第157話 白いテーブルを染めるブラックコーヒー 上
意志の力に反応する精神結晶。
それは精神力を糧に自然現象を操り、人の心にも干渉することが出来る魔術を行使する別次元の人々の成れの果てであった。
かつて人だったものを扱って生活を営み、また戦の場にて力として振るってきた者達は皆、この事実を前にして顔を青ざめさせ、己のしてきた事を振り返っていた。
同胞を、マギイストの民の亡骸を便利なエネルギーとして扱われていたと知っていたセリアは皆を、ソルダントの民を責めることは無かった。
「目の前に便利な力があるならば誰もが飛びつくものです。その物の正体を知らなければ尚更でしょう」
致し方ない事なのだとセリアは言い、幾分か彼女の言葉に救われもするが、やはり後ろめたさは残る。
利便性や己の身を守る為に精神結晶が填められた装飾品を身に着ける者は多く、この議会室にも指輪や腕輪を填めている者達が居た。
その者達は苦々しい顔や恐れおののきながら身に着けていた装飾品を外す。
それらは何時でも手放せるだろうが、インフラ……社会基盤にも今や精神結晶は欠かせない。
皆の手元にあるボトルの水が浄化されているのも精神結晶の力なくしては難しい。
それ程にまで浸透しきったエネルギーを今更手放しは出来ない。
誰もがそう結論に至ったが、セリアはその答えを否定せず、肯定した。
「精神結晶を手放せとは言いません。ただ知っていて欲しいのです。どうやって精神結晶が出来たのかを……」
皆が皆、セリアの言葉で前向きに考えを改められる訳ではない。
議会室は沈んだ空気のままであるが、セリアは話を続けた。
マギイストの真実はまだ少ししか明かされていない。
これから明かされる事は更なる衝撃を与えるものであるが、皆はまだ知らずにいた。
マギイストで突如として起こった奇病。
身体の結晶化は一つの星にだけでなく多くの星にて徐々に広がりを見せた。
この未曾有の事態にマギイストの中心とされる星、エンピレーオでは高名な魔術師や医師が集められて研究が進められていたが、病を治療する手立ては見つからなかった。
研究で分かった事と言えば結晶は魔力を持ち、行使すれば魔術を使える事で、その際には普段より精神エネルギーの消費が抑えられた。
そして結晶化した患部を取り除いても別の個所から発症し、一度結晶化した者は救う手立てがない事も判明した。
救う手段が無いというのも絶望的であったが、結晶自体に価値があった事が更なる混迷へと陥る切っ掛けとなる。
「結晶化した者は病原体のように扱われ、惨たらしい扱いを受けていたわ。そして死した後にも彼らの安息は無かった……」
言葉だけでも分かる凄惨さ。
別次元であるソルダントの者達もその光景は容易に想像できた。
今でこそ先進惑星ではあらゆる病と無縁の医療体制が整えられているが、辺境の星や後進惑星では伝染病が蔓延し、多くの者が命を落とすなど珍しくは無い。
その現状を知っている者達には結晶化した人々の痛みによる苦しみだけでなく、同じ人から忌み嫌われる絶望が理解でき、胸を痛めた。
「……研究は一向に進まなかった。そこで追い詰められたマギイストの民は奇病を治す方法と並行させて種の存続や治療以外の方法に力を注ぐことにしたのです」
コールドスリープ。低体温で老化を防ぎ、未来の技術に命運を託す方法はポッドに入った者も結晶化したことにより採用されなかった。
次に取られた手段は次元を超える方法。
マギイストには時折ソルダントの世界を知覚することが出来る者が居た。
その者が魔術を行使すれば水晶や鏡、湖面にその世界は映し出されたが、決して手の届く存在ではなかった。
かの次元へと至る事が出来れば治療の手立てが見つかるのでは、ソルダントには結晶化の奇病が広まっていないからと希望を抱くが、次元を渡る手段は見つからなかった。
「魔術の中に次元を操る術も存在はしていました。けれどもそれは空間圧縮や移動……ワープが出来ると言っても、その力はたかが知れていた。そもそもワープは一度訪れた場所でないと安定しないで、不安定な力の行使は意図せぬ場所へと飛ばされてしまう。次元の壁を超えるなど、到底無理だったのです」
ほかにも様々な研究が行われたが、最も有力視されたのが新たな身体を作る事、人工生命体……ホムンクルスを利用する事であった。
マギイストでは魔術を行使し、ホムンクルスを作り出して小間使いや愛玩用として使う者達が居た。
忌避の目で晒される事が多かった魔術だが、命令式……機械にとってはプログラムを与えられていないホムンクルスは魂の無い器で、それらは結晶化と無縁の存在であった。
「人の魂を移し替える魔術は確立されていた。器も用意できた。けれども全ての人が新たな身体を得るには時間が足りなかった……」
ホムンクルスの精製には大量の魔力が必要だった。
そこで始まるのが命の選別である。
魔力の低いものは勿論、年老いた者達も順番は後に回される。
魔力や知識に優れた者は優先的に新たな身体を得て、財力で順番を得る者もいた。
醜い争いが繰り広げられもしたが、一先ず全滅は免れた。
けれどもホムンクルスの身体も一時しのぎである。
ホムンクルスには生殖機能は無い上に耐久度があり、永遠には生きられない。
次の身体に魂を移し替えればいいのだが、それは人の営みと逸脱したもので、このままで良い筈は無かった。
凍結保存された命の種をいつの世にか新たな命として誕生させられるように夢を見ながら、マギイストの民は仮初めの身体を移ろいながら生きていた。
「奇病に怯えながらもマギイストの民は一縷の望みを胸に生きていました……。皆が力を合わせてまた元の姿に、仮初めの身体でなく人として生きられることを……。けれども、そう思っていたのは皆ではなかったのです……」
結晶化の奇病が蔓延する以前から、ソルダントに渡る為の研究は行われていた。
魔術の無い世界ソルダント。
マギイストの民は自分達ならば、かの世界でも覇権を握れると確信していたりもして、見下しながら、下等な種を観察しているかのように異次元の世界を覗いていた。
だが、滅亡の危機に瀕した世界からは、奇病と無縁の世界は羨望へと変わり、下等だと思っていた種を妬ましく思うようになっていた。
水面下でソルダントに渡る研究も進み、そしてある一つの結論に至った。
それは次元の力を行使できる者を量産する計画であった。
一人分の魔力で出来る事は限られている。
ならば多くの者が居ればという単純な発想でホムンクルスは量産された。
「ホムンクルスをただ量産してもそれはただの器であって意味はなさない。魔術とは魂と繋がっていて、意志のない人形には行使できない。そこで研究者達が取った手段は、魂の複製でした……」
沈んでいた議会室はセリアの言葉にどよめき出す。
作られた人の身体に魂を移し替えるだけでもマギイストの技術が高度であるというのが分かっていたが、魂の複製など、もはや神の領域に他ならない。
星団連合ではクローン技術の人への使用は倫理的観点から禁止されている。
その為ホムンクルスの存在すら忌避している者達も居たようで、魂の複製ともなると恐れすら感じ始め、精神結晶の件から一転してマギイストの民に対する嫌悪感を抱いて顔をしかめさせた。
「勿論、マギイストでも散々議論されて反対も多くありました。それでも、このままでは未来は無いと、結晶化の研究が行き詰った現状では出来る限りの手を打たなくてはならなかったのです」
次元を操る力を持つ者達はエンピレーオの研究施設に集められ、そして彼らの魂は複製され、新たな器へと定着させられた。
着実と、ソルダントへと至る道のりは整いつつあったが、半ばで計画を中止せざるを得ない事態に見舞われた。
魂の複製は元となる魂を劣化させる。
徐々にだが被験者の中から精神が壊れた者が現れ、そして更に事態は悪い方へ。
複製された魂のホムンクルスの魔力は徐々に低下し、段々と使い物にならない個体ばかりが出来上がってしまった。
「……私も、得意とする魔術は次元を操る術で、被験者の一人でした。でも、自我を崩壊させるに至る事無くこうしてここに居られるのは研究者の一人であったエルンストのお蔭なのです」
その名が出た途端、議会室は再び騒めき出す。
エルンストの名は先に配られた資料によって度々襲撃を繰り返してきた首謀者だと知れ渡っている。
その者を恩人だと言うならば、やはりセリアは信用に足らないのではと疑念を抱くが、彼女は直ぐにその考えを否定するかのようにエルンストへ対する反抗の意を強く示した。
「だけど、彼は私を救うために数えきれない程の犠牲者を出して、そして今もなお、この世界を巻き込んでまで私を取り戻そうとしています」
エルンストがセリアを求める理由は彼女が口にせずとも皆が理解していた。
それは一途な愛ゆえにの事で。
物語としては世界を壊してまでも一人の女性を救うエルンストは賞賛する者もいるだろう。
けれどもこれは現実で、彼は他の者の命を虫けらのように扱い、目的の為ならば非道な手段も辞さない。
深い愛は転じて狂ったものへ変わっており、その蛮行を認める訳にはいかなかった。
セリア自身は彼を救いたいと願う気持ちもあったのだろう。
固く握られた拳は震え、瞳には後悔の色が見える。
だがこの場に立ち、全てを明かすからにはもう後には引けない。
覚悟を決めているセリアは皆に願い出た。
「エルンストはこの世界をただの実験場だと、そこに生きる者達はモルモットだと認識しています。私はこれ以上こちらの世界の人々を巻き込みたくは無い。ですが今の私一人では、彼を止める事は叶いません。ですので――――」
助けを求めたセリアだが、議会室に集う者達はあまり良い顔をしていない。
鳴鳥は困っている人が居ると見過ごせないタチで、自分にも何かできることは無いだろうかと考えを巡らせていたが、多くの者達は違うようだ。
ミリアムや彼女と近しい者達、ARKHED契約者達は皆、エルンストの暴挙を止めたいと願っているが、他の者たちは疑問を抱いていて、ある一人の壮年の男性軍人が手を上げて言及した。
「貴女が投降すれば全ては収まるのではないか」
それはセリアに信頼がおけない者達が抱いた疑問である。
確かに彼らの言う通り、セリアさえエルンストの元に戻ればこの世界が危機的状況に見舞われる事も無い。
亡命者を元の国へと引き渡す様な行いだが、ここに集まる者達は多くの者達の命を守らなくてはならない。
それならば一番リスクの低い方法を、一人の身柄で多くの者が救われるならばそれに越したことは無いという訳だ。
別次元の、まだ得体のしれない者を救いはしない。
関わりを持ちたくないという意見に思わず鳴鳥は口を挟みたくなるが、発言者は上層部の者で。
学生の身分では物申す事は出来ない上に位の高い者達が集う中ではとても発言など出来やしない。
悔しさから唇を噛んで俯くが、隣に座るジルベルトは気にするなと横目で視線を送ってきた。
彼のお蔭で幾分か落ち着きはしたが、場の空気は悪い方へと、皆口々に否定的な意見を述べる。
不安そうに鳴鳥が成り行きを見守る中、セリアは場を鎮めさせる事実を明かした。
「私も、私もそれでこの世界が救われるなら、この身がどうなろうと構いません。でも、私が投降した後には彼を操っている者達がこの世界を手中に収めようと動き出すのです」
首謀者はエルンストではなかったという事実に、議会室のざわめきは止まらない。
セリアの身柄を引き渡せば争いを避けられると目論んでいた者達は楽観視から一転して苦虫を噛み潰したかのように忌々しげであった。
彼らのどういう事かと説明を求める声に押されセリアはエルンストの背後に居る者達の正体を明かす。
セリアの話は次元を越える計画が頓挫した所から始まる。
被験者として生命の危機に晒されたセリアを救おうと、エルンストは研究者でありながら上層部の命に異議を唱えて計画自体を終わらせようとした。
集められた被験者を解放した彼は当然のように罪に問われ、セリアも拘束されてしまい、再び研究所へと収容された。
計画を引き継いだ者達は抗体を作る為に結晶を投与していた技術を使い、ホムンクルスを強制的に結晶化させ、次元を渡る為の魔力が込められた巨大な結晶を作り出すことに成功した。
こうして非道な行いの果てに希望の架け橋は作られ、計画は次の段階に進む事になる。
一方、計画から外されたエルンストは上層部のやり方に異を唱えるレジスタンスに合流し、セリアの奪還を目指していた。
レジスタンスは研究の為に虐げられてきた者達を解放し、反乱を企てていたが、彼らが上層部の者達の元へと辿り着いた時には既に遅く、そこでエルンストはセリアが犠牲になったのだと知った。




