⑤底辺の男を想い続けた末
「エコーはいつも俺が欲しい意見を、必要な時に言ってくれる」
「有難うございます………ですが、隊長は私が欲しい言葉を、必要な時に言ってくれない事が多いので困っています」
「そ、それはっ………むぐぉ!」
タイサが慌てて起き上がろうとしたが、エコーがそれを許さず、再びタイサを強く抱きしめた。
「隊長の性格は分かっているので、このままの体勢で結構です。私としては、今聞きたいのですが………お願いしても宜しいでしょうか?」
彼女は頬だけでなく、耳まで赤くなっている。顔から火が出るかのような一瞬の時間を、エコーは待ち続ける。
だが、中々タイサから簡単な言葉が出て来ない。
「隊長?」
「す、すまん。今何て言えばエコーが喜んでくれるのかと、その………良い言葉を考えて………ぎゃぁぁぁ」
エコーは恥ずかしさを通り越して、爆発した感情に身を任せるように、全力でタイサの頭を絞めた。
「ど、どこまで不器用なんですか!? もう、単語で良いですから! 文章とか別に要りませんから! 一言で簡潔に、お願いします!」
「わ…分かった! 分かったから!」
僅かに力が緩み、タイサはエコーの胸の中で小さく咳ばらいをすると口を開けた。
「え、エコー」
「はい」
「あ、愛してるぞ?」
再びタイサの頭が絞められた。タイサの頭の中から聞こえてはいけない軋みが反響している。
「何で疑問形なんですか! これが普通の女性だったら終わってますよ!? あぁ、もう、絶対に『はい』って答えますから、もう一回言って下さい!」
エコーの力が再び弱まる。
タイサも、自然と体の力が抜けていった。
「………愛している。エコー、俺にはお前が必要だ。これからも俺の傍にいて欲しい」
「はい。それでいいんです」
エコーがようやく聞けたとタイサを抱きしめる。タイサも胸のつかえが取れたのか、彼女に体を預ける事にした。
数分後、二人はようやく体を起こした。エコーはコートの襟を正しながら冷たい空気を体に入れ、手すりを背に座るタイサの前に背中を預けるように座る。
タイサは何も言わずに彼女を迎え包んだ。
「しかし、俺が言うのも何だが、こんな流れで良かったか?」
「何言ってるんですか? あそこまでしないと、隊長は一生言わないじゃないですか」
エコーの言葉に、タイサは何も言えなかった。
「隊長。次はチューですからね」
「うぐぅ」
エコーが自分の指を口に当てて音を立てると、タイサは耳を赤くしながら顎にしわを寄せる。
「覚悟してください。これからも私が支えてあげますから」
「むむぅ」
唸るしかないタイサに、鼻歌交じりの彼女が満面の笑みで時間を過ごしている。
タイサは彼女の後姿を見降ろしながら、全てに感謝するしかなかった。自分の迷いを洗い流し、自分の性格を分かった上で、一緒にいてくれる女性が目の前にいるのだ。
その安心感と、彼女を守ろうとする沸き上がる気持ちを『愛』と呼ぶには短すぎ、何かに例える事も出来なかった。
タイサは情けなくも、ようやく全てを理解した。
「エコー。俺なりに考えた案があるんだが………聞いてくれるか?」
「隊長。ここで仕事の話ですか? 本当に不器用ですよ………でもいいですよ、聞かせて下さい」
困った顔で口を尖らせるエコーが振り向き、しかしすぐに笑顔で答えてくれる。
その日は何時まで起きていたか覚えていない。




