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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
二章 骨董姫と瑠璃色の指輪
13/40

(13)喧嘩煙管の頼みごと

 不思議なことに、この国にある古い品には、必ずと言っていいほど付喪神が宿る。

 付喪神は大半の個体が人間に対して無害だが、稀に害をなす個体もおり、度々災いを起こしてきた。

 人と付喪神が共存していくため、いにしえの朝廷より“調整役”の任を仰せつかっていたのが、神蔵かぐらの系譜に属する家系の者たちだ。

 彼らは付喪神と、付喪神が宿る古物を適正に管理し、人間社会への悪影響を度々防いできた。

 現代人が付喪神の存在自体を忘れつつあるのは、調整役をこなした彼らの功績あってこその皮肉な現象とも言える。

 

 かく言う俺も、かつては神蔵家に管理されていた、喧嘩煙管の付喪神だ。

 しかし、今はその手を離れ――拾われた先の会社で人間のフリをしながら、自宅でモノダマたちを養っている。

 モノダマたちを養い始めたきっかけは、単なる手慰みに過ぎなかったが、そんな俺が三倉家のご令嬢に使われることになろうとは――

 運命の力も、なかなかどうして侮れないものだ。


 

 *

 


 錦花郷は夜になっても、人と馬車の往来で騒がしい。

 革靴や下駄は石畳を鳴らし、ガス灯の明かりが通りを照らしている。

 そんな中、急務を終えて会社の事務所を出た俺は、橋の上から川の流れを眺めていた。


「へッくしッ! あー……この時期の川風は冷えるぜェ……」


 外套のポケットに手を突っ込みつつ、港の方角をぼんやり見つめる。

 蒸気船の汽笛が鳴り、街の明かりは水面をほの暗く照らしている。

 俺は港町の夜景と共に一服しようと煙管を取り出そうとして……すぐに思い出して苦笑した。


「……おっと。そういや、珠希に預かってもらってたんだったな」


 ならば紫煙の代わりにと、夜気を深く吸い込む。

 しかし、潮と排気のにおいが混ざり合った空気はなんとも言えない臭さで、吸い心地が悪かった。 


(あの倒れ方……ただの貧血じゃねェよなァ)


 先刻の珠希の様子を振り返る。

 割れた湯のみを拾おうとした瞬間の、青ざめた顔。

 呼吸の乱れ。

 魂ごとどこか遠くへ飛ばされたような倒れ方。

 単に疲れただけなら、ああはならないだろう。

 

(あの反応、体が“過去の痛み”を覚えてやがったな)


 珠希の過去――叔父夫婦に家を奪われた話は、彼女自身からサワリだけ聞いている。

 が、詳細を知ろうにも、内容が内容だけに、どこまで尋ねていいものか分からない。

 道具の錆とは違って、人の心の傷はそう簡単に消えるものではないし、下手に触れては却って傷口を拡げることにもなる。


(“正当な三倉家”のご令嬢、か。運命のいたずらも、とんでもないねェ)


 三倉家は神蔵家の傘下にある、古物の蒐集しゅうしゅうと管理を担う家系だ。

 俺自身は三倉家と直接的な関わりはなかったが――当時、三倉財閥の嫡男だった孝蔵こうぞうと妻・ゆき江の訃報を聞いた時の衝撃は、鮮明に覚えている。

 けれど、彼らが亡くなった火災について、翌日の新聞が報じたのは、たったの数行だけ。

 一大財閥の跡取り夫婦が亡くなったというのに、世間での扱いはあまりにも小さすぎた。


(おまけに、後釜におさまったのがあの叔父夫婦……。どうにもきな臭ェ)


 唇の端から漏れた小さな吐息が、夜風に溶けていく。

 足を止めた俺は、蒸気船がなぞる水平線をぼんやりと見つめた。

 灯台の光が、そのたもとで波を打って揺れている。


(少し探りを入れてみるか。珠希には悪ィが……)


 独断専行など、道具の分際で褒められたものではないが、やむを得まい。

 珠希が立ち向かおうとしている闇がどれほどのものか、俺も知らなければならないだろう。

 俺は足早に、ある場所へと赴いた。



 夜の雑踏を抜け、人気のない裏路地へと足を踏み入れた。

 表通りのざわめきも聞こえない路地の奥には、すすけた看板を掲げた一軒の瀬戸物屋がある。

 俺は店の引き戸を軽く叩いた。


陶継すえつぐ、俺だ。生きてるかィ」


 ガラリと戸を開ければ、見世棚に所狭しと飾られた皿や壺が目に入る。

 薄暗い裸電球の灯りで、釉薬ゆうやくがてらりと反射していた。


「誰にモノを言ってやがる。陶器は千年保つんだ、煙野郎」


 店の奥から、ざり、ざり、とすり足で歩いてやってきたのは、眼鏡をかけた小柄な老人。

 肌は古びた茶碗のようにくすんでいるくせに、頭のてっぺんだけは磨いたようにツヤツヤだ。


「おーおー、皺もひびもまァた増えてやがる。ますます年季が入っちまったなァ、ジジイ」

「ケッ。うるせえよ、若作り。てめえもアタシとほとんど同世代だろうがよ」

 

 この男も俺と同様、人間を演じて生きている。

 その正体は“瀬戸大将”――壊れた瀬戸物に宿った思念が集まってできた、付喪神たちの集合体。

 ……とでもいうべきだろうか。


「今度は何の用だね。新しいご主人様への贈り物探しか?」

「さすが、耳が早いねェ。俺のお姫様のことも把握済みたァ」


 この錦花郷には、“陶継の分身”が無数に散らばっている。

 分身である陶器やその欠片たちを通して、本体の陶継のもとへ自動的に情報がもたらされるというカラクリだ。

 人間の情報屋よりもよほど便利で信頼できる。

 

「三倉財閥の消えたご令嬢――なんだい、蓋を開けてみりゃぁ、お前の“元ご主人様”の傘下じゃねえか。

 あの系列とはもう関わらねェんじゃなかったのか」

「関わらねェと決めたのァ、俺を追放した元締めの神蔵家だけだ。三倉家は関係ねェ。それより……」


 陶継の座る店台に肘をかけ、俺は声を潜める。


「三倉孝蔵夫妻が亡くなった事故と、その娘について……アンタなら、多少世間よりも詳しい情報を持ってるだろう?」


 陶継はくっと片眉を吊り上げて俺を見ていたが、やがて背後の棚から帳簿を取り出し、眼鏡をずらしながらパラパラめくり始めた。


「ああ……十四年前、三倉家の別荘が夜中に全焼したっていうアレか。

 原因は設備からの“ガス漏れ”ってことになってるが、一瞬で火が回って、明らかに不自然な燃え方だったと聞いてるぜ」


 陶継はさらに低い声で続ける。


「その後、統二郎夫婦がしれっと本邸に入り込んだ。

 おまけに、遺児の行方は誰も知らない。

 どこかに養子に出されたって話もあるが、どれもただの噂止まりだ」

「確たるものは金で消されたか」

「そういうこった」


 どうやら、ここまでの俺の予想は九割がた当たっていたようだ。

 珠希は正当な後継者――対して叔父の統二郎は、欲にまみれた簒奪者さんだつしゃ

 よくある権力闘争ではあるが、胸糞悪い話だ。

 ……しかし。

 それとは別に、俺にはもう一つ、気に食わないことがある。


「その金の出処でどころについても、面白ェ話がありそうだな」

「あぁ。あの夫婦はどうも、“屋敷にあった古物を処分した”とかで莫大な現金を短期間に手に入れたらしい。

 錦花郷の瀬戸物どもの話によれば、売られたやつらはみんな悲鳴をあげて泣いてたって話だよ」

「ほォ……」


 つまり、あの統二郎とかいう愚か者は、三倉家の家財が何たるかを知らない。

 財閥としてではない、三倉家の“本来の側面”を全く理解していないということだ。


「煙野郎、そう鬼みてぇな顔をするな。物を売るってのは今も昔もよくある話だろう」

「勘違いすんなィ、ジジイ。俺だって、物を売ることが悪いとは思ってもいねェよ」


 例えば、子供時代に使っていた玩具や着物を、他の子供に譲り渡すように。

 人間、いくらお気に入りだとしても、同じ物をいつまでも持ち続ける奴はそうそういない。

 物の立場からしても、持ち主を変えながら流れていくのは、むしろ自然な生き方だ。 

 金に換えられたとしても、それが持ち主の決断だというのなら、おれたちは腹を括り、新たな出会いに望みをかけて流れていく。


「だが、奴らが売っぱらったのァ三倉家の家財。そこいらの道具を売るのとはわけが違う」


 三倉家の役目は“古物の蒐集と管理”――その意義は、“付喪神の子供を育むこと”にある。

 人の心に触れ、人に愛され、人と共存できるように、付喪神としての道徳を学ぶ。

 あの家は、いわば付喪神たちの初等教育の場なのだ。


「あの家財たちは、付喪神としての身の振り方を覚えて、適切な持ち主のもとに導かれるはずだった。

 それを、金に目が眩んだ豚どもが踏みにじったんだ」


 三倉家にとって、財閥経営はお役目を果たすための資金調達に過ぎない。

 言ってしまえば、副業のようなものである。

 しかし、財閥として順調に成長していただけに、統二郎はそちらにばかり気を取られて、本来重んじるべき役目を軽視していたのだろう。

 

「なるほど。役目を理解しない身内ほど厄介なものはねえ、ってことかい」


 陶継は肩をすくめて、帳簿を閉じた。

 現時点で語れるのはここまで、ということらしい。


「陶継。この先、三倉家絡みの噂が出たら、すぐ知らせろ。アンタの持つ全てを使って、徹底的に炙り出せ」

「簡単に言いやがって……三倉の闇を暴くなんざぁ、目隠しして綱渡りするようなもんだぞ。報酬は弾むんだろうな?」

「たりめェよ。どれ、まずは前金として、こんな品はどうだィ?」


 俺は仕事鞄から“秘密兵器”を取り出した。

 瞬間、陶継の目がバカッと見開かれる。


「お、お前っ……! こんな上等なモンをどこで……!」

「カカッ! 貿易商・百丸善一を舐めんなよォ?」

 

 陶継に差し出した秘密兵器は、海外製の美しい金属缶――その中身は、遥か遠い西洋から仕入れた、最高級品と名高いとある銘柄の紅茶だ。

 何を隠そう、この陶継という陶器は、昔から茶に目がない。

 

「お前さん、陶器(からだ)に茶渋がつくのが好きだろう? 今の世の中、紅茶の茶渋なんざァ滅多に味わえないぜ?」


 おおかた、今回も国産の高級抹茶で交渉してくると高を括っていたのだろう。

 陶継の頬はピクピク震え、今にも欠けてしまいそうなほど歯を食いしばっている。


「ぐっ……! 稀代の貿易商の名は伊達じゃねえか……」


 睨みをきかせる陶継だが、希少な紅茶の誘惑にはやはり勝てないのか、缶の縁をそわそわ撫でている。

 歯ぎしりをしている陶継に、俺はさらに畳み掛けた。


「お気に召したら、次は南方の島国の紅茶も飲ませてやるぜ?

 うちの商会は東西南北、あらゆる地方と取引があるからな」

「〜っ!! ああ、分かったよ、やってやらあっ!」

「恩に着るぜ、ジジイ。よろしく頼むわ」


 茶缶を抱えた陶継は、鼻息を荒くして店の奥に引っ込んで行った。

 ……本来は珠希への手土産として持ってきたものだったが、おかげでジジイを上手く言いくるめられたのでヨシとしよう。

 俺は“前金”とは別に情報料を置き、そのまま店の外に出た。


「さて……早く戻って、お姫様を看病しなきゃな」


 もう一度、紫煙の代わりに外の空気を吸う。 

 表通りよりもマシとはいえ、今夜の空気はやはり不味かった。

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