第40話 第3号
《魔術師》は息絶えた《運命の輪》を片手で背負ったまま市街の上空を飛んでいた。
死んだとしても白猫の蘇生術をもってすれば彼女を助けられる。そんな自分らしくない行動に《魔術師》が鼻で笑った。
「なんであたいこんな事してるのさね」
別に助けた所で見返りがある訳でもない。地位や名声が得られる訳でもない。
なんとなくそうした方がいいという感情だけで動いている。
監獄塔が視界に入った。何やら派手に倒壊しているが気にしている場合ではない。
そんな時、彼女の目の前に小さな少女が視界に映る。灰色の髪は肩にかかるくらい。格好はボロ布一枚だけでみすぼらしい。何よりその頭とお尻には狼の耳と尻尾のようなものが付いている。
少女は虚ろな目のまま両手の指に挟んでいた8つの短剣で《魔術師》に切りかかる。
「っ!」
《魔術師》は咄嗟に障壁を作ってガードするも頭上に創造してあった鷹が消えて落下してしまう。相手方も落下していくも、自分は足場を作って空中に留まった。
灰色の少女は屋根の上に落下するも軽快に受身を取って転がり、即座に立ち上がって再び高く跳躍する。
「おいおい、どうなってるのさぁ?」
《魔術師》は後ろに足場を作って引く。そうすれば空中で身動きの取れない少女はまた落下するしかない。その隙に高く逃げれば問題ないと考える。しかし、灰の少女は回転することで軌道を動かして《魔術師》が造った足場を掴んで更に飛ぶ。
「ちっ、邪魔するんじゃないさ!」
右手に炎の玉を生み出して牽制するも灰の少女は彼女の頭上をひらりと飛び越えて背後に回って背中を蹴った。
《魔術師》は落下するがすぐに足場を作る。だが上から灰の少女が短剣を1本投げた。彼女の背中に刺さり血が滲む。
《魔術師》が反撃の手を許さず障壁を作ったものの灰の少女は追撃しない。代わりに指を鳴らす。すると刺さった短剣が赤く光って爆発した。
3人仲良く落下し屋根の上に落ちる。灰の少女は受身を取り、《魔術師》は咄嗟に足場を造り、《運命の輪》も同様にして衝撃を抑える。
「ああくそ。あたいは肉体派じゃないさよ」
咄嗟に《運命の輪》を爆風から庇ったせいで肋骨が浮き出ており出血も激しい。軽口を叩く余裕もないが相手に気取られないためだ。
「その耳と尻尾。あんたもキメラかい? さしずめ、灰狼さ」
灰狼は無表情のまま武器を構えて歩いてくる。何の心も情も感じられない。ただ目標だけを捉えている。
「けどこっちも遊んでる暇はないさ。本気でいくさ」
《魔術師》が相手の周囲を壁で覆って身動きを封じる。しかし、そんな壁は灰狼には関係なく拳1つで破壊している。だが何重にもなった透明の壁は簡単には出られない。
その隙に右手に黄色の光の球体、左手に茶色の光の球体を浮かばせた。
「泣いても許さないよ」
《魔術師》はまずは茶色の光の球体を解放する。すると灰狼の地面がくりぬかれて深い穴となった。彼女は否応なく落とされ、その直後に黄色の光の球体を解放する。一瞬の輝きと共に落雷が音もなく落ちた。
更に濃度最大の毒の霧を周囲に発生させる。自分が吸わないように周りだけ完全遮断した壁を造る。これで問題ない。
はずがない。
灰狼は無傷のまま飛び上がって戻り屋根の上に立つ。毒の霧も全く堪えておらずピンピンとしている。《魔術師》は仕方なく毒の霧だけは解除する。そうすると相手は駆け出して飛んだ。
《魔術師》の目と鼻の先となると彼女は空中で制止し腹から大量の血を流した。『創造』によって透明の槍を置いたのである。背中までしっかりと貫通して出血も酷い。
灰狼もぐったりしており今度こそ終わったと思った《魔術師》だったが奇妙な光景を目にする。
「おいおい、正気さ?」
目の前で灰狼の傷がみるみる内に修復されてついには完治した。彼女は透明の槍を短剣で破壊し、それを無理矢理引き抜いた。再び腹から血が噴出すものの傷は修復される。
「・・・まさか、あの姉妹の?」
《魔術師》の疑問の前に灰狼が接近している。見えない壁があるもののそれらは見る見る破壊され、次第に溶けていた。何十、何百という板は一瞬で消滅し・・・。
《魔術師》の胸に短剣が突き刺さる。
剣は既に赤く光っており爆発するのも時間の問題だ。しかし、《魔術師》は剣に目もくれずに灰狼の頭を掴んだ。
「はっ。本当の爆発芸を教えてやるさ。炎の魔術の最上位。良い子には絶対真似できないさね!」
《魔術師》の全身が赤く輝いたと同時に周囲一体を巻き込む大爆発を発生させた。
住宅は一瞬で消し飛び、大地は抉れ、焼け野原の完成となる。その中央には黒こげの死体が2人。
しかし、片方はほぼ灰同然の状態からみるみる再生しては綺麗な素肌に戻って回復する。灰狼は近くの店に掛かっているボロキレを身体に巻いてグーパーを繰り返し問題がないと分かるや否、その場を何事もなく去って行った。




