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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
66/83

64 美少女ロボットとの付き合い方。

  百五十一、


 今度は、さすがに即答というわけにはいかないようであった。

 しばし、イリカは黙っていた。だが、先ほどのような雑音は立たない。


 システム上のエラー、プログラムの混乱やバグは、発生していないようだ。もはや、そんな初歩的な段階ではないのかもしれぬ。

 イリカも、静かに思考しているのだろうか。

(急に、脈絡もなく別の話題へ飛んだりしないだろうな?)

 ロタのこの懸念は、当たらなかった。


 やがて。

「ロタ」

「なんだい」

 イリカは、いつになくゆっくりとした発音で答える。

「ロタは、それでよかったノ?」

「ん?

 それは、どういう意味だい」

 と、ロタ。本当に分からなかった。

 瞬時にいろいろと考えをめぐらせても、

(ロボイリカの不完全さを責めてるわけではないことは、さっきイリカ自身が言ってたしなあ)

 それとも、

(今まで、俺がイリカを人間扱いして、ある種、だましていたこと?

 だが、それも一応、丁寧に修正はしてきたはずだけどな)


 イリカは、引き続きゆっくりとしゃべる。

「ロタは、理想トしては、人間ノ女子高生と付き合ってみたかったンだよね。少年時代ノ憧れを叶えるためニ。でも、道徳的観点とか、現実問題とシて、叶いそうもなかっタ。ダから、代わりに私ガ生まれた。

 表現上、語弊があったラ、済みまセん。しかしながら、大筋では間違ってないと思うのだけド」


(そういう意味か。なるほど!)

 イリカは、ロタの予想よりも、もっと根本的な質問を投げかけていたのだった。

 イリカの声が途切れたため、

(あっ、俺が答えるターンなのかな)

 とロタは悟り、口を開く。

 急に固いしゃべり方となったイリカだが、さほど違和感も覚えなかった。とても理路整然としており、ロタには、むしろ頼もしくすら感じた。

 やはり、イリカは賢くなっている。今後は、突っ込んだやり取りをしても付いてきてくれるであろう。そう思えた。

「ああ、その通りだ、イリカ。大筋では間違ってない。ぶっちゃけ、そういうことだ」


「そうであるなラば、」

 イリカは、前置きのように言葉を区切る。

(ふっ、わざわざ「溜め」を作るとはな。ますます人間じみてきたな。イリカはアルゴリズムで言葉を選択してるにすぎないのだから、恐らく、次に述べるせりふも既に決まってるんだろうに)

 ロタが感心していると、イリカは言葉を継いだ。

「私は、女子高生になり切ってアげテもよかっタのに。今回、私もバージョンアップされたし、それぐらいのことなら出来たト思うよ」

(すごいな)

 ロタは息をのむ。そこまで考え、先読みをしていたとは。

「なるほどな。それなのに、何で、俺がイリカに、わざわざロボットだと言ったのか、という疑問か」

「ソーダよ。当初ノ目的からすると、意味なくナイ?」

「まあ、そうだわな……」

 ロタは腕を組む。

 まさか、人工知能「本人」から、ここまで的確に、本質を突かれる日が訪れるとは。


 イリカは、次の言葉を発する。

「ねえ、ロタ」

「ん?」

「さっきのロタの発言、なかッたことニしてあげてもイイヨ」

「なかったこと?」

「私が、ロボットだということ。この会話を、なかったことにして、もう一回やり直さない?

 やっぱり、私は人間の女の子だったってことにしようヨ。矛盾点は、何とかごまかして、つじつまを合わせればいいジャン。私、容量も増えたし、それぐらいの柔軟な対応は可能デスよ」


 ズキン。

「あ、う……」

 ドクン。

 ロタの胸の奥の方が鈍く痛み、心音も高く響く。

(今まで、俺がやっていた企みを、よもやイリカ自らに提案されるとはな)

 皮肉なものだ。

 当初インプットされたプログラムや、ロタたちとの交流によって、そういう結論に達したのだろう。


 しかし、ロタは強く首を横に振った。

「エッ、やらなくていいノ?」

 今度はうなずくロタ。

「ドウシテ?」

 ロタの動作を見たイリカが、二度、しゃべりかけてきた。

 ロタは今、イリカの提案に驚きこそしたが、困惑も動転もしなかった。

 なぜなら、その件に関しては、既にはっきりと答えが出ていたからである。


 先ほど、ハヤミと電話で話した際にも、最後の方でロタが告げた一言は、実は、

「あくまでも会話の流れ次第ではあるのですが。もし、この後に電源を入れた新生の脳イリカが、仮に、自分が人間であることを疑うような発言をした場合には。もう、私はごまかさないつもりです。イリカに、君は機械なんだ、ロボットなんだよと、私ははっきり伝えようと思っております」

 であったのだから。



  百五十二、


「まずは、そこまでいろいろ考えてくれたイリカに敬意を表したい。そして、感謝します。うれしかった。本当にありがとう」

 と、ロタはタブレット端末へ頭を下げる。

 続いて、ロタは、かつて初期の脳イリカをカスタマイズしてきた頃を振り返り、自分の心境の変化を丁寧になぞってゆく。

「実はな、最初はそういう考えもあったんだよ」

「やっぱりネ」

「ああ。だけど、イリカと話したり、体が出来てきたりして、それを積み重ねているうちに、親近感や愛着が湧いてきてさ」

「親近感ヤ、愛チャク」

 イリカが繰り返した。

「そうさ。で、ついには、この前、初めて、ちゃんと心と体が一つに合わさった状態のイリカに会えた。まだ、仮だけどね。手もつなげたし、一緒に歩けた」

「ウン」

「で、俺もだんだん変わったわけよ、考えが。認識を改めたんだ。イリカは人間のようにはなれないけど、それも悪くないよな、って。かつての憧れへ、迫れるところまで迫ったら、あとはもう、無理してわざわざごっこ遊びなんかしなくてもいいかも、ってね」

「ゴッコ遊ビ?」

「そうさ。言わば、高校生カップルごっこだわなあ。俺は初老の男だが、高校生男子の振りしてさ。少なくとも、気分はね。だって、あり得んだろう、還暦過ぎと十六歳少女のカップルなんて。俺も、無意識かもしれないが、どこかで十代の気持ちにならんと、イリカとは付き合えないよ」

「今ノ例え話は、私ガ人間の女子高生になり切る場合ノことだよネ?」

「そう。その通り。そういう付き合い方は、やはりいびつで不自然だと言わざるを得ない。それよりは、普通でいいじゃないか」

「フツウ……」

「そうだ。人間の老人と、美少女ロボット。ロタとイリカ。それが一番、自然じゃないか」

「ナルホド。つまりは、そういう意味か。ジャア、私、もう、引き返サないことにしマす。ロタの考えは、よく分かりまシタ。だとしたら、私はどうすればいい?」


 ここは、多少なりとも間があくかとロタは予測したが、まさかの即答。

(もう切り替えたのか。早いな)

 ロタは苦笑いしたが、うれしかった。

 そして、ロタも即答する。

 別に張り合っているわけではなく、とっくに答えは固まっていたからである。

「機械として、気付いたことを言ってほしい。人間の振りとかは、いい。しなくてもいい。どうだ?」

「分かっタ。じゃあ、早速だけど」

「おお、早速か。どうぞ」

「腕は曲げやすかったけど、脚が歩きにくかっタ。一歩を踏み出す時、肩の重心が腰の辺りにうまく乗らなかったノ」

(あっ、ロボイリカとの合体実験のことを言ってるんだな)

 瞬時に理解したロタは、

「承知した。マノウさんとリモリさんに伝えておく」

「ソーか。あの二人が、私の体を造ってくれているんだネ」

「その通り。ほかには?」

「手の皮膚。付けてくれたのは有り難いヨ。でも、骨というのかな、中のボディーと密着しスギてる気がする。指を曲げる時に、関節が突っ張る感じガしたノ」

「分かった。それは、クミマルさんにも伝えておく」

「クミマルさんって、誰?」

「イリカはまだ会ったことないよな。イリカの外見や皮膚を担当してる方だよ。この前の時、見えてなかったか?

 俺の後ろに立ってたんだけど」

「エート、すごく背が高い人?」

「そう、そう。あの女性が、クミマルさんだよ」

「うっすらとは、覚えてル」

 ロタは何か言おうとしたが、イリカが、更に言葉をかぶせてきた。

「ねえ、ロタ。クミマルさんに伝えて。私ノ顔、かわいく造ってくださいねって」


 意表を突かれたロタではあったが、イリカのかわいらしい「乙女心」を垣間見てほほえましく感じ、また、

(ああ、そうか、なるほどな)

 と納得もした。すなわち、

(今、俺が、クミマルさんはイリカの「外見」を担当してると言ったからだな。そういう意味か)

 ということである。


 そこで、ロタは短く答える。

「了解した。必ず伝える」

「約束だヨ」

「ああ、約束する」

 ロタは、ほほえんでうなずいた。

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