第26話「なぜ遅れているの?」
「なぜ遅れているの?」
「申し訳ありません、あと少しなのですが」
「それはもう聞き飽きました。明日は、明日はと何度仰ったと?」
西条伶佳は苛立っていた。最近太田が屋敷に来ないのだ。
「少し忙しくしておりまして」
太田はそれだけしか言わない。最近まで太田は西条家に月曜と木曜の週二回訪れていた。ところが今は木曜日だけになっている。
「御館様、もう私には西条のお嬢様のお相手は務まりません」
「なんだ、どうしたと言うのだ」
西条家を訪れると伶佳は太田と2人きりになりたがった。メイド長の祭がいくら同席しようとしても、直ぐに追い出してしまう。
ただ二人きりになると途端に伶佳は無口になってしまう。しおらしい女性を演出したいようだ。
「これは西条のお嬢様、いかがなさいましたか?今日はお見えになられるとはお聞きしておりませんでしたが」
嬬森家の執事が急に訪れた伶佳を屋敷に入る直前で止めた。伶佳は今日太田が嬬森家を訪れる日だと知って案内も無しに嬬森家を訪れたのだった。
「私が当家を訪れる際には、お友達の紗栄子さんのお顔を見たいと急に思い発ったときにも、事前にお伺いを立てないと駄目だと仰るのですか?」
「そういう訳ではありませんが、西条家のお嬢様である伶佳様には淑女としての嗜みがおありになられるのではないかと」
「そんなことはどうでもよいのです。案内なさい」
「申し訳ありません、当主佐久弥にお話を通してまいりますので、少しだけここでお待ちいただけませんでしょうか?」
「私を待たせるおつもりなのですか?このことは父に報告してもよろしくって?」
「それはご勘弁いただけませんでしょうか。しかし当主にお伺いを立てないでお嬢様をお通ししてしまいますと私が当主に叱られてしまいます。すぐですからお待ちくださいませ」
嬬森家の執事は譲らなかった。伶佳のわがままを通せば自分が馘になってしまう。執事は西条家の後ろ盾は恐ろしかったが所詮は小娘、という気持ちもどこかにあった。
「もう結構です。太田さんが来ておられると思いますからお伝えください、伶佳が、西条家の伶佳がお目に掛りたかったと」
そう捨て台詞を残して伶佳は戻って行った。執事は全身の力が抜けたように、そこに座り込んでしまった。元々西条伶佳を屋敷には通さないように、と事前に言われていたのだが急に来た伶佳に対応を焦ってしまったのだ。
「お嬢様、ついさっき西条家の伶佳様がお見えになりまして、旦那様にお伺いを立てないとお通しできません、とお伝えしましたらお帰りになりました」
「そうでしたか、ご苦労様でしたね」
嬬森紗栄子の顔は沈んで見えた。今日は太田も来れなかったのだ。次に伶佳と会うときに事を思うと憂鬱になった紗栄子だった。




