第9話 古代遺跡の謎
「お兄さんたちのお話が終わるまで一緒に遊んでようね!」
「うん! おねえちゃん、なまえなに? おれはねー、ヨルン!」
「エリアだよ! もう一人はエルノーっていうの。あたしのお兄ちゃんだよ」
「おれもにいちゃんいるよ! おそろい!」
エリアとヨルンは靴を脱いでサロンに敷いたラグの上に座った。子どもたちがいつも走り回っているため、毛は若干潰れ気味だ。
交渉をエルノーひとりに任せてしまったのは気がかりだが、大人だけで落ち着いて話したいこともあるのだろう。それならこちらはこちらで気になることを確認しておこうと、エリアはヨルンに話しかけた。
「ヨルンくん、石ごっこしようよ。手をつないで、目を見て、じーっとしてるの。先に動いた方が負け!」
「えー、つまんないよ」
「そんなことないよ! あたしに勝ったらおやつをあげよう!」
「やる!」
ヨルンは俄然やる気を出したようだった。向き合って座り、手を握る。とても小さくて柔らかい手だ。本当は大人だと言われてもなかなか信じがたいほど、ちゃんと子どもの手だ。
魔法は万能だと思われがちだが、案外制約が多い。イメージをしっかり持ち、実現できるだけの魔力を用意しなければ不発、場合によっては対象を壊してしまう。特に人体――生き物へと魔法をかけるのは非常に難しく、ちょっとした治療であっても専門的な知識が必要だ。
治療魔法を応用し、遥か昔から数多くの魔法師が不老不死の研究を行ってきたが、未だ実現できたものはいないとされている。ヨルンの若返りはその糸口になるかもしれない。
不老不死の方法が確立されれば世界に大きな混乱が訪れるだろう。力や金のあるものだけが何百年も生き続け、格差がより大きくなる。価値観が固定され、世界は停滞する。
エリアは情報が広まる前に解決したいと考えている。なにより、小さな子が実験動物のように扱われるのは到底許せることではなかった。
目をじっと見つめる。アイスブルーの瞳の奥に、かすかに魔力のきらめきがある。
つないだ手から細く魔力の糸を出す。小さな豆粒に魔導回路を刻むように、細く、それでいて途切れないように。ヨルンの中に流れる魔力の脈を探す。その脈にエリアの魔力が触れた瞬間、糸が途切れた。
――消えた? いや、吸われた……?
想定外の事態に驚いて身じろぎすると、ヨルンは勝ち誇ったように笑顔を見せた。
「うごいた! おれのかち!」
「わーホントだ! ヨルンくん強いねぇ! おやつにしよっか。甘いのは好き?」
「うん、すきー!」
ほとんど情報は得られなかったが、わかったこともある。エリアはあらかじめ買っておいたすさまじく甘い菓子を取りに、二階へと向かった。
*
「呪い、ですか」
「魔法師はみな『呪いなど存在しない』と言うね。君もそういう考えかな」
「……それが定説ですね」
世界は自然法則、あるいは魔法法則に則って存在しているものであり、どちらにも当てはまらない事象は存在しない。それは魔法師の共通認識である。
だが魔法とは違う『呪い』という概念は民衆の間に根強くはびこっている。説明のできない不思議な現象はすべて呪いのせいだという考えだ。
魔法は対象と効果をしっかりと指定しなければいけないが、呪いと呼ばれているものは非常に曖昧なものが多い。例えば、魔法師でない一般人でも強い恨みの気持ちで手順通り儀式を行えば、対象を不幸に陥れることができるという定番の呪い。魔法であれば『不幸』などというはっきりしない事柄ではなく、『家が火事になる』『落石にあう』といった具体的な指示が必要になるため、長らく本物の呪いだと信じられていた。だが今では儀式の中に妖精を呼び寄せる効果があり、そのせいで様々なことが起こるということがわかっている。妖精は気まぐれなため来るとは限らないし、運よく呼び寄せることができたとしてもうまく相手を『不幸』にできるとは限らない。自分が被害を受ける可能性だってある。それを人々は恨みが足りなかっただの呪い返しにあっただのと言っていたのだ。
「どんなに不可思議な現象であってもかならず原因があって、特定することができれば対処することはできる。俺はそう考えていますよ。そうでなくてはヨルンくんを助けることなどできません」
エルノーはソルフェンをまっすぐに見つめて言った。技術の発達した古代文明の罠であっても世界の法則自体は同じはず。ならば必ず道はある。
「そうか……。君の言う通りだな。呪いで片付けずに原因を探る必要がある」
「そもそもどうして呪いだと思ったんですか」
「地元の人々が呪いの洞窟だと言っていたからだよ」
とある滝の近くにある小さな村。そこでは独自の信仰があり、滝の裏の洞窟は長らく神の住む場所だと信じられていたのだそうだ。中へと入ったものは生きて帰ってくることはできず、数日後、神の呪いによって滝つぼから変死体となって流れてくるのだと。
そういった信仰のある場所は古代文明が関係している確率が高いのだそうだ。あたりをつけて探索したところ本当に未発見の遺跡だったが、呪いを避けられずこのような事態になってしまったのだという。
「油断しているつもりはなかったんだが、当たり続きで気が緩んでいたのかもしれない。魔法罠の担当はヨルンなんだ。僕は見ての通り魔力がほとんど無いからね」
ヨルンは魔法師のように全般的に修業するわけではなく、魔法罠の解除に特化して訓練していたらしい。確かにそれならば少なめの魔力でも使い物になるかもしれない。だがいつものように罠を解除しようとした時、何かが起こったのだという。幼児になったヨルンを抱いてなんとか脱出したものの、話を聞こうにも要領を得ず、とても怖がるようになったのだそうだ。
「遺跡の資料は完全ではないが一応ある。それを見てほしい。何かわかればいいが、調べが足りない場所があれば僕一人でもう一度行ってこよう。本当は一緒に来てほしいが、さすがに難しいと思うからね」
「その遺跡というのは」
「レルネス神聖国の国境際だ」
「確かにそれはちょっと……」
遠い上にできれば避けたい国だ。自分で見るのが最も早くはあるが、無理なものは無理である。
「君たちに解決してくれとは言わない。ただ、ヨルンの様子を見てやってほしいんだ。君たちがいれば今すぐどうこうはならないと思うからね。あとは家族である僕がどうにかする。助言が欲しい」
先ほどまでうっすらと浮かべていた笑みを消し、ソルフェンは真面目な顔で頭を下げた。




