雪の時
ベッドから抜け出して、指が凍えるような冷ややかな窓に近づいた。庭の枝に真っ白な雪が垂れ下がっていた。夜のうちに積もったらしい。この国では初雪だ。嬉しさを共有したくて、
「ねえ、ねえ、サディアス。雪が降ったよ」
後ろを振り返ってはみたものの、サディアスはベッドに上体だけを起こしたまま、こちらに目を向けるわけでもない。
「ああ、そうか」と、ただ興味無さそうに答える。手元に本があり、雪よりもそちらに興味を向けていた。
本当に面白くない。初雪だよ。この冷たくて白いものに対して何か、感情はわかないのか。サディアスの素っ気ない態度が不満でならない。こうなったら、意地でもこちらに意識を向けさせてやる。子供っぽいと笑われたとしても、わたしのプライドが許さない。
「雪の上を散歩したかったんだけど、サディアスは乗り気じゃないんだ。そっか、もういい、こうなったら、クラウスさんを誘っちゃおうっと」
こんなのは当てつけだ。構ってほしくてすねているというのが丸わかりかもしれない。
それでも後には引けず、退出するために歩き出したら、「おい」と声が止めた。
わたしに「おい」と投げかけるのはサディアスだけだ。姫だろうが国王だろうが、彼はおかまいなし。夫婦になっても当たり前に「おい」だとか「お前」だとか、たまに「アホ面」も。
もしかして、引き止めてくれるのかなと期待が広がる。ゆるみそうな顔を引き締めつつ、足を止めて、サディアスに顔を向けた。
「な、何よ。朝から説教はやめて」
「いや、行くなら行け。俺は止めん。だが、鏡はよく見るようにな」
「え?」
サディアスは本から顔を上げて、自分の首筋に指を当てる。思わず、わたしもサディアスと同じ部分に指で触れると、顔が熱ってきた。まさか。サディアスがにやっと笑う。悔しいけれど、わかってしまった。昨日の夜、執拗に首筋を攻めてきたのはそのためか。ようはキスマークというわたしには似つかわしくないもの。
そういえば、耳元で「俺はお前のものだ」とささやかれたような嘘っぽい映像が頭をよぎる。あれは現実だったらしい。何か、そんなこともされたのかと思うと、サディアスの感情が少しわかりそうな気がする。
「サディアス、本当は嫌なんでしょ?」
「当たり前だ。お前のことは信じているが、クラウスの名を出すのはさすがに冗談がきつい。いまだにお前がそちらに行きそうで不安になる」
「サディアス」もう嬉しくて飛びつきたい。
「ミヤコ」
「行かないよ。どこにも行かない。サディアスを置いていったら後が怖いし」
「それならちゃんと言え」
相変わらずの上から目線だけれど、期待なのか潤んだ瞳が可愛らしい。笑ってしまう。わたしはサディアスに近づいて、首に腕を回した。
「サディアス、一緒に散歩しよう?」
ここに行き着くだけで本当に長い距離だった。たったひとことで狭まる距離。
「ああ、行こう」
サディアスはすんなりと本をどかして、わたしを抱き締める。冷えた指先もサディアスのあたたかい手に包まれる。顔を見合わせて笑うだけで、初雪を見たことよりも、しあわせな気持ちになった。
おわり