第1章 龍の胎内世界編1
この度、
『黒神龍の御子になった異世界冒険譚~最強ドラゴンの夫になって異世界ハーレム無双~』
一気読み総集編を編集致しました。
長い作品となってしまいましたので、まとめて読みたい方にお読み頂けたら幸いです。
【第1章】
第1章 龍の胎内世界編
【エピソードタイトル】
異世界召喚されて、そして喰われた
―――中学2年の時に両親が事故で死んだ。
それから祖父母に引き取られたけど、高校1年の時に祖母ちゃんが死んで、そして高校3年の卒業間近の頃に最後の家族だった祖父ちゃんが逝っちまった。
両親が亡くなった当時、自分ではそこまでは落ち込んだりしていないと思い込んでいたけど、実際のところは見た目からして酷い落ち込み方をしていたと、時間が経ってから近所の幼馴染に言われた。
そんな面倒な俺を嫌な顔ひとつしないで優しく迎え入れて育ててくれた祖父母には、今さらだが感謝しかない。
高校を卒業した後のことは、地元の大学にもちゃんと合格が決まったから、その大学も出たら地元でちゃんと働いて最後に残った家族である祖父ちゃんだけでも恩返しをしようなんて、我ながら柄にもない人生計画を抱いていた。
そんな時に祖父ちゃんが突然、家で倒れて救急車を呼んだけど、搬送された病院でそのまま逝ってしまった……
この歳で人の死というものを身近に嫌と言うほど体験してきた俺にとって、人が居なくなることに対して慣れてしまっていた心理も正直に言えばあった。
祖母ちゃんが死んだ時に両親の時ほど感情の起伏を感じなかった俺は、そのあと自分自身の薄情さに嫌でも気がついて、そしてそのことには祖父ちゃんも何となく気がついていたようだった。
祖父ちゃんは救急車で運ばれたあと、一度だけ意識を取り戻して傍にいた俺に弱々しくなってしまった視線をそっと向けて―――震える唇から、か細い声で言った。
「八雲……一人になるなよ……一人は……辛い……お前を……一人にしてごめんなぁ……」
―――俺の手を握ってそう謝っていた。
両親が突然亡くなったあと、通っている学校で普段から友達の前でも、祖父母と生活していた時でも、俺は極力冗談と憎まれ口を叩きながらも明るく振る舞っていて、そんな弱い本性なんて見せていないつもりだった。
変に強がっているお調子者くらいのキャラは出来ていたと、そう思っていたけど祖父ちゃんにそんな俺の行動が、どこか不自然に感じられたのかも知れない。
散々自分を薄情だと思っていた俺だが、祖父ちゃんの最後の言葉『―――ごめんなぁ』、そう言った謝罪の言葉に、最後まで俺を理解して寄り添ってくれた家族である祖父ちゃんに謝らせてしまった自分自身が情けなくて、両親が死んだ時にも、きっとそこまで泣かなかっただろうに、身体から水分がなくなるってくらい泣いた。
どうしてそこまで泣けたのか、自分自身今でもよく分かっていないけど、祖父ちゃんが自分の死に直面した状況にも関わらず、最後まで自分より俺のことを心配してくれていたことに驚かされて、そしてそこまで俺のことを考えてくれた愛情に、何かしら俺の中で決壊してしまった感覚は覚えている。
そんな俺のことを最後まで想ってくれていた人が逝き、煙と一緒に天に昇ってから数日して、俺も最後は高校卒業を待つばかりという時期だったこともあり、祖父母の家で一人、家事なんかを熟しながら生活していた。
「あ、醤油と米、そろそろ切れるな……買い出し行くか」
世話になっていることに少しでも何か返そうと、祖母ちゃんに家事や料理は色々習っていたから、自分でもそれなりに料理は得意になって、幼馴染もたまに俺の手料理を食べに来るくらいになっていた。
そこでふと台所で残り少ない調味料や米が切れそうなことを思い出して、近所のスーパーに出掛けることにした。
俺は黒いジーンズに長袖の黒いシャツ、椅子に掛けていたショルダーバッグに財布を入れてスニーカーを履き玄関を開けて出ると、そこには―――
「―――何……だ、これ?」
―――その瞬間、俺の嗅覚に訴えてきたそれは草の匂いだった。
―――次に、それは暖かな眩しい日差しだった。
―――そして、それはどこまでも広がる蒼い空だった。
玄関を出た先には辺り一面、青々として風になびく、どこまで続いているのかと思わされるほど美しい草原の小高い丘の上に立っていて、比較的都市部に住んでいた俺では見たことがないくらい透き通った蒼い空が広がっていた。
当然のことだが、比較的都市部に住んでいる俺の祖父母の家を出たら、こんなアルプスで少女が走り回りそうな大草原なんか広がっちゃいない。
そして俺は当然だが、妙にHighになって幻覚が見える薬も打ってない……いやこれマジで。
背後を振り返って今さっき出て来た玄関の方に振り返っても、そこにはもう玄関も無かった……
一歩も動けずに今起こっていることの理由も理屈も思いつかず、胸の鼓動が早鐘に変わり出したことを体感した頃、このどこか分からない土地の周りだけを見渡していた俺に、急にフッと暗がりの塊が全身を包み込んできた。
それが何かの影だと一拍遅れて気がついて、その影にスゥーッと包み込まれたと思った瞬間、俺の周りに突風が吹き荒れてきた。
テレビや映画でよく見たことのあるシーンのように、飛んでいるヘリが地上の人に接近してホバリングしていたら、きっとこんな感じなんじゃないかと思わされる突風に見舞われて、腰を屈めて風から顔を腕で庇いながら頭上を見上げてみると――――そこには!
【GUAAAAAAAA―――ッ!!!】
巨大な黒い身体と羽ばたく巨大な翼、そして俺に向かって大きく広げられた人と同じくらいのサイズの牙が並び立つ巨大な顎が、俺の鼓膜を破りそうな轟音の咆哮を上げたかと思ったら……俺は立っていた周りの土ごと、その大きな口に―――バクリッと喰われたところで、俺の意識は限界を迎えて飛んだ……
―――ううっ……
―――ここは、どこだ?
誰もいない真っ暗な何も無い空間に、俺は一人立っている。
辺りを軽く見回しても、目印になりそうなモノすら見えない暗黒に何故か俺一人だけが立っていて、足元を見ても地面も無くて『黒』の上に立っているとしか表現方法の無い状況で俺の意識はただボォッとした感覚しかない。
―――やがてその黒い空間に白い人型のような靄が見えてくる。
―――あれは祖母ちゃん?
―――それに、祖父ちゃん?
―――あと、あれは幼馴染の……
白い靄の人影がみるみるうちに、俺のよく知る人達の姿になって俺の周りに集まって来る。
だが、どうして皆、そんな哀しそうな表情しているんだ?
「……なさい」
―――え?なんだって?
「……きなさい」
―――いやもっと大きな声で言ってくれ。
「……きなさい!―――いい加減に起きろ!!!」
―――ガバァッ!と自分でも驚くくらいの勢いで上半身を起こした。
目を覚ましてすぐ周りを見渡せば、周囲は岩、岩、ホント岩だらけという、さっきまでのアルプスみたいな美しい草原はどこへいったのやら、ゴツゴツした岩と砂の景色に所々に緑の枝葉が生えているのが見える程度の殺伐した景色と、生まれて此の方、見たこともないピンク色をした空だった……ってここどこ?!さっきの蒼い空はどうなった!?ていうか俺がどうなってるんだ!?
次から次に起こる超常現象の実体験に、俺の思考はとっくにパニックを起こしていて、自分自身が本当におかしくなったって疑うレベルだ。
そんな俺の背中から、さっきの夢の中で聞こえてきた女性の声が再び耳に届く。
「ようやく目を覚ましたか。まったく―――我を待たせるとはいい度胸だな」
こんな岩と砂しかないような場所とピンク色の空の下で、ゆっくりと首を回して、その声の方に振り返る。
その振り返った先には、俺の腰くらいの高さがある岩の上に右膝を右腕で抱えながら座っている、俺の知識の範囲でいうところの『コスプレ』みたいな服装をした黒髪の女がいる。
黒く長いストレートの髪に少し尖った耳の形、まるで人形のように美しく整った顔立ちと黒い瞳、そして褐色といって差し支えないほどの小麦色の肌色をした女性だ。
「なんだ?言葉が話せんのか、お前?」
徐に首を傾けて、「私、疑問に思っています」というアピールのその人形のような美女に、俺は一体どういったリアクションを返せばいい?
「ああ、言葉は、分かるけど……えっと……ここは?俺は、どうしてここに?」
真っ先に思いついた極々当たり前の疑問を彼女に問い掛けた。
「ん?覚えておらんのか?お前は―――我に喰われた」
……え?……は?喰われた?え?何?最近こういうネタか何かが流行ってんのか?
「あの、喰われたって?」
「ん?」
何そのワケが分からないって感じの首の傾げ方!美人がやるとマジで可愛いな、おい!もうなんかそれでいいか!て思っちゃうだろうが!て、そんな脳内ツッコミかましている余裕なんかないんだった。
「だから、今、君に喰われたって、どういうこと?」
「ああ、そうだ。偶々お前を見つけてすぐに我がこう、ガバァ―――ッ!と口を開けて喰ったのだ」
ガバァッ!て言って口を大きく開けた彼女だけど、そんな可愛い口に入るほど俺の身体は小さくない……
俺が喰われたのはあの大きな黒い影の―――
「そうだっ!俺は突然、黒い大きな影の化物に一口で―――」
「―――ああ、その大きな影は我だ」
「へ?いや、あれは、どう見ても人間じゃないだろ」
「お前が見た大きな黒い龍、偉大なる《黒神龍ミッドナイト・ドラゴン》である我の本体がお前を喰ったのだ」
へ?黒神龍?ドラゴン?彼女の身体?
言っていること全てが世界線越えた厨二の子にしか思えない言動と、コスプレチックなその容姿に俺の混乱が加速することだけ唯一俺には分かる。
全身は全体的に露出が高く、まるでレースクイーンが着ていそうなノースリープのピッチリした漆黒の水着みたいなスーツから、零れそうな美しい曲線を描く釣鐘型の女性を強調する胸部に、腰回りの左右と後ろには、黒くて透けて見える膝上あたりまであるフリフリのレースのスカート?と、前方の下腹部は覆われていない為、そのスーツのハイレグの食い込みが目の毒で、岩に座って片足を抱きかかえていると、余計にどこを見ていいのか分からないじゃねぇか。
「ああ、悪いけど……その……最初から順番に説明してくれないか?あんたは……」
「だから!このフロンテ大陸西方を縄張りとする龍!偉大なる《黒神龍ミッドナイト・ドラゴン》だ!」
やっぱ厨二病かな?それどこの世界線?病院行く?
つうか、夢ならもう早く覚めてくれ……この足元の砂のジャリジャリした感触とか、マジリアルで夢じゃないってドンドン俺に伝えてくるんだけど?
「ああ、その、黒神龍さん。俺が知りたいのはここがどこかで、俺がここにいる理由なんだが?あんたは知ってるんだろ?」
そう言うと岩の上からピョンと降りた彼女は、ゆっくりと俺に近づいて来て、
「それもそうだな。よし、まずはお前に説明してやろうか。我は座学も大事にする主義だしな。しかし……黒い髪に黒い瞳、顔もなかなか男前と―――そうだ!お前、名はなんという?」
ジロジロと人のことを値踏みするような目で見てから、にこやかな笑顔を向けて、そう問い掛ける彼女に―――
「……八雲……九頭竜八雲。八雲が名前だ……」
―――俺はそう答えた。
「八雲か……うむ、では八雲!取り敢えず我の棲み家に移動するぞ!」
そう言った黒神龍さんは俺を先導するようにして、岩場の間の細い道を進み出した。
その細い道はやや坂道になっていて、その緩やかな坂を延々と登っていくと、ようやく頂上らしい付近が目に入ってきた。
本来、無言でこんな距離を歩かされていれば、文句の一つもぶつけるのが人の感情といったところだろうが、こんな見ず知らずの場所に放り出されて、いや彼女の言う通りドラゴンに喰われた後にこんなわけの分からない場所に放り出されたとするなら、ここは事情をある程度知っている彼女に出来るだけ従うのが正攻法というものだろう。
あれこれそんな事を考えながら彼女の背中を見ていると、着ているレースクイーンみたいなスーツは背中が全開、腰回りなんて透けたレースのスカートの奥は歩くたびにプリプリと左右に揺れていて、曲線を美しく波立たせる尻に俺の目線が釘付けだった。
俺はハッキリ言うと別にムッツリスケベではない。
むしろオープンな方でヤりたいことはハッキリと言うタイプだ。
だからこそ―――
「―――いい尻してるなぁ」
「ん?尻?」
俺のハッキリとシッカリと聞こえる声で呟いた一言に、前を歩く黒神龍さんはフッとこちらに振り返る。
「ああ、悪い。黒神龍さんのスタイルが凄く綺麗だったから、つい声に出た」
「ふん、なんだお主、我に欲情しておるのか?クックックッ!まぁどうせ、このあとに……」
「え?何か言ったか?」
目を細めながらこちらを見てニヤニヤする黒神龍さんに、少し背筋がゾクッとしたのを感じたが、まぁ今は現状確保、自身の保身を優先しよう。
―――緩やかな坂道はまだ続く。
―――スニーカーの底に感じるジャリジャリした砂の感触。
―――周りの風景は左右に岩山の景色がひたすら続く。
―――何の面白味もない風景だが、何故かそれほど苦にならない。
―――目の前には心弾む美しい曲線の左右に揺れる尻もあるしな。
―――そして、ようやく丘の頂上みたいなところに到着する。
頂上付近まで来て彼女が振り返る。
「ほれ!あれが我の城だ。どうだ?立派なモンだろう!」
子供のような笑顔を俺に見せながら指差す先に見えるモノは―――広大な面積に巨大な壁に覆われた城……というよりかはまるで要塞?
黒い城壁で綺麗に正方形を形作ったその城?は更にその内側にも黒い城壁が正方形に形作られて、その内側に様々な高さの建物が並び立ち、そして中央に一際大きな建物が見える。
中央にあるそれは中世の西洋にあったヨーロピアンな城に似ていて、それも勿論真っ黒な外壁をしていた。
「見事に、真っ黒だな……」
「そうだろう♪ そうだろう♪ 見事な城だろう!」
ややドン引きだった俺の様子を黒神龍さんは、あの『自慢の城』に驚嘆していると勘違いしたようで、まぁ嬉しそうだし取り敢えず適当に褒めておこう。
「確かに堅そうだな。攻めるに難いのは見た目からも分かる。何よりあの外壁の高さと厚さが凄い。大砲くらいじゃビクともしないように見えるな。あと見張り台みたいなところも全方位に対応出来る位置に複数あるし、外壁と内壁の二重防壁で重要そうな建物は内側の城壁の中にあるから籠城も出来るし―――あ、あれ外壁と内壁の間に堀もあるんだな!あれも吊り橋上げてやれば攻撃の進攻を遅らせるのに効く」
しまった、適当に褒めるつもりが目についた良いところを余すことなく褒めてしまった。
元々シミュレーションゲーム好きの俺は『織田さん家の信長くんの野望』など国を育てたり、城を強化する喜び、造り上げる喜びをゲームの中だけど知っている。
それに俺は無類の城好きで、よく日本の名城なんかも旅行して見学に行ったこともあって、余計に褒めちぎってしまった。
「はぁぁ~♪/////」
黒神龍さんは俺に城が褒められたことが余程自身の琴線に触れたのか、感激したような表情をしながら胸の前で両手を組んで俺を崇めるようなそのキラキラした瞳を向けていた……
「八雲!お前わかってるヤツだな!そうだ!我が城は護るに易く、攻めるに難い!それをコンセプトにして我が建てたのだ!」
「え?あんたが建てたの?自分で?」
「我の棲み家を自分で建てるのは当たり前だろ?」
「いや、言っていることはわかるけど、やっていることは人間の常識を超えているぞ。マジでスゲーな」
「いやぁ♪ それほどでもぉ~♪ エヘヘ♪」
それほどでも、と言いながら嬉しいって感情が溢れて目に見えるようだ。
「では我の城に向かうぞ!」
そう言って黒神龍さんは次に緩やかな下り坂を軽い足取りで歩き出し、俺も嬉しそうなその背中を見つめつつ、その下の揺れる尻を見つめながらついていった―――
【エピソードタイトル】
龍の胎内で学ぶ異世界
―――黒神龍と名乗る美女の背について歩き、八雲は丘の上から見えていた巨大な黒い城へ道なりに近づいて行く。
そして八雲達が一番外の外壁に辿り着いたところで、黒い金属の巨大な門が地響きのような音を立てて左右にゆっくりと開かれていった―――
そして待つこと数十秒―――開き切った城門の先には、左右にズラリと多くのメイドが整列し、一糸乱れぬ動きで綺麗な一礼をして頭を下げたまま、
「お帰りなさいませ、黒神龍様。いらっしゃいませ、お客様」
「それ、練習してんの?」
合唱しているかのような綺麗な声で寸分の狂いもなく奏でられたそのセリフに、八雲は思わずツッコミを入れずにはいられなかった。
「うむ。皆ご苦労。紹介しよう、この者は九頭竜八雲、名が八雲だ。我の客だから皆、宜しく頼む」
「あ、どうぞ、よろしく……」
「畏まりました、黒神龍様。ようこそいらっしゃいませ、八雲様!」
(何これメイド喫茶?萌え萌えキュンしてくれんの?やってくれって言ったらしてくれそうだが……)
この異常な状況、状態の中で八雲は困惑していた。
着ているメイド服も長いスカートの、個人のイメージだけだが八雲の世界でいう昔ながらの英国風メイド服という感じの雰囲気だった。
黒の長袖の上に黒の長めのスカート、それに白いエプロンとカチューシャみたいなフリフリのホワイトブリムを頭にも着けている……
異世界でもメイド文化は同じなのか?と余計なことで八雲の混乱は広がっていく。
「さて、まずは我の書斎に行くとしよう。そこで八雲には、出来る限り説明をしてやろう」
「あ、ああ。その……よろしく頼む」
外壁の城壁を抜けて、メイドの中でも一際礼儀正しい雰囲気を纏った二十歳前後くらいの年齢に見える美女が前に出てくる。
綺麗な銀髪を後ろに纏めていて、両方のこめかみから一房ずつ銀髪を垂らしているその美女が先頭になって城内を案内してくれている。
(―――どこまで続くんだこれ?)
と思わせる高い天井にシャンデリアが並ぶ通路。
八雲はそう思いながら―――ふと銀髪のメイドの背中に目が行く。
八雲の目線に気がついたのか黒神龍はニヤニヤとしながら―――
「なんだ八雲、アリエスのことが気になるのか?」
―――と、揶揄うように八雲に問い掛けてきた。
「え?いや、何て言うか本物のメイドなんて初めて見たから」
(本物じゃないメイドさんならアキバに山ほどいたけどな……)
自分の発言に心の中で八雲は無駄にツッコミを入れた。
だがそんなことなど知らない黒神龍は少し不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げ、
「本物?メイドに偽物とかあるのか?」
「ああ、いや、何ていえばいいか、俺のいたところだとメイドさんの恰好をして接客したり、話をしたりして場の雰囲気を楽しむって感じのお店があったってこと」
「ほう?つまりメイドを雇えぬような者が、メイドを従えている気分を味わうということか?」
「まぁその認識で大体間違ってないな。男も女もメイドさんて職業に多かれ少なかれ憧れみたいなものがあるんだろうな」
八雲がそう答えた瞬間、前を歩いていたアリエスが、そっと八雲に振り返る。
「ん?」
「……」
チラッと振り返ったアリエスは八雲と目が合うとすぐに前方に視線を戻した。
(メイド好きの変態とか思われた?それはそれで心外だ……)
そう心で八雲は呟く。
そうして暫く歩いていき、アリエスがいくつもあった部屋のドアから一番奥の扉を開いて、そのまま部屋の外でお辞儀の姿勢になる。
「ここだ―――入れ八雲」
そう言って先に部屋に入る黒神龍に従って、キョロキョロと中をチェックしながら部屋に入ると、部屋は八雲の住んでいた家のリビングが3つは余裕で入りそうな広さに、壁には書斎というだけあって重厚なしっかりと製本された本が綺麗に並べられた書籍棚がズラリと揃っていて、その部屋の中央には大きくて立派な楕円形のテーブルに椅子が幾つも並んでいた。
そのテーブルとは別に部屋の奥には、大会社の社長が使っていそうなくらい大仰な書斎机が鎮座していた。
アリエスは扉を閉めて、その扉の前に待機している。
「アリエス、お茶を用意してくれ」
「畏まりました」
そう言ってアリエスは扉を静かに開き、八雲達に一礼して部屋を出て言った。
「さて、お前にも色々と聞きたいことがあるだろうが、まずはこちらから一通り説明する形を取りたい。我が説明している合間に質問があればその都度応えよう。それでいいか?」
「わかった。よろしく頼む」
大仰な書斎机に着席している黒神龍は両手を組んで顎の下に敷いて、ゆっくりと話し出した。
「さて、お前を喰っておいてなんだが、正直その時の我にはお前が餌にしか見えていなかった。だが食ってすぐに我が気がついたのは、お前がこの世界の神々の誰かによって召喚された異世界の人間だということだった」
別世界から来た事を看破されたことに八雲は驚きを隠せない。
「何故気がついたかというと、お前には神の加護が付いていたのだ。まあこの時点で色々聞きたいことはあるだろうが、まずは―――この地図を見てくれ」
そう言って八雲の目の前に突然大きな地図が現れ、思わず「おお!」と八雲は仰け反ったが、その地図を見て真っ先に思ったことは―――今の魔法かなにかなのかよ?!だった。
(これがこの世界の地図なのか?間違いなく俺のいた世界とは違うな……)
見たことの無い大陸ばかりだと冷静に八雲は地図を見つめる。
「この地図の中の【フロンテ大陸】、そして今いるここは【フロンテ西部オーヴェスト】にある【ティーグル皇国】。それが現在、我の本体がいる場所だ」
「そしてこのフロンテ大陸は地図の通り東西南北の四つの地方に分かれている。この四つの地方には我と同じく四匹の神龍、ドラゴンが棲んでいるのだ」
「ドラゴン?」
黒神龍の説明では―――
【フロンテ北部ノルド】を縄張りにする
―――紅神龍クリムゾン・ドラゴン
【フロンテ東部エスト】を縄張りにする
―――蒼神龍ブルースカイ・ドラゴン
【フロンテ南部スッド】を縄張りにする
―――白神龍スノーホワイト・ドラゴン
【フロンテ西部オーヴェスト】を縄張りとする
―――黒神龍ミッドナイト・ドラゴン
この4匹がこの大陸を四つに分けて縄張りとする龍であり、その土地での信仰の対象となる偉大な存在ということなど、八雲は徐々にこの世界の文化、認識を埋めていく。
「縄張りってことは、その土地を支配しているのか?」
「その辺はもう少しあとに説明しよう。とにかくこの大陸はこの4匹のドラゴンによって縄張り分けされているということだ」
「4分割の縄張り、か」
八雲の呟く言葉を踏まえて、黒神龍は説明を続ける―――
「我が八雲を見つけたのは偶然か、神の導きかは知らんが神の加護によってお前を喰うことが出来ないと悟った我は、こうして自身の胎内に造り上げた異空間へとお前を導いたというわけだ」
「それじゃ、俺がこの世界に来た理由は分らないってことか?」
「ああ、我は関係ないし、見つけたのも本当に偶々だった。だがこの世界にいる四柱の神々の誰か、もしくは全ての神々が何らかの理由でお前を召喚したのかも知れん」
「俺は自分で言うのも何だが元居た世界でも普通の学生だったんだぞ?呼ぶ価値も意味も無いと思うんだけど?」
「神々の御心は、たとえ偉大なる黒神龍たる我をもってしても推し量ることなど出来ん。だが神の行いであったならば、いずれはその意味も分かるだろう」
そこで八雲は今言われたことを整理するように思考する―――
―――黒神龍によると自分はこの世界の神に無断で召喚された可能性が高い。
―――その理由は文字通り神のみぞ知る、ということ。
―――理由も目的も分からないまま突然、龍に喰われて今腹の中……
これは―――あまりにも理不尽過ぎる。
「神に直接訊く……なんて出来ないよな?」
「神は高位の存在にして現世にその姿を顕現することは、奇跡と言っていいものだ。訊こうにも、どこに行って尋ねれば会えるなんて存在ではない」
「そうか……そうだよな」
「お前のいた世界はこの世界とはだいぶ違うのか?」
この世界の文明がどのくらいの文明かは理解していないが、この城の作りだけなら中世時代くらいの文化だろうか?と考える八雲。
「この城しか見ていないから何とも言えないな。俺のいた世界で中世時代って呼ばれてる時代には似ている気がするけど、ホント正直まだ分からん」
この地図だけでは判断出来ないが、このフロンテ大陸だけでも八雲の世界のユーラシア大陸くらいはあるように見える。
「そもそもだけど、俺はこの世界で何をすればいいんだ?いや、『何をすべきなのか』すら、まったく分からない」
八雲は話の根本的な部分について黒神龍に質問した。
「それは、この世界の創生に関わった高位にして尊き存在の神々にしか分からんことだ」
「神か……」
どんどん壮大なスケールでお届けされる夢物語のような話に、八雲はゲンナリとした気分になる。
ドラゴンの次に今度は神さまと壮大な話がきて、八雲は頭の中がドロドロといい具合にパンクしそうになってきた。
「この世界の四柱神―――【地聖神】、【海聖神】、【天聖神】、【冥聖神】だが、過去に神々が異世界から召喚した者は幾人かいたことはある」
「マジか!それでその人たちは一体何をしたんだ?」
「人によって様々だ。神の召喚者には神の加護が付いてくる。その加護を用いてある者は魔物の討伐で伝説を創り、またある者は便利な道具などを生み出して文明の後押しをしたりしていた」
「それは文字通り伝説級なんだろうな」
「お前は何か得意なことでもあるのか?」
「俺か?そうだな……祖父の実家が道場をしていて武術全般はまぁ出来なくもないけど」
「ほお~腕に覚えありか」
「いやいや、俺のなんて所詮は学生が習っていた程度のレベルだから」
そこで八雲は話の矛先をこの世界のことに戻すことにする。
「その魔法っていうのは、さっきやった地図を突然出現させたみたいな?」
「ああ、あれは光属性の基礎魔術による投影術だな」
八雲はよくわかってはいないが、どうやら映画をスクリーンに映し出すような仕組みの魔法だ。
「じゃあスキルは?」
「スキルとは『魔術』が自らの外側に対して魔力を使用し何等かの作用をさせる術であるのに対して、魔力に関係なく自らの肉体に作用する力が『スキル』だ」
何となくだが言っていることは把握して、そこで八雲が更なる疑問を抱く。
「それじゃ異世界から来た俺もここじゃ魔術やスキルが使えるってことか?」
「それはその適正のある者を神が召喚したのだとすれば、当然使えるぞ」
(魔術とかスキルって、まんまゲームだな……)
と八雲は心の中で溜め息を吐きつつも、そこは男子としてドキドキワクワクしないわけでもない。
「俺がここに召喚された理由はまだ分からない。だが俺はこの後、どうすればいいと思う?出来れば助言が欲しい」
「そうだな……」
そこで黒神龍は少し俯いて考え始めた。
それから5分、10分と過ぎるような時間の感覚を覚えていた八雲だが、実際は5分もしないうちに黒神龍が塞いだ双眼をゆっくりと見開いた。
「なぁ八雲。お前―――我と契約してみないか?」
「え?契約?いや悪いけど俺は金なんか持ってないんだけど?」
異世界にまで来て危ない契約書とか出されても返済出来る見込みなんてありません!八雲はそういう空気を漂わせながら黒神龍へと返事したのだ。
「別に金など腐るほどある。我が言っている契約とはそのような類のものではない」
「それじゃ、どんな契約なんだ?」
契約違いと言われても、異世界に来ていきなり契約なんて言葉を持ち出されたら、猜疑心が湧くのも当然のことと八雲は顔を少し顰めた。
「正直なところ我はお前と話していて興味が湧いた。普通の人なら喰らって終いだが、お前には神の加護が付いているようだし、お前を召喚した神の意志も今はまだ何も分からない。だったらお前と我が契約して、いっそのこと我の御子として、この黒神龍の加護も与えようという訳だ」
「で、本音は?」
あまりの都合の良い空気に、黒神龍の言葉を全て鵜呑みには出来ない八雲は思わず素で問い掛ける。
「ハハハッ!すぐに信用は出来ないか。いいだろう、そういう慎重な性格は嫌いではない。簡単に言えばな、神の加護を授かったお前が人間の権力者や、ましてや他のドラゴンに取られるなどといったことにでもなれば、我が面白くないからだ」
面白くないって俺の人生だぞ!と口には出さずツッコミを入れる八雲だが、そこから努めて冷静に黒神龍に問い掛ける。
「俺に、そんな価値があるのか?」
「それは追々説明していくとして、結論から言えばお前には無限の可能性がある!お前の力はどのような方向に開花していくのかは全く分からない。だからこそ我がお前を鍛錬し、力と知識をつけることで、お前がどういう道を進むのか無限に近い寿命をもつ我にとってはとても興味がある!お前とこうして巡り合えたことは、まさに運命と言っていいだろう」
「いや初め見つけた時は俺の事、餌だと思って喰おうとしたんだよね?」
「細かい事を言うとハゲるぞ?」
「いや命の危機だったんだから、そこは言わせてもらうだろ!あとハゲてない!」
悪戯っ子のようにニヤニヤした黒神龍を八雲は睨みつけるも、思い浮かんだことを口にしてみる。
「俺が御子を断るって選択肢はあるのか?」
ニヤついていた黒神龍が、それを聞いてニヤつくのをやめた。
「……それは可能だが、その場合お前をこの世界に一人放り出すことになる。そうなった場合、この世界は街を少し外れれば魔物も徘徊しているような世界だ。それでこの世界を知らないお前が生きていける可能性は限りなく低いと言えるだろう」
「放り出されるのかよ……」
「ここは我の本体の胎内だ。契約の御子にならないと選択すれば強制的に排除される。餌にも御子にもならないものを我は養う義理はない」
剣と魔法の世界とくれば、当然そこには魔物も跋扈するのが世の常かと八雲は溜め息を吐く。
正直なところ八雲自身、そんな魔物のいる世界に放り出されて生きていけるかどうかなんて、想像しても一瞬で命を落としてゲームオーバーになる自分しか浮かんでこない。
「あんたは俺を鍛えるといったが、具体的にどういう鍛錬を考えている?」
御子を断る話から一転、思い止まる空気の八雲の質問に、黒神龍はよし、と言って答える。
「この龍の胎内世界には……我が様々な魔物をこの胎内の異空間に集めてある。それらはこの異空間で繁殖していて御子の鍛錬相手となることを想定してのことだ」
「なるほど……簡単に言うとあんたの腹の虫になっている魔物が生息する、この胎内世界で魔物を倒して強くなるよう鍛錬するってことか……だがそんなことで強くなれるのか?この世界の人間は知らないけど、自慢じゃないが俺の世界には魔物なんかいないし、人間もそれほど強くなんてなれない生き物だ。それはどう考えている?」
「正式に龍の御子となれば、龍の加護が与えられる。八雲の世界にいた人間たちの身体能力は分からんが、今のお前を基準に考えるなら、その数万倍の力をその手にするのも夢ではない」
「嘘くせえぇ……」
数万倍という言葉に八雲は思わず本音が漏れ出した。
それを聞いて黒神龍は少しムッとした顔をしているが、そこで書斎のドアがノックされる。
入ってきたのは先ほどお茶を用意しにいったアリエスだった。
お茶の道具とおそらくお茶請けのお菓子のようなものを乗せたワゴンを押してくる彼女に八雲も黒神龍も一旦黙り込んだ。
「お茶のご用意が整いました」
涼やかな風のようなその声とアリエスのお茶を用意する美しい所作に、八雲は思わず見惚れてしまっていた。
「八雲様、お砂糖はご入用ですか?」
突然の問いかけにアリエスの所作に見惚れていた八雲は思わずドキリとして―――次の瞬間、
「あ、二杯でお願いします」
と思わず敬語になってしまった。
「畏まりました」
砂糖壺から専用のスプーンで八雲のティーカップに注がれたお茶に二杯、砂糖をそっと振りかけるアリエスの所作はメイドの手際として音一つ立てずに完璧なものだった。
そうしてティーカップの乗った皿を持って八雲の前にそっと置いたアリエスは、八雲の耳元でそっと囁いた。
「……どうか黒神龍様の御子になって下さいませ」
予想していなかった言葉に八雲は驚きを隠せなかった―――
【エピソードタイトル】
龍の胎内で鍛錬は始まる
―――耳元に寄り添って美しい声で囁かれたアリエスの言葉に、思わず八雲は「え?」と声が出てしまった。
「余計な事を言わなくていいアリエス」
囁かれた言葉が聞こえていたのか、もしくは優秀そうなアリエスならば何か言っているだろうと踏んだのかは分からないが、
「申し訳ございません。余計なことを致しました」
と黒神龍に向かって頭を下げるアリエスを見て、八雲は彼女が敬愛する主を想っての言葉だったのだろうと何となく理解する。
「あんたは俺が御子になったら、俺の力になってくれるんだよな?」
黒神龍の黒く大きな瞳を見つめながら、八雲は訊ねる。
「契約を交わせばお前と我は番となる。そうなったなら我はお前の力となろう、と言うより契約すればお前には我の加護を与えることになる。そうなれば嫌でも我はお前に力を貸すことになるさ。まぁ、たとえお前が世界を征服すると言っても―――もちろん手伝うぞ?」
八雲の瞳を見つめ返し、黒神龍はニヤリとして力強く応えてみせた。
「いやそれ、もう魔王だから……」
目の前の龍が常に纏っている威圧感にもそろそろ慣れてきて、思わず素でツッコミを入れることが増えてきた八雲だが、この世界に飛ばされてきた以上、生きる術は全て利用していかなければ、此処では生きていけないことはとっくに理解している。
「わかった。他に頼るところもない世界だ。喜んで契約する」
その一言に黒神龍は子供のように柔らかい笑みを見せるのだった。
そこからは再びこの世界についての説明を聞いた。
黒神龍の言っていた神の加護は魔術・スキルとは別の能力であり、八雲の世界にあるゲームで言えば固有能力・ユニークスキルのような扱いだった。
「加護や魔術やスキルについては正直なところ俺の世界にはない力だし、実際に経験してみないとわからないとしか、今のところは言えないな」
アリエスの出してくれたお茶を飲みながらそう話す八雲を見て、黒神龍はニヤリとした笑みを浮かべた。
「ほほう、それはつまり早速実戦で経験値を上げたいということだな?」
実戦という言葉に思わず八雲は口に含んだお茶を噴き出しそうになった。
「ブホッ!?―――えっ!?実戦って?俺は魔物との戦闘なんて全くの素人だぞ?」
「何もいきなり強い魔物とやり合わせようなどと考えてはおらん。恐らくまだお前のLevelは1だからな」
「Level?この世界にはLevelって概念があるのか?」
まるでゲームのような用語の登場に八雲は驚きを隠せずにいて、黒神龍とアリエスはさも当然ですが、何か?といった表情を見せる。
「当然だ。この世界では人も魔物も全てLevelを持っている。そしてそれは経験を積むことによって上昇するぞ」
まるっきりゲームと同じような仕様に八雲は益々困惑するも、逆に言えばLevelを上げれば上げるほど自身の安全マージンも比例して上がるということを、そのゲーム知識からすぐに理解する。
「まず最初は、何をさせる気なんだ?」
今後の流れに不安を感じながらも、そう問い掛ける八雲に黒神龍は、
「その前に御子の契約儀式を執り行う。そうしないとお前に我の加護が与えられないのでな」
と言って戦闘経験の前に正式な龍の御子になる契約儀式を行って、八雲に龍の加護を与えることを黒神龍は告げる。
「それはどうすればいいんだ?すぐに出来るものなのか?」
「ああ、それほど時間は掛からない。そこに立ってくれ八雲」
そう促されて八雲は椅子から立ち、そして黒神龍が目の前に近寄る。
「では準備をしよう。その前に改めて、我は黒神龍の姿を人の形に変えた存在だ。人の姿になるのは大きな本体の身体より便利だというのもあるが、こうして人と契約しやすいようにという意味もある」
「そうなのか?まぁ確かにあんな大きな身体で契約してくれと言われても困るな」
「ああ、そういうことだ。そして、契約とはお前に我の『名前』を付けてもらいたいのだ」
「名前?黒神龍じゃないのか?」
「それは本体の名だ。我の名前を御子となる八雲に付けてもらうことによって―――お前との正式な契約が結ばれる。そういうものなのだ」
「そうなのか?なるほど……」
いきなり名付け親になれと言われて内心困惑する八雲は、なにしろゲームのキャラクターネームだけでも散々迷って時間をかけるくらいネーミングセンスが無いことを自覚しているだけに、折角名付けるなら彼女にちゃんと似合う名前を付けてあげたいと、「う~ん」と唸り声を上げながら必死に思考する。
「う~ん……」そう呻きながら、黒神龍に八雲は視線を向ける。
―――それは黒く艶やかで、長くて流れるような髪。
―――どこまでも吸い込まれそうに黒く輝く、やや切れ長の瞳。
―――そして色気を漂わせ魅了されそうなほどの完璧プロポーションと褐色の肌。
―――それは凛として美しく、一つに洗練された『黒い芸術品』と言っても過言ではないと八雲は想っていた。
暫くした後、八雲は瞑目していた瞳をそっと見開いて、その名を口にする。
「―――ノワール」
そう一言呟いた。
「名前は『ノワール』だ。俺の世界の言葉で『黒』を意味する言葉だ」
そう言った瞬間、目の前の黒神龍、いやノワールが一瞬眩いくらいの光に覆われて、やがてそれが収まった。
「今の……なんだ?」
だが、当の本人は先ほどのことなど全く気にしていない様で―――むしろ、
「……ノワール……ノワール、ノワール!―――うむ!いいぞ!美しい音だし、なにより意味が『黒』というのが実に素晴らしい!ああ、我に相応しいぞ!今日から我は『ノワール』だ!」
と、思っていた以上に気に入ってもらえたみたいで元の世界でセンスが無かっただけに、これって神の加護じゃね?ネーミングセンスアップとか?と馬鹿なことを考えつつ一安心する八雲と、名前が決まって随分とはしゃいでいるノワール、そしてそんな主を見て笑みを浮かべるアリエス。
「おめでとうございますノワール様」
アリエスはスカートの両端をそっと摘まんで片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままあいさつをする、いわゆるカーテシーで主の命名に礼を尽くした。
「アリエス!急ぎ城の者全てに伝えよ!今日より我の名は【ノワール=ミッドナイト・ドラゴン】だ」
畏まりましたと一言伝えて、アリエスは退室していった。
なんだか大事になってきたみたいで居心地の悪い八雲だが、この世界で前に進む第一歩だと思えば、ノワールのはしゃぎ具合もそう悪くはない、と思えた。
ノワールの命名による契約の儀式を終えて、次に八雲が連れて来られたのはノワールの書斎ほどではないが、それでも充分過ぎるくらいに広い部屋だった。
「ここは?」
「これからここが八雲の部屋だ。好きに使ってくれ」
「え?!マジで?」
そこにはノワールの書斎机に匹敵しそうな大きさの机と、ソファーとテーブルが綺麗に置かれているスペースにクローゼットもあり、入口とは別にある2つの扉を開けてみると、1つはトイレ、もう1つは立派なシャワー付きの広々とした美しい浴室だった。
そして何より何人で寝るんだこれ?と言っていいくらいの巨大なベッドが部屋の奥を陣取って置かれていた。
「足りない物があれば言え。アリエスにでも言っておけば揃えてくれるだろう」
「イヤイヤ、足りない物なんて無いだろう、これ……ありがとな」
「そうか?ならいいが、では、まずは着替えてもらおうか」
「……は?着替え?」
確かに八雲はこの城の中で一際浮いているくらいの、ラフな現代日本の服を着てはいたが、まさかここにきていきなり着替えろと言われるとは予想の斜め上だった。
「まあ黙って言う通りにしておけ。これからの鍛錬にも必要になる」
「……はあ」
気のない返事の八雲は無視して、ノワールは両手をパンパンと叩く。
すると部屋の外で待っていたかのようにしてアリエスと、初めて見る2人のメイドが入ってきた。
「八雲様、ご紹介させて頂きます。本日より八雲様の専属としてご奉仕させて頂きますメイドのレオとリブラでございます」
そう言って紹介された2人は八雲に対してアリエスが行ったような完璧なカーテシーを見せる。
「お初にお目にかかります八雲様。右の牙序列08位、レオと申します。本日より八雲様の専属を仰せつかりまして光栄に存じます。どうぞ宜しくお願い申し上げます」
レオと名乗った彼女は、ノワールよりも背は低めだが胸元はノワール級で、亜麻色の肩くらいまでの髪に大きな茶色い瞳の美少女だった。
「初めまして八雲様。レオと同じく右の牙序列10位、八雲様の専属となりましたリブラです。宜しく、お願いします/////」
もう一人のメイドはリブラと名乗り、深い蒼みがかった長髪を後ろでポニーテールに纏め、その瞳は黒く切れ長でキツそうな見た目だが、背丈はノワールと変わらない高さで、胸元はレオと同じくらいの立派な身体つきをしていた。
「専属って?どういう……」
「お前の専用メイドだ。本来ならアリエスを付けてやりたいところだが、龍の牙序列01位のアリエスを専属に取られると我が困る。よって厳正な選定の結果、その二人に決まったそうだ」
「決まったそうだって、誰が決めたんだ?」
その八雲の疑問にアリエスが一歩前に出て、
「メイド全員でございます八雲様」
「え?全員で?あ、そう、なんだ……なんか気をつかってもらって悪い気がするけど、その、よろしく」
そう言って頭を下げた八雲に、レオとリブラがオドオドとして再び頭を下げた。
「あと、その右の牙てのは?」
質問にアリエスが答えるため八雲に向かって一歩前に出る。
「我らメイド部隊、龍の牙はノワール様の牙を媒体として今の姿に生み出して頂きました」
「え?牙?ってその、龍の牙?」
「はい。神龍の牙は折れても抜けてもまた生えて参ります。その抜け落ちた牙を媒体にして魔術により人の姿としてノワール様に生み出して頂きました。右の牙というのは右側か左側に生えていたかということで、メイドのグループを分けて、それぞれの役割を分担しています」
「なるほど……ここにいる3人は右の牙だったと。あと序列もあるのか?」
「はい。僭越ながら私が序列01位を拝命しております。あと右の牙、左の牙のそれぞれ合計12名が龍牙騎士と呼ばれる最強の牙でございます」
涼しい顔で龍の最強の牙と言ってのけるアリエスに、八雲は「これ逆らったら怖いヤツ……」と本能で彼女達の危険さを感じて背筋がゾクッとしたが、そんな空気を読んでか読まずか、ノワールが突然、声を上げた。
「それじゃ話を戻して、早速初仕事だメイド達。八雲の着替えを手伝え!」
「畏まりましたノワール様」
そう声を揃えて返事をしたレオとリブラは、無言で八雲に近づいてくる……いや、リブラの鼻息が心なしか荒い気がするぞ?と八雲は無意識に後ろに下がってしまった。
「いや、着替えくらい、一人で出来るぞ」
「おいおい八雲よ。専属メイドの初仕事を奪うものではない。二人に任せておけ」
ニヤニヤとしながらノワールは面白がっている。
「だったらせめて部屋の外で待ってろよ。男の着替えなんか見ても面白くないだろ?」
「イヤイヤ!我の番となった男の裸体だからな。見ておいて損はなかろう?」
面白がっていることが筒抜けなのだが、そんなに見たいか、そうか、それならそれで見せてやろうと八雲も腹を括る。
普段はおチャラけていて冗談も好きな八雲だが、揶揄われたり裏切られたりと悪意のある行為には逆に上から被せて相手を後悔させる性格も持っていた。
だから、レオとリブラによって一枚、また一枚と服を脱がされて、肌着にしていたTシャツも脱がされて上半身裸になった途端に、周りの女性陣全員からゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてくると、八雲は内心『勝った』と思った。
細身に見えた八雲の身体は、日本に居た頃から祖父に道場で鍛えられ、またトレーニングが趣味となっていて上半身だけ見てもしっかりとした筋肉を纏い、腹筋も六つに割れた細マッチョな体型だった。
「ふぅ……それで、着る物は?」
いつまでも顔を赤らめて見つめ続けて動かないメイド+その主に、思わず溜め息交じりに問い掛けると、全員がハッとした表情に戻ってワタワタとあちこち動き出した。
そして―――赤い顔をした女性陣の手によって着替え終わった八雲のその姿は、
黒い長袖のシャツに襟元には金の刺繍、そして黒いパンツと、靴は黒いブーツに変わり、そしてシャツの上から金糸の複雑な刺繍が入った漆黒で見た目とは裏腹にとても軽いコート、それを腰のベルトで軽く引き絞めて全身黒と金刺繍で纏めた、元の世界でなら軍服に見えなくもない姿になっていた。
「おお!似合うではないか!」
「はい!とってもお似合いです八雲様」
「凛々しいです八雲様/////」
ノワールにレオがその姿を褒め称えて、リブラは少し頬を染めており、最後の一人であるアリエスは相変わらずの表情の薄さだと八雲は思っていたが、
「……お似合いです/////」
頬を赤く染めながら少し視線を下に逸らして言った。
これは可愛すぎるだろ……アリエスの無意識での逆襲に、八雲も思わず顔がカァッと熱くなるが、
「そ、そうか、なんかこんな立派な服を用意してもらって悪いな」
アリエスのあまりにギャップのある仕草、気恥ずかしくなるような態度に八雲も思わず俯いて顔の熱が収まるように意識しながら礼を言った。
「さて、準備も整ったところで次はいよいよ鍛錬と行こうか!」
ノワールは一人声を高らかに挙げて、次の目的地へと進むのだった。
テンション高いな!と心の中で突っ込んでいた八雲だが、先ほどノワールの用意してくれた服には、それぞれこの世界でいうところの魔術付与の効果があるらしく、物理攻撃、魔術攻撃に対する耐性がある程度施されていると聞いて、その心遣いには素直に感謝した。
―――その後、城から出た八雲とノワール、そしてアリエスとレオ、リブラの5人は要塞のような黒い城の前に広がる岩場と雑草が生えただけの平原にのり出してきた。
「ここら辺で良いだろう―――アリエス」
「畏まりました」
ノワールの声に間髪入れず返事をしたアリエスは瞳を閉じて、
「……《召喚》」
静かにそう唱えると、目の前に輝く魔法陣が現れ、その中心にブニョブニョしたビニール袋みたいな水色の何かが現れる。
「あれは?」
「スライムだ!」
胸を張って答えるノワールに、八雲は、あれが数々のゲームでお馴染みの初期モンスターとして扱われる、かの有名な雑魚キャラなのかと感心してしまった。
「さて、鍛錬を始める前に、まず八雲の能力を把握していなければ、どう鍛錬するか、何を目指すかが分からん。他人のステータスを見ることは出来ない。だが契約した我はお前の能力を見ることが出来る」
「俺はお前の能力は見えるのか?」
「我よりLevelが上になれば見られるぞ?ま、無理だろうがな」
「あ、そう……それで自分の能力って、どうやって見ればいい?」
八雲はゲームのステータス画面を思い浮かべていた。
「では頭の中で自分の能力に現れるよう念じてみろ。慣れれば、すぐに見えるようになるだろうから」
「そうなのか、じゃあ、やってみるか」
八雲が頭の中で能力に現れるように念じてみると、頭の中にぼぉーっと霞のかかったような何かが浮かんでくるが、それを見ようと精神的に力んでみても、なかなか上手く表示されない。
見えそうで見えないその状況に、段々イラつきを覚えた八雲は―――思わず叫んだ。
「ステータスッ!!」
その瞬間、今まで頭の中で霞がかかっていたような能力表示が、その脳裏にクッキリと浮かび上がる。
【ステータス】
Name:九頭竜 八雲(ヤクモ=クズリュウ)
年齢 18歳
Level 1
Class 転移者
生命 30/30
魔力 20/20
体力 20/20
攻撃 30/30
防御 20/20
知力 10
器用 10
速度 10
物理耐性 10
魔法耐性 10
《神の加護》
『成長』
取得経験値の増加
『回復』
HP減少時に回復加速
『創造』
素材を加工する能力
《黒神龍の加護》
『位置把握』
自身の位置と黒神龍のいる位置が把握出来る
『従属』
黒神龍の眷属を従える
《取得魔法》
《取得スキル》
『鑑定眼』
『言語解読』
「これって……どうなんだ?」
自身のステータスに首を傾げる八雲だが、その前に大声で叫ばれてノワールを始めアリエスにレオ、リブラまでが驚愕した顔をしていた。
「突然何だ!?大声を出しおって!」
「あ、悪い。なかなか能力が見えなくてさ。俺の世界の能力表示の『言葉』を試したら見えるようになったんだ。ところで、皆はノワール以外、俺のステータスが見えないんだよな?」
プリプリと怒るノワールだが、やがて落ち着いて八雲の能力に目を向けて考え込んでいる。
「能力は正直なところ普通のLevel.1の人間と変わらんな」
そりゃまぁ、自分で見てみても高い数値には見えないと八雲も思っていた。
「だが、この《神の加護》や我の加護が他の者とは大きく違うところだ。突出した能力が与えられているのではなく、加護を利用しながら成長せよ、とでも言いたいような意図を感じるのだが……どうやら、お前を召喚したであろう神は甘やかすつもりはないらしい」
どこの神様が招いたのか、突然とんだ目に合わされている自覚はあったが、八雲はノワールの言葉を聞いて、日本に居た頃のコツコツと積み上げる経験値稼ぎ系のゲームを思い浮かべて、それならば経験値を積んでトコトンまでいこうじゃないか、と自分を鼓舞した。
「それじゃあ、経験値獲得を頑張るか。まずはそのスライムを倒せばいいのか?あ、でも武器がないんだけど?」
「ん、これを使え」
そう言っていつの間に出したのかノワールの手には一本の棒が握られていた。
「え?これ?棒に見えるけど?何?」
それを受け取った八雲は右手に握りながら、左手を顎の下に持っていって首を傾げる。
「ヒノキの棒だ」
「マジか?!……リアルヒノキの棒……これが……」
ある意味伝説の初期装備に感慨深げな八雲だが―――
「これでスライムを倒すのか?」
「うむ!伝統的なスライムへの攻撃装備だ!」
「そ、そうか……うん……伝統・大事・絶対」
ここは気持ちを切り替えて、早速スライムを倒そうとヒノキの棒を構えて向かって行く八雲。
「オオオオッ!」
瑞々しいそのぷるるん♪ とした球面上のボディをもったスライムに、八雲は渾身の一撃を振り下ろす。
「あ……」
声を漏らしたノワールと同時に棒が直撃したスライムは見事に爆散して、その体内に内包していた体液を一気に周囲へとブチまける。
そして、八雲の手にその体液がかかった途端に、その場から湯気のような白煙が上がり出すと、手から激痛が伝わってくる。
「ウオオオオッ!熱っ!?痛!!何これ?!―――酸か?酸なのかこれ?」
焼け爛れだした手の甲を見て、八雲はパニックに陥ってしまう。
「ああ、言い忘れていたがスライムの体液は強酸だから、倒す時は避けながらじゃないと溶けるからな」
「大事!それ大事だから!そういうこと先に言って!」
「いや、お前が突然突っ込むからだろ。たとえどんな相手だろうと舐めてかかると痛い目みるっていう良い教訓になったな」
「くっ!」
正論なだけに言い返せない八雲だが、今は手の治療が優先だ。
「まず手を治療したい、くっ!結構これキツいぞ!」
「大丈夫だ。ほれ自分の能力を見てみろ」
そう言われて、またステータスと念じると、先ほどよりも一瞬で自身の能力が脳裏に表示された。
【ステータス】
Name:九頭竜 八雲(ヤクモ=クズリュウ)
年齢 18歳
Level 2
Class 転移者
生命 25/33
魔力 22/22
体力 22/22
攻撃 33/33
防御 22/22
知力 15
器用 15
速度 15
物理耐性 15
魔法耐性 15
《神の加護》
『成長』
取得経験値の増加
『回復』
生命減少時に回復加速 <発動中>
『創作』
素材を加工する能力
《黒神龍の加護》
『位置把握』
自身の位置と黒神龍のいる位置が把握出来る
『従属』
黒神龍の眷属を従える
《取得魔法》
《取得スキル》
『鑑定眼』
『言語解読』
『酸耐性』
「ほら見ろ。『回復』が<発動中>になっているだろう?手も見てみろ」
そう言われて手を見てみると、さきほどまで焼け爛れていた手の甲が徐々に元に戻っていくのが見て取れた。
「おお……」
やがてみるみるうちに手は回復し、減っていた生命値も完全に回復していた。
おまけに《取得スキル》に『酸耐性』まで獲得していることに八雲は注目する。
「しかし、スライム一匹でいきなりLevel.2とは……」
「普通はそうはならないのか?」
この世界に来て初めてLevelというものを知った八雲にとって、Level UPの間隔がどの程度のものかなんてもちろん知らない。
「個人差はあるだろうが……少なくともスライム一匹でLevel.2になれる者など我でも見たことがない。やはり面白いな八雲は!流石は我の番よ!」
そう言ってニヤリと笑うノワールと、自分がこれで完全に、この世界の一人になったことを肌で感じていた―――だからこそ、ここで強くならなければ八雲にとって、この世界にいる間での未来はないだろう。
「よし、それじゃ今度は慎重に、次の相手を出してくれないか?」
黙って頷いたアリエスは召喚用の魔法陣から次のスライムを召喚する。
そうして、次々と呼び出されるスライムを、八雲はただ黙ってコツコツと、黙々と今度は体液を浴びることのないように倒していくのだった―――
【エピソードタイトル】
鍛錬は誰にも止められない
―――最初のスライムを倒してから数時間、すでに黒神龍の胎内世界も、どういう仕組みか薄ピンクの空に暗がりが広がり、とっぷりと夜の闇を湛えていた。
黙々とスライムを倒す八雲を見つめて、暫く様子を見ていたノワールだが、そのうち「飽きた」と言ってアリエスを連れて城に戻って行った―――
モンスターの召喚を務めていたアリエスがノワールに連れられて行ったことで、アリエスの代わりにレオとリブラが魔法陣で召喚を行っていた。
召喚して―――倒す、召喚して―――倒す、召喚して―――倒す、召喚して―――倒す、召喚して―――倒す、召喚して―――倒す……それの繰り返し、そしてまた繰り返しの八雲。
レオとリブラは自分の仕える主に、ひたすら召喚魔法を使い八雲の経験値の糧となるモンスターを召喚し続ける。
そしてLevelの上がり方を検証しつつ、あれからモンスターは―――
「スライム」
「ゴブリン」
「オーク」
―――と強い魔物へと徐々に移り変わっていき、そのオークを相手にする頃には、手に持ったヒノキの棒もボロボロになっていた。
―――召喚されたゴブリンは、子供くらいの大きさの背丈に緑掛かった肌の色、ギョロっと見開かれた眼、臭そうな息をハァハァと吐き出し、八雲を敵と認識するとすぐに襲い掛かって来る。
―――ゴブリンは集団戦が得意だとリブレに教えてもらった八雲は、十匹を一度に召喚してもらった。
―――確かにゴブリンは集団になると、息の合ったコンビネーションやチーム戦を駆使して八雲を驚かせた。
それでも―――目の前の敵を倒す、倒す、倒す、倒す……
―――だが、既にLevelが何度も上がり攻撃力も防御力も上っていた八雲にとっては、たとえ集団になったゴブリンであろうとも自分の間合いに入った者から棒で殴る、薙ぎ払う、叩く、そうしているうちにLevelの上昇が遅くなった。
―――だから次はオークを召喚してもらった。
―――オークは豚のような猪のような顔をしており、口元は上を向いて生えた左右二本の牙、体格は普通の人と変わらない、むしろ醜く太り気味のメタボなその体は一回り大きく見えた。
―――だがそれでも一匹、また一匹と倒していけばLevelはドンドン上がっていくことに八雲はひたすら召喚を促し、レオとリブラは嫌な顔ひとつせず、むしろドンドンLevelを上げる八雲の姿を嬉しそうに、まるで憧れの人を見るかのような熱い視線を送っていた。
―――そうしてまたLevelの上がり方が鈍くなってきたことに気づいて、ゴブリンの時のように集団での召喚をレオとリブラに頼む八雲。
―――だが、そこに現れた集団は、これまでの魔物のボロい革の鎧や盾、ボロボロの剣などではなく、鉄板でシッカリとした鉄の鎧に盾、そして鉄製の剣を装備していて完全に軍隊に見える集団だった。
「―――オーク・ジェネラルがいます!」
リブラの声を聞いて集団に目を凝らした八雲が、一際重厚なフルプレートの鎧に身を包んだオークを見つけた。
「オークの上位種みたいなもんか……」
八雲の問いにリブラは黙って頷いて返した。
だが、オークにとっては八雲の都合など関係なしで、いきなり召喚されたために目の前の八雲達に対して途轍もない警戒心を抱き、簡単には襲い掛かっては来ないのも軍隊的な冷静な対応だろう。
「はぁ、ふぅ……今日はこれで最後にしとくか」
―――八雲は息を整えながら手にしたヒノキの棒を握り直して、静かにオークの集団へと飛び込んでいった。
―――高まった攻撃力を駆使してオークの集団に駆け寄り、目にも止まらぬ速さで一匹目のオークの片目を棒で貫いて引き抜く。
―――その動きに衝撃を受けたオーク達だが、そこに出来た隙を見逃すほどに八雲もお人好しではない。
―――次のオークの側頭部を横から薙ぎ払い、次のオークは足の脛に棒を打ち付けて転ばせて目玉を棒で上から貫き、確実に息の根を止める。
そして、また―――目の前の敵を倒す、倒す、倒す、倒す……
―――どのくらいの時間が過ぎただろうか……気がつけば八雲は、最後の一匹となったオーク・ジェネラルの脳天をヒノキの棒でカチ割っていた……
そこで八雲は意識が途切れた―――
―――そして時間も、いつの間にか空が再び明るくなりだす時間へと移り変わっていく……
「ふあぁ~、おはよう八雲……て、これは……」
城に帰ってから用事を済ませて、夜になってひと眠りして、朝になったので八雲を探してみるとアリエスから戻っていないと聞いたノワールはレオとリブラも付いているので大丈夫だとは思っていたが、様子を見に外に出て昨日と同じ場所に来てみれば、そこには一面、スライムの破裂した跡とゴブリンの撲殺された死体の山、そして同じく撲殺されたオークの死体の山だった……
「随分と派手にやったなぁ……しかし、ヒノキの棒でオークまで叩き殺すって……あ、他の武器とか渡してなかったな……さて、この惨状の犯人は今どうしているのか?」
そこで辺りの死体の山を見渡して目的の人物を探してみると、その男は手に持ったボロボロのヒノキの棒を支えにして立ちながら気絶していた。
その足元には同じく彼を支えるようにしてレオとリブラが眠っていた。
「まったく……いきなりハリキリ過ぎだ」
そして眠ったままの八雲を―――
呆れて溜め息を軽く吐いたノワールは、それでも嬉しそうな顔をして、その細い肩にボロボロになって眠る八雲を抱えてノシノシと一歩ずつ城に向かって歩いて行くのだった。
か細い女性の姿をしていても、黒神龍と呼ばれる伝説の神獣であるノワールにとっては、八雲一人を担ぐくらい、苦にもならない作業だ。
―――気がついた八雲の目に映ったのは、『最近知った天井』だった。
自分の部屋だと案内された部屋に、いつの間にか戻っていて、あの巨大なベッドに横になっていることを認識すると、思った以上に寝心地の良いベッドに再び意識が吸い込まれそうになった時、
「―――ようやく目を覚ましたか?」
すぐ左隣から、昨日からの聞き慣れた声が聞こえて来た。
「おはよう、て、いうか俺いつの間に部屋に戻ってきたんだ?」
「朝様子を見に行ったら、大量の魔物の屍の中で立ったまま気絶していたのを、我が肩に担いで戻ってきたのだ。いきなり無茶しすぎだぞ?」
そう言われて、最後に倒したオークの様子を朧げに思い出す八雲だが、最後は気絶したので本当に朧げにしか覚えていなかった。
「悪い。強くなりたいって焦っていたのかも知れない。気をつける」
日本でゲームをしていた頃もそうだが、八雲は一度始めると納得のいくところまでトコトンやり続ける性格だったので、それがリアル異世界で自身のLevel UPの話となれば、それはもう意識が飛ぶまでやり尽くすしかない衝動に陥ってしまった。
「それで、どのくらいLevelは上がったんだ?」
横に添い寝しながら、悪戯っ子のような目をしてノワールは問い掛けてきた。
その魅惑の形の良い胸が、八雲の方に横向きになって話しているので、緩やかに変形しているのが余計にエロさを際立たせていた。
「そういえば最後には意識が飛んでたから、確認してなかった」
そう思って八雲は自分のステータスを呼び出す。
【ステータス】
Name:九頭竜 八雲(ヤクモ=クズリュウ)
年齢 18歳
Level 45
Class 転移者
生命 3608/3608
魔力 2405/2405
体力 2405/2405
攻撃 3608/3608
防御 2405/2405
知力 55
器用 55
速度 55
物理耐性 55
魔法耐性 55
《神の加護》
『成長』
取得経験値の増加
各能力のLevel UP時の上昇数値の増加
『回復』
HP減少時に回復加速
MP減少時に回復加速
自身が直接接触している他者の回復
『創造』
素材を加工する能力
武器・防具の創造能力
創作物への付与能力
《黒神龍の加護》
『位置把握』
自身の位置と黒神龍のいる位置が把握出来る
『従属』
黒神龍の眷属を従える
『伝心』
黒神龍とその眷属と念話が可能
『収納』
空間を開閉して物質を保管する能力
《取得魔法》
『身体強化』
魔力量に応じて体力・攻撃力・防御力が上昇
《取得スキル》
『鑑定眼』
物質の理を視る
『言語解読』
あらゆる種族の言語理解・文字解読
『酸耐性』
あらゆる酸に対する耐性
『身体加速』
速度を瞬発的に上昇させる
『思考加速』
任意で思考を加速させる
『受精操作』
妊娠操作が可能
『絶倫』
精力の増加
「おい、この最後の2つのスキルはなんだ……」
取得スキルの最後には『受精操作』と『絶倫』と記載されていた。
「ほぉ~これは……/////」
契約の力で俺の能力値を一緒に見ていたノワールはスキルの最後の項目を見て、頬を赤らめながらも何故か嬉しそうな顔を覗かせて目を細めていた。
「八雲、昨日最後にオークを倒していただろう?」
「ん?ああ、確かにオークまでは召喚してもらってLevel上げしてた記憶があるな」
「それだな。オークは他種族の女を襲って子を産ませる。そのオークを倒したことでヤツらの持つスキルを取得したんだろう」
「嘘だろ……何の役に立つんだよ……」
八雲も男として性欲が無い訳ではないだけに、『絶倫』というスキルにはかなり興味があったが、『受精操作』のスキルにはかなり引いていた。
望みもしないスキルの取得に、昨晩の努力が無駄になったような錯覚すら起こして目眩がしそうだった。
そんな八雲の横でノワールだけがにやにやと厭らしい笑みを讃えている。
しかしいつまでもそんなことを気にしても仕方がないので、他の能力値について目を向ける。
「Levelは45か……ノワール、この能力値ってこの世界だとどうなんだ?」
「ん?そうだな。この世界だと充分に上位の冒険者、騎士団員クラスなら余裕勝ち出来るLevelだぞ。だが一番は一晩でそこまでLevelを上げたことに驚愕だぞ。ハッキリ言って化物級だ。それに、この数値の上がり方もな。Level.45で能力が四桁の数値になるヤツなんていない。加護の効果だろうな……」
「人間やめてたか……」
「この世界だと一般人でもLevel.20前後で一生を終えるなんてざらなことだ。冒険者や騎士が鍛錬しても精々Level.30前後だ。騎士団長クラスや冒険者でも上位というくらいで、なんとかLevel.40~50といったところだろう。Levelが60なんかに到達した者なら英雄クラスだろうな。それでも能力値は四桁に届くかどうかだ。つまりお前がどれだけ人間離れした力を持ったか理解したか?最初に神が甘やかす気はないだろうなんて言ったが……これは甘やかすなんてもんじゃないぞ」
天井を見つめる八雲の隣で体勢を横にして見つめながら説明するノワール。
「昨日頑張った結果、スキルも増えている。今日は休みがてら加護を試してみたらどうだ?」
「加護?」
八雲は隣でにこやかに笑みを浮かべているノワールに目を向けて、どういうことかと問い掛ける。
「ほら、お前の《神の加護》の中の『創造』というのがあるだろう?あれを使えばお前にとって使いやすい武器が造れるんじゃないか?流石にこれからもヒノキの棒で鍛錬し続けるのは、かなり無理があるぞ」
「確かにな。オーク・ジェネラルとか出て来た時はけっこう覚悟したもんな。ヒノキの棒様様だったな。よく最後までもってくれたよ」
「ああ、だからこれからはそういう心配しなくてもいいように、自分で武器を創ってみるのも休みがてらにいいのではないかと思ってな」
「だけど、それって素材が必要なんだよな?そんな物、持ってないんだけど?」
「案ずるな!そのくらいの物、我が用意してやる。まぁ練習だと思ってまずは銅や鉄から始めてみるか?」
そうして今日の方針が決まったところで、起き上がろうとする八雲にノワールが圧し掛かってくる。
「どうした?」
身動きの出来ない八雲は不思議そうにしてノワールを見やるが、気づけばノワールの顔は頬に赤味が差していて、とても艶のある色気が漂っていた。
「なあ、八雲。我とこうして同じ閨で横になっているというのに、どうして手を出さんのだ?」
潤んだ瞳を向けながら八雲に問い掛けるノワール。
その問いに八雲は躊躇するも、ゆっくりと応える。
「確かに、ノワールはすげぇ美人だと思う。正直さっき目を覚ました時に隣にいて、思わずそのまま押し倒してもおかしくないくらいの気持ちだった」
八雲のお前を押し倒しそうだったという聞き方によっては強姦未遂のような言葉に、この時ノワールはますます顔を赤らめて、そして恍惚とした表情になっていた。
「でも、契約したけど出会って1日でいきなり押し倒すとか、違うと思う。俺はノワールのことをもっと知りたいし、仲良くもしていきたい。俺も男だしノワールみたいな美人、抱きたいに決まってる」
「決まってるのか……なら/////」
恍惚とした表情で、そのまま飛び込んできそうなノワールを八雲は制止する。
「でも今の俺は、たぶんまだ相応しくないと思う。いや、違うな。俺自身が納得してないんだろうな。この程度の自分でいいのかって自問自答してるところがあるんだよ」
突然、召喚された異世界……そして出会った黒神龍との契約、めまぐるしく変動する自分の状況に必死に着いていこうとしている途中だから、八雲は中途半端なことはしたくないと言った。
「そうか……うむ、さすがは我が御子だ。だがそれではいつまで経っても我はお前と繋がれぬ。故にこうしようではないか。お前のLevelが100を打った時、その時我はお前のものとなろう。目標があればお前も目指しやすいだろう?」
「Level.100か……因みに過去にLevel.100になった人間ているのか?」
ふと湧いた疑問をノワールに問うと、ノワールはニヤリとして、
「いるわけなかろう!」
と満面の笑みを浮かべながら、八雲にそう答えた。
「前人未踏かよ……」
誰も達成したことがないというLevel100……だがそれも八雲のコツコツと前に進む性格が余計に刺激され、いないなら自分が最初の人間になってやろうじゃないか!と八雲は改めてヤル気が湧いてくるのだった。
だが、Level100に到達した者はいるが、ノワールにとってその存在は最早人間ではなかったので、この場ではいないと言っていた。
「いい目標が出来た。ありがとな、ノワール」
「礼には及ばんさ。それに一晩で45もLevelを上げて来たお前だ。そう長くは掛からんだろうさ。だが我とのためにそこまで気概を見せたことに、我からご褒美をやろう♡」
「は?ご褒美って?なんだ?」
そう言ってノワールは再び八雲に身体を押し付けて、その見事な胸の柔らかさを八雲に伝えてくるのだった―――
【エピソードタイトル】
八雲の創造
―――ベッドで二人、横になっている八雲とノワール。
Level.100を目指す決心をした八雲に、ノワールはご褒美と称して、その見事なプロポーションの身体を八雲に押し付けている。
「おお、何これ天国?柔らかい」
押し付けられた柔らかな胸がムニュリ♪ と変形していて、それがワザとだということは八雲にも察しがついていた。
「ふふっ♪ 喜んでもらえて嬉しいぞ。だが、まだまだ、これからだぞ♡ ほれっ♪ 好きなだけ我の胸を触っていいのだぞ♪」
「えっ?マジ!?―――モミをムネムネしていいのか!?」
「おい、落ち着け。言っていることが何かおかしいぞ?」
しかし、興奮した八雲はそんなノワールを抱き起して自らのベッドに向かい合って座らせると―――
「八雲!―――いきまーすっ!!」
―――気合いを入れて両手をノワールのたわわな胸へと一直線に伸ばした。
「―――あんっ♡!/////」
美しい曲線を描く胸に、ピッタリと貼り付いたレースクイーンのようなスーツの上から両手を当てた瞬間―――
「うわっ?!指が沈み込んでいく……」
―――鷲掴みにしたノワールの胸に沈み込む八雲の指達を眺めて感動する八雲。
その手をゆっくりと動かし始めると、ノワールからけしからん声が漏れ出す―――
「あっ、んんっ、あんっ!/////」
―――そんな巨乳の感触に安心感と至福を同時に感じた八雲は、
堪能したまま睡魔に襲われていき、やがて疲れを癒すように再び眠りにつくのだった―――
―――ノワールの胸のおかげで心地の良い眠りについていた八雲は二時間ほど眠って再びゆっくりと目を覚ました。
ほぼ同時に同じベッドで眠っていたらしきノワールもやがて目を覚ます。
何となくお互い照れ臭い気持ちに飲まれていたが、八雲は気持ちを切り換えるため、
「よし!それじゃノワール、加護の『創造』で武器を造ってみたいから、素材があるところに案内してくれるか?」
「う、うむ!そうだな!では城の工房に向かうとしよう/////」
まだ少し照れているノワールだったが、ここは話題を変えて話を進めようと考える八雲は先ほどの「工房」という言葉に引かれた。
「―――この城、工房なんてあるのか?」
「ああ、もちろんあるぞ。そこに金属の素材なんかも置いてある。お前の練習にも丁度いいだろう」
身なりを整えて、部屋を出てからそのまま中央の城を出たノワールについて行くと、城を出てすぐのところにある別の建物に向かい、その中には工房と呼ばれるだけのことはあって、職人気質な装備のハンマーやバールのような物を腰のベルトに差し込んだ人々が八雲の目に入る。
背は低く筋肉はガッチリムキムキの体格をした種族、八雲は頭の中でおそらくドワーフと呼ばれる種族ではないか?と思ったが、その職人達が八雲とノワールに視線を向けだした。
「おお!ノワール様!それと、そっちの兄さんが御子様ですかい?」
髭面のドワーフの一人が八雲を見ながらノワールに大きな声で問い掛けた。
「うむ。我の御子となった八雲だ。皆これからよろしく頼むぞ」
おお!!!と、ほぼドワーフ全員が一斉に返事するところを見ると、ノワールはドワーフ達に敬意を持たれていることは八雲の目にも一目瞭然だった。
「それで、シュティーアはどこにいる?」
「姐さんなら、工房の奥で叩いてますぜ」
聞いたことのない新しい名前がノワールの口から飛び出して、八雲はまた龍の牙の誰かなのか?と予想する。
「そうか。邪魔するぞ」
そう応えてノワールは工房の奥へと進んでいく。
勝手のわからない八雲は黙ってノワールの背中について行くしかなかった。
数十人ほどいるドワーフの間をすり抜けて、建物の奥にどんどん進んでいくとカァン!カァン!カァンッ!と一定のリズムで金属の打ち合う音が耳に入って来た。
「邪魔するぞシュティーア」
奥の廊下を曲がると広い部屋に繋がり、シュティーアと呼ばれた女性が目にしていたゴーグルをクイッと頭の上に持っていった。
「これはノワール様!こんな暑苦しいところに態々いらっしゃらなくても、お呼び頂けたら、こちらから伺いましたよ?」
アリエス達と同じメイド服を着ているが、腰には三本のベルトが巻き付いていて、それぞれに何かしら使うのだろうハンマーなどの工具が刺さっている女がそこにはいた。
手には分厚い革製の手袋、頭にはホワイトブリムにさっきのゴーグルを上にずらして額に乗せている赤い瞳に赤い髪をポニテ―ルに纏めた身長はノワールより少し高めの美女がノワールに気をつかった言葉を投げ掛ける。
「いや今日はこの八雲を紹介するのと、八雲の加護『創造』の力で自分用の武器を造らせてやろうと思ってな。お前に色々と面倒を見てほしいんだ」
「八雲……様の加護ですか?!『創造』なんて加護を持っている人間がいるんですねぇ。初めて聞きました」
そこで初めて八雲も挨拶を交わす。
「初めまして。九頭竜八雲だ。あ、八雲が名前だ。よろしく」
「初めまして。アタイはシュティーアだ。左の牙の序列4位だよ。ここの工房をノワール様から任されて統括してるんだ。武器や防具のことなら何でも訊いてくれて構わないよ!」
気さくな性格がわかる言葉使いで、そういって手袋を外して八雲に握手を求めたシュティーアだったが、慌ててその手を引っ込めてしまう。
「どうした?」
握手しようと手を伸ばしかけていた八雲が尋ねると、
「いやさ、アタイの手、鍛冶で豆とかいっぱいでゴツゴツしてるからさ、御子様に……失礼だろ?」
と言って恥ずかしそうにしているシュティーアに八雲はそのまま前に出て、そっとその手を取って握り締めた。
突然、引っ込めた手を握りしめられて、シュティーアは驚いた顔をする。
「この手は鍛冶師としてお前が頑張った証しだろう?だったら恥ずかしいなんて思うな。俺はこの手を馬鹿にしたりしないし、むしろ尊敬する」
「八雲様……」
俺の言葉にシュティーアは一瞬クシャっとなった顔を、すぐに笑顔を戻して、そんな二人の様子にノワールはコホン!とひとつ咳払いいをすると、
「こういうヤツだから、心配無用だシュティーア。それじゃあ八雲の『創造』の練習を始めたいのだが?」
「あ、はい!ええっと、それじゃまずは素材ですよね?」
手を慌てて離したシュティーアは、手をワタワタとしながら部屋の中を見回していた。
「あ、あったあった!まずはこれで試すっていうのはどうでしょう?」
「これは、鉄の玉鋼か?」
ノワールの見立てにシュティーアが頷いて応える。
「はい、『創造』という加護にどのくらいの加工する能力があるのかわかりませんから、まずはこれで加工が出来るか見てから、今後のことを考えた方がいいでしょう」
「なるほど……て言っても、この『創造』て加護をどう発動したらいいのかもわからないんだよなぁ……」
「そのための練習だろう。まずはそれで作りたいものを思い浮かべてみろ。反応するかどうか試してみないとな」
ノワールに促されてシュティーアから玉鋼を受け取り、ジッとそれを見つめながら、これで作れそうな武器を思い浮かべる。
日本人として、道場の孫としては、やはり思い浮かぶのは日本刀だった。
実家の道場では祖父が国の許可を取って所有していた日本刀を何度も見せてもらい、手入れもしたことがある八雲は、きちんとした手入れの仕方まで教え込まれていたこともあって、その刀身については隅から隅まで想像が出来た。
すると―――八雲の掌の玉鋼が光に包まれた。
そして―――輝いたと思った瞬間、みるみると形が伸びる。
さらに―――反りが入って瞬く間に八雲が想像した通りの日本刀が、そこに出来上がった。
鏡の様に美しい刀身に入った波打つ刃紋、八雲はそのまま刃を上にして掌に乗せ、真っ直ぐ出来ているかをその目で確認する。
手で握る部分が剥き出しの刀身の状態だったので、
「柄と鍔は別で作らないとダメか……」
そう言って八雲が軽く日本刀をビュン!と振っていると、それまで目を点にして『創造』の加護の力を目の当りにしていたノワールとシュティーアは―――突然大声を挙げて再起動する。
「―――何なのだ今のは!!」
「―――何ですか今のは!!」
「―――うおっ?!何?なんだ?どうかしたのか?」
大声に驚いた八雲だったが、
「どうしていきなり剣になった?普通は玉鋼を叩いて伸ばして剣にするだろ!」
「そうだよ!そんなやり方で武器作られたら、アタイらの存在意義がなくなるだろ!」
と、完全にアウェイに立たされた八雲だったが、
「神のご加護なんだろ、知らんけど……」
そう応えるしかなかった―――そもそも神の加護に理屈をつけようとすること自体、無理な話というものだ。
「はぁ……しかし、それは随分と細い剣だな。見た目は美しいが、そんなに細いと鎧なんかにぶつかったら、へし折れるだろう」
「確かに見た目は美しいですねぇ。武器というより儀礼用の剣?みたいな芸術的な要素を感じますね……」
ノワールとシュティーアの反応に八雲は日本の刀について、その造りから戦闘時の使用方法、完成した姿は鍔や鞘、柄が付くことを説明した。
「はぁ~刀、ですか。あ、だったら鞘の素材や鍔の素材なんかがあれば完成するの?」
「そうだな。たぶん出来ると思うけど―――」
―――八雲が言い切る前にシュティーアは高速で姿を掻き消して、様々な素材を持って再び現れる。
八雲は突然姿を消して目にも止まらぬ動きをするあたり……流石ノワールの竜の牙の一員だな……とひとり強引に納得した。
「この素材を使って、完成品を見せてもらいたいんだけど!いいかな?」
鍛冶師の魂に火が着いたのかシュティーアは鼻息が荒く、そして八雲自身もまたこうして日本の造形に触れて懐かしく感じながら、シュティーアのその気持ちは伝わってきていたので彼女が持ってきた素材を色々吟味して、白い鞘、銀の鍔、白に揃えた柄まで全て『創造』した。
初めに思っていたよりもあっさり、簡単に『創造』できることに驚きながら、八雲はそれぞれ必要な細かいものまで造っていく。
そうして出来上がった完成品の刀を見て、シュティーアは「ほおお~」と感心した声を上げて感動していた。
だが―――刀は斬れ味を試してなんぼだ。
八雲はシュティーアにいらない鎧を用意してもらって、人型に着せて人を模した兜と鎧の前に立つ。
「え?まさか、ちょっとその刀で―――」
シュティーアの声を最後まで聞かず、
「―――ふんっ!!」
居合いの構えから抜いた刀で鎧の胴を横薙ぎに斬り飛ばして、さらに空中に浮いた上半身部分を兜から真っ二つに斬り裂いた八雲。
「……」
ノワールもシュティーアも声一つ上げることが出来ず、斬り裂かれて崩れ落ちた鎧を見つめていた。
「ふむ……どうやら刃こぼれはしてないみたいだな。いい出来みたいだ」
掌に刀身を乗せ、刃を上にして確認した刀には刃こぼれ一つしていなかった。
「ウオオオオオッ!!スゲェーーーーー!!!」
突然の大声に、振り返れば向こうの工房にいたドワーフ達が、群がるようにして覗き込んでいた。
「御子様!その剣、どうやって作ったんです!?」
「御子様!それの素材は何なんです?まさか、オリハルコン……」
「バカ野郎!!あの斬れ味はきっと―――」
「―――いや、只の鉄だけど?」
「……」
八雲の何気ない返事にドワーフ軍団はピタリと静かになって、直後に、
「ウホオオオオオッ!!!マジですかい!?鉄?ただの?スゲエエエエッ!!!」
と、皆お祭り騒ぎに雄叫びを上げだした。
「こら!お前達、ノワール様と御子様の前で行儀が悪いぞっ!!」
シュティーアが慌てて制止しようとするが、ドワーフ達の興奮はなかなか収まらない。
「よいよい。我も目の前で起こったことに目玉が飛び出すほどの驚きだったからな。ドワーフどもが興奮するのも仕方あるまい」
ノワールはクックッと笑いを溢しながらドワーフ達の興奮振りを面白がっている。
八雲はその手の刀をスッとシュティーアに向けて差し出す。
「よかったらこれ、ここの工房にあげるよ。思ったよりいい出来だったし、俺の国の鍛冶師たちは工房に御神刀として刀を祀る風習があるんだ。よかったら飾ってくれ」
八雲の差し出す刀をおどおどとして両手で受け取ったシュティーア。
「い、いいのかい?こんなすごい武器を貰っても?」
「もちろん。でも代わりに強力な武器を造れそうな素材を分けてもらえると嬉しい」
八雲の返事にシュティーアはニコリと笑みを浮かべながら―――
「ここはノワール様の工房だよ!だったらここにある素材だって、その御子の八雲様のものだから!こんな立派な刀を貰ったんだ!何でも用意するよ!」
―――興奮しつつも、しっかりとそう応えた。
「あ、そうだ!ノワール様、八雲様ならノワール様のアレを加工出来るんじゃないですか?」
「ん?ああ―――アレか。確かに。八雲の『創造』なら可能かも知れん。よし、すぐに用意しよう」
八雲は蚊帳の外で、ノワールとシュティーアが何やら楽しそうに……いや何か悪巧みする子供のようにニヤニヤとして話し合っていた。
「なんだ?内緒話かよ?」
そう訊ねる八雲に二人はますますニヤニヤ顔をしながら、
「いやそうではないよ。実はシュティーアでも加工するのが無理な素材があってな。だがお前の加護なら、その素材も容易く加工出来るのではないかと、そう話していたのだ」
「へえぇ、そんな素材があるのか?」
八雲は俄然その素材に興味が湧いた。
「ああ、ちょっと待てよ」
そう言うとノワールは空間に穴のようなモノを形成して、その穴に手を突っ込むと何か大きな物を引っ張り出してきた。
「んしょ!―――これだ!」
可愛い掛け声とは裏腹に、その床にドオオーン!と重量感抜群の音を響かせ、立てて置かれたのは真っ黒で畳二畳くらいの面積がある、分厚い鉄板のような物質だった。
「おお?何なんだ、これは?」
「うん、我の鱗だ!」
「え?ノワールの鱗って……黒神龍の鱗ってことか?」
「ああ、そうだ。我の本体の身体を覆っている世界一硬い鱗だ。だが、世界一硬いが故にシュティーアであっても加工出来なかったのだ。だが、神の加護をもった八雲なら、我の鱗でも武器や他の道具にも加工できるんじゃないか?」
なるほど確かにこれは強力な武器を造るには最高の素材だが、問題は八雲の加護で世界最硬のノワールの鱗が加工出来るかどうか、という点がポイントだった。
「まぁ、物は試しだ。やってみる価値はあるな」
そう言いながら床に突き刺して独立した黒神龍の鱗に向かい合って、そっと手を伸ばした八雲は先ほどの刀と同じく、鱗を刀に加工するイメージを浮かべる。
すると鉄の玉鋼の時のように、鱗全体が光に包まれて、徐々にではあるが加工が始まった。
だが、さきほどの玉鋼の時とは違って、八雲はこの鱗に対して、
―――この大きなサイズの鱗を、とにかく圧縮して集中させるイメージを伝える。
―――そうして玉鋼ほどではないが、それに近いくらいに圧縮された鱗の玉鋼と言える物質が完成する。
―――次に今度は鱗の玉鋼を、さきほどと同じ工程で刀の形に仕上げていく。
鉄の玉鋼の時と違って精神的に集中しているせいか、その疲労感がかなり襲ってきた。
―――圧縮して、圧縮して、より硬く、より強く、そしてしなやかな刀身に……
ノワールにシュティーア、工房のドワーフ達も皆、固唾を飲んで黙ってその光景を見つめている。
考え得る全ての希望を吹き込むような思いで、八雲は遂に刀身の形に仕上がったそれを手に取って、目の前に掲げてみる。
まるでクロムメッキのような黒い鏡面仕上げの刀身に薄っすらと浮かぶ刃紋。
さきほどの刀よりも、畳二畳分あった鱗を圧縮しているため、かなり重量があるが、Levelの上がった八雲にとっては片手で振っても、とくに問題はない。
八雲はさっき刀で造った時と同じく、残っていた素材で鞘、鍔、柄を『創造』して取り付け、黒き刀はここに誕生した。
「ウオオオオォ―――!!!」
工房のドワーフ達はまたもお祭り騒ぎで八雲達の前で奇声を上げ捲っていたが、今まで工房を任されているシュティーアでも加工出来なかった黒神龍の鱗が、目の前で武器に形成されたことに歓喜せずにはいられないのだろう。
「凄い……本当にノワール様の鱗を……」
シュティーアも感動しているようだったが、八雲からすると『神の加護』という、いうなればチート能力の力なのでドワーフ達がいうほど凄いわけじゃないと自分を戒める。
「さて、それじゃ試し斬りするか?」
ノワールが自分の鱗で造られた刀の斬れ味を早速試してみて欲しそうで、ソワソワしだした。
きっと尻尾でもあれば期待でフリフリしていそうなくらいニマニマした表情をしてソワソワしているノワールと、同じような雰囲気を醸し出しているシュティーアを見て、八雲は吹き出しそうなのを我慢しながら、
「それじゃ、早速試し斬りといきますか」
笑顔でそう応えていた―――
【エピソードタイトル】
武器創造
―――生み出された新たな黒い刀身のその刀を手に、八雲は工房の外に出て来た。
せっかく斬れ味を試すなら動きやすいところで、ということで工房を出てドワーフ達に頼んで外に人型の木人形を置き、それにいらなくなった練習用に造った鎧と兜を着せてもらった―――
「さて、それじゃやろうか、相棒」
黒神龍ノワールの鱗から生まれたその刀を、八雲はコートのベルトに差してグッと腰を落とした。
その構えに入った途端に周りの空気が一瞬で変わり、さっきまでガヤガヤしていたドワーフ達ですら押し黙ってしまい八雲の動きに息を止めて見入っていく。
ゆっくりと黒刀の柄に手を動かしていく八雲に、全員が視線を集中させる―――そして、
「―――フッ!!」
一瞬で刃走りと同時に置かれた鎧の胴を薙ぎ払うと、まるで抵抗がない様子でスゥッと鎧に吸い込まれるようにして刃が通り、それを斬り裂く。
次に上段に構え、胴が離ればなれになる前に縦に真っ直ぐ木人形とともに斬り割られて、四分割にされて地面に落ちていった。
「さて……」
八雲は一応、刃に刃こぼれがないかを確認して黒刀を鞘に納め、四散した鎧に屈みこんで斬り口を検証する。
ノワールとシュティーア、それにドワーフの連中も挙って八雲の後に続き、一緒に斬り口の検証に立ち会っていた。
四散された鎧の斬り口は鏡面のような断面をしており、これ以上の斬れ味を得ることは無理だろうと八雲は満足していたが、それ以上にドワーフ達は「これは神の領域だろ……」とか「よおおし!俺もこんな剣を!」などの声を上げてそれぞれ思うところがあったようだ。
シュティーアもまた斬り口を見て、
「八雲様!こんな凄い刀を造れる八雲様には迷惑かも知れないけど、アタイや皆が造った武器の試し斬りをしてもらって斬れ味や使い心地とかを助言してもらいたい!お願いします!」
そう言ってシュティーアが頭を下げると、囲っていたドワーフ達も同じく頭を深々と下げて来た。
「俺は皆みたいな技術なんて持ってない。この刀も神の加護って、訳の分からない力で造っただけだ。だから頭を上げてくれ。俺よりも鎚で叩いて造り上げる皆の方がよっぽど凄い。だから俺が役に立つなら喜んで手伝う」
頬を掻きながら気恥ずかしいことを言ったと自覚していた八雲だったが、聞いていたシュティーアもドワーフ連中は諸手を挙げて喜んでいた。
ああ……こんな皆とワイワイやる感覚、久しぶりだな……
八雲は笑い合っているドワーフ達を見ながら、ここに来る前の学校での催しや修学旅行で味わっていた感覚を、今ここで思い出していた。
「そうだ!八雲、その刀の銘はどうするんだ?」
突然ノワールから聞かれて、八雲もそういえば銘をつけていなかったことに気づく。
「そうだな……」
やはりネーミングセンスのステータス補正は掛かっていないようで、八雲は頭の中で色々な名前と考えがグルグル回る。
―――こういう時こそ、『思考加速』だ!
そう思ってスキルを発動させると、瞬間、八雲は周りの動きや言葉がスローモーションのようにゆっくりと、ゆっくりと流れていることを知覚して、正直驚いていたがこれで考えが整理出来そうだと銘を考えることに集中した。
―――どうせなら鉄の玉鋼で造った刀にも銘をつけよう。
―――それぞれの銘……まず鉄の刀は美しい鏡面の刀身に白い鞘を用意し銀の鍔を付けて柄も白く纏めていた。
―――そしてここにある黒刀は黒い鏡面の刀身、黒い鞘、金の鍔、そして柄も黒く纏めた。
―――その見た目も刀身の色も掛けた銘にしたい……よし。
「―――決まったぞ」
顔を上げてそう言った八雲に皆の視線が集中して、八雲も思わずウッとたじろぐ。
「え~まずは最初に造ったあの白い刀、工房の護り刀として工房の安全祈願のために納めた。銘は雪風だ。そしてこっちの黒刀は夜叉。雪風と夜叉だ」
「銘に意味はあるのか?」
ノワールが聞き慣れない言葉に意味を問い掛けてくる。
「雪風は俺の世界の戦争で幸運艦と呼ばれた駆逐艦ていう船があって、その幸運に因んで付けた。夜叉は俺の世界の神話で元々は人を喰らう鬼神だったんだが、その後に心を入れかえて守護神になったという神の名前だ」
「ほお、なるほどな。意味を聞いてみると、どちらも良い名前ではないか!それに夜叉か……まるでその話、我と八雲の関係のようだな」
銘の意味に納得したノワールはご機嫌な表情を浮かべ、シュティーアやドワーフ達も雪風!御神刀雪風!などと口々に叫びながら喜んでいた。
「ところでノワール。さっきの鱗なんだけど、もう少しもらう事って出来るか?」
「ん?鱗などいくらでも生えてくるから、別に構わんぞ。そうだ!お前も我の加護で『収納』を手に入れていただろう。そこに必要なだけ入れておけ」
「え?あ、そういえばまだ使ってなかったな。どうやって使うんだ?」
「言うよりも使った方が早い。ほれ!」
そう言って自分の空間収納から黒い鱗を取り出すノワール。
それからその巨大な鱗を受け取って、『収納』に収めるイメージを持つと目の前の鱗が姿を消した。
そして今度は『収納』から出すイメージを思い浮かべると、『収納』されている物が脳裏に浮かんで、すぐ手元に現れた。
「おお~これマジで便利だわ……」
八雲はゲームのアイテムストレージの要領で感覚をすぐに覚えたので、黒刀=夜叉もその『収納』の中に収めた。
「色々造りたい物もあるだろうから、遠慮せず持ってけ持ってけ!」
ノワールはそこから工房の外に自身の黒い鱗を山積みにして、大体百枚ほどの鱗を八雲は手に入れた……いや、これけっこうな希少素材なんじゃないの?という視線を向ける。
「八雲様!他にも何か造るのかい?」
シュティーアは八雲が鱗を手に入れたことで、また何か『創造』するんじゃないかと興奮気味に擦り寄って来る。
「ああ、俺の祖父ちゃんの実家、道場やってたんだ。そこで剣術だけじゃなくて他の武器も色々学んでたからな、それと防具も造ろうと思ってさ」
「だったら、アタイも、それを造るところ見ててもいい?」
「別にいいけど、さっきの夜叉と一緒で、すぐ終わると思うぞ?」
神の加護の力で加工するだけのことなので、きっと面白くないぞ?と八雲は思って言ってみたのだが、
「そんなの関係ないよ!どんな形でも武器や防具が出来るところが大好きなんだ!それに、さっきの刀もそうだけど、八雲様の作る武器はアタイ達にとっては珍しい物で興味があるんだ!」
眩しいくらいの笑顔を向けるシュティーアに、八雲も思わず笑みが浮かんで、
「よし!それじゃ造りますか!」
「オオー!!」
天に向かって突き上げた右腕に、シュティーアはその場のノリで同じように腕を突き上げていた。
そのあと、銀髪の令嬢アリエスがノワールを迎えに来て、ノワールもこの場に残りたそうだったが、アリエスの無言の圧力に屈してスゴスゴと城に帰っていった。
そこから―――工房に籠ってあれやこれやと『創造』を繰り返す。
そうして造ったのは、
―――漆黒の槍、銘を闇雲
柄は漆黒で鱗を使ったので折れることのない強度を持ち、切先の刃も黒刀と同じくクロムメッキのような鏡面の美しい黒き刃先となっている。
―――黒い弓、銘を暗影
弓全体が鱗で出来ているが、矢を発射するのに撓りが必要なので、鱗の強度と同時に弓を引いた際には撓るのに必要な柔軟さも『創造』されている。
―――黒の小太刀、銘を羅刹
黒刀=夜叉と対になる小太刀。夜叉・羅刹は八雲が神話から引用した銘で、その斬れ味は夜叉と同等。
―――重厚な黒いハルバート、銘を毘沙門
柄の部分は鱗で出来ており、強度は最硬で刃の部分と柄の先に付いた槍型の刃も全てクロムメッキのように黒く鏡面仕上げとなっていて、鱗を三枚も使用しているため人類では持ち上げることも難しい。
ハルバートは八雲が他の武器を考えていた時に、シュティーアからの提案を受けて、ノリで造った武器だったが、贅沢にも黒神龍の鱗三枚も使用して造ったため、超重量級の武器となった。
他には、腕につけるガントレットと、着ていたコートには肩にショルダーガード、胴周りの内側に鱗を加工して造った薄いガードを取りつけ、ブーツにも脛当てを造り取り付けて、自身の防具にも贅沢に黒神龍の鱗を使いまくっていた。
「なんか凄い事になってしまった……それじゃこれで―――Levelを上げに行くか」
新たな装備も手に入れたので、八雲はまたコツコツと経験値稼ぎに向かうことにした。
黒神龍の加護のひとつ『伝心』を使って八雲はレオとリブラに呼び掛ける。
突然の『伝心』に驚いたレオとリブラだが、八雲が鍛錬に付き合ってくれと頼むと、二つ返事で了承してくれた。
「―――お待たせ致しました八雲様!!」
八雲が昨日と同じ場所で待っていると、レオとリブラが軽く息を切ってやってきた。
「悪いな、またこんなことに付き合わせて。俺が召喚術を使えたらよかったんだけど」
「いえ!御子様の専属となったからには、どこまでもお供致します!」
「私もです!八雲様のためならたとえ火の中、水の中です!」
専属メイド達の頼もしい言葉に、八雲は感謝の気持ちで思わず笑みを浮かべると、
「―――うっ/////」
「―――ひゃ/////」
その笑みに忠義に厚いメイド達も、思わず意表を突かれて変な声が出てしまった。
「それじゃ今度は何を相手にした方がいい?」
昨日まででオークの軍団までは相手にしていた八雲だが、こちらの世界の魔物のヒエラルキーなど知らない八雲には、次にどんな魔物を鍛錬の相手に指名すればいいのか見当もつかない。
「そうですね……オーガでいいのではないでしょうか?」
「オーガ?」
ゲームや小説ではよく聞くモンスターだが、具体的なところはよく知らないので、八雲は推薦したレオに訊ねる。
「はい。オーガとは人型で体格は大きく、人を喰らう鬼のことです。知能も高めなので戦闘能力も高く、一筋縄ではいかないといった魔物でしょうか」
「基本的には戦闘狂の気性ですから、油断できません」
レオの説明にリブラが捕捉して説明してくれる。
「なるほどな。よし、まずは一匹相手にしてみるか」
そう言った八雲は『収納』を発動して地面に空間の輪を造り、そこから黒刀=夜叉が立ち上がってくる。
「八雲様、その武器は……剣ですか?」
工房でのことを知らないレオは地面から浮かんで出て来た夜叉に目を見開き、驚いて思わず八雲に問い掛けた。
「これは刀っていう俺の国の剣だ。今日ノワールとシュティーアと一緒に色々造ったんだ。それでこれから俺が造った武器を黒神龍装と呼ぶことにした」
「ノワール・シリーズ……カッコいい/////」
リブラは何故か、ちょっと厨二っぽい名前に目をハートにする勢いで惚気た表情になっている。
「それでこの刀の銘は夜叉だ。ところで二人は武器とか使うのか?」
八雲は龍の牙のメイド達が一般人ではないことは身のこなしなどから見抜いていたが、武器を使っているところは見ていなかったので素朴な疑問として訊いてみた。
「そうですね。皆、大体どんな武器も使いこなしますよ?私は剣と槍が得意な方ですかね」
レオがそう応えるので、それじゃあ、と八雲は新たに別の『収納』空間を地面に開いて、そこから黒槍が浮かび出て来た。
「ちょうど良かった。これの使い心地を見てくれないか?銘は闇雲。感想を聞かせて欲しい」
手に取った闇雲をレオに手渡す。
「こ、これって、もしかしてノワール様の……」
「ああ、だからノワール・シリーズだって言っただろ」
手に取ってすぐにその槍の素材が黒神龍の鱗だと気がついたレオは、シュティーアですら加工出来なかった鱗で出来た槍を手にして、クゥッ!と感動している表情を浮かべて今にも頬ずりを始めそうな様子だった。
「スリスリィ~♪」
(あ、頬ずりしちゃったよ……)
複雑な視線をレオに向ける八雲。
「八雲様!八雲様!私も!私も何か使わせて下さい!!」
リブラが飛び掛からん勢いで八雲の目の前に迫って来たことに、さすがの八雲もウッと引き気味になる。
「そ、それじゃリブラは何か得意な武器とかあるのか?」
引きつった笑顔で問い掛ける八雲にリブレは授業中に元気に手を挙げて返事する小学生のようにして、その場で跳ねて右手を上げ、
「はい!はい!私は剣が得意です!!」
「あ、剣は今これしかないんだよな……あ、小太刀ならあるけど?」
「小太刀……とは?」
「ああ、これだ」
そう言ってまたもうひとつ『収納』の空間を開いて、そこから黒小太刀を取り出してリブラに渡す。
「これは小太刀といって短剣みたいなもんだけど、造りはこの刀を短くした感じ。銘は羅刹だ。使えそうか?」
「はい!大丈夫です!片刃の短剣と思えばいいですね」
「ああ、その認識で間違ってない。よく斬れるはずだから、使い方は突くか斬るかだな」
「わかりました!!/////」
よっぽど嬉しいのかリブラもまた、レオと同じく羅刹に涎まで垂らしながら頬ずりしていて、それがまた八雲をドン引きさせていたが気を取り直して召喚を始める。
「それじゃ、始めるか。それぞれ武器を使ってみてもらいたいから三匹召喚よろしく」
「畏まりました」
さきほどまで槍に頬ずりしていたレオだが、八雲の言葉にスッと真面目な表情に戻って召喚の魔術を始める。
するとそこには三つの魔法陣が展開され、そしてそれぞれの魔法陣の中に大柄な体格の魔物が三匹召喚によって現れた。
「……なんだ?ここは?」
召喚されたオーガの一匹が人語を話して、八雲達にすぐ目を向けてくる。
「さっきのは召喚か?だとすると、お前等は敵、という認識で合ってるか?」
「……ああ、間違ってない」
今までスライムやゴブリン、オークを相手にしていた八雲には、流暢に言葉を話すオーガが人と被って内心躊躇する心理が目を覚ましていた。
だがその躊躇も、オーガの次の言葉で霧散する。
「だったら、喰っていいんだな?人の肉なんて久しぶりだ。特に女は犯しながら喰らうと笑えるほど面白い顔でイクんだ」
「おいおい、雌は二匹しかいねぇんだから、ヤッたもん勝ちだろ?男の相手はお前がやれよ」
「ふざけるな!男なんて筋張ってて喰えたもんじゃねぇよ!俺も女に行くぞ!」
「……」
三匹のオーガは我先にとレオとリブラを犯すのは自分だと主張しだして、その聞くに堪えない醜い言い争いに八雲もレオ、リブラの二人も無言で睨みつけていた。
そして、こうなったら早い物勝ちという結論になったオーガ達が、すぐさま八雲達に向かって走り出していた。
「はぁ……まったく―――フンッ!」
そんなオーガ三匹の真ん中を走ってくるオーガに向かって一瞬で間合いを詰めた八雲は、そのオーガの鳩尾に強烈な蹴りをお見舞いする。
一瞬で走ってきた道を逆に吹き飛ばされて地面をズザザ―――ッ!と滑りながら砂煙を巻き上げるオーガ。
その光景を傍目に見つつ、一匹減ったことで左右を走っていたオーガは一直線にレオとリブラに襲い掛かる。
「助けいるか?」
少し振り向いた八雲がレオとリブラに問い掛けるが、
「―――ご心配には及びません」
「―――オーガ如きに遅れなど取りません」
鋭い視線になったレオとリブラは、そのまま細めた視線で手に持った武器で臨戦態勢に入る。
レオは手にした闇雲の柄を自身の前でクルクルと回転させ、腰から背中、肩にまで長い黒槍を掛けるようにして全身を使ってグルグルと回して、ピタリッ!とオーガに向けて穂先を向ける。
リブラは静かに両目を閉じて、右手に羅刹を構えて静止している。
そうしている間にレオへと向かっていたオーガが両手を上に掲げながら、口元からは涎を垂らして掴み掛かろうと襲い掛かった。
「美味そうな雌だッ!まずは全身剝いてグチャグチャに犯してやるからな―――ッ!!」
「お断り致します」
レオは静かにそう断ると、構えた闇雲を目にも止まらぬ速度でオーガに突き出す。
繰り出された穂先は目の前に来ていたオーガの肩、腕、太腿、足、下腹など無数に穴を空けて、あっと言う間に血だるまに染め上げた。
「ギャアアアアアア―――ッ!!―――この雌豚があぁッ!!!」
凄まじい叫びを上げたオーガだが、足は的確に歩けないよう関節にも穴を空けている手際と容赦の無さに八雲は感心して見ている。
八雲が吹き飛ばしたオーガは、八雲の鳩尾へ入れた蹴りのダメージがまだ回復せず、吹き飛ばされた地面で這いつくばっていた。
「絶対犯すうぅッ!そのあと孕ませながらその首嚙み切ってやるぞおぉ―――ッ!!」
動かない足を大地に膝をつき、首から下は血塗れの満身創痍にされたオーガの醜い叫びに、レオは小さな溜め息を吐きつつ、
「それじゃあ、これが無くなれば―――私は安心ですね♪」
そう言って突き出した闇雲の向かった先は―――座り込んでいたオーガの股間だった……
【エピソードタイトル】
オーガとの対戦
―――周囲に響き渡るオーガの悲鳴。
「ギャアアアアッ?!ウグッ!!!あああっ!お、俺のぉ―――ッ!!!」
手にした闇雲の穂先をグリッとしたレオは一瞬槍を引き、そしてまた股間を突き刺したかと思うと、今度は大きく槍を引いた―――
引いた槍の穂先には、何やら血塗れの肉片……いやオーガのモザイク対象品が刺さっている。
「あら可愛い♪」
その穂先を見て、黒い笑顔を浮かべながらそう呟くレオの発言に八雲は正直ドン引きだ。
むしろオーガに同情しながら自分の股間を手で隠して思わず腰を引いてしまう八雲を見て、レオはさっきの黒い笑顔とは違ういつもの優しげな笑顔に戻って、
「あ、八雲様にはこんなこと致しませんよ♪―――むしろ八雲様なら私……/////」
可愛い照れ顔を見せながら赤らめた頬に手を当てているが、槍の穂先にあるオーガの血塗れのモザイク対象品がとんでもない絵面になっているので、八雲の腰はますます引けてしまった。
「さて、それじゃ去勢も終わりましたので―――さっさと逝って下さい」
槍を一振りして刺さった肉棒を遠くに吹き飛ばしたレオは、返す刀で闇雲をもう一振りすると、オーガの首をアッサリと斬り飛ばしていた。
―――その頃、もう一匹のオーガが向かって行ったリブラの方は、
「オラアァ―――ッ!コノッ!クソッ!ちょこまかと!いい加減捕まれ!!」
華麗なバックステップで次々と繰り出されるオーガの腕を回避して、羅刹を身体の中心線に構えたまま、オーガの動きを完全に見切っている―――
「いつまでも逃げられねぇぞ!いい加減捕まりやがれッ!!」
―――リブラを捕まえられないオーガは、頭に血が昇って息を荒げながらも腕を繰り出していく。
「もういいでしょう……いきます!」
呟くような声で掛け声を吐き出したリブラは、後退から一気に前進してオーガの懐に完全に飛び込んでいった―――
―――懐に飛び込まれたことに一瞬驚いたオーガだったが、次の瞬間には自分の手に届く距離にリブラが現れたことに、両手を思い切り抱き着くように動かした。
だが―――抱き締められないし捕らえられない。
オーガが自身の両腕の感覚に異常を感じた時には、そこはもうオーガの両腕はスッパリ失われていた―――
「な、お、あ?!……ああ、アアアアアァァ―――ッ!!!」
―――オーガが叫んだ瞬間、上腕からなくなった両腕の斬り口から左右に向かって、噴水のように鮮血をばら撒き飛ばしていく。
返り血を嫌がってバックステップで距離を取っていたリブラは、
「ふおぉ~♡ 八雲様!八雲様!この羅刹の斬れ味!太いオーガの腕を斬り落とすのにまったく何の抵抗も感じませんでした!最高です!!アハハ♪/////」
羅刹の斬れ味をぴょん♪ ぴょん♪ その場で飛び跳ねながら伝えてくる無邪気なリブラだが、目の前の惨劇は……どう見ても地獄絵図だ。
やはり可憐な女性の姿をしていても、龍の牙と呼ばれる黒神龍ノワールの眷属だ……八雲は彼女達を怒らせることだけは絶対にやめようと心に誓った。
無邪気な笑顔のリブラとは裏腹に両腕を失ったオーガは、地面に膝をついて襲いくる両腕の激痛に気が狂ったように雄叫びを上げていた。
「ああ、もう、うるさいですね―――黙れ……」
羅刹を持って腕を失ったオーガに近づいたリブラは、そのままオーガの隣をすり抜けるようにして通り過ぎると、その後オーガの頭が身体から噴き出す血の噴水の勢いで真上に天高く吹き飛び、その後は地面に転がって耳障りな雄叫びはピタリと止まった。
「これは……予想以上の惨劇……」
惨劇の場に立ち尽くす八雲からすれば、レオもリブラも間違いなく今の自分では敵わないだろうと改めて認識した場面だったが、そんな時さきほど八雲が蹴り飛ばしたオーガから恨みごとの滲み出る声が聞こえてくる。
「ゆ、許さねぇ、許さねぇぞ……お、お前等ぁぁああ!」
八雲に蹴り飛ばされていたオーガは、その鳩尾を抑えながらゆっくりと立ち上がろうとしていた。
本来なら待ってやる義理もない八雲だったが傲りではなく、ただ単に倒れ込んだオーガに上から刀を突き刺して終わりでは、夜叉の試し斬りにもならないといった傍から見れば八雲も十分に冷酷極まりない考えからだった。
「やっと起きたか。餌にしていた人間に待ってもらって、恥ずかしくないのか?」
ワザと挑発するような声をかけて、目の前のオーガの土気色した顔色が激昂でどんどん赤くなっているのを八雲は落ち着いて観察する。
「コロスッ!お前等ぁぁ!絶対に―――殺してやるぅッ!!」
冷静な八雲と反比例するかのようにして、怒りが頂点に達しているオーガは、牙の生えた口から怒り過ぎて涎を垂れ流し、腰を低く屈めると、途端にダッシュで八雲に向かって突進を開始する。
八雲は腰の夜叉を鞘から抜き去ると両手で柄を握って腰を落とし、刀身は背中に隠すようにして目一杯後ろに引いて構える。
―――これによりオーガは八雲の刀の間合いを推し量ることは出来ない。
それでなくても怒り心頭のオーガは、もはや武器の間合いなどお構いなしで八雲に突進してきている。
ならばこの勝負は八雲の間合いに入った瞬間に結果が出ると、レオもリブラも八雲の構えを見て即座に理解した。
「九頭竜昂明流剣術―――『凪』」
そう八雲が呟いた瞬間、一歩前に出していた左足に元々の体重からは異常なほどの重心が移動され、波動と共に左足が地面に沈み、そこから生まれた波動をオーラの様に纏いながら、そのまま捻った腰に伝動させて回転を開始すると同時に、回転の力に乗った両腕を足元から伝わった強烈な波動に合わせ、凄まじい力で横薙ぎに夜叉が一線、黒い軌道を描く。
この一連の動作を八雲はほんの一瞬で体現しており、夜叉の刃先はすでにオーガの身体をすり抜けるようにして一気に振り抜かれていた。
「……あ?……今の……は?!」
そう呟いた瞬間、オーガの上半身と下半身は、夜叉が一線を描いた軌道の通りに別れを告げて、そのままズルりと滑り堕ちた。
「ふぅ……」
肺に残っていた空気を吐き出しながら、今のLevelになって実家で習った剣術や武術を使えば、日本にいた頃とは比べ物にならない遥か異次元の威力が出せることを、八雲はいま体感したのだった。
「お見事でございます八雲様/////」
「す、凄い……/////」
刀を一振りして鞘に戻す八雲の背中に、レオとリブラの尊敬の眼差しが降り注いでいた。
「今の剣術は?」
レオが近づきながらさきほどの技について質問する。
「ああ、うちの実家の道場の剣術だ。九頭竜昂明流って言う古武術だ。まぁ弟子も俺以外いなかったんだけどな」
「そうなのですね。ですが今の八雲様のLevelで使えば、かなりの威力になると見受けましたが?」
レオは続けて八雲に問い掛ける。
「それは俺も今、体感した。この分だと、この世界でなら実戦でも使えそうだ」
「それはよろしゅうございました。基礎となる武術を身に付けられているなら、このあと何かあったり戦闘でも、きっと役に立つでしょうし」
「俺もそう思うよ。祖父ちゃんに感謝だな……」
八雲の脳裏には元気な頃の祖父が思い浮かんでいた。
「それでこのあとは如何いたしますか?オーガの召喚を続けましょうか?」
「そうだな。この前みたいに無茶なLevel上げにはならない様に気を付ける。夜になる前には切り上げる」
「畏まりました。あと、この黒神龍装ですが、もう少し使わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
レオの言葉にその隣のリブラもうん!うん!と可愛らしく頷いている。
「別にいいぞ。使い心地を見てほしいからな。それじゃオーガを10体ずつ召喚して、レオとリブラが交代で俺と組んでフォローしてくれるか?その時に武器の具合を見てくれればいいから」
「では、それで参りましょう♪―――《召喚》」
「それじゃ最初はリブラからな」
「はい♪ 頑張ります!」
目の前の広場にはレオが召喚用に出現させた魔法陣が10個、光を放ち魔物の召喚を発動させる。
そして八雲とリブラは横に並んで、武器を改めて構える。
「リブラ、羅刹を使って何か気がつくことがあったら、鍛錬の後に教えてくれ」
「畏まりました八雲様!」
会話している間に、魔法陣からは大柄の影からオーガが次々と出現してきた。
「それじゃ―――いくぞ」
八雲の声にリブラは羅刹を構え、八雲も再び夜叉を抜き正眼に構えてオーガを睨みつけ、そしてまた魔物狩りの鍛錬が始まる―――
それからは―――オーガにとってはただ惨劇が繰り返されていった……
―――10体のオーガは武器を抜いた八雲とリブラを見ると、すぐに敵認定して猪のように突進してくる。
―――真っ先に接近して夜叉の間合いに入ったオーガを、八雲は正眼に構えていた夜叉を一瞬にして上段に振り上げて、そして音もなく真下まで振り降ろすと目の前のオーガは真っ二つに左右に向かって身体が斬り裂かれる。
―――その一瞬の斬撃で怯んだオーガの集団だが、人間に虚仮にされている状況に沸点の低い闘争本能が理性を失わせた状況で突撃を開始する。
―――八雲は構えた夜叉を袈裟斬りに、横薙ぎに、下から上に斬り上げ、上段からの唐竹割りと息も吐かせぬ速度で、オーガの集団の隙間をすり抜けるようにして歩みを進めながら斬り捨てていく。
―――リブラは手にした羅刹で自分に向かってきたオーガの四肢を斬り裂きながら、その手の羅刹を眺めてニコニコと笑みを溢し、そしてまたオーガの身体を切り刻むという危ない人物と化していた。
今度はリブラが召喚を行い、また10体のオーガを呼び込んで八雲とレオが相手をする。
―――レオは手にした闇雲を、ビュンビュンと音が鳴り響くほどに回転させて身構えると、向かってくるオーガに対して目にも止まらぬ突きの連続を繰り出して、オーガの身体がマシンガンに撃たれたような蜂の巣になっていた。
―――八雲は自身に向かってくるオーガを只々確実に、夜叉の餌食へとしていく。
―――切り刻む・蜂の巣にする・斬り伏せる……召喚を繰り返してオーガの死体の山が築かれていき、最後に召喚されたオーガの集団は召喚された途端、目の前に広がる同胞の死体の山に怖気づいていたくらいだった。
―――そうして、また空に暗がりが広がりだした頃……
「そろそろ今日は切り上げよう。またノワールに心配かけるわけにはいかないからな」
「畏まりました♪」
「いやぁ今日はいい運動になったねぇレオ♪」
リブラはまだまだイケる!といった感じで、レオも見れば汗ひとつかいていないように見える。
「それじゃ―――」
振り返って帰ろうと踵を返そうとした瞬間、八雲が突然地面に膝をついた。
「八雲様?!」
「八雲様!大丈夫ですか!?」
膝をついた八雲に駆け寄るレオとリブラに八雲は、
「……腹、減った……そう言えば昨日から何も食ってなかった……」
異世界に来て、目まぐるしく激動の日を過ごしていた八雲は、自分の食事についてまったく気がついていなかったのだ。
そのまま慌てたレオとリブラに支えられて、急ぎノワールの城に向かう八雲達だった―――
―――暫くして城についた八雲達を迎えたノワールは、
「はぁ?食事をしてなかった?……そういえば誰かが用意して食べているだろうと勝手に思い込んでいたな。すまない八雲……」
「いやいいって。俺自身が食事を取ることを忘れてたくらいだから。自分で思ってるよりも一杯一杯になってたみたいだ。だから気にすんな」
そう話して、城のノワールが普段食事を取っている部屋に案内され、用意された高級レストランのフルコースのような料理にガッツキたいのを我慢して、お行儀よくその美味な料理に感動しながら行儀よく頂き、すべて残さず食べきった。
「紹介しよう八雲。うちの厨房を担当する―――」
「―――お初にお目にかかります八雲様。わたくしこの城の厨房を預かります左の牙の序列07位、アクアーリオと申します。食事のことで何かありましたら、いつでもお申し付けくださいね」
ノワールに促されて自己紹介したアクアーリオは、蒼い髪を後ろに纏めている清楚な見た目二十代中頃といった見た目で八雲から見て少しお姉さんくらいの美女だった。
「よろしくお願いします、アクアーリオさん」
アクアーリオの自己紹介に八雲も席から立ってしっかりと挨拶を返すと、クスクスッと軽い笑いを浮かべたアクアーリオは八雲に一礼して返す。
「八雲様。わたくしもノワール様の眷属、そしてあなた様の眷属でもあります。臣下に余計な敬語は必要ありませんし、他の者にも示しが尽きません。ですからどうかアクアーリオ、と呼び捨てでお呼び下さい」
そうにこやかに切り返すアクアーリオに、八雲は頬を掻きながら照れる顔を誤魔化すようにして、
「努力し……する」
と返すのが精一杯だったが、それを見たアクアーリオとノワールは声を上げて笑っていた。
家族を失ってから、ひとりで食卓について生命維持のためだけに食事という作業を繰り返してきた八雲にとって、両親の生きていた中学の頃に感じていたような、優しい祖父母と一緒に食事をしていた時のような感覚が戻ってくる―――
「―――どうした!八雲!!」
驚いたノワールの声に、気がつけば瞳に溜まった涙が、八雲の頬をひとすじ流れていた……
「あ、いや、なんでもないんだ……ただ、昔のことをちょっと、思い出しただけなんだ」
自分でも涙が溢れたことに驚いている八雲だったが、その涙をすぐに拭って笑顔を浮かべる。
「ああ、ホント一人で食う飯は生きるためだけの飯だったな。誰かとこうして食う飯の美味さが思い出せたよ!ありがとな」
その八雲の言葉にノワールとアクアーリオも、全てを語らずとも八雲がひとりで生きてきたことを察した。
「あ、そうだ!俺も自分で料理するんだよ!だから、今度厨房を使わせてもらってもいいかな?ノワールにも食べてもらいたいし!」
「なに!お前、料理が出来るのか?!……神か……」
「なにそれ!?いやいや料理出来るくらいで持ち上げすぎだろ?」
尊い何かを見つめるような眼差しで見つめるノワールとは裏腹に、そっとアクアーリオが八雲に耳打ちする。
「ノワール様は以前に料理に挑戦されて、城の一角を損壊させています……」
「それもう料理じゃないから……何作ろうとしたんだよ……」
その光景が目に浮かぶ八雲は、ノワールに料理をご馳走する約束をしてアクアーリオには自分の世界の料理を教えて、こちらの世界の料理も教えてもらうことを約束したのだった。
その後、自分の部屋に戻った八雲は、今日の成果の確認のためにステータスを開く。
【ステータス】
Name:九頭竜 八雲(ヤクモ=クズリュウ)
年齢 18歳
Level 68
Class 転移者
生命 44110/44110
魔力 29407/29407
体力 29407/29407
攻撃 44110/44110
防御 29407/29407
知力 78/100
器用 78/100
速度 78/100
物理耐性 78/100
魔法耐性 78/100
《神の加護》
『成長』
取得経験値の増加
各能力のLevel UP時の上昇数値の増加
理性の強化
『回復』
HP減少時に回復加速
MP減少時に回復加速
自身が直接接触している他者の回復
広域範囲回復
『創造』
素材を加工する能力
武器・防具の創造能力
創造物への付与能力
疑似生命の創造能力
《黒神龍の加護》
『位置把握』
自身の位置と黒神龍のいる位置が把握出来る
『従属』
黒神龍の眷属を従える
『伝心』
黒神龍とその眷属と念話が可能
『収納』
空間を開閉して物質を保管する能力
『共有』
黒神龍と同じ寿命を得る
《取得魔法》
『身体強化』
魔力量に応じて体力・攻撃力・防御力が上昇
『火属性魔術』
基礎
『水属性魔術』
基礎
『土属性魔術』
基礎
『風属性魔術』
基礎
『光属性魔術』
基礎
『闇属性魔術』
基礎
《取得スキル》
『鑑定眼』
物質の理を視る
『言語解読』
あらゆる種族の言語理解・文字解読
『酸耐性』
あらゆる酸に対する耐性
『身体加速』
速度を瞬発的に上昇させる
『思考加速』
任意で思考を加速させる
『索敵』
周囲の索敵能力
『威圧』
殺気により恐慌状態へと堕とす
『受精操作』
妊娠操作が可能
『絶倫』
精力の増加
《九頭竜昂明流古武術》
剣術
槍術
弓術
組討術
「……英雄越えたか……しかし色々5桁になってるのが怖すぎる」
以前ノワールから「Level.60になれば英雄クラス」と聞いていた八雲は自身のLevelと、今回身に付いたスキルに驚きと同時にワクワクする感覚が溢れて、すぐに神の加護に加わった『理性の強化』の発動で、落ち着きを取り戻した感覚に驚かされるのだった。
「しかし『索敵』とか慣れておきたいスキルもあるけど、ついに魔法がステータスに現れたか。ノワールに魔法についても教えてもわらないとな……」
明日のことを考えていると、ここ二日の疲れが出たのか、八雲はいつの間にか深い眠りへと堕ちていった……
【エピソードタイトル】
目覚めの温もりと新たな武器
―――昨日までの目まぐるしく激しい日常に飲まれて、八雲は深い眠りに包まれていたが、窓から差す明るい光と同時に、つい最近感じたことのある温かくて柔らかい感触が接触していることに、どんどん意識が覚醒していく。
「ア、アリエスさん?!……お前、何してんの?」
「あ、おはようございます八雲様。ノワール様より八雲様にご奉仕をせよと、ご命令頂きまして、こうして朝のお目覚めが少しでも心地よくなるようにと/////」
普段、表情をそれほど面に出さず、綺麗な銀髪を常に整えて万能メイドといった雰囲気を醸し出しているあのアリエスが、今この時、八雲の頬に自らの胸を押し当てているが、八雲からするとその大きさから息苦しい状況に陥っていた―――
「プハッ!!―――いやそんな命令、聞かなくていいから!」
その大きな胸を押しのけようと手で押し返そうとすると、思わずそれに指が沈み込んでいく。
「―――違います!確かにノワール様にご命令頂きましたが、本当は私が八雲様にご奉仕して尽くして差し上げたいという想いを、ノワール様が汲んで下さったのです!」
「……どういうことだ?」
ちょっと真面目な話になるのかと思った八雲だが、そんな真面目な表情なのに両手でシッカリと八雲の頭を抱き締めて窒息させる気か!とツッコミたくなる。
「八雲様は意地悪です……私が……八雲様を憎からず想っていることは伝わっているものと……」
いやいや、知り合って間がないし、流石にあれだけいつも平静を装って接して来られたら、奥ゆかしい日本人は気づかねえから……八雲はそれを口には出さず、心の中でツッコミを入れる。
だが、それと同時に自分を想ってわざわざ寝床まで来てくれて今までたぶんだが、やったことなどないだろうエロい奉仕を、必死に続けようとする美女の気持ちを無下にするなんて、それこそ男として終わってるだろう、と思った。
「正直、アリエスみたいな美人が俺のことをこの短い期間で、そこまで想ってくれるなんて思ってもいなかった。すまん……鈍い男で」
「そんなこと、ありません。それにちゃんと伝えなかった私も、八雲様なら気づいてくれていると勝手に自分の気持ちを押し付けていたのがいけないのです……申し訳ございません」
万能メイドにしか見えないアリエスでもこんな一面があるのかと、それはそれで新鮮で好感度が上がったことに少し笑いが込み上げてきた八雲は、そっとアリエスの綺麗な銀髪の頭に手を置いて、ゆっくりと撫でていた。
その仕草に蒼い瞳を細めて、まるで懐いている飼い猫のように喜んでいる仕草を見せるアリエスに、今度は頭に置いていた手をスッと頬に移して撫でていく。
「それじゃ、気持ちよく目が覚めて腹が減ったから、一緒に食堂に行こうか」
誤魔化すようにして口から出た言葉がこれだった。
「……うふふ♪畏まりました。それではお着替えお手伝い致しますね」
手を軽く唇の傍に当てて微笑みを浮かべているアリエスは、吸い込まれそうな蒼い瞳で八雲を見つめて、そのあとは着替えて共に城の食堂に向かっていて、一緒になったノワールとも合流し、アクアーリオの作った朝食を皆で頂くのだった―――
―――食事が終わって、アクアーリオの淹れてくれたお茶を楽しんでいたところ、
「ほおお、ついに魔術が発現したか!ならば基本的な魔術について学ばなければいけないな!」
食事が終わってそのまま食堂で、八雲は昨日向上したLevelについてノワールに話していた。
「その事を相談しようと思っててさ。でも学ぶ?てことは誰か教えてくれるってことだよな?俺が知ってる人か?」
「いや、アイツはなかなか自分の部屋から出て来ないヤツでな……有事の際にはちゃんと動くのだが、それ以外だと自分の研究や情報収集に執着して他が疎かになるのだ」
どうやら典型的な引き籠りだと考えた八雲だが、その気持ちが分からないわけでもない。
八雲自身も両親が亡くなった際には学校にも行かず、人の話も聞かず、ただただ息をしているだけの生き物という状況に陥ったことがあった。
そのときは幼馴染が自分を無理矢理外に引っ張り出して、そして目を覚ましてくれたから、その後の八雲は普段の生活に戻っていくことが出来た経緯があったからだ。
「だが魔法にしろ、今の世界情勢にしろ、アイツに学ぶのが一番八雲にとって適任なんだがな……」
ノワールが龍の牙の子達をどれだけ可愛がっているのかは、その接し方を見れば分かるので、口ではこう言っていても、その子の自由は尊重してあげたいのだろう。
だから無理強いするのは避けたいノワールの様子を汲み取った八雲は、
「だったら俺が直接教えてくれるように頼んでみるよ。ダメなら独学とか他の人に頼むし」
「なに?ふむ……確かにその方がアイツも興味が湧くかも知れんな。よしでは今から向かうとしよう!」
八雲の提案を受けてノワールは八雲とアリエスの二人を連れて、城の奥にある地下への入口に立った。
「この城に地下室なんてあったんだな」
「ああ、地下には倉庫や地下牢なんかもある。もちろん普通の部屋もあって、そこの一室をアイツは研究室として使っているんだ」
「なるほど……まぁ地下なら余計な騒音もなくて静かに研究出来そうだしな」
「うむ。それに倉庫もすぐ傍だから、資料なんかも取りに行きやすくて本人はけっこう気に入っているらしい」
「ああ、何となく分かるな、それ」
八雲も祖父母が亡くなってから、自分の必要な物は一所にある程度まとめて置いており、手を伸ばせば届く距離というものがあったので、たぶんそういう感覚だと思った。
「こっちだ」
そう言って地下に降りていくノワールの背中から、八雲は隣にいるアリエスにフッと視線を振ってみると、目が合ったアリエスはそっと柔らかい笑みを向けてくれた。
そうして地下に降りて行くと、廊下には光る石のようなものが壁に掛けられており、暗闇に足を取られたり壁に衝突するようなことは回避出来た。
進んで行くうちに、ひとつの扉の前でようやくノワールが足を止める。
そこでノックもしないで躊躇なく扉を開けて中に入るノワールに、八雲とアリエスも続いて中に入った。
部屋の中を見渡すと、ノワールの書斎よりも広い間取りではあるものの、そこはまるで図書館と言っていいくらい本棚と多くの書籍が陳列され、部屋の奥にある書斎机の周りには、渦高く積まれた本がところ狭しと無造作に置かれていた。
「おい!クレーブス!いるかぁ―――!」
地下の図書館のような建物の中で叫ぶと木霊して隅々まで声が響き渡っていく。
すると、幾つも本棚が波のように立ち並ぶ間から人影が現れ、こちらに向かってきた。
「これはノワール様。わざわざここまでいらっしゃるなんて、何かご用でしょうか?」
ストレートの腰にかかるくらい長い黒髪に、切れ長の緑色の瞳とその瞳を飾る眼鏡をかけ、メイド服は着ているもののエプロンの代わりに白衣を纏った褐色の肌をした美女がそこに立っていたのだった―――
―――クレーブスと呼ばれた美女は、その眼鏡の奥の鮮やかな緑の瞳を細めて八雲を値踏みするように見つめてくる。
「こちらは、あの御子様……ですか」
クレーブスの視線に八雲は、
(ああ、この人、完全に俺のこと不審者認定……)
と、彼女の放つ空気を察した。
ノワールを始め彼女を敬愛しているこの城の臣下達は黒神龍の御子になったというだけで八雲が別世界から来たことや、その出自など細かいことを気にする者は今まで一人もいなかった。
しかしそれは八雲の感覚からすれば御子になったとはいえ、まったく知らない赤の他人が同じ場所に棲んでいる、という事実だけを考えればすぐに受け入れられる気持ちのいい話ではない。
だがこのままクレーブスに挨拶をしないのも、それはそれで八雲としては筋が通らないことだと思い、
「はじめまして。九頭竜八雲だ。これからよろしくお願いします」
と言って八雲はクレーブスに向かって、スッと腰から曲げて頭を下げしっかりと一礼した。
それを見たクレーブスと、隣にいたアリエスまでが「え?」と言って、瞳を見開いて驚いている。
「い、いや御子様!どうぞ、頭をお上げ下さい」
クレーブスはさきほどまでの不審者を見る目から一転、慌てて気をつかいだしたが、もう遅い。
ここは日本ではないので、男性が気軽に頭を下げるなんて挨拶の風習はない。
ノワールは鼻歌混じりにまったく気にする様子もなかったが八雲の隣に控えていたアリエスは、この状況にクレーブスに対してその蒼い瞳を鋭くし睨みつけており、お得意の無言の威圧を発動させている。
「八雲様……以前も申し上げましたが、眷属にそのような遜った態度で接するのは、どうかおやめ下さい―――気をつかわせるような態度を取った眷属の方が、ここでは問題ですが……」
そう言って、キッ!と鋭い目つきのアリエスがクレーブスを睨みつけて、その威圧を強めるのを傍で見た八雲は、
「いやアリエス。俺のいた世界、俺の国では初対面の相手に頭を下げて、しっかり挨拶を交わすのは当たり前の礼儀作法なんだ。だからクレーブスが悪いわけじゃないし、そもそも御子になったとはいえ知らない男が同じ城の中にいるんだ。警戒心を持っていてもそれは責められることじゃない」
「八雲様が、そう仰るのでしたら……これ以上は私も控えます」
アリエスはクレーブスにかけていた威圧をスッと解き、それを見ていたノワールはクックックッと笑いを堪えながら改めてクレーブスを紹介する。
「八雲、改めて紹介しよう。コイツがクレーブスだ。」
「クレーブスです。右の牙序列03位でございます。以後、お見知りおき下さい」
そういって軽く頭を下げたクレーブス。
「このクレーブスは魔法・魔術について我の龍の牙の中でも随一の逸材だ。それだけでは収まらず、外の世界、つまりこの世界の情勢や経済状況についてなど、様々な情報や知識にも精通している」
「へえぇ、凄いな。確かに情報は力だからな。近代戦争では情報戦が勝敗を決めるくらいだったし」
八雲の言葉にクレーブスが身を乗り出すようにして八雲に接近する。
「それはどこのお話ですか!?」
身を乗り出してくるものだから、その白衣の下のメイド服から盛り上がる立派な双丘が今にも八雲にぶつからんといったところまで来ていた。
また少しアリエスの威圧が噴き出した……
「え?ああ、俺のいた世界だと、そうだな……簡単に言うと遠方の相手と話をしたり、情報を届ける機械……この世界だと絡繰りでいいのか?とにかくそういう道具があったんだ。あ、『伝心』ていう能力があるだろ?あれを能力のない人でも出来る道具みたいなイメージだ」
「ほう、『伝心』の出来る道具ですか?」
八雲が言いたいのは電話機やネットのことを言っている。
「ああ、それを一般人はほとんどが持っていて、いつでもどこでも遠方の人と連絡が取れるから、戦争している国同士でも、そういった便利な道具の数々を使って、より情報を得て先んじて行動を起こした方が有利に戦況を進められるっていう話なんだけど」
分かりやすく説明する八雲の話を、クレーブスはアリエスの威圧などどこ吹く風と気にせず、一言一句聞き漏らすまいといった雰囲気で身を寄せて耳を傾けていた。
「そんな道具があった世界……素晴らしい!だが同時に『伝心』を能力のない多くの者が使えるという状況は想像すると―――ある意味恐ろしいですね」
聞き惚れていたクレーブスは、そう言って美しい瞳を覆った赤いフレームの眼鏡を、クイッと人差し指で上に直した姿はまさに黒髪褐色女教師。
「そうだな。だからその後に情報漏洩という行為に対して制限や制約、罰則なんてものが法令化されたりしていったけど、もう世界中に繋がる情報網には、そういったセキュリティーの対処の方が大変な時代に入っていたな」
「便利になっていく半面、そういった便利なものには制限をもうけなければならない、というジレンマですね……勉強になります」
「いや勉強教えるのはお前だから!」
八雲の話に夢中になっているクレーブスに、思わずノワールがツッコミを入れた。
「とにかく!明日から八雲はクレーブスに魔法の講義と一緒に、外の世界の情勢についても学んでおけ!クレーブスもいいな!八雲がここを出る時には、その知識が必ず必要になるからな!」
その言葉にクレーブスは自分の研究時間が無くなる!などと色々ノワールに抗議の声を上げていたが、
「あと、講義をちゃんとすれば、八雲の世界の話を教えてもらうことを許可してやってもいいぞ?」
とノワールが付け足すと、
「お任せ下さい。世界一の賢者に育ててみせます(キリッ)」
と手の平ペロンと180°捻ってキメ顔で答えたクレーブスに、八雲はもう苦笑いしか出てこなかった……
「では八雲様、明日また、この時間ここに来て頂けますか?それまでに必要な物を用意しておきますので」
明日から、ここで講義を受けるのか、と普通なら勉強にガックリと肩を落とすところだが、学ぶのは神の強制召喚で初めて来たこの世界のことであり、しかもこんな黒髪褐色眼鏡美人教師と、マンツーマンで授業なんて嫌がる理由など八雲にはない。
だがそんなことを思い浮かべているとき、隣にいたアリエスがきゅっ!と八雲の腕を痛くない程度で抓ってきて、ムゥッ!とした蒼い目で睨んでいた。
「な、なに?どうした?」
八雲もいまさらアリエスの気持ちに気づかないほど朴念仁ではなかったが、面と向かって「妬いてるのか?ん?」なんて言葉が吐けるほど、イケメンを気取ってカッコつける勇気はない。
なので、頬を少し膨らませたアリエスの耳元で、そっと囁いた。
「……かわいい」
と、一言だけ囁くと、アリエスはほんのりと頬を染めて押し黙ってしまった。
「ほう……」
その様子を黙って見ているノワールとクレーブスは、二人揃ってお互い目線を重ねて、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべていたが、俯いて照れていたアリエスは気づかず、気づいていた八雲はスルーすることにした―――
―――地下から戻って、それから八雲は再びレオとリブラと一緒に城を出て、魔物相手にLevel上げの日課に入る予定だったのだが、その前にシュティーアの工房に立ち寄ることにした。
その予定を話すと、なんとクレーブスも一緒に付いて来ると……引き籠りじゃなかったの?と八雲の心の中のツッコミが炸裂する。
昨日レオとリブラには食事を終えたあとに、黒槍=闇雲と黒小太刀=羅刹の使い心地について少し話をしていた。
「闇雲は何の問題も感じませんでした。むしろ今まで使ってきた槍の中では一番です♪」
レオは闇雲について、今のままでまったく問題を感じないと八雲に報告し、もう一人のリブラは―――
「羅刹も何の問題もないと思います……ですが、私はやっぱり剣の方が個人的には合っています」
と、得意な武器について正直に申し出てくるので、
「そうか、わかった。それじゃリブラはどんな剣が使いやすいんだ?」
「そうですね……私は八雲様の夜叉よりも長めの、重さのあるロングソードがしっくりくる感じです」
「なるほど、ロングソード……両手剣、てヤツだよな。よし、それじゃ造るか」
「―――え!?」
八雲の思わぬ言葉にリブラが素っ頓狂な返事を上げる。
八雲の『創造』のことを知らないクレーブスは、黒神龍装についても何も知らないので、「何の話だ?」と興味を向けていたため、八雲はここで簡単に一連の武器を『創造』で造ったことを説明する。
「なんと!そんな加護をお持ちとは、八雲様はますます興味をそそりますね♪」
と言いながらも、その瞳は猛禽類が獲物を見つけたような危険な色をしていたことを八雲は敏感に感じ取り、迫るクレーブスから一歩下がったのは言うまでもない。
ここはリブラの武器に話を戻そうと―――リブラに目を向ける。
「せっかくノワールが希少素材の鱗を山ほどくれたからな。何か色々造ってみないと勿体ないし。それに俺の世話をしてくれている二人にも御礼がしたいから。鍛錬に付き合ってくれている二人が使いやすい武器を造れる加護があるんだから有効活用して、俺が用意できるものは用意する」
「そ、そ、そのようなこと、本当に、よろしいのですか!?/////」
リブラはまさか、自分に合わせて武器を造ってもらえるとは考えておらず、恐縮した様子で八雲に恐る恐る問い返した。
「ああ、加護で造るのは正直簡単だし全然問題なんてない」
「あ、ありがとうございます八雲様/////」
「よかったわね♪リブラ」
「ふむ、羨ましい」
自分に武器を用意してもらえると知ったリブラは感動して顔を真っ赤にしながら、八雲をますます尊敬する眼差しで見つめていた―――だが最後のクレーブスの言葉に、
「それじゃクレーブスにも、これから講義で世話になるし興味あるなら武器造るよ?」
「よろしいのですか!?」
「もちろん。クレーブスはどんな武器が好みなんだ?」
「そうですね……何でも使えはしますが、好みで言えば―――細剣でしょうか」
「細剣?レイピアみたいな認識でいいのか?」
「そうです。重たい武器よりも軽い武器を用いて手数で攻める感じですね」
「わかった。リブラの剣と一緒に造ってみよう」
「あ、ありがとう、ございます/////」
引き籠り生活で御礼を言うのに慣れていないのか、クレーブスが少し照れているのに八雲もおかしくなって、そして人を喜ばせるということに嬉しい気持ちが、胸の中に温かく広がる感覚を覚えていた―――
―――こうした経緯もあって、シュティーアの工房に立ち寄ると、
「おお!御子様!今日はどういったご用で?」
と工房で忙しそうに汗をかいて働いていたドワーフ達に次々に挨拶される八雲。
「シュティーアいるか?」
「八雲様?今日はどうしたんだい?アタイに何か用事でも?って、エッ?!―――クレーブス!?なに?どうしたのさ外に出て来て!?何か城に攻めて来た!?」
ドワーフ達の声が聞こえたのか、工房の奥からシュティーアがやってきたが、一緒に来たクレーブスがいることに、城の緊急事態発生かと言わんばかりの驚き様だった。
「ああ、今日はまた『創造』で武器を造ろうと思って。リブラに合うロングソードと、クレーブスに合う細剣が造りたいから意見を聴きに来た。武器を造る時は見せるって約束してたし」
「リブラとクレーブスの?そういうことなら何でもするけど、リブラって確か―――大剣が好きだったよね?」
「うん、それで八雲様が剣を造って下さるということで/////」
八雲と同じようにリブラの使いやすい剣についてシュティーアも質問していく。
「俺はロングソード、両手剣をイメージしたんだけど?」
「う~ん、そのイメージで間違ってないと思うけど、こう見えてリブラはかなり重い剣を好んで使っていたから、剣自体、イメージよりもっと長くて重い物が一番合うと思うよ」
シュティーアの意見に、八雲はどんな剣なのか参考になる剣がないか尋ねると、
「ちょっと待ってな!」
一旦工房の奥に引っ込んだシュティーアが、その手に巨大な金属の塊としか言えないくらいの大剣を持ち出してきた。
「アタイには重たいんだけど、リブラがよく使ってたのって、これだよね?」
「そう!これです八雲様!」
そこにある、剣と呼ぶには長く、刃幅も柄に近い最大幅のところで30cmくらいは余裕である金属の塊を見て、八雲は開いた口が塞がらない。
「……これか」
予想の斜め上の剣が出て来て八雲はまだ顔が引きつり気味だった。
「クレーブスは普通の細剣が好みだったよね?」
シュティーアが改めてクレーブスに確認すると、クレーブスは頷き、
「ああ、流石にそんな金属の塊は使わないな」
とシュティーアの持ち出してきた大剣に視線を向けて首を横に振っていた。
「ええ~!大剣、使いやすいのに……」
リブラはちっちゃく抗議の声を上げて、ちょっと落ち込んでいたが、
「まぁまぁ。人にはそれぞれ好みがあるから。それじゃリブラ、サイズとか重さはこの剣と同じくらいで良いのか?」
リブラを励まそうと八雲は剣の細部について確認し、
「はい!お願いします!」
リブラは元気を取り戻して、また笑顔を八雲に向けていた。
「それじゃ―――始めるか」
『収納』のスキルで異空間から黒神龍の鱗をドンドン取り出す八雲は、全部で4枚の大きな黒い鱗を取り出した。
そして、3枚と1枚に振り分けて、まずは3枚重ねた鱗に『創造』の力を発動する。
「おお、これが神の加護……『創造』の力なのか。実に興味深い……」
仄かな光に包まれた鱗は、ひとつに纏まるように形を変え、剣の形に形成されていき、その様子を初めて見るレオ、リブラ、クレーブスの三人は驚きを隠せない。
シュティーアは以前にも見ているのだが、それでも八雲の『創造』の力に視線は釘付けになっていた。
「よし、こんな感じでどうかな?」
そしてそこには巨大な剣が姿を現す―――
―――黒大剣、銘を黒曜
長さは180cm、剣の黒い刃はクロムメッキのような鏡面。手元の刃幅は最大30cmほどあり、鍔の代わりに刃と柄との境目に40cmほどの四角い飾りを形作っていた。
他の素材も使って鞘を造り、担いで持ち歩けるように、その鞘にショルダーカバーと鎖を取り付けて完成した。
「リブラ、どうだ?」
そう言って手渡すとリブラは顔を真っ赤にして興奮を隠せずにいる。
「は、はい!スゴイです八雲様!『創造』ってスゴイんですね♪/////」
「気に入ってもらえたみたいで何より。さ、次はクレーブスだな」
残った鱗は1枚だが、八雲の黒刀=夜叉と同じく重さよりも速さを追求するなら、この1枚でいいだろうとシュティーアとも確認するが、
「……いいな」
聞こえないくらいの声でシュティーアが、そう囁いたことを八雲は聞き逃さなかった。
「それじゃ、クレーブスのを造るか」
黒大剣=黒曜と同じく、再び『創造』の力で黒い鱗を変化させて、おもいっきり圧縮をかけた最硬の細剣がその姿を現した。
―――黒細剣、銘を飛影
世界最硬の黒神龍の鱗を極限まで圧縮して、折れることのない細剣。
だが重さは見た目の通り軽く、斬れ味は夜叉と変わらない。
鞘の意匠をクレーブスに訊いて、金の装飾を頼まれたので、それと一緒に手を保護する部分のヒルトには八雲が拘った。
八雲は家の道場で武術を学んでいた兼ね合いから、色々な武器について興味を抱いた時期……厨二の入口に立った時期があった。
八雲の世界でレイピアの最も注目すべき点である手を保護するカバーであるヒルトは、時代や生産国で多種多様な形の展開を見せていた。
これは剣の握り方に関係し、八雲の世界の15世紀半ばでは「ロマネスク握り」と呼ばれる普通に柄を握る持ち方から、「ゴティク握り」と呼ばれる人差し指をガード(鍔)にかける持ち方へ変化していったことで、ガード部分に指をかけるためのリングが付けられるようになったという経緯があった。
拘りを持って造りたい八雲は、素材の金と鱗を使ってヒルトは複雑な曲線のガードを造り、指を掛けて持つこともできるように銀を使用したリングも取り付けた。
最後に黒い鞘を造り、完成した黒細剣=飛影をクレーブスに渡す。
「このような素晴らしい剣を、本当に頂いてもよろしいのですか?/////」
普段は知的な眼鏡美女教師といった雰囲気のクレーブスだが、八雲からどこぞの国の国宝級の細剣を手渡されて、リブラと同様に顔を赤らめていた。
「ああ、これから講義で世話になるんだし、気にしないでくれ」
八雲はそう言ってから、また『収納』から鱗を3枚取り出した。
「あれ?八雲様、まだ何か造るんですか?」
気になったシュティーアが鱗を置く八雲の背中から身を乗り出して尋ねる。
「ああ、シュティーアはどんな武器が好みなんだ?」
「……え?」
突然そんなことを言われて、思考が固まるシュティーアに、
「工房を使わせてもらってるし、シュティーアにも何か造りたいと思ってたから。何がいい?」
そう言われて、再び思考が活動を始めたシュティーアは顔を真っ赤にして、
「い、いいの?それじゃ……ハンマー/////」
ちょっとしたサプライズを受けて、シュティーアは顔を真っ赤にしてブツブツと小声で返事すると、その姿を見て八雲も笑みが浮かんだ。
「分かった。武器として使うハンマーでいいんだよな?」
再度確認する八雲にシュティーアはコク!コク!と顔を赤くしたまま、何度も頷く。
「それじゃ、造ってみる」
八雲は三度、『創造』を発動させて、目の前の鱗をシュティーアのために加工していくのだった―――
【エピソードタイトル】
アラクネ戦
―――仄かな光に包まれた巨大な黒い鱗は形を変えていき、やがてそこには巨大なハンマーが誕生した。
―――黒戦鎚、銘を雷神
黒く輝く鏡面仕上げである鎚頭の片方は平面となっており、反対の鎚頭は円錐型で一点に集中して全ての物質を穿ち砕く仕様になっている。
柄も黒神龍の鱗で出来ており、折れることはない。
「ウォーハンマーは鎚頭のバランスが難しいから、試しておかしかったら、また言ってくれ」
そう言った八雲が黒戦鎚=雷神を渡すと、嬉しそうな表情を隠すこともなくシュティーアが喜び笑っている。
「あ、ありがとう!アタイ、こんな凄い戦鎚、初めてだよ!あの、銘の由来はあるの?」
雷神と名付けた由来を気にするシュティーアと、それにレオとリブラにクレーブスも興味津々な顔をして八雲に注目していた。
「うん、名前の由来は俺の世界の神話で、鎚を武器にする雷神と呼ばれる神様がいて、その鎚で打ち付けると思う存分に打ちつけても壊れることがないという神話があるんだよ」
「へぇぇ!確かにノワール様の鱗で出来ているんだから、絶対壊れたりしないね!」
銘の由来を聞いたシュティーアはますます黒戦鎚を抱きしめて、満面の笑みを浮かべていた。
「ほう、そんな神話が……興味深い」
クレーブスはむしろ八雲の世界の神話に大きな興味を抱いていた。
「さて……武器も揃ったことだし―――次はやっぱ、試し斬りだろ?」
この世界に来て魔物を狩るごとに、八雲の性格がだんだん殺生に対して日本人的な抵抗感が減ってきていて、今では強力な武器を造ると試したくなる危ない一面が形成され始めている。
だが……八雲の言葉を聞いて、彼の周りでそれ以上に危ない光を目に輝かせながら、ニヤリと黒い笑みを浮かべる女性陣も、それはそれで大概な集団だった。
工房にいた屈強なドワーフ達ですら、その黒いオーラを纏った集団にガクブルする勢いだったと語り継がれていく逸話が誕生した瞬間だった……
―――それぞれの手に武器を持った集団が歩みを進める。
―――黒刀=夜叉を手にする八雲
―――黒槍=闇雲を手にするレオ
―――黒大剣=黒曜を手にするリブラ
―――黒細剣=飛影を手にするクレーブス
―――黒戦鎚=雷神を手にするシュティーア
これだけ見れば、全員から噴き出す『威圧』で一般人なら即気を失うレベルの集団が、お馴染みになった八雲の魔物狩りの広場に集結していた。
「あ、そう言えば、アレが空いたから使おう」
そう言って八雲は『収納』の空間から、黒小太刀=羅刹を取り出して、夜叉を差した腰にそれも差し込んで、八雲の腰に夜叉・羅刹が揃った。
「さてと、基本的には今までレオとリブラと一緒にやっていた方法と一緒だ。魔物を10匹ずつ召喚する。俺と、もう一人はそっちの四人で交代制にして召喚もパートナーにしてもらうことにする。俺は全部参加するから、皆は交代しながら武器の使い具合なんかを確認しといてくれ。鍛錬終わってから纏めて使い心地と改善点は聞くから。それじゃ、最初はレオから行こうか」
「承知しました。では順番も決めておきましょう。私の次はリブラ、次にクレーブス、その次にシュティーア。私はもう闇雲は改善点もありませんから、新しく造って頂いた三人は何か気がついたところがあれば、八雲様に報告するということで」
レオの提案に他の三人も納得して頷き、次に何を召喚するかの話になる。
「クレーブスは魔物にも詳しいのか?」
「ああ、このノワール様の胎内世界にいる魔物は全て把握している。八雲様は今のLevelはいくつなんですか?」
「68」
「……は?すみません、今、Level.68って言いましたか?」
「ヤクモウソツカナイ」
「何かイラッとしますねそれ……ええっと……レオ?リブラ?」
思考が追いついていないのか、クレーブスは近くにいて八雲の鍛錬に今まで付き合っていたレオとリブラに確認を求める。
「間違いありません。前回はオーガを相手にしていました。今日はそれよりも上の魔物でなければ今の八雲様には相手にならないでしょう」
アッサリとレオに説明されたクレーブスは、
「これは……御子様はすでに英雄越えだったか。だったら厳選して召喚しなければ、かえってLevel向上に時間の無駄が出てしまいますね……そうだな、ここは『アラクネ』にしよう」
アラクネ……クレーブスによると、半蜘蛛半人の女型のモンスターで蜘蛛の糸の他、神経毒を持つ場合が多いと八雲に説明してくれた。
何故アラクネなのか?という八雲の質問にクレーブスは、
「アラクネは俊敏で糸という特殊な武器を使う。あと八雲様が神経毒を受けたりすれば、おそらくスキルに『毒耐性』が身に付く可能性が高いし、アラクネの速度や戦闘力は今の八雲様の相手としては丁度良いでしょう」
自身のスキル獲得まで考えてくれたクレーブスに感謝し、八雲は夜叉と羅刹をスラリと抜いて構える。
「二本ともお使いになられるのですか?」
隣りに立った一番手のレオに質問されるが、
「ああ、俺の流派、剣術の中に二刀流もあるんだ。久しぶりだけど、これからいつでも使えるように慣れておきたいから」
「二刀流ですか……八雲様はまだまだ秘密があるんですね♪」
そう言ってニコリと可愛らしい笑みを見せるレオは、急に真顔に戻って前方に10個の魔法陣を静かに展開する。
「では、《召喚》―――来ます!」
レオの召喚によって出現したアラクネ達。
巨大な蜘蛛の身体に女性の上半身が突き出したような魔物が現れ出でた。
「―――なんだい?これ、召喚されたのかい?」
アラクネの一匹がそう呟くと、すぐに八雲達を見つけた。
「アタシ達を召喚したってことは、黒神龍のところの牙娘どもだね?―――ん?なんだい?その男は?」
アラクネの質問にレオが闇雲を手に前に出て、
「黒神龍ノワール様の御子、八雲様です」
「御子?!御子だって?御子を取らないことで有名な黒神龍が御子だって?アハッ―――アハハハハッ!!そうかい!それでそいつを育てるってわけかい!いやぁでも、それはさ、つまり逆に殺られるってことも―――覚悟しているんだろうね!!!」
―――そう言い放った瞬間、アラクネの姿が八雲達の目の前から消える。
「―――速い?!」
アラクネは八雲が今まで相手した魔物達とは、圧倒的に速度が違う。
その違いに驚いた八雲だったが瞬間で『思考加速』に入り、さらに『索敵』を用いてアラクネの位置をすぐに把握したのだが、なんと自分の目の前まで迫って来ていたことに、改めて油断は禁物だということを噛み締めて自身を戒めた。
そしてゆっくりと近づいてくるアラクネの首に、八雲はスパッと夜叉を一線振り抜いて絶命させる必殺モーションに入った―――だが、
「へええ、今の動きに反応出来るなんて、それなりにLevelは高そうだねぇ」
振り抜いた夜叉は空を虚しく斬り、目の前にいたアラクネは数m下がった位置に立っている。
「今の間合いで、回避するか……」
一筋縄ではいかない相手を前にして、八雲は集中してさらに警戒心を高めた。
アラクネは下半身の八本の脚をカサカサと蠢かせて、次の瞬間―――また一瞬で姿を消した。
「ッ?!―――そこか!」
感覚を研ぎ澄ませた八雲は、すぐに真上に飛んでいたアラクネに目線を送るも、すでにアラクネはその空中から尾を八雲に向けて粘液のような糸を噴出させていた。
と同時に、目の前に別のアラクネが接近し、八雲の首を狙って飛び込んで来ている。
「―――このォオオッ?!」
10匹も召喚しているのだ。
隙をついて攻撃を仕掛けてくる他のアラクネがいることを警戒しておかなければならないというのに、八雲は一匹目の動きに翻弄され、焦った結果が今の二匹目の追撃を受ける結果となった。
ここはもう戦場だ。
一対一なんて誰が決めた?それを嫌というほど痛感する八雲。
二匹目の女体部分の上半身から腕が八雲の首に伸びて来て、その長い爪が届かんとした瞬間―――
黒槍の柄がその間に飛び込んで、接近するアラクネを巻き込むようにして吹き飛ばしていた。
もちろんそれはレオの仕業である。
「お気をつけ下さい八雲様。アラクネはオーガのような本能で襲ってくる魔物とは違います」
「すまん。助かった、ありがとう」
上から襲ってきた糸を夜叉と羅刹で切り捨てながら礼を伝える八雲だが、その糸に神経毒が染み込んでいるため、手に少し絡んだ糸がその手を痺れさせてくる。
すぐに回復する感覚にホッとしているものの、内心は自分の不甲斐なさに少し落ち込んでいた。
「八雲様はこれまでのLevelの向上で手に入れられた力があります。恐れながら八雲様、あなた自身が、まだそのお力を使いこなせていないのではありませんか?」
隣りに立つレオの言葉に、八雲は再び『思考加速』することで、レオの言葉を反芻して自身に問いかける。
―――この世界に来て、Levelという概念が存在し、八雲自身もそのLevelによる恩恵を受けている。
―――だがここ数日の激変した生活の中で得た力のことを、八雲は本当に掌握できていたのか、納得していたかと言えば以前の世界の常識がストッパーになっていたのではないか?と振り返る。
―――「人間にこんなことはできない」「人間ができることじゃない」……そんな日本にいた時の常識という枠組みに、今でもハマってしまっているのではないか、と。
『思考加速』の中でもう一度、自身のステータスを表示させて再度自身の力を見る。
ここに来た時は二桁しかなかった様々な能力が、今ではふざけた数字の五桁に達していることを八雲は自分に再認識させる。
お前はもう人間じゃない、と他ならぬ自分自身に心の中で告げた瞬間、身体の中で何かが―――切り替った気がした。
「―――スゥ~……ハァ~」
体の隅々までその息を流し込むようにして八雲はゆっくりと深呼吸すると、自身の中の全ての能力を沸き立たせるように意識する。
「―――フンッ!!」
肺に貯めた空気を一気に吐き出して、途端に八雲の周りの空気が変わったのを傍にいたレオを始め、離れて見ていたクレーブス、リブラ、シュティーアの三人も首の後ろがザワリとするような感覚に襲われて、重厚な力の奔流をオーラのように纏っている八雲から眼が離せない。
「あん?何?ドン亀のくせに力んじゃって、踏ん張ってもアタシらには追いつけないよ!!」
そう言い放ったアラクネの一体が超スピードにのって八雲に接近した―――はずだったが、八雲はもう、そこにはいない。
「―――遅いな」
八雲に近づいたはずのアラクネの背中から―――八雲の声がする。
「えっ?」
その声に振り返ろうとしたアラクネだが、振り返れない。
何故ならアラクネの首はすでに身体から斬り離されて、振り返ろうにもそのまま地面に向かって落ちるしかなかったのだから。
頭と身体がお別れしたアラクネは、斬り口から噴水のように鮮血を噴き出して崩れ落ちる。
「この野郎ぉおッ!!―――ふざけるなよッ!!!」
レオがこの間に二体のアラクネを得意の連突きで蜂の巣に変えていたので、残りのアラクネは七体となったが、あからさまに身体能力が突然跳ね上がった八雲の変貌に、アラクネ達も額から汗を流しながら、それでも口汚く罵っていた。
「クソガキィがあぁっ!!その腕切り落としてケツ穴から突っ込んでから、なぶり殺しにしてやるっ!!!」
「こうなったら一斉にかかるよ!」
残ったアラクネの一体が大声でそう宣うと、七体のアラクネが一斉に高速移動を開始した。
レオが前に出ようとしたが、それを目線で止めて、八雲は両手の夜叉・羅刹を握りしめた。
「九頭竜昂明流剣術
―――『風柳』」
高速のアラクネとは真逆に、八雲はゆっくりと足を前に出すと全身をまるで風に揺れる柳の葉のように、流れるような柔らかな動きで進む。
レオにクレーブス、リブラとシュティーアも高速のアラクネに対して八雲の余りにも遅い動きに、殺されるつもりなのか?と不安にかられたが、そこで不思議な光景を目にする。
高速で突っ込んでいくアラクネが、ゆっくりと構えて出した八雲の夜叉に自ら飛び込んで斬り裂かれたのだ。
一体だけに止まらず二体目も三体目も、八雲が次々と突き出した先にある夜叉と羅刹に自ら飛び込んで自害していく……
「これは……」
龍の牙の知識担当であるクレーブスですら、目の前で何が起こっているのか理由が分からない。
八雲の動きは決して速く動いているわけではないのに、その風に揺られる柳のような動きで、次々と差し出す刃に自ら飛び込んで絶命していくなんてアラクネが狂ったか、強力な催眠にでも掛けられているとしか理由が思いつかなかった。
「これで―――終わりだ」
最後の一体が、羅刹に飛び込んで自滅したところで、八雲はやっと構えを解き、血で汚れた刃を振り払って夜叉と羅刹を納めた。
「あの、八雲様。今のは、いったいどういう仕掛けですか?」
全員を代表してレオが恐る恐る八雲に尋ねる。
「さっきのも元々は家の流派の剣術なんだけど、こっちの世界で身体能力が上がったから、ちょっとこっち風に強化したんだよ」
「ですが、私にはアラクネ達が自ら刃に飛び込んで、自滅しているようにしか見えなかったのですが?」
レオの言葉にクレーブス達もウンウン!と頷いている。
「先の先を取るっていう言葉があるんだけど、文字通り相手が仕掛けようとしたところにカウンターを撃ち込むって意味なんだ。だから俺もアラクネが仕掛けてくるために動く先に夜叉と羅刹を差し出して、あとは勝手に斬られて死んだってわけ」
「いや、簡単に言ってますけど、そんなこと普通は出来ませんよ?」
簡単そうに説明する八雲にレオは思わず言い返すが、
「ん?だから俺、もう普通じゃないから」
アラクネに対峙して遅れを取り、自らの固定観念を取り去ることによって、今の自分の力を受け入れることができた八雲は、改めて人間をやめたことを実感していた。
「さて、それじゃ次の召喚いってみようか」
次はもっと身体を慣らしていく、そう八雲は決めて次のリブラの召喚を促した―――
総集編お読み頂きましてありがとうございます!
今後も不定期ですが纏めていけたらなと思いますのでこれからも宜しくお願い致します。




