第156話 真紅のゼーレクリスタル 下
一先ず落ち着いたというアリーチェを星団連合が用意した宿泊施設へと送り届け、ジルベルトはアルヴァルディに戻ってきた。
彼がラウンジを訪れた時には日付は変わっていて、それでも皆は待っていて、自室に戻っていた鳴鳥も彼の元へと駆けつけた。
だが彼はもう心配は要らないと簡単に説明をし、鳴鳥の身を気遣い、そして明日は大事な用事があるからと解散させた。
勿論、皆はそう簡単に納得いかないようだが、当事者である鳴鳥も大丈夫であると言い、ジルベルトに同意したが為に話はそこで終わった。
「(明日、セリアさんの話が終わった後に、アリーチェさんと話が出来るかな……)」
再び自室に戻った鳴鳥はベッドに身を横たえて考えていた。
きっとアリーチェは鳴鳥の顔を見るのすら嫌がるだろう。
そう思いはしたが、鳴鳥はこのまま話さないままではいられなかった。
それは自己満足で、相手の感情を逆なでるもので。
ほとぼりが冷めるまで距離を置いた方が賢明だと分かってはいるが、自分の想いを否定はしたくない。
アリーチェの事は明日にでも何とかするとして、鳴鳥にはもう一つ気掛かりがあった。
それは戻ってきたジルベルトの様子で、彼は何時もと違った雰囲気……、寧ろ出会った頃の様な、進んで関わろうとはせずに、どこか距離を置くような余所余所しさを感じた。
「(明日の為にもう休むよう言われたけど、やっぱり気になる……)」
小型通信機を手に取った鳴鳥はジルベルトに連絡を入れる。
何時もなら直ぐに応答するのだが、今日は少しばかり時間が空いて、応じたジルベルトの表情もぎこちなさが感じられた。
「……早く休むようにと言った筈だが」
「あ……、その……。すみません……」
「いや、謝ることは無い。それで、どうした?」
「あの……、何かあったのかと思って……」
どう伝えて良いか分からず口ごもる鳴鳥。
それでも心配をしている気持ちは伝わったのだろう。
何も案ずることは無いのだと、ジルベルトはいつものように少しだけ口端を上げて微笑みながら言った。
それは先程の態度が嘘であったかのようで、それでも鳴鳥の胸の中の引っ掛かりは完全に払しょくできない。
もしかしてと思い浮かぶのはアリーチェの姿で、彼女と自分を比べてしまえば自信は無くなる。
スタイルは良く、可愛らしく、仕事も出来る彼女とでは比べ物にならないくらいで、劣っているのは自覚していて。
となると彼女から涙ながらに迫られて、絆されてしまい気持ちが傾いて心変わりをしたのでは……と。
何も言えないままそのような事を考えていると、ジルベルトは呆れ返ったような溜息を吐いていて鳴鳥はハッと我に返る。
「まさかお前、俺の事を疑っているんじゃないだろうな」
「そ、そんな事は! ……って、あ……っ!」
「……ハァ」
過剰に反応し、墓穴を掘った鳴鳥。
彼女は申し訳なさそうに項垂れ、身を縮こまらせる。
疑って悪かったと鳴鳥が謝るより先に謝罪したのはジルベルトで、彼は自分に非があると言った。
「悪かったな。不安にさせて」
「い、いえっ! ジルベルトさんは悪くないです……っ! 私の方が――」
「いや、キチンと説明しなかった俺が悪い。それから、心配しているようなことは無いからな。……俺の気持ちは変わりはしない」
「……ジルベルトさん」
疑った事を責めもしないで、それどころか自分が悪いと言ったジルベルト。
一先ず心変わりしたのかもというのは杞憂で済んだのだが、アリーチェとの事はまた今度と、日を改めて説明すると言われて、もう一度明日の為に早く休むようにとも言われ、就寝の挨拶をして通信を終える。
まだどこか漠然とした不安が残っていた鳴鳥だが、明日は今後の皆の運命を左右しかねない大事な話がある。
話の途中で寝てしまうなど絶対あってはならない事で、鳴鳥は目を閉じて寝る努力をした。
不安から眠れないかとも思われたが、今日……正確に言えば昨日は朝から早起きしていて、途中うたた寝もしたが疲れは溜まっていて。
緊張の糸が途切れたかのように意識は遠のき、鳴鳥は翌朝までぐっすりと眠れた。
星団連合本部の議会室。
通常ならば連合に加盟している星々の代表者が集うその場で、セリアからこれまでの経緯が明かされる。
議会室に鳴鳥とジルベルトと久城、ARKHED契約者三名が訪れた時には既にセリアが中央の席、普段ミリアムが立つ壇上にて待っていた。
彼女のいる場所を中心として備え付けられている階段状の円卓。
最前列にはミリアムや連合の幹部、SARからはカルラが。
連合軍の上官達、大将であるグェンダルの横にはソフィーリヤとクヴァルも居る。
そしてエーデルシュタインからはバジーリオとアリーチェが既に席に着いている。
議会室に入って席に着くまで、鳴鳥はアリーチェと目線が合い、会釈をするがフイッと顔を逸らされてしまった。
鳴鳥達の席は特務部の団長であるヘニングの席の隣で、彼は軽く手を上げて手招いた。
そうそうたる面々が集っていて緊張していた鳴鳥にヘニングは微笑みかけ、そしてさり気無く自身の左隣に座らせようと勧める。
だが、そこは仏頂面のジルベルトが間に入り、ヘニングは苦笑いを浮かべた。
まだ始まる時刻より15分も前だというのに殆どの者が揃っているが、場はピリッと張りつめた空気であって皆押し黙った状態である。
そんな中、鳴鳥はなるべく声量を絞りヘニングへ挨拶をすると、彼も顔を綻ばせて応じた。
「あの……、お久しぶりです」
「久しぶりだね、ナトリ君。君との再会がこの様な堅苦しい場だというのが残念でならないよ」
「そ、そうですね……」
「そうだ。この話が終わったら久方ぶりにお茶でもどうかな。いい茶葉が手に入って、限定物のお菓子もあるんだよ」
声を潜めてはいるが周りには聞こえているようで、ジルベルトが眉間に皺を寄せているのは勿論として、ヘニングの右隣に居る如何にも武闘派な上官が咳払いをし、横目で睨み付けてくる。
周りから非難の目で晒されているというのにヘニングは全く意に介していないようで、にこにこと笑いながら尚も鳴鳥に誘いを掛けていた。
ジルベルトにとっては上官であるが、ヘニングの相変わらずのマイペースっぷりには辟易とされるようで。
それでも流石に場は弁えて欲しいと一言物申そうかと思った瞬間、議会室の扉が開き、更にこの厳粛な場にそぐわない人物が現れた。
「うわっ、スゲーなおい。見るからに偉そうな奴らばっかりだぜ」
「……偉そうじゃなくて偉いのよ、フラヴィオ」
現れたのは赤髪の獣人種であるフラヴィオで、彼は何時も通りの服装、胸元の開いた衣服でこの場に登場し、TPOを弁えていなかった。
彼に付き添うようにしていた水色の髪を肩口に切り揃えた少女、ラウナは黒を基調とした衣服だが、ヒラヒラとしたレースがふんだんにあしらわれていて、彼女の服装もこの場に相応しいとは言えない。
悪い意味で注目を集めた二人だが、更にフラヴィオは席に着いていた鳴鳥の姿を見つけて大声で名を呼んで喜び駆け寄ってくる。
満面の笑みでこちらに向かってくる彼と、痛いほど突き刺さる周りの視線にジルベルトは頭を抱えて盛大な溜息を吐いた。
一方でフラヴィオは皆がどう思おうと関係ないようで、ラウナもどこ吹く風といった様子である。
当然のようにフラヴィオは鳴鳥の横の席に座ろうとするが、彼女の両横は既に埋まっていて、ジルベルトからは睨み付けられ、ヘニングからは満面の笑みを返されてたじろぐ。
ジルベルトに関してはいつも通りであって問題は無いのだが、彼の隣の席に座る小柄で細身の男の笑みには何故だか薄ら寒いものを感じてフラヴィオは素直に身を引き、鳴鳥達の後ろの席に着いた。
「何だ……、あのオッサン。ひょろっこいがヤベェ空気纏ってやがる」
「フラヴィオ、そろそろ始まるみたいよ」
「お、おう……」
どうやらフラヴィオ達が最後であったようで、議会室の照明が落とされ、セリアの立つ壇上には資料を映し出す映像が浮かび上がる。
皆も佇まいを正すよう座席を座り直している内にセリアが一歩前に進み出て議会室を見渡し、会釈をした。
「少しばかり早いようですが、皆、集まって頂いたようなので話を始めましょうか」
真面目な表情で話を切り出すセリア。
皆も真剣な面持ちで重大な事実を受けとめようとしているが、誰もがと言う訳ではない。
予めセリアの正体について簡易的な報告書を配布しており、大体の事情は知らされているのだが、その内容が内容だけあって未だ信じられない者もいるようだ。
セリアの正体を訝しむ者達は彼女に疑惑の目を向けるが、逆に彼女から笑みを返され、見透かされてしまったかのような感覚に陥り狼狽えて目線を落とした。
この広い宇宙の中心たる場で、中心たる人物が集う中、皆の注目を一身に浴びるセリアは全く臆することなく、話を始めた。
まずはこれから話す事が幾ら荒唐無稽でも最後まで聞いて欲しいと前置きをして。
この宇宙とは違う場所、違う次元には違う人々の営みがあって、その者達はこちら側の世界を認識していたが、干渉する手段は持ち合わせていなかった。
因みにセリア達の世界は『マギイスト』と呼ばれ、こちら側は『ソルダント』という名で呼ばれていたらしい。
ARKHEDが戦況を左右する以前は旧式のARKSが宙を駆け、武力として行使されていた世界、ソルダント。
それらは精神結晶が発見されるまでは化石燃料や陽光エネルギー、原子力で稼働していた。
人が作り出した機器と自然のエネルギーで繁栄、衰退を繰り返す世界。
一方でマギイストはそこに住まう人自身が力を持ち、それらの力で栄華を極めていった。
「既に皆さんはご覧になったようですが、もう一度証拠としてお見せします」
そう言ったセリアは掌を差し出す。
そこには何もなかった筈なのだが、一瞬にして氷塊が出現し、そしてそれは見る見るうちに大きくなり、花の形をした見事な氷細工となる。
仮に精神結晶が填められた指輪などを身に着けていればこの様な術は造作もない。
けれどもセリアの手には何も身に着けられていないようであった。
彼女が開かれた手を握り直すと花の氷細工はキラキラと輝きながら霧散した。
誰もが驚き息を呑むがそれは以前に目にしている者が多い。
以前それと同じものを目にしたのはジルベルトがエルンストと対峙した時で、彼は無数の氷塊を虚空に現出して見せた。
セリア達の次元、マギイストには自然現象を操る力、魔術があり、人々は当たり前としてその力を行使していた。
決して交わらない世界。マギイストの中にはソルダントへの侵攻を目論む者達も居たが、次元の壁は厚く手を出すことは叶わなかった。
「このまま互いの世界は干渉する事が無ければ良かった……。でもある日、マギイストに異変が現れたの」
精神力を消耗して自然現象を操ったり、人の意識にすら作用させることが出来る魔術。
万能な力のようであったが、ある日突然、それは人々へと牙を向けるモノへと変わった。
最初は原因不明の奇病だとされていた。
その病は魔術を放った者の身体に異変が起こるもので、身体が徐々に結晶化する奇病であった。
赤や緑、様々な色の結晶。その結晶には特徴があり、乳白色の円と線で構成された模様が刻まれていた。
「それはまさか――――」
ヘニング達、一部の者達は感付いたようで顔を青ざめさせる。
そうだとしたらとてつもない事実で、自分達のしてきた事を後悔させるようなもので、できれば違っていて欲しいと願うが、現実は非情であった。
「もうお察しの方々が居るようですが、その通りです。貴方がたが現在主要エネルギーとして利用している精神結晶は……マギイストの人々の成れの果てです」
セリアによって明かされた事実。
それはとても受け入れられない内容であり、この事実を明かしたセリアの表情が一つも崩れる事が無いのも現実味を感じさせない。
嘘だと叫ぶ者もいれば己の行いを後悔する者もいて、議会室はどよめきが収まらない。
場を鎮めようとミリアムが立ちあがり静粛にと呼びかけようとするが、その前にセリアが声を上げた。
「信じ難い事だと思いますが、これは紛れもない事実です。証拠としては不十分かと思いますが、まずはこの声を聴いて下さい」
中央の演台には水差し位の大きさの真紅の精神結晶が運ばれる。
皆の注目が集まる中、セリアはそのクリスタルに手を翳し、瞳を閉じて呪文を唱える。
するとクリスタルは光を放ち、そして辺りに声が響き出す。
「――……て……助けて……っ! 痛い……っ、……こんなの……――……どうして……いやぁァァァ……――――」
議会室に響いたのは少女の泣き叫ぶ声で、それは聞くに堪えない酷いものであった。
セリアの魔術によってクリスタルに残された思念は苦痛を訴えたのだが、それらはこの場に集う者達を更なる絶望の淵へと追いやる事となった。




