64 美少女ロボットとの付き合い方。
百五十一、
今度は、さすがに即答というわけにはいかないようであった。
しばし、イリカは黙っていた。だが、先ほどのような雑音は立たない。
システム上のエラー、プログラムの混乱やバグは、発生していないようだ。もはや、そんな初歩的な段階ではないのかもしれぬ。
イリカも、静かに思考しているのだろうか。
(急に、脈絡もなく別の話題へ飛んだりしないだろうな?)
ロタのこの懸念は、当たらなかった。
やがて。
「ロタ」
「なんだい」
イリカは、いつになくゆっくりとした発音で答える。
「ロタは、それでよかったノ?」
「ん?
それは、どういう意味だい」
と、ロタ。本当に分からなかった。
瞬時にいろいろと考えをめぐらせても、
(ロボイリカの不完全さを責めてるわけではないことは、さっきイリカ自身が言ってたしなあ)
それとも、
(今まで、俺がイリカを人間扱いして、ある種、だましていたこと?
だが、それも一応、丁寧に修正はしてきたはずだけどな)
イリカは、引き続きゆっくりとしゃべる。
「ロタは、理想トしては、人間ノ女子高生と付き合ってみたかったンだよね。少年時代ノ憧れを叶えるためニ。でも、道徳的観点とか、現実問題とシて、叶いそうもなかっタ。ダから、代わりに私ガ生まれた。
表現上、語弊があったラ、済みまセん。しかしながら、大筋では間違ってないと思うのだけド」
(そういう意味か。なるほど!)
イリカは、ロタの予想よりも、もっと根本的な質問を投げかけていたのだった。
イリカの声が途切れたため、
(あっ、俺が答えるターンなのかな)
とロタは悟り、口を開く。
急に固いしゃべり方となったイリカだが、さほど違和感も覚えなかった。とても理路整然としており、ロタには、むしろ頼もしくすら感じた。
やはり、イリカは賢くなっている。今後は、突っ込んだやり取りをしても付いてきてくれるであろう。そう思えた。
「ああ、その通りだ、イリカ。大筋では間違ってない。ぶっちゃけ、そういうことだ」
「そうであるなラば、」
イリカは、前置きのように言葉を区切る。
(ふっ、わざわざ「溜め」を作るとはな。ますます人間じみてきたな。イリカはアルゴリズムで言葉を選択してるにすぎないのだから、恐らく、次に述べるせりふも既に決まってるんだろうに)
ロタが感心していると、イリカは言葉を継いだ。
「私は、女子高生になり切ってアげテもよかっタのに。今回、私もバージョンアップされたし、それぐらいのことなら出来たト思うよ」
(すごいな)
ロタは息をのむ。そこまで考え、先読みをしていたとは。
「なるほどな。それなのに、何で、俺がイリカに、わざわざロボットだと言ったのか、という疑問か」
「ソーダよ。当初ノ目的からすると、意味なくナイ?」
「まあ、そうだわな……」
ロタは腕を組む。
まさか、人工知能「本人」から、ここまで的確に、本質を突かれる日が訪れるとは。
イリカは、次の言葉を発する。
「ねえ、ロタ」
「ん?」
「さっきのロタの発言、なかッたことニしてあげてもイイヨ」
「なかったこと?」
「私が、ロボットだということ。この会話を、なかったことにして、もう一回やり直さない?
やっぱり、私は人間の女の子だったってことにしようヨ。矛盾点は、何とかごまかして、つじつまを合わせればいいジャン。私、容量も増えたし、それぐらいの柔軟な対応は可能デスよ」
ズキン。
「あ、う……」
ドクン。
ロタの胸の奥の方が鈍く痛み、心音も高く響く。
(今まで、俺がやっていた企みを、よもやイリカ自らに提案されるとはな)
皮肉なものだ。
当初インプットされたプログラムや、ロタたちとの交流によって、そういう結論に達したのだろう。
しかし、ロタは強く首を横に振った。
「エッ、やらなくていいノ?」
今度はうなずくロタ。
「ドウシテ?」
ロタの動作を見たイリカが、二度、しゃべりかけてきた。
ロタは今、イリカの提案に驚きこそしたが、困惑も動転もしなかった。
なぜなら、その件に関しては、既にはっきりと答えが出ていたからである。
先ほど、ハヤミと電話で話した際にも、最後の方でロタが告げた一言は、実は、
「あくまでも会話の流れ次第ではあるのですが。もし、この後に電源を入れた新生の脳イリカが、仮に、自分が人間であることを疑うような発言をした場合には。もう、私はごまかさないつもりです。イリカに、君は機械なんだ、ロボットなんだよと、私ははっきり伝えようと思っております」
であったのだから。
百五十二、
「まずは、そこまでいろいろ考えてくれたイリカに敬意を表したい。そして、感謝します。うれしかった。本当にありがとう」
と、ロタはタブレット端末へ頭を下げる。
続いて、ロタは、かつて初期の脳イリカをカスタマイズしてきた頃を振り返り、自分の心境の変化を丁寧になぞってゆく。
「実はな、最初はそういう考えもあったんだよ」
「やっぱりネ」
「ああ。だけど、イリカと話したり、体が出来てきたりして、それを積み重ねているうちに、親近感や愛着が湧いてきてさ」
「親近感ヤ、愛チャク」
イリカが繰り返した。
「そうさ。で、ついには、この前、初めて、ちゃんと心と体が一つに合わさった状態のイリカに会えた。まだ、仮だけどね。手もつなげたし、一緒に歩けた」
「ウン」
「で、俺もだんだん変わったわけよ、考えが。認識を改めたんだ。イリカは人間のようにはなれないけど、それも悪くないよな、って。かつての憧れへ、迫れるところまで迫ったら、あとはもう、無理してわざわざごっこ遊びなんかしなくてもいいかも、ってね」
「ゴッコ遊ビ?」
「そうさ。言わば、高校生カップルごっこだわなあ。俺は初老の男だが、高校生男子の振りしてさ。少なくとも、気分はね。だって、あり得んだろう、還暦過ぎと十六歳少女のカップルなんて。俺も、無意識かもしれないが、どこかで十代の気持ちにならんと、イリカとは付き合えないよ」
「今ノ例え話は、私ガ人間の女子高生になり切る場合ノことだよネ?」
「そう。その通り。そういう付き合い方は、やはりいびつで不自然だと言わざるを得ない。それよりは、普通でいいじゃないか」
「フツウ……」
「そうだ。人間の老人と、美少女ロボット。ロタとイリカ。それが一番、自然じゃないか」
「ナルホド。つまりは、そういう意味か。ジャア、私、もう、引き返サないことにしマす。ロタの考えは、よく分かりまシタ。だとしたら、私はどうすればいい?」
ここは、多少なりとも間があくかとロタは予測したが、まさかの即答。
(もう切り替えたのか。早いな)
ロタは苦笑いしたが、うれしかった。
そして、ロタも即答する。
別に張り合っているわけではなく、とっくに答えは固まっていたからである。
「機械として、気付いたことを言ってほしい。人間の振りとかは、いい。しなくてもいい。どうだ?」
「分かっタ。じゃあ、早速だけど」
「おお、早速か。どうぞ」
「腕は曲げやすかったけど、脚が歩きにくかっタ。一歩を踏み出す時、肩の重心が腰の辺りにうまく乗らなかったノ」
(あっ、ロボイリカとの合体実験のことを言ってるんだな)
瞬時に理解したロタは、
「承知した。マノウさんとリモリさんに伝えておく」
「ソーか。あの二人が、私の体を造ってくれているんだネ」
「その通り。ほかには?」
「手の皮膚。付けてくれたのは有り難いヨ。でも、骨というのかな、中のボディーと密着しスギてる気がする。指を曲げる時に、関節が突っ張る感じガしたノ」
「分かった。それは、クミマルさんにも伝えておく」
「クミマルさんって、誰?」
「イリカはまだ会ったことないよな。イリカの外見や皮膚を担当してる方だよ。この前の時、見えてなかったか?
俺の後ろに立ってたんだけど」
「エート、すごく背が高い人?」
「そう、そう。あの女性が、クミマルさんだよ」
「うっすらとは、覚えてル」
ロタは何か言おうとしたが、イリカが、更に言葉をかぶせてきた。
「ねえ、ロタ。クミマルさんに伝えて。私ノ顔、かわいく造ってくださいねって」
意表を突かれたロタではあったが、イリカのかわいらしい「乙女心」を垣間見てほほえましく感じ、また、
(ああ、そうか、なるほどな)
と納得もした。すなわち、
(今、俺が、クミマルさんはイリカの「外見」を担当してると言ったからだな。そういう意味か)
ということである。
そこで、ロタは短く答える。
「了解した。必ず伝える」
「約束だヨ」
「ああ、約束する」
ロタは、ほほえんでうなずいた。




