響く物音
詰所のドアを開けると、ロゼッタが甲冑の一部を手入れしながら地図を広げていた。
「来たわね。あなたも何か感じたの?」
真剣な眼差しで地図を見下ろす彼女は、騎士団の制服姿でいつになく険しい表情だ。
「うん。椿が庭を回ってくれたらしいけど、ちょっと気になることがあるみたいだ。俺もさっきから胸騒ぎがしてさ」
ロゼッタは地図を折りたたみ、紙束を机に重ねる。
「実は私も、巡回中の部下から“不審な人影を見た”って報告を受けてるの。まだ確証はないけど、前にアレンが来たときみたいに何か企んでる連中がいるかもしれない」
「やっぱりか……。ニーナやミウをまた怖い目に遭わせたくない。俺だって、二度と“鬼畜”なんて言わせたくないし」
ロゼッタはふと目を細め、廊下のほうへ意識を向ける。
「とりあえず屋敷の警備を強化する。あなたはどうする? 今夜は眠らずに見回りをするつもり?」
幸太郎は大きくうなずく。
「そうするよ。椿も協力してくれるって言ってくれてるし、あとはミウやニーナに万が一のときは隠れてもらうよう言うしかない。今、ニーナは図書館勤めで疲れてるから、本当は休ませてあげたいけど」
「ええ。ニーナはまだ体調が万全じゃないんだし、あまり走り回らせるわけにはいかないわ。ミウも夜は弱いから、必要以上に外へ出すのはやめたほうがいい」
ロゼッタがそう言い終わるか否か、廊下の奥から何か重い物が倒れるような音が響いた。
「……っ」
幸太郎とロゼッタは同時に顔を上げ、動きを止める。
「廊下のほうね。行ってみるわよ」
ロゼッタは腰の剣に手をかけ、幸太郎は外套をきつく握りしめた。
階段を抜けた先の廊下に出ると、割れたガラス片が床に散らばっている。夜風がびゅうと吹き込み、カーテンが揺れていた。
「窓が割れてる……誰かが無理やり侵入したのか?」
幸太郎が背筋を震わせながらつぶやく。ロゼッタは警戒を怠らず、周囲を見回す。
「とにかくミウとニーナを確認しなきゃ。あなたはニーナの部屋を見て。私はミウのところへ行く」
「ああ、わかった。気をつけてな」
そう言い合いながら二人は手分けするように走り出す。
(くそ、やっぱりこういう夜襲イベントが……でも今度は逃げないぞ。絶対に守ってみせる)
薄暗い廊下を駆け抜けながら、幸太郎はギュッと拳を握る。かつてゲームの中で選んでいた“鬼畜ルート”とは真逆の行動を、今、自らの意思で取ろうとしている。
(もう誰も泣かせたくないんだ。ニーナを、ミウを、そしてアリシアやロゼッタ、椿も……俺にとって大切な人たちを)
灯の少ない廊下を足早に駆け抜け、階段を上がると、ニーナの部屋の扉が半開きになっているのが見えた。