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THE GUILD  作者: axe
第一章 小さな村で
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第一話 普通に

「エイル。考えるのはいいけど、手も動かせ」


父の声で、エイルは自分の手が止まっていることに気づいた。


目の前には一本の木材が転がっている。


村の外周を囲う柵。その補修に使うため、朝から父と二人で森の近くまで運んできたものだ。


持てない重さではない。さっきも一本運んだ。


だから問題は木材ではなかった。


「……父さん」


「なんだ」


「力入れるときって、どうやってる?」


父――トーマが振り返る。


「どうって?」


「魔力」


「ああ」


「どんな感じで使ってる?」


トーマは少し考えた。


「普通に」


「その普通が分かんないんだけど」


「俺も、お前が何を聞いてるのか分からん」


エイルは黙った。


トーマも黙った。


二人で木材を見る。


しばらくして、トーマが言った。


「持て」


「……はい」


結局、何も分からなかった。


エイルは木材の端を持って腰を落とす。


身体に力を入れながら、自分の内側にある魔力を意識した。


魔力そのものは珍しいものではない。


村でも、重いものを持つときや農具を振るときに、自然と使っている大人はいる。トーマもそうだった。


ただ、エイルはそれを「普通に」で済ませるのが気になった。


自分でやると、腕に寄せすぎたり、途中で散ってしまったりする。


だったら、先に少し集めてから動かした方がいいんじゃないか。


腕だけじゃなく、脚にも必要だ。


でも二つに分けると、さっきより散りやすい。


なら――


「エイル」


「分かってる」


「まだ何もしてないぞ」


「今やるって」


エイルは息を吐いた。


考えるのは一度やめて、木材を持ち上げる。


「ふっ……!」


重い。


それでも、脚と腕に魔力を意識すると、さっきより少しだけ楽に上がった。


反対側をトーマが持つ。


「ほら、行くぞ」


「待って。今ちょっと良かった」


「何が」


「魔力」


「そうか」


「さっきより散らなかった気がする」


「そうか」


「父さんもやってみたら?」


「俺は普通に持てる」


「だからその普通が――」


「歩け」


「はい」


父は魔力の話にあまり興味がないらしい。


二人で木材を運んでいく。


春を過ぎたばかりだというのに、今日は少し暑かった。


畑では何人かの村人が働き、遠くから牛の鳴き声が聞こえる。村の中央からは、何かを叩く乾いた音が一定の間隔で響いていた。


エイルが生まれてからずっと見てきた、いつもの村だった。


「兄ちゃん!」


聞き慣れた声に振り向く。


小さな影がこちらへ走ってきていた。


妹のリナだ。


「走るな!」


言った直後、リナが転んだ。


「……ほら」


「転んでない」


「今転んだだろ」


「転んでない」


膝についた土を払いながら立ち上がる。


どうやら本人の中では、転んでいないらしい。


「母さんが呼んでる」


「なんで?」


「知らない」


「聞いてこいよ」


「兄ちゃん呼んできてって言われただけだもん」


「じゃあ父さんは?」


リナがトーマを見る。


トーマもリナを見る。


「俺は?」


「呼んでない」


「そうか」


なぜかトーマが少し嬉しそうだった。


「なんで嬉しそうなの」


「別に」


「絶対嬉しいじゃん」


「早く行け」


エイルは木材を置いた。


「行ってくる」


「おう」


歩き出すと、リナが横についてきた。


そしてエイルの腕をつつく。


「なに」


「またやってた?」


「何を?」


「魔力の変なやつ」


「変じゃない」


「父さんが変だって言ってた」


エイルは振り返った。


トーマはもう別の木材を見ている。


「父さんが?」


「母さんに言ってた」


「なんて?」


「エイルがまた変なこと考えてるって」


「……あの人」


あとで聞こう。


そう決めたところで、村の入口の方から大きな声が上がった。


「セドが来たぞ!」


何人かの子供が一斉に走っていく。


リナも反応した。


「あ!」


「母さんは?」


「あとで!」


「おい!」


リナが走っていった。


エイルは家の方と妹の背中を見比べる。


少し迷った。


「……連れ戻せばいいか」


母には怒られるかもしれない。


でも、リナを連れ戻しに行ったと言えば、少しくらいはましになるはずだ。


たぶん。


エイルも村の入口へ向かった。


一台の荷車が停まっていた。


荷台には布や塩、干した魚、道具。それから村ではあまり見ない菓子まで積まれている。


御者台から降りた男が、大きく腰を伸ばした。


「相変わらず何もねえ村だなあ!」


「来ていきなり喧嘩売るな!」


誰かが言い、周囲に笑いが起きる。


行商人のセドは、ときどきこの村へやってくる。


村では作れない品を持ってきて、代わりに村の作物や品物を買っていく。


そして、外で起きていることを聞ける数少ない相手でもあった。


エイルが人の間から荷車を覗いていると、猟師のドルクがセドに近づいた。


「北から来たのか?」


「ああ」


「道は?」


「いつも通りだ。雨で少しぬかるんでるくらいだな」


ドルクが頷く。


「森の方は?」


「知らんよ。俺は猟師じゃねえ」


「向こうで何か聞かなかったか」


「何かって?」


「獣の話だ。最近、妙に浅いところまで出てくる」


「ああ……」


セドは荷物を下ろしながら少し考えた。


「そういや、向こうでも羊がやられたって話は聞いたな」


「どこだ?」


「どこだったかな。二つ前に寄った村だったか」


「何にやられた?」


「そこまでは知らん。狼かもしれんし、別の何かかもしれん」


「そうか」


ドルクはそれ以上聞かず、別の村人のところへ向かった。


エイルは少しだけその背中を見た。


森の獣が浅いところまで来ている。


羊がやられた。


気にはなった。


けれど、その隣でリナが服を引っ張った。


「兄ちゃん」


「金ないぞ」


「まだ何も言ってない」


「顔に書いてある」


リナの視線の先には菓子がある。


「一個」


「駄目」


「半分あげる」


「俺の金で買うなら、なんで半分しか俺のじゃないんだよ」


「じゃあ半分ちょうだい」


「買わないって言ってる」


「けち」


「なんで俺が悪いんだよ」


リナはしばらく菓子を見つめていた。


「……一口でもいいよ」


「どんどん減ってるな」


「兄ちゃん」


「その顔やめろ」


「兄ちゃん」


「やめろって」


結局、母に呼ばれていたことを思い出したのは、その少し後だった。


もちろん怒られた。


夕方。


柵の補修を終えたエイルは、トーマと一緒に家へ戻っていた。


一日動いたせいで腕が重い。


それでも朝のことが気になっていた。


「父さん」


「なんだ」


「リナから聞いたんだけど」


「何を」


「俺の魔力の使い方、変だって言った?」


トーマは歩きながら少し考えた。


「言ったか?」


「母さんに」


「ああ」


「やっぱり言ったんじゃん」


「別に悪いとは言ってない」


「じゃあ何が変なの」


「普通、そこまで考えないだろ」


また普通だ。


エイルは眉を寄せた。


「だから、その普通が分からないんだって」


「なら好きにやればいい」


「いいの?」


「無茶しないならな」


「無茶って?」


「倒れるまでやるとか、身体が痛いのに続けるとかだ」


「そんなことしないよ」


「ならいい」


トーマはそれで話を終えた。


エイルはまだ少し納得していなかった。


けれど、朝に木材を持ち上げたときの感覚は悪くなかった。


腕だけじゃなく、脚にも使う。


一度にやると散りやすい。


だったら、もう少しゆっくりやればいいのかもしれない。


それとも――


「エイル」


少し前を歩いていたトーマが振り返る。


「何?」


「また止まってるぞ」


足元を見る。


本当に止まっていた。


「……今行く」


「考えると歩けなくなるのか、お前は」


「考えてただけだって」


「だから歩け」


「分かったよ」


エイルは小走りで父に追いついた。


家の方から、夕飯の支度をする煙が上がっている。


「父さん」


「今度はなんだ」


「今日、肉かな」


「知らん」


「肉がいい」


「母さんに言え」


「言ったら肉になる?」


「ならんだろ」


「じゃあ聞くだけ無駄じゃん」


「お前は本当にうるさいな」


エイルは笑いながら、父の隣を歩いた。

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