「あ〜玉虫様の崇りですか、まあ、私達は呪いなんても呼びますけどね」
「へぇ〜、そうなんだ」
……
鈴音と七海の会話に口を挟まない沙希。そこれはそこに違和感を感じたからだ。それも七海に。
確かに沙希は七海について良くは思ってはいない。だからと言って偏見を持っているわけではない。ただ好感が持てないだけだ。平たく言えば好きになれない存在というところだろう。
それに違和感はそれだけではない、なにかこう、七海はまるで玉虫様が好きでは無いような。あまり触れたくないような、そんな感じがした。
「それで七海ちゃんは玉虫様について何か知ってるの?」
「……」
急に口を閉じて視線を外す七海、どうやら何かを考えているようで思い悩んでいるようではない。
七海がそんな状態を少し続けると視線を戻す事無く静かに語り始めた。
「これは羽入家に関することなので、口外しないで欲しいのですよ。羽入家の者にも、そして全てを心の内に仕舞ってくれる事をお願いします」
急に重苦しい言い方をし始めた七海に鈴音は戸惑いながら「そこまでの話しはしなくても良いよ」と言い出すが、七海は聞いてもらった方が良いと判断したらしく。七海は羽入家での玉虫様について話し始めた。
これは羽入家の血筋。つまり本家と分家の者しか知らないのですけど、どうやら私達は玉虫様の子孫と言われております。知っているかどうかは分りませんが、玉虫様は天涯孤独で人身御供と成りました。少なくともそう言われておりますが、どうやら天涯孤独になったのは結婚後の事のようです。
だから子供もいたようで、その子孫は羽入家と言われております。
そしてここからが重要なのですが、玉虫様は強制的に生贄にされたらしく、村人を恨んでおり子孫に怨念を残していると言われてるんです。羽入家では玉虫様の呪いと呼んでますが、それほどやっかいな物のようです。
どうやら玉虫様の呪いは村人全員を殺さない限り解呪される事は無いと言われております。いつ誰がそのような事を言ったのかは分りませんがね。
ですから玉虫様の呪いを無視して村を出ようとすると玉虫様の怨念が現れて村に戻そうとするのです。ですから羽入家は今までこの村を出る事が出来なかったんですよ。
それが羽入家に伝わっている呪いです。つまり私達に村人達を皆殺しにしろと訴えているのでしょうが、そんな千年近く前の出来事に付き合うつもりなんてありませんし、皆して病気ではないかと研究しているみたいですよ。
まあ、これが羽入家に伝わっている玉虫様の呪いについての一つですね。
何があったかは分りませんが、ここまでの怨念を残しているのだとしたら相当酷い事をされたのでしょうね。千年近くも続く怨念ですか、私も興味はありますがあまり近づきたいとは思えませんね。
静音さんは遊び半分でやってたようですけど、鈴音さん達もそうなんですか?
話しの最後が質問に変わり鈴音は素直に答えた。
「う〜ん、別に遊び半分じゃないけど、姉さんが残したノートに玉虫様の事が載ってたから調べれば姉さんに辿り着けるかなとか思って」
「なるほど、そうでしたか」
一気に話したから喉が渇いたのだろう。七海はお茶をすするが沙希はその七海の行動にまた違和感を感じた。
先程から感じる違和感。今まで七海と接してきた事は何度かあるが、こんな違和感はかんじたことが無い。
隣に目を向ける沙希。どうやら鈴音は何も感じてはいないようだ。
鈴音はこういう事にだけは鈍感だからしょうがないか、と沙希は鈴音には何も期待せず七海を観察する。
けど先程の違和感はすっかり消えていつもの七海に戻っていた。急に消えた違和感に沙希は戸惑い始めていた。まさかさっきまで何かを悩んでたなどと聞くわけにもいかない。そうなると自分で推理するしかないのだが、感じた違和感が短時間だったため正体どころかヒントも何もつかめていなかった。
……気のせいかな。とも沙希は思ったりしたが、そうしても忘れる事は出来そうにないようだ。ここが羽入家内という事もあるのかもしれないし、相手が七海という事があるのかもしれない。
どちらにしても油断はできないという事だ。
沙希が改めて気を引き締めると今度は鈴音から口を開いた。
「そういえばさっき呪いの一つって言ったよね。という事はもう一つ有るの?」
「ええ、ありますよ」
どうやら羽入家に伝わっている呪いの話は一つでは無いようだ。七海は「聞きたいですか?」と尋ねてきたので鈴音は「聞きたい」と即答した。
七海はもう一度一服すると、もう一つの呪いについて話し始めた。
こちらの話は私が静音さんに付き合って見つけた話で、たぶん誰も知らないでしょうね。
どうやら羽入家には秘蔵の刀があるようです。しかも妖刀で随分と物騒な代物のようなんです。
「そんなのがあったんですか!」
村にある刀は御神刀と鈴音が持っている模造刀だけと聞いていただけに驚きは大きかった。
なにしろ殺人事件の凶器は刀だ。もし羽入家にそのような物が存在すれば、それが凶器である可能性が高い。だからこそ鈴音と同じく沙希も驚いたのだが、七海は二人の反応を楽しむかのように軽く笑うと否定した。
「そんなものは無いですよ」
「えっ、でも、秘蔵の刀があるって」
「私は秘蔵の刀があるようですって言ったんです」
確かに七海は刀があるとはっきり言ったわけではない。つまり刀が有るかもしれないと言う推測に過ぎなかった。
そう知ると拍子抜けした二人に七海はもう一度軽く微笑むと話を続けた。
それでですね。その妖刀はどうやら人を斬り殺す事が出来ないようなんです。けれども人を傷つける事が出来ます。つまり刀のようで刀ではない、そんな不思議な代物のようです。
けれどもこれにはしっかりとした理由があって、どうやらその妖刀で斬り付けられると玉虫様に憑依されると言われてるんです。
御神刀は知ってますよね。それが実は偽物で、本物は羽入家の妖刀で玉虫様の怨念が宿っている。
かなり昔にそんな話しが出たみたいで、そのような話しが生まれたと言われてます。
現に私と静音さんで家中を探してみたんですけど刀なんて見付かりませんでしたから、どうやらその文献自体が創作の可能性が高かったみたいですね。
まあ、その手の話は良く有ることですから。静音さんもこの事はすっかり忘れて無視したようですよ。
特にこれと言って取り上げるような話でも無いと判断したようですから。
そこで話は終わりなのだろう。七海は再び湯飲みを口に運ぶが鈴音には一つだけ疑問が生まれた。
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかな?」
沙希と七海の視線が鈴音に集まる。そこで鈴音は疑問を口にした。
「その話しが創作だとしたらさ、話の元は何なんだろう?」
首を傾げる沙希と七海。どうやら鈴音が何を言いたいのか理解できなかったようだ。そんな二人に鈴音は説明を追加する。
「そういう創作の話って今はともかく、昔は元になる話があるじゃない。本格的な物書きがなんてそんなに居なかったんだから。だから文献に伝わる話のほとんどって元になる話があると思うのよ。だからその話しにも元になるような出来事があったんじゃないかなとか思って」
昔からオリジナルの物語を書ける者なんてそうはいないだろう。そういうのが多くなったのは近代に入ってからだ。だから昔から伝わる話は元になるような話があるか、伝わってきた話が変化するか、幾つかのパターンのような物がある。
鈴音はこの話もそのパターンの一つではないかと考えたようだ。確かに物証たる刀が存在しないからには、その可能性もある。
鈴音の言葉を理解した沙希は少し考えると、やはりあそこに辿り着いたようだ。
「やっぱりそれは御神刀じゃない。この村で刀で伝わる話って言えば御神刀しかないし」
「まあ、そうなんだけどね」
御神刀は玉虫様にトドメを刺した刀だと言われている。だからそこからそういう話が出てきたのでは無いかと七海が言い出したので、鈴音はそうかもしれないと納得した……フリをした。
……なんだろう、何か変だよね。もし御神刀がその話の刀なら人が斬れる筈だよね。現に玉虫様にトドメを刺してるわけだし。それなのにさっきの話だと人は切れないけど傷つける事は出来る。そして傷ついた者は玉虫様に憑依される。なんというか……まるで刀で切られると味方にされるというか、強制的に動かされるとか、そんな感じが……あっ!
どうやら鈴音は何かを思いついたようだが、その考えを口には出さず。適当に話をはぐらかした。どうやらここでは話さない方が良いと判断したのだろう。
あまり慌しい羽入家に長居しては居辛いので鈴音達は七海から話を聞くと早々に羽入家を後にした。
正確には鈴音がなるべく早く羽入家を出たがっていたので沙希が理由を付けて切り上げた。
珍しい事だとも思いながら沙希達は黙って桐生家への道を歩いている。日はすでに山の近くまで落ちており、今日の時間が少なくなっている事を示していた。
そんな田舎道を歩いている時だった。やっと鈴音が口を開いた。
「ねえ沙希、現実って残酷すぎるのかな?」
「はぁ?」
いきなり突飛押しの無い質問に沙希は素っ頓狂な声を上げた。それかも鈴音は話を続けた。
「全ての中心に姉さんが居る。でもそれは被害者としていると思ってた。でも……それが逆だと言う証拠も無い。つまり……」
そこで言葉を詰まらせる鈴音。沙希も何も言葉を発しようとはしなかった。鈴音の言いたい事はよく分かったからだ。
それは事件の裏幕にいるのは静音だという事ではないか……という事だ。
鈴音や沙希がそう考えるにはしっかりとした理由がある。
それは玉虫様伝説があるからだ。静音は玉虫様伝説について調べていた。そして今回の事件は玉虫様伝説に沿っているかのように行われている。
この村で全ての玉虫様伝説を知っているのは居ないだろう。居るとしたら調べていた静音だけだ。そうなると事件の裏にいるのは静音と言う事になる。
そんな事だけは信じたくは無い、鈴音はそう思った。いや、思い込もうとしていた。だが先程の七海から聞いた話といろいろな話を総合すると玉虫様伝説について全て知っていたのは静音だけになる。
だから一番疑うのべきなのは静音なのかもしれない。けど、それなら、静音はなんでこんな事をしてるのか? その疑問が浮かんで来るが、それを解決する手札が無いわけじゃない。
それが静馬だ。
つまり鈴音が考えた真相は次のとおりになる。
羽入家かセリグテックスかは分らないが美咲を呼び出した。そして突然美咲が居なくなれば当然静音と静馬は美咲を探しに出かけるだろう。そうなると二人で一緒に探すより別れて探した方が早い。
そして静音は美咲を見つけることが出来た。そこに罠があるとも知らずに。
美咲としては二人を別れさせる為と騙されて協力したのだろう。けれども、その時の犯人は静音を殺すつもりだった。来界村開発戦争以後、静音の存在を邪魔だと思っている者は少なくは無いはずだ。
少しずつ静音が馴染んできたとしても、全ての村人が受け入れらる訳が無い。
羽入家としても源三郎が納得しても末端まで納得してるとは思えない、部下の暴走という可能性が有る。セリグテックスとしてもここで静音を始末しても羽入家の所為に出来る。
後で今回の功績で下手に出世されても困るのだろう。どちらにしても動機は充分だ。
そこで美咲を使って静音を呼び出し後は始末するだけになった。羽入家にしろセリグテックスにしろ。羽入家に侵入できれば拳銃ぐらい簡単に入手できるだろう。
そこで美咲を見つけた静音が近づくと引き金が引かれて銃弾が静音に向かった。けれども銃弾が当たったのは静馬だった。事前に合流していたか、もしくは犯人を見かけて阻止しようとしたのかは分らないが、静馬は銃弾の前に倒れたのは確かだ。
そこで静音は初めて自分が狙われている事を知る事になった。
静音は真っ先に美咲を逃がしただろう。静音ならそうするはずだ。それから静音は身を隠した。自分が狙われていると知ったからには人前に姿を現すわけには行かないだろう。
そこで頼ったのが村長なのかもしれない。後では対立したかもしれないが、最初は村長を頼っただろう。
そうして身を隠して数日、静音は今回の計画を思いついた。
つまり玉虫様伝説を利用した連続殺人。事件を起こす事で自分の身を投げ出す事になるが、犯人も捕まえる事が出来る可能性が高い。窮鼠猫を噛むに近いが、追い詰められた静音ならやるかもしれない。
そして静音は計画を実行した。もちろん自分では手を汚さない。玉虫様の信者を集めて説得、いや、洗脳に近い事をしたのだろう。たぶん秋月もその一人なのかもしれない。それだけでなく脅迫などの手段も使ったかもしれない。
これは先程聞いた話で思いついた事だ。妖刀で斬り付けられた者は死にはしないが玉虫様に憑依、つまり言いなりになる。つまり静音は何かしらの妖刀のような脅迫材料をもっていたのかもしれない。
そうやって計画を進めていくうちに村長は静音が何をしているのかに気付いて鈴音達に知らせようとしたのかもしれない。鈴音なら説得できると判断したのだろう。けれども静音達の方が早く村長を殺害してしまった。
村長が残した武器はこれで静音と戦えという事なのかもしれない。
そう考えれば全ての辻褄が合うのではないのか、鈴音はそう推理して沙希に意見を求めたが、沙希はすぐに言葉を返さなかった。
反論する余地が見付からなかったのだろう。鈴音の推理を証明するものは何も無い、けれども否定する証拠も無い。だからこそ何も言い返すことが出来ない。
ここまでの推理を展開されると信じろというだけでは説得力が無いのは良く分かる。ならどうすれば良いのか、沙希は判断に迷った。
……どうすれば良いのか、どう言葉を掛けるのが一番良い方向へ鈴音を向ける事が出来るのか。……もう、昔の自分みたいに後悔しないように。
沙希はそんな事を考えてから鈴音に言葉を掛けた。
「ねえ、鈴音。確かに鈴音の推理には説得力が有ると思う。でも、それが全てじゃないと思う。鈴音は静音さんがそんな事をしないと今でも信じてるでしょ。だから今はそんな事を疑っても信じるのはやめよう。最後の最後まで」
「……うん、そうだね……そうだよね」
鈴音は全ての真相が分った、分ったつもりでいた。だからこそ自分の言った推理を信じようとしていた。
けど沙希はその鈴音の心理を見抜いてそれを止めてくれた。たとえ鈴音の推理どおりだとしても、それを決定付ける証拠が出ない限り信じる事はしない。そう説得した。そして鈴音もそれを受け入れた。
鈴音とて静音を疑いたいわけじゃない、むしろ逆だろう。けどそれが真実なら受け入れなければいけないと思ったから信じようとしてしまった。
忘れていたのだ。たとえ全てを敵に回しても自分だけは静音を信じるという事を。
その事を思い出させてくれた沙希に感謝しながら鈴音達は夕暮れの田舎道を歩いていくのだった。
桐生家に戻った鈴音達は特に何もしなかった。やるべき事は全てやった気がしたし、今すぐに全てが解決する訳ではないと思ったようだ。
だから明日帰るのに荷物をまとめただけで特に何もしなかった。もちろん静音の荷物も一緒に持って帰るつもりだ。そんな時だった、琴菜の足音が美咲の部屋から遠ざかるのが聞こえた。
どうやら美咲はまだ起きているようだ。
鈴音は沙希に美咲の所に言ってくる事を伝えると部屋を後にして美咲の部屋に入るのにノックした。
中からは元気の無い返事が返って来たので鈴音は部屋の中へと入る。一応蛍光灯は点けているが美咲の顔からは元気は無かった。
美咲が寝ていた布団の横に座ると鈴音から話しかける。
「私達は明日一度帰っちゃうけど、まだすぐに戻ってくるからね。そうしたらまた遊ぼうね。あっ、その時はもう暑くなっちゃってるから川で遊ぼっか」
なるべく明るく話しかける鈴音だが美咲からは言葉が返ってこず頷くだけだ。
その後も鈴音はなるべく話しかけて美咲を元気付けようとしたが、美咲は頷くだけで言葉は返してこなかった。
そんなやり取りを一時間ほどすると話す内容が無くなって来たのか、鈴音はそろそろ戻るねって言うと立ち上がって部屋を出ようとする。
鈴音が部屋の襖を開けたときだった。美咲が「待って」と声を掛けた。その場で立ち止まり降り返る鈴音。なるべく笑顔で美咲を見詰めた。
その美咲から出てきた言葉はやはり「ごめんなさい」だった。それから次の言葉を続けた。
「……今は、ごめんなさい、上手く話せないけど。今度……今度着てくれたら全部話すから。だから……また」
「うん、また村に遊びに来るよ。だから今は無理に話さなくても良いよ」
鈴音がそう言うと美咲は笑顔を浮かべてくれた。どうやら少しだけ気が楽になったようだ。それでもすぐに暗い顔に戻ると真剣、いや、追い詰められたような顔を鈴音に向けてきた。
「鈴音お姉ちゃん、御神刀は影柱だから」
「えっと、どういうこと?」
突然の言葉に鈴音は聞き返すが美咲はそれ以上は答えなかった。どうやら答えたくないらしい。それとも答えられないのか、どちらにしてもこれ以上は聞かない方が良いようだ。
「じゃあ、またね美咲ちゃん。今度着た時こそ、思いっきり遊ぼうね。その時には全部終わってるはずだからね。約束だよ」
鈴音がそう約束すると美咲は始めて笑顔を見せてくれた。どうやら少しだけ元気付ける事が出来たようだ。
そんな美咲の笑顔に鈴音は手を振って部屋を出ようとすると美咲も手を振ってくれて、鈴音の心を軽くしてくれた。
そして鈴音は部屋を後にして沙希の元へと戻った。
沙希の元に戻った鈴音は真っ先に美咲の話をした。どうやら最後に笑顔を見せてくれた事がよほど嬉しかったらしい。沙希も微笑を浮かべながら鈴音の話を聞いていた。
そんな事をしていたら時間がかなり過ぎており、日付が変わるまで一時間を切ってしまっていた。
明日は帰らないといけないからもう休もうと沙希が言いだしたので、鈴音達はそのまま寝床を整えて就寝へと付いた。
……明日の出来事を予想できないままに……
さあ、おいで、我が依り代。全ては揃った……そう、お前のおかげで。これで……そう、これでやっと遂げられる。
この恨み、あの仕打ち、その後の無念、一日たりとも忘れた事は無い。だが、それも子で終わり。そうであろう。ふふっ、そうか、お前は解放されればよかったのだったな。まあいい、約束は守ろう。なにしろ我が悲願が遂げられればもう兵に用は無い。後はお前が望んだ自由だ。
……分っている、あの子が余計な事を話したようだが今更どうする事も出来ないだろう。それに何かをする意味は無い。全ては整っているのだからな。
ああ、それは約束したとおりだ。お前が協力してくれた分の報酬もやろう、お前のおかげでおかげでやりやすかったからな。……確かにな、ふふっ、はははっ、確かにあの人間どもは笑えたな。
予想外の人間も出てきたが、まあ、何も出来んだろう。……そうだな、そろそろか。
さあ、始めよう殺戮の宴を、惨劇の開演を、そして憎悪の終焉を。
そんな訳でやっと終わりました。断罪の日〜縁〜 これで問題編がやっと終わりです。まあ、まだ解答編が残ってますが、今は忘却の彼方へ殴り飛ばして起きましょう。
さてさて、皆さんは事件の真相が分かったでしょうか。ちなみに解答編で新たなヒントのような事実は出てきません。問題編のヒントを元にした事実は出てきますが、全ては問題編のヒントを考えれば解けるように書いたつもりです。
……そういうかそうなってるようね。なにかわすれてないよね。少し不安になってますが、まあ、何かあったらご容赦下さい。
さてさて、そんな訳で、皆さんお時間があったら事件の真相を推理してみては如何でしょうか。この小説は問題編だけで全てが推理できるように書いたつもりです。
もちろん、読者を騙すためのダミーも多数存在しますが、そんなヒントとダミーを見分けて真相を推理するのも面白いかもしれませんね。お時間のある人は是非ともお付き合い下さい。
それから真相が分ったら是非ともメッセージかメールを下さい。
メッセージはたぶん小説のトップページの一番下にメッセージを送るとか、そんなのがあるのでそこからどうぞ〜。
メールは作者紹介から私のホームページに行けますので、そこの下にメールと書いてありますので、そこから私にメールを送る事が出来ます。
そんな訳で、真相が分かった人は是非ともご一報下さい。正解者には解答編の最終話の後書きで発表でもしようかと思ってます。
ちなみに、なんども送ってきてもいいですよ。まあ、そこら辺の詳しい状況は私のブログでやりますので、作者紹介からブログへでも飛んでください。
まあ、こんなところでしょう。それではそろそろ締めましょう。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
それでは次は解答編でお会いしましょう。
以上、微熱がまったく下がらない葵夢幻でした。