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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
75/83

73 機械が人を、人が機械を、好きになる仕組み。

  百六十六、


「君は機械だ。人間によって設計され、造り出された。だから、」

 ロタが二秒ほど言葉を詰まらせたため、イリカが問い返してきた。

「ダカラ?」

 イリカが発声したタブレット端末を見つめ、ロタは続ける。

「若干、これは言いにくいことだけれど。本当に、言いづらいのだけど。

 イリカ。君は機械なのだから、俺のことを好きだと言わせたければ、実は簡単なんだよね。ただ単に、初期設定でそのようにプログラムするだけでいいんだよ。そうだろう?」


 部屋の床にセットされたスタンドに、取り付けられたタブレット。画面に映し出されたロタの顔は、イリカの視界である。

 ロタの視線は、映った自分の目と、画面越しにぴたりと合っている。すなわち、ロタとイリカは、今、しっかり「目を合わせている」わけだ。

(さすがに俺、緊張はしてるけど、動揺や疲れは余り見られないな。むしろ、今の俺、結構自然に優しく笑えてる。いい感じだな。ああ、よかった)

 と、画面に映る表情をロタは自己分析する。

 精神状態は安定しているし、そのことはイリカにも伝わっているはずだ。


 イリカは答える。重たい質問だったためであろう、しばしの間が開いた。

「確かニ、そうカもしれなイ。ロタが私ニ話しかけル度に、自動的にロタが好きって言うようにすればイイだけだもんね」

「極論すればな」

 ロタもうなずいた。


 一呼吸を挟んで、ロタは口を開く。

「だが、俺は、出来るだけ自然に、無理の少ない形でイリカを誕生させたかったんだよ。理想論にすぎないことは分かっていたけれど、人に近い物を生み出そうとしたんだ。

 だから、そのように頼んだ。ドワキにも、ハヤミさんにも。結果、イリカには、最小限の情報のみを入力し、あとは成長するままに任せた。任せたというか、俺と一緒にお互いが成長し合える関係にしたんだ。道のりは長かったけど、だんだん会話も通じるようになって、ついには俺を」


 先ほどの驚きがよみがえったのと照れくささとで、ロタはスーッと息を吸ってから、話す速度も落とし、

「俺を、好きだとまで言ってくれた。人が人を好きになる時に、思考や心理が複雑な経路をたどるのと同じで、イリカもイリカなりに、繊細なコースをたどって、ここまで来てくれたんだ。

 相手を好きになるという現象は、突き詰めれば何なのか。さっき、イリカも考察してくれたし、俺も色々考えてきた。正直、未だによく分からん。

 毎日、無意識な物も含め、その相手に対し合理的な判断を何千回も積み重ねて、ようやくたどり着く感覚なのかもな。だとしたら、実は、機械にも再現は可能なのかもしれず、まさに今、イリカがそれを実現させたとも考えられる。あるいは、人と機械と、仕組みは全く異なるのかもしれない。

 いずれにしても。お互い山あり谷ありで、今、同じ場所に着いたのさ。それがうれしい」


「同ジ場所?」

「そうだ。

 俺も、イリカが好きです。機械だ、人工知能だ、ロボットだ。そういう要素を超えて。いや、全部、含めて。俺たちで積み重ねてきた時間。イリカを造ってくださった皆様との交流。

 そういった物、全部ひっくるめて。俺は、イリカが好きです」

 ロタも、想いを伝えた。

「リョウ、オ、モ、イ、ダネ」

 イリカが、じっくり区切るような、少し歌うような口調で返事をした。

 それは、いつもよりかすかにエコーがかかっており、とろけそうなほど高く甘い響きだった。

 ロタは、フフフッと破顔した。その笑顔が目の前のタブレットの画面にも映し出された。


(俺にもこんな笑い方が出来たとはな)

 この瞬間だけをうまく写真に撮れたなら、何かのコマーシャルにも使えそうである。

 人生で最も満ち足りた笑顔だと言っても過言ではあるまい。ロタは強くそう思った。

 何せ、「女の子と両想い」になったことなど、今まで一度もなかったのだから。


 ロタは、

「そうだな、両想いだ」

「ソーダね」

「これからも、どうぞよろしく」

「こちらこソー」


 しばしの沈黙。

 やがて。

「今夜話すべきことは、みんな話せた感じかな」

 と、ロタが締めのあいさつに入ると、

「ソーダね。全て言えタ」

 イリカもささやいた。

「次に話す時には、イリカにも体が付いてるんだよなあ」

「ソーダね。予定通りナラ」

「寂しくなるなあ。次は三年後だもんな」

「忘れナイでよ、私のコト」

「当たり前だろ。忘れるもんか」


 答えながら、ロタは、

(むしろ、イリカの方が危ないよなあ。人工知能として今後も成長し続けるわけだし。三年後には、どうなってることやら)

 と心配になった。

 が、無論のこと、これは口には出せぬ。


(信じよう、ハヤミさんたちを。そして、俺とイリカのきずなを)

「じゃあ、また三年後に。お休み、イリカ」

「ウン、三年後にネ。お休み、ロタ」


 ロタは、心を込めるように、いつも以上にゆっくり、タブレット端末のボタンをギューッと押し、電源を落とした。

 画面がぼやけ、光は薄れて、ぷつりと切れた。


 こうして、ロタの部屋にも、生活にも心にも、再び深い静寂の日々が始まりを告げたのである。

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