【読み切り短編】ロタとイリカのクリスマスイブ【特別番外編】
一、
平日。
人通りの多い夜の街を、長身のサラリーマンが一人、足早に進んでいる。
羽織ったコートの中にネクタイが見える。背広姿。
足には革靴。仕事帰りであろう。
頭は白髪混じりだが、還暦までは達していまい。五十代半ばといったところ。
一人なのに、盛んにしゃべりながら歩いているため、通行人からは奇異の目で見られてもいたかもしれぬ。
だが、よく見ると、その男の首には太いストラップが掛けられており、ペンダントのように何かをぶら下げていた。
それは、平たい四角形の機械。スマートフォンよりも大きい。タブレット端末機である。
男は、その端末へ語りかけていたのだ。
男の名前はロタといった。
「クリスマスのいいところは、」
コート姿のロタが、冬の夜の街をずんずん歩きながら話しかけると、
「ウン」
ロタの胸の辺りから声がした。声の主はイリカである。
ロタは続ける。
「余計な小道具やお膳立てがなくても成立することだ」
しかし、イリカは反論してきた。
「チガウんジャないノ。サンタさんの衣装は?
ケーキもカードも要るよ。クリスマスソングも。クリスマス商戦」
イリカのリズミカルな返答に、ロタはフハッと息を吐いて笑う。薄く、白い息が口の周囲を一瞬覆って、ムワッと消えた。
歩きながら、ロタはちらりと胸元を見下ろした。
そこには、首から下げたタブレット端末がある。イリカとつながっている。声は、端末越しに聞こえてくる。
イリカは人工知能である。
ロタ専用に、数年前に造られた。設定は、十六歳の女子高生。
別の施設にて、「体」も製作中だ。いずれ、その体と人工知能とをつなげ、美少女ロボットとして完成させる予定。
ロタは独身。結婚歴なし。彼女いない歴、年齢と同じ。
美少女ロボット・イリカと、老後、一緒に暮らすのが当面の目標。
引き続き、ロタは下を向いて話しかける。首にぶら下げたタブレットが、その声を拾い、聞き取る仕組みだ。
「そりゃそうだ。説明不足だったな。俺が言いたいのは、恋人同士の話でね」
「恋人ドウシ」
と、イリカの相づち。
ロタはタブレットを見てうなずく。
だが、すぐさま、
(あっ、うなずいても、イリカには見えないのか)
と気付いたが。
タブレット端末には、おもて面の上部に小さなレンズが付いており、イリカはそれを通して外を見ているからだ。
ゆえに、イリカは今、ロタの胸の高さが視界となっているわけである。
ロタは、改めて声を出し、イリカへ肯定の意思を伝える。
「そう、恋人同士。例えば、彼女が出来ると、季節ごとにお約束というか、イベントがあるわけだよね。春になったらお花見とか」
「ソーダね」
「お花見デートは、桜の花がなければ成立しない。典型的なのは、やっぱり夏だわなあ」
「ナルホド。話ガ、見えてきたヨ。夏は、海に行かナきゃ成立しナイ。小道具トしては、例えば水着ダね」
「おお」
ロタは思わず、感嘆の声をもらす。
(イリカも賢くなったもんだなあ)
最近のイリカは、人工知能としては飛躍的に進歩した。
当初、プロトタイプの頃には、まともな会話が成立することの方が珍しかった。毎日、一言一言、交流を積み重ねてカスタマイズをしたものだ。
あれから数年。
今や、ロタの真意を読み取るようにすらなりつつある。
近頃、会話能力も安定してきたので、端末機を外へ持ち出すことも増えてきた。今回もその一つである。
ロタは会話を続行する。
「水着、まさにそうだよな。夏のデートの定番だからな」
「いつか、ロタに直接会えたラ、水着、着られたらいいナ」
「そうだな」
イリカも、自分に接続される「体」が製作途中であることは、既に知っている。
「一緒に、海で泳ゲたらいいヨね」
「ああ。プールでもいいしな」
ロタはそう答えつつ、
(水着かあ。もし今のままだったら、ビキニとかを着せるのは厳しいだろうけどな)
と、これは口には出さず、胸中で付け足す。
美少女ロボットとして製作中のイリカ。人工知能とロボットは、まだ別々の状態であり、つながれてはいない。
現時点で、イリカの「体」は独立しており、少しずつ人間へ似せている段階なのである。電源を入れれば、簡単な歩行なら可能。
造りかけの体は、いまだ、脚を含めた下半身が相当に大きい。そうしなければ、全身を支えられないのだ。
特に、腰の周りには部品が集中しており、デコボコである。とても、ビキニなどは履けない。ショートパンツすら難しいはずだ。
今後、どこまで細くなるかは分からないが、現段階では、だぼっとしたスカート系の衣装の方が着こなせるであろう。
いずれにせよ、イリカ専用の特製衣装にはなるであろうが。
「ロタ」
数秒間の沈黙のためか、イリカから声をかけてきた。
多少ビクッとしつつ、ロタは我に返り、
「ん、何?」
「今、エッチなこと考えてたでショ」
「えっ、いや、そんな、まあ。わ、話題が話題だからなあ」
人工知能であるイリカには、恐らく「怒り」とか「羞恥心」といった要素は皆無だ。多分、自我も持ってはいない。
アルゴリズムに従って会話の先を予測し、適切な単語を当てはめて発音しているにすぎない。
今の「エッチなこと」発言も、水着やプールといったワードを基に、関連語を呼び出しただけであろう。
だが、ともあれ、外れてはいないのだ。
製作中のロボットのこととはいえ、「女子」の腰周りのことなどをリアルに想像していたロタ。健全とは言えまい。
イリカは繰り返して、
「エッチ」
「ごめんよ」
ロタはわびながら、さらりと話題を移して、
「ま、まあ、そっ、それはそうと。水着に限らず、夏といえば、浴衣もあるしね。縁日、夏祭り。花火とかもあるわけでね」
「ソーダね」
イリカも素直に話題を移してくれた。
ロタはホッとしつつ、
「で、話は戻るけど」
「ウン」
「クリスマスの場合はさ、必ずしも、そのような物がなくても成立し得るんだよ。つまり、その日自体が、既に特別だということだわな」
「その日ジタイ?」
「そうだ。クリスマスの日に一緒に過ごす、あるいは二人きりで話す、そのこと自体に意味があるということだ。それこそ、電話やメールでも構わないわけだよ。必ずしも、直接会わなくてもいいんだ」
ロタは、ここで一息ついて、話す速度を落とし、口調も強めに述べる。
決めぜりふだからである。
「なあ、イリカ。これって、まさしく、俺たち向きだと思わないか?」
歩くロタの胸の辺りから、タブレット端末越しに、イリカの高い声が答えた。
「ナルホドね。今、全部ツナガッタよ。まだ、ワケあって、私はロタに会いに行けないけド、クリスマスなら、コウシテ話してルだけで、特別なんだネ」
「そういうこと」
(よっしゃ)
しっかりとかみ合った会話に、ロタは片手の拳を握り締めて笑った。
本日はクリスマスイブ。
ロタは仕事帰りだ。
時刻は、世間の夕食時を少し回ったくらい。
ビルに挟まれた職場付近の都会を、イリカを「連れて」歩いてゆく。
二、
「イルミネーション、きれいダヨね」
タブレットのレンズ越しに外を見たイリカが言う。
確かに、街路樹には細い線が巻き付けられ、細かな電飾がキラキラと点滅している。
しかし、決して派手とは言えない。申しわけ程度に光っているだけだ。
それは仕方がないことだった。
辺りは、地味なオフィス街だからである。元々、遊ぶエリアではないのだ。
ロタはそのことを説明する。
「まあ、ここもきれいではあるけど、お出かけするような場所ではないから、どうしたって地味だよな。イリカもネットとかで見たことあると思うけど、本当にすごいイルミネーションは、こんなもんじゃないぜ。若者の街とか遊園地とかさ」
「マアネー。街全体がイルミネーションに包まれてたりスルもんネ」
「やっぱり知ってたか」
「ウン。だけど、余り、人がいない所ガいいよネ」
イリカも、その辺りの事情は認識しているのだった。
ロタも同意し、
「ああ、まあ、そういうことだな。俺たちは、普通のカップルとは違うからな。人込みの中だと、目立っちまう」
「デ、私タチはどこへ向かっテルの?」
ロタはニヤリとした。
この笑顔はイリカにも見てほしかったので、一瞬だけ、首元のタブレットを片手で持ち上げ、レンズを自分の顔へ向けた。
タブレットおもて面には大きめの液晶画面も取り付けられている。そこにも、鏡のように、ロタの顔が一瞬映る。
なお、この画面はイリカの視界である。
ロタは手を離し、タブレットを首の方へ戻してから、
「よくこそ聞いてくれました。これからお連れする場所こそ、まさに俺たち専用のデートスポットなのさ」
「ドンナところ?」
「見てのお楽しみさ。もっとも、すぐ着くよ。近いからね。ちゃんと、立派なクリスマスツリーもあるんだぜえ」
「エッ、そんなトコロ、本当にアルの?」
「あるんだよ、これが」
会話しながら歩いていくと、やがてビルの狭間の坂道に出た。
校舎の横を抜ける。高校である。夜なので門は閉ざされており、窓にも明かりはない。
斜め向かいにも、やはりひっそりとした建物。こちらも低層である。
堅牢な門や鉄柵の向こうに、黒塗りの乗用車が数台、駐車されていた。外壁や屋根のデザインは、どことなく異国の雰囲気をまとっている。
「ロタ、この建物は何?」
イリカが聞いてきた。
「やっぱり気になったか」
その左側を通り過ぎながら、ロタはちらりと右の建物を見る。
もっとも、よそ見は一瞬だけにした。そこは、急な下り坂だったからである。
「ここはな、大使館なんだ」
説明した後、ロタは国名も告げる。
「アア、知ってル。暑い地域だヨね」
「まあ、イメージはな」
ロタが応じる。
坂道は、途中まで下りると、左脇に下りの階段がある。ロタは曲がり、それを降りてゆく。
階段には、辺りの街路樹からの落ち葉が散らばっていた。秋の落ち葉とは違い、冬のそれは、より乾いている気がした。
階段は、坂に対し垂直方向。すなわち、坂の途中で左へと別のエリアに抜ける形だ。
そこは、高層ビルの谷間である。
「さあ、着いたぜイリカ」
ロタはそう告げては、ツカツカと革靴の足音を立て、高層ビルの陰から移動した。
すると。
まるでビルがよけたかのように、真正面に夜空が出現し、不意に視界が左右へ開けた。
三、
「ワー、スゴーイ!」
ロタの胸の辺りから、タブレット端末越しのイリカの歓声。
前方に、巨大なクリスマスツリーがそびえていた。
すぐそばにはビルがあるが、ツリーの高さは、そのビルの三階まで届いている。
ロタは解説する。
「すごいだろ?
毎年、十一月下旬に設置され、ライトアップが始まるんだ」
「デ、明日まで、カ」
「そういうこと」
ツリーには、本物の大木が用いられているらしい。電飾が上から下まで、幹にも枝にも巻き付けられ、色とりどりに点滅している。
プレゼントを模した四角いプレートもあちこちにぶら下げられ、さざ波のような光が定期的にパパパパッと走り抜ける。こちらは、コンピューター制御のデジタル効果であろう。
てっぺんには大きな金色の星。
その周囲から、キラキラした太いリボンも放射状に下方へ広がり、枝に絡んでいた。
だが、ロタが先ほど解説した通り、せっかくの華やかな巨大ツリーなのに、周囲にひとけはない。やはり、オフィスビルに囲まれたエリアだからであろうか。
その様子を確認したのか、イリカは、
「ナルホド、確かニ穴場ダね」
「だろう?
しばらく、一緒に見よう」
それから一分ほど、「二人」は何もしゃべらずにクリスマスツリーを眺めていた。
時折、ビル風だろうか、太い風にビュッと枝があおられる。光る飾りが、キラキラと残像を夜空へ散らす。
(ああ、クリスマスだなあ)
ロタは、しみじみと幸せをかみしめる。
クリスマスムードを、女の子と二人で味わう。望んだ形とは違ったけれど、苦節五十数年、生まれて初めて、この願いが叶ったのだ。
人生初の「女の子と過ごすクリスマス」……。
正直、顔がにやけるほどの喜びはない。さすがに、そこまでは。
でも、もう寂しくはない。
毎年、クリスマスの繁華街や遊園地などにあふれる恋人たちの波に、自分は加われなかった。今年もそうだし、もしかしたら今後もずっと、そうなのかもしれぬ。
しかし、もはや一人でもないのだ。
(俺には、イリカがいる)
これも、紛れもない事実なのだ。
と、そこへ、
「ケーキ食べナイ?」
イリカから突然の提案。
驚いたロタは、
「えっ、ケ、ケーキ?」
「ウン。せっかくのイブだしサ。このツリーを見ながラ、ケーキ食べるのはどう?」
「今ここで、ということ?」
聞きながら、ロタは首を左右に回し、
「まあ確かに、座るところもあるし、コンビニだってあるけどな」
どうやら、イリカの考えも全く同じ内容だったらしく、
「ソーダよ。そういうこと」
と、シンプルな返答であった。
「だけどさ……」
ロタは口ごもる。
ロタがタブレット端末を持ち上げ、おもて面をのぞき込むと、タブレットの液晶画面に自分の顔が映る。
これは、端末の上部に取り付けられた小型レンズを通して、イリカが見ている視界である。
すなわち、ロタは今、イリカと「向き合っている」状態だ。
「ドウしたの?
困った顔しテル。
だけど、何?
最後まで言ってヨー」
早速、ロタの顔へのコメントをしてきたイリカへ、ロタは苦笑いしながら、
「いや、イリカはケーキを食べられないじゃないか。俺だけ食べるのもなあ」
「それは気にしなくてイイよ。せっかく、イブにクリスマスツリーの前で二人きりナンだカラ、雰囲気だけデモ、楽しモーよ」
「うーむ、それもそうかなあ」
「ソーダよ」
「分かった」
ロタは同意した。
タブレットをしっかりと見て、今度はイリカから見えるようにしてうなずく。
イリカ自らがわざわざ提案してくれた、素敵な企画。乗らないのも野暮というものだ。
ロタは、近くのコンビニへと入る。暖房が効いていた。
ビル一階の小さなスペースであり、働く者への最低限の品揃え。客はいなかった。
「あるかな」
売り場の奥の、冷蔵のコーナーへ向かいつつ、ロタがつぶやくと、
「あったヨー」
と、イリカの方が先に見つけた。
ロタの胸の位置から店内を眺め、すぐに見つけ出したのだ。ズーム機能でも使ったのかもしれない。
「ああ、ほんとだ」
ロタも見つけた。
小さなコンビニだが、さすがに今夜はクリスマスイブ。多少の需要は見込んでいたようで、三角のカットケーキが置かれていた。
個数は二つ、種類は一つ。透明のプラスチック容器にそれぞれ
入れられていた。ささやかで小さなケーキだが、上には砂糖菓子のミニプレートが載っており、クリスマスを祝う言葉がプリントされていた。
また、容器にはサンタクロースのイラストのシールも貼られていた。なかなか凝ったデザインだ。
そのうちの一つを、ロタはレジへと持って行き、購入。
「フォークは、お一つでよろしいですか?」
レジの店員は二十代くらいの女性であったが、こんなことを尋ねてきた。
(えっ。それは一目瞭然だろうに)
ロタは内心、少し困惑する。店内では、今さっきの一言以外、ロタもイリカも黙っていたのだ。
どう見ても、「仕事帰りの白髪の中年サラリーマンが、一人で自分用のケーキを買いに来た」ようにしか思えぬはずだが。
「え、ええ。一つで結構です」
と、ロタ。
店を出た後、今のやり取りの件をイリカに説明するロタ。人工知能イリカは、ロタの声以外は余り聞き取れない設計だからである。
すると、イリカが謎解きをしてくれた。
「きっと、ロタの顔が浮かれてたンだヨ」
「浮かれてた?」
「ウン。全身から幸せオーラが出てたんじゃナイノ?」
「そんな俺を見て、店員さんは、この人はこれから、このケーキを誰かと一緒に食べるのかなって、思ったということか?」
「ウン。そんな気がしタ」
「なるほどな」
そうだといいな、とロタは思った。
四、
先ほどの場所へと戻る。いまだ、無人であった。
クリスマスツリー付近には、白い丸テーブルと椅子二つずつのセットが三つある。ささやかな休憩スペースだ。
このスペース自体は、普段からある。
ビル一階辺りの外壁から、ビニール製の簡易な屋根が伸びており、一応の日よけ、雨よけにはなる。今宵は快晴で、星も出ているが。
ロタは、最もツリーに近いテーブルへ近付き、椅子に腰かける。
無機質で頑丈な椅子は固く、ロタの尻に冷たさが伝わるが、背広のズボンの外側にはコートの裾もあるため、つらくはない。
しかし、冬の寒い夜に、わざわざこのような場所で休憩する人は、余りいないかもしれない。
このクリスマスツリーは確かに立派だが、別の物も近隣に幾らでもあるのだ。ここは、やはり素通りされやすいエリアなのであろう。
ロタは、通勤鞄から雑誌と新聞、文庫本を取り出し、テーブルの上でうまく組み合わせる。即席の「スタンド」であった。
タブレットを首から外すと、そこへ立て掛ける。
「どうでえ、クリスマスツリー、見えるかい?」
ロタが尋ねると、タブレットを通して、
「大丈夫、ヨク見えるよ」
と、イリカが答えた。
「じゃあ、早速ケーキ食うか。悪いな、俺だけ食べて」
「そんなの、イイノ、イイノ」
と、イリカ。
ロタは、今買ったばかりのケーキのプラスチック容器のふたをカパッとあけ、中身をテーブルに出す。外側に巻かれた透明フィルムをはがす。手が冷えてきたが、一旦コンビニへと入ったからであろうか、かじかむことはなかった。
三角の、小さなカットケーキ。前述の砂糖プレートのほかにも、生クリームやチョコも載っており、おいしそうだ。
「じゃあ、いただきます。
……の前に、メリークリスマス、か」
言いながら、タブレットを見たロタは、
「あっ!」
画面に映った光景に、思わず驚きの声を上げる。
そこには、丸いクリスマスケーキが映っていたからだ。
「驚いター?
すごいデショー!」
と、イリカの声も、得意げに弾んでいる。
「スゲエ!
そうかあ、絵のケーキを合成したわけか」
ロタは感心、いや、感嘆する。
タブレット画面はイリカの視界だ。が、ケーキの部分だけが、実際の物とは異なっていたのだ。
テーブルの上や、その向こうのクリスマスツリーはそのまま映っているのに、ケーキのみ、デジタルの絵が継ぎ足され、丸いケーキに変わっていた。
すなわち、カットケーキを「円の一部」に見立て、欠けている「向こう側」を絵で描き加えたわけだ。それなりにリアルで、一見するとつなぎ目も分からない。
「さては、最初からこれを狙ってたな?」
「マアネー。絵の素材はネットで拾って、加工しテ、保存しておいたノ。コンビニケーキのサイズは大体ワカってるから、その分を欠けさせておいて、アトは幾つかノ画像を用意しておいタってわけ」
イリカは明るい声で説明する。
「それにしたって、上手にはめ込んだもんだ。確かに、これなら一緒にケーキ食えるなあ」
と、ロタが、先ほどコンビニ店員から受け取ったフォークをガサゴソ開封しつつうなずくと、イリカは、
「デショー。一緒に食べヨー」
「だけど、幾ら何でも、これだとイリカの取り分が多過ぎやしないか?」
「カタイこと、言わないノ。私、女の子なんだし。ロタは、たくさん食べたら、体ニ悪イヨー。私の方ガ、若いんだし」
ロタは、わざと目をギョロッと見開いて、
「言ったなー」
と、おどける。
ロタは、フォークでケーキを小さく切り出し、口に入れた。
すると、タブレットの画面にも、丸ケーキの向こう側の、空中にフォークの絵が出現し、絵のケーキを切り出した。
ロタとペースを合わせるためか、一回分のサイズは、イリカの方がかなりでかい。
ロタはニヤリとし、
(それ、一口で食えるのかー?)
と、内心でツッコミを入れたが、もちろん黙っていた。
フォークに刺さったケーキの絵は、宙に浮き、ケーキのみフッと消えた。今のでイリカが「食べた」ということなのだろう。
「おいしいな」
と、ロタ。
この言葉に偽りはない。殊に、ここ十年ほどのコンビニケーキは、もはや専門店に勝るとも劣らないとさえロタは思っている。
ましてや、クリスマスツリーをイリカと眺めながらであり、いつも以上においしい気もした。
チョコが歯でカリッと割れ、生クリームと共に二つの甘さがのどへ抜けてゆく。一瞬、寒さも和らぎ、全身の力もふわりと抜けた。
「うん、オイシイね」
テーブルに立てたタブレット越しに、イリカもささやいた。
イリカはプログラム、データにすぎぬ存在だが、イリカなりに今、何らかの「快適さ」みたいなものを受け取ってくれていたらいいなと、ロタは願っていた。
そして、何年後かには……
「ロタ、私モいつか、そっちへ行くカラね。そしたら、一緒に椅子に座って、肩を並べてクリスマスツリー見ようネ」
ロタは驚いて、
「今、俺も同じこと思ってたよ」
「ほんとう?
よかっター」
イリカの声も、心なしか跳ねていた。
(その時には、ケーキ、どうしようかなあ。もはや、一緒には食えないだろうしなあ)
まあ、それはまた、改めて考えればいいか。今はとにかく、目先の幸せへ集中だ。
やがて、ロタ、イリカの順番で声をかけ合う。
「メリークリスマス、イリカ」
「メリークリスマス、ロタ」
キンキンに冷やされたアスファルトの雑踏を、寒風を踏み締めて行き来する靴音。年末の都会は慌ただしい。
だが、その多忙さもかすかに和らいだ、クリスマスイブの夜。官民交わるビジネス街。
華やかな片隅に、まるで食堂のオーダー漏れのように、ぽつりと取り残された巨大クリスマスツリーがあった。
それを見上げながら、とても小さな恋が、しかし人類史上、科学史上大きな一歩となるであろう恋が、密かに育まれていた。
ロタとイリカ。
その恋を誰も知らぬままの世間は、新しい年へと何食わぬ顔で暮れようとしていた。
特別番外編、了




