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第39話 誰が為の戦い

 《力》に殴られて飛ばされた《戦車》だったが空中で器用に一回転してその勢いを利用して次弾の準備をする。両足が地面に着いた頃には無数の弾が発射されている。


「レナ! 伏せろ!」


 《力》に言われて彼女は急いでその場に頭を下げた。《力》は出し惜しみせずに己の潜在意識を限界まで引き出して一発一発を見切っている。

 全てを完全に避けれていないが急所は外していた。


 だが彼女のように超人ではない一般人が大勢被弾してはその場に倒れ、生き残った者は悲鳴を上げて逃げ惑う。それを見た《力》が大きく舌打ちした。


「絶対殺す」


「処刑執行」


 市街は一瞬で彼女達と大男だけとなり無数の銃声だけが響いている。威勢を張った《力》だったが相手との距離を詰められなかった。いくら見切れるとはいえ何十発も放たれる敵の懐に入るには相当の覚悟が必要となる。


 おまけに《戦車》はその恵まれた体格から丸太ほどのガトリングを軽々扱っている。左右に揺さぶっても瞬時に反応していた。


「レナ、私にあれ使ってくれ。このままだと接近できない」


「で、ですが」


「大丈夫。私はレナを信じてる。だから私を信じて」


 そう言われては何も言い返せない。《恋人》は覚悟を決めて言った。


「フレイル、私の言葉を聞いてください」


「勿論!」


 《恋人》の誘惑が《力》に決まり一瞬肩の力が抜けるも《恋人》が続ける。


「フレイル。《戦車》を殺してください」


「了解」


 《恋人》の誘惑は絶対。己の持てる力を限界まで引き出してその命令を忠実に実行する。

 《力》の潜在解放と合わされば極限まで身体能力が発揮される。人間が持つ恐怖という意識を克服して最善策を無意識に動く。


 《力》の行動が更に洗練されて銃弾の雨をスルスル避けて確実に接近していた。残り30mほどになってからの彼女の動きは一瞬だった。目にも止まらぬ速さで敵の背後に回っており、小さくジャンプして《戦車》の首を掴んでグルッと回す。鈍い音と共に大男がダウンする。


 しかし、《戦車》は無理矢理首を回して位置をただすと素早い動きで距離を置く。それを逃がす《力》でもなく追った。だが相手はどこから手にしたのは肩にロケットランチャーを掲げて狙いを定めていた。


 ミサイルが発射される。距離10m。彼女の目にはそれだけが映っている。


 当たって砕けて死ぬのが結末。それが未来。


「勇者は」


 ここで死なない。


 《力》は足を地面に叩き付けて瓦礫を打ち上げた。1秒も待たずにミサイルが爆発を起こす。


「フレイルッ!」


 黒い煙が立ち込める中、《恋人》が叫んだ。彼女の背後にもう1発のミサイルが建物に直撃する。すると彼女の言葉に呼応して煙を突き破る姿がある。空気を切り裂き《力》の拳が《戦車》の顔面を捉えた。鋭いストレートは《戦車》は砲弾の如く飛ばして建物を幾つも貫通させた。

 その後、新たな銃撃が起こることはなかった。


 真っ黒の姿の《力》は《恋人》に笑顔を見せて安心させる。が、すぐに顔色が変わる。

 建物に被弾したミサイルが崩れて《恋人》の頭上に降り注いでいるのだ。


 《力》は急いで走り出して幾重の瓦礫の粉砕し受け止めて《恋人》を守る。


「勇者ならヒロインを守らないとな」


 ニコッと笑う《力》に対して《恋人》も表情を緩める。


 パシュ。


 銃弾が《力》の胸を貫いた。口を開けたまま倒れていく彼女に《恋人》の表情が青くなっていく。


「フレイルッ!!」


「に・・・げ・・・」


 それを最後に《力》は息絶えてぐったりしてしまう。《恋人》は抱き起こして何度も名前を呼んだが意識は戻らない。


「あっはっは。裏切り者がいると聞いてたけど君達とは」


 屋根の上から声がする。《恋人》が視線を送るとそこには黒い仮面に十字の紋様が入ったもので顔を隠し、頭には黒い帽子、全身を黒い外套で身を隠すものが座っていた。手にはピストルを握られている。


「あなたは、《塔》」


「はっはっは。顔を見せるのはいつかの会議振りだったか。なら情緒もなく殺せるなぁ?」


 《塔》が再びピストルを構えたので《恋人》は物陰に隠れた。彼女は今にも泣き出しそうなのをグッと堪えている。


「フレイル・・・」


 隣では今も倒れたままの《力》がいる。動かないと分かっている。死んだと分かっている。

 だからこそ、彼女の心は疲弊していた。けれど同時に湧き上がる不快な感情があった。


「あっはっはっは。鼠は隠れるのが得意だ。ネズミ捕りと行こうかぁ?」


 大切な人を殺された。殺された。ころされた。コロサレタ。


「私が、仇を討ちます。フレイル、そこで見ていてください・・・」


 パンパンと射撃されている銃弾から隠れ、音が止めば顔を覗かせる。《塔》は変わらず屋根の上に座ったままだった。弾がなくなったのかポイと投げ捨てる。


「かくれんぼかい? 子供だねぇ。だったら我輩が鬼か? いいね、だったら鬼らしくしてあげるよ」


 《塔》が両手を合わせるとそれが波となり周囲に響き渡る。一見何も起こったようには見えない。しかし、次第に《恋人》は脳に強烈な映像が浮かびあがる。


「ああ・・・ああぁぁぁぁ!」


「あっはっは! 愚かだねぇ。一緒に死んでたら苦しい思いもせずに済んだのにねぇ。君の奥底に眠るトラウマで一生苦しむがいい」


 《塔》は相手の精神に介入にしてその者が持つ嫌な過去を瞬間的に何度も見せ続ける『精神破壊』の能力を持つ。一度精神を蝕まれたら最後。その過去からは逃げられない。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 《恋人》の脳にはかつて己の利を優先させて苦しめた人達の映像が蘇る。心優しい彼女だからこそ、《塔》とは相性が最悪だった。


「もう心が壊れたのか。つまらないねぇ。過程が一番の醍醐味なんだけどな」


 《塔》は屋根から軽快に飛び降りた。手をポケットに突っ込み壊れた《恋人》に近付く。

 彼女は謝罪の言葉を繰り返し涙を流している。既に勝負は喫していた。


 《塔》はさっさと始末しようと《戦車》が死んでいる建物の方へと足を運んでいく。


「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」


 度重なるトラウマ、度重なる悪夢。それが脳を支配する。ずっと胸の奥に引っかかっていただけに余計に罪の意識が濃くなる。

 そんな彼女だったが頭痛が激しくなった。混濁する記憶の中でとある姉妹の言葉を思い出す。


『でもさ、それでいいんじゃない? あんたには一杯味方いるじゃない』


『わたしはもう聖女さんを味方だと思ってるよ。好き勝手言おうとわたしは味方だよ』


 その言葉に救われた。罪と向き合えると思った。逃げるだけの人生をやめようと思えた。


 一瞬だけ彼女の意識が戻る。しかし、路地裏で倒れる彼女に選択肢はない。周りに人はおらず、『誘惑』をかけられる人物もいない。銃もなく助けはない。

 彼女の視界に映るは無機質な建物と腐ったゴミ箱だけだ。


 彼女は這いずるように動いて路地を進む。希望があると信じて。


「あっはっは。まだもがいている。往生際が悪いねぇ。苦しいのも辛いだろうし今楽にしてあげるよ」


 空いた建物の置くから片手にライフルを握り締めた《塔》が戻って来る。彼は照準を合わせてうつ伏せの《恋人》を撃った。銃弾は足を貫き彼女の白いローブが赤く滲む。


「はっはっは。起きてくれたら心臓狙えるけど困ったなぁ。これは困った」


 《塔》は狩りを楽しみ彼女が疲弊し弱っていく様を見る。《恋人》はもう動くことも叶わない。《恋人》は最後にボソッと呟いてぐったりする。


「あー、終わりか。ま、人間だしこんなもんかな」


 《塔》は死体を2つ作って任務を達成させた。次の目的の為に遠くから聞こえる激しい戦闘音に耳を傾ける。


「はっはっは。白猫と黒狐は死なないらしいし、いじめがいがあるなぁ。一生トラウマ見せ続けたらどうなるか楽しみだなぁ」


 《塔》はライフルを肩に乗せて道なりを歩いて行く。


 そのとき。


「いっつ!?」


 首に不愉快なまでの痛みが走った。即座に手を回して首に潜むそれを掴む。柔らかく小さな動物、鼠だ。


「あん?」


 《塔》は疑問だったが直後に意味を理解する。しかし、そのときにはもう手遅れだ。無数の鼠が彼の身体によじ登って至る所を喰らい尽くした。


「やっ、やめろっ! このっ、ドブネズミ、がっ! ぐ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」


 《塔》の悲痛な叫びが響き渡る。《恋人》の『誘惑』は人間に限らない。不潔な路地裏には無数の鼠が存在する。その鋭利な歯に噛まれたら大量出血し疫病に感染して死に至る。幸い、《塔》は病気に至る前に絶命を許された。


 激しい戦闘の末、誰も立ち上がることなく死んだ。

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