図書館での手伝いと和風茶会
その日の午後、幸太郎はロゼッタと軽く訓練をこなした後、ミウと合流して図書館へ向かった。
「久しぶりに外をゆっくり歩ける気がする。最近いろいろあったからな…」
幸太郎は街の雑踏を眺めながらそう言うと、ミウは楽しそうに微笑む。
「ご主人様、騎士団の訓練もずいぶん慣れましたよね。最初は重い体でフラフラしてたけど、ちょっと体型もしまってきたような…」
「そうかな? 自分じゃあんまり分からないけど…。でも確かに、前みたいに太鼓腹ってほどじゃなくなった気はする」
会話を弾ませながらたどり着いた王立図書館の入り口では、ニーナが小声で職員たちに指示を出している姿が見えた。
「ニーナ! 手が足りないって聞いたんだけど、何か手伝えることある?」
控えめに声をかけると、ニーナははっと顔を上げる。
地味なブラウスとロングスカート姿で、いつものように本を抱えて少し猫背気味だ。
「ご主人様と…ミウさん。わ、わざわざありがとうございます。新しく入った古文書が整理しきれなくて…でも、あの…本当に大丈夫ですか?」
「ああ、任せて。重い本くらい運ぶよ。それに、タイトルや分類を確認するのは得意かもしれない。
昔からそういうのはわりと好きでさ」
そう言うと、ニーナは顔を赤くしながらホッとしたように微笑む。
「ありがとうございます。ここの書庫で、番号順に並べ替えていただけると…私も少し楽になります」
幸太郎が黙々と本を抱えて奥の棚へ向かうと、ニーナがそっと横に並んで作業の手順を教えてくれた。
彼女は声が小さいが、説明は端的で分かりやすい。
(ゲームの攻略情報では、ニーナは自分の仕事を手伝ってもらうと好感度が上がるイベントが多かった。
やっぱり図書館での労働は効果的みたいだな)
しばらく作業を続けていると、二人の距離が自然と近くなり、幸太郎はふと彼女の髪から漂うやわらかな香りにどきりとする。
(やべ…こんなに女性と接近して作業したことなんてなかった。しかもニーナは地味だけど、その恥じらう表情が妙にかわいい…)
思わず意識が変な方向に向きそうになり、慌てて頭を振った。
「え、えっと、次はこの棚に置けばいいのかな」
「…はい、ええと…そうですね。その文字の頭文字ごとに順番に…」
ニーナもやや顔を赤らめながら説明してくれる。二人の微妙にぎこちない空気を、
少し離れたところで本を運んでいたミウがくすっと笑いながら見守っていた。
「ふふ、いいですね、仲良しで。…あ、ごめんなさい、茶化したわけじゃないんです」
ミウが恐縮したように手を合わせると、ニーナはあわてて首を横に振る。
「べ、別に仲良しなんて…ただ、ご主人様が手伝ってくれて助かるだけで…」
耳まで赤くなるニーナの様子に幸太郎はどこか微笑ましさを覚える。
半年前の自分では考えられないほど、女性と自然に会話できていることに驚く気持ちもあった。
作業がひと段落すると、ニーナが小声で「ありがとうございました…」と頭を下げる。
「私こそ助かったよ。図書館ってすごい資料があるんだな…。また勉強しに来てもいいかな?」
「もちろん…いつでもお待ちしています」
少し緊張を残したままのニーナを後にし、幸太郎とミウは図書館を出る。
外に出るとすっかり夕方になっており、日が傾きかけた街にはオレンジ色の光がさしていた。
「ニーナさんの表情、前より柔らかくなってましたね。ご主人様のおかげかも」
ミウが楽しそうに微笑む。幸太郎は「あはは」と照れ笑いしながら首をすくめる。
「うーん、そうかな…。でも、これで全員との距離が少しずつ縮まった気がする。
アリシアもロゼッタも椿も、あまり避けられなくなったし…」
「はい、ご主人様、すごいですよ。皆さんからの評判、じわじわと良くなってる気がします」
その言葉を聞いて、幸太郎は胸がどきりと高鳴る。一方で、ゲームの“鬼畜シーン”を思い出すと、あまりに違う現実に複雑な感情も湧き上がる。
(ゲームじゃ全員を無理やり屈服させる感じだったけど、今はこんなに普通に接して…しかも好感度が上がりつつあるなんて。
本当にこんな夢みたいなことが起きるんだな)
幸太郎は思わず鼻血が出そうになるのをこらえ、気を引き締める。
「…ダメだ、変な妄想は捨てろ。俺は紳士のまま接して、絶対に女性を傷つけないって決めたんだから」
そんな自問自答をしている姿を見て、ミウが「どうかしました?」と首をかしげる。
「いや、なんでも…。…とにかく、まだまだ頑張らないとな。
次は椿が来るって言ってた和風茶会にも参加してみたいし、アリシアからは舞踏会に誘われる可能性もあるんだろう? なんだかワクワクしてきた」
ミウは大きく頷いて、「はい!」と元気よく返事をする。
そして、ふと幸太郎の脳裏に椿のことがよぎった。
椿は東洋の国から来た留学生で、和の作法や独自の剣術を誇りにしている女性。
ゲームの攻略情報によれば、彼女のルートでは「彼女の故郷の文化を尊重し、一緒に和風の行事を楽しむ」ことで好感度が大きく上がるとあった。
(そういえば、椿には以前、屋敷での稽古を手伝ったときに喜ばれたっけ……
自分も見よう見まねで木刀を握ってみたら、「姿勢が悪い」と叱られたけど、少しだけ微笑んでくれた気がする。
あのとき好感度が上がってたのかもな)
幸太郎はあらためて椿の凛々しい姿を思い浮かべ、心の中で意気込む。
(和風茶会をちゃんと楽しんでみせれば、椿ルートもいい感じに進むかもしれない…!)
こうして、幸太郎はアリシアやミウ、ロゼッタ、ニーナ、そして椿とも確実に距離を縮めはじめ、心の内で小さな喜びを噛みしめていた。
鬼畜オヤジではなく“普通の紳士”として彼女たちと関われる喜びが、彼を少しずつ前向きに変えていく。
ゲームで得た各ヒロインの好みやイベント知識を“優しさ”として活かし、好感度を上げる行為が思った以上にうまくいっているのだ。
「本当に…こんな展開があり得るなんてね。まあ、まだ図に乗るのは早いか…」
そう小さくつぶやき、彼は夕暮れの光のなか、隣を歩くミウと足並みをそろえながら屋敷への帰路につく。
心の奥底には、鼻血になりかけるほどの妄想を必死に抑えつつも、ほのかな幸福感が広がっていた。