出会いという名のプロローグ
気軽で気楽に読んで頂ければそれだけで嬉しいです。
そこは真なる”闇”だった。
光の気配も、命の囁きもない、ただひたすら暗く重い、闇。
”何”を内包していても、その片鱗すら現す事すら許さないそんな”闇”に、冴えた月光にも似た銀糸がふわりと揺れた。
調子も音程も外れた鼻歌。
軽やか、というにはふらつきすぎの細い体と、意味もなく揺れる細い腕。
ステップではなく単なる千鳥足でしかない歩みを刻む足も細く、身に纏うシンプルなワンピースは足取りに合わせてふわりふわりと揺れている。
「ふーん、ふー、あわぁ?」
ご機嫌でくるりと、華麗とは到底言えない一回転を披露した少女は、案の定足をもつれさせて転ける。
けれど、ここは”闇”の中。
左右どころか天地もない闇の中では、転けたとしても歩む方向を変えたくらいの意味でしかない。
しばし転けたときの体勢を保っていた少女は、そのまま両腕を大きく振り回しながらBGMを調子外れの行進曲へと変更した。
そのうち興が乗ってきたのか、ふーんふーん、という鼻歌がたったかったったったーん、と歌?になる。
どこかで聞いたような、だがオリジナリティが強すぎて曲名が思い浮かばないそれを上機嫌で歌いながら一人行進していた少女は、ぴたりと足を止めた。
ご丁寧に、口は”た”の形で開き、両腕は大きく前後に降られたままの位置で止まり、足も少女とは思えないほど大胆に広げられたまま。
アーモンド型の少し吊り上がった瞳は秋空のような澄み切った蒼。
意志の強そうな瞳をしているのだが、生憎今は驚いたように真ん丸のままゆっくりと大きく瞬きを繰り返している。
「あー、んー」
ちょっと首を傾げ、直立不動、の体勢になった少女は、千鳥足ながらも”それ”の前まで歩いていった。
「はぁじめまぁしーてー」
酔っ払い独特の舌足らずな喋りの少女に、目前の”それ”は微動だにしない。
「あぁぁれぇ?ねぇてるー?」
”それ”は、白地に闇色でびっしりと字や図形が描かれた長い長い布で戒められた四肢のない男だった。
どこから伸びているのか判らないほど、布の先は闇の奥へと続いている。
その上から同じくらい長く、少女の二の腕よりも太い鎖が厳重に巻かれ、男の胴体を固定していた。
くるり、くるりと視線を巡らせれば、同じように布と鎖で戒められた四肢が、胴体から離れた位置で固定されている。
四肢が離れていなければ、大の字で宙吊りにされているような形。
「おぉや、エルさんてばわぁるうーいひととぉ、であっちゃあったあ?」
ひっく、としゃっくりをして、少女は酒臭い息を吐く。
一度しゃっくりが出ると止まらなくなったのか、何度か連続でしゃっくりをした。
がっくりと俯いたままの男。
なぜ男と判ったのかと言えば、布はあくまでも巻かれているだけで、隙間から胸やら腹筋やらが見えたから。
女ではあり得ない硬質な肉体がちら見していて、現在酔っ払いの少女は恥じらいもなくイイ腹筋だねぇ、などと品評していたりする。
「さぁてっとぉ。そぉろそろ起きてぇ、お話しぃましょー」
少女の白く細い指が、男の闇にも負けないほど黒い髪に触れる。
その頭に巻かれている、布。
少女は顔を隠すその布に指先を引っかけると、まるで紙を破るかのように軽やかに引き裂いた。
「こんばぁんわぁ。さてここでしっつもんでーす」
ひっく。
一つしゃっくりをして。
少女はピースの形に指を立てた。
「あなぁた、わー、このまましにたーい?それともぉ、このわぁたしー、ええとぉ”終わりの魔女”でぇ、本名あるてぃみしあ、偽名えるさんのぉきしになってここからでたぁいー?」
自由にされた目を限界まで見開いている男の目の前で二つの選択肢を示した少女は、にこぉ、と笑って、どっち?と首を傾げた。
読んで頂きありがとうございました。