③導く者の不安
「………ここから先は何も根拠がないが」
タイサは自分でも考え過ぎだと短い黒髪を捲し上げ、コートのポケットに手を収めた。
「魔王軍が潰し合いにならない戦力差だった場合………王国は滅ぶしか道が残されていない可能性がある」
シドリーの魔王軍が勝利したのであれば、そこまで心配していないと補足する。
「魔王軍の77柱という以上、同じ数の幹部級の魔物がいるはず………俺達は、その中の一体何人と戦ってきた?」
魔王軍の司令官のシドリーを皮切りに、アモン達の七人。タイサが西部方面で戦ったアロクス、その場にまだ二人いたという報告を信じれば合わせて三人。デルが倒したバステト姉妹の二人。フォースィがゲンテの街が襲われた時に倒した二人。ブレイダス防衛戦前に倒したとされる牛の亜人が一人。
「………十五人。つまりまだ六十人以上いる事になりますね」
「人間の社会で例える事になるが、二派といっても大きな派閥が二つあるというだけで、全員がどちらかに属している可能性は低い。十人か二十人位は中立、日和見を決める類の者が大半だ」
だが対立している二派が一つに絞られた時、中間層達は一気に生き残った派閥に吸収されるのではないかと、タイサは危惧していた。
「潰し合いをさせた後に、残った幹部達が率いる魔王軍。王国はこれに勝てる事はできると思うか?」
「それは………」
エコーは言葉に詰まった。正直に言えば、提案した身であっても、そこまで考えていなかった。だが、77柱の二割の者達が率いる軍勢相手に、東半分を既に奪われている王国が、そのあと来るであろう二倍、三倍の敵に立ち向かえる事が、実質不可能である事は理解できた。
「漁夫の利が成立する為には、対立する二派の力がある程度拮抗していることが条件となる」
「ですが、それ以外の方法となると………」
シドリーの計画が彼女の脳裏によぎる。
「隊長は、魔王の復活を良しとするのですか?」
「言い伝え通りならば、魔王はウィンフォス王国に友好的だという。今更、人間を滅ぼすとは思えないが………」
それすら魔王軍の欺瞞工作ならば、もはや手の打ちようがない。
タイサは自虐的に両手を小さく広げ、夜空を支えた。
「正直な所、言い伝えやら不確定な情報が多すぎます」
「その通り。想像の範囲だけでの決断で、どこまで王国の………いや、世界の歴史を俺一人が決めていいのかってな」
自分の決断が世界を救い、逆に滅ぼす。今までそんな事を考えてこなかったタイサは、初めて自分の能力以上の決断に迫られていた。
「情けない話だ。今までは、自分の見えている世界だけを守っていれば済んでいたのにな………見えない部分まで考えようとするといつもこの流れだ………昔の仲間にも随分と言われたよ………お前は優し過ぎると、自分が苦しめばそれでいいのかと、な」
タイサは自分の手を見つめる。
開いていた手は僅かだが汗ばみ、そして震えていた。
それは寒さから来るものではない。エコーにはそれが理解出来、タイサの手と顔を交互に見つめた。




