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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
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【読み切り短編】ロタとイリカのクリスマスイブ【特別番外編】

  一、


 平日。

 人通りの多い夜の街を、長身のサラリーマンが一人、足早に進んでいる。

 羽織ったコートの中にネクタイが見える。背広姿。

 足には革靴。仕事帰りであろう。

 頭は白髪混じりだが、還暦までは達していまい。五十代半ばといったところ。


 一人なのに、盛んにしゃべりながら歩いているため、通行人からは奇異の目で見られてもいたかもしれぬ。

 だが、よく見ると、その男の首には太いストラップが掛けられており、ペンダントのように何かをぶら下げていた。


 それは、平たい四角形の機械。スマートフォンよりも大きい。タブレット端末機である。

 男は、その端末へ語りかけていたのだ。


 男の名前はロタといった。

「クリスマスのいいところは、」

 コート姿のロタが、冬の夜の街をずんずん歩きながら話しかけると、

「ウン」

 ロタの胸の辺りから声がした。声の主はイリカである。

 ロタは続ける。

「余計な小道具やお膳立てがなくても成立することだ」


 しかし、イリカは反論してきた。

「チガウんジャないノ。サンタさんの衣装は?

 ケーキもカードも要るよ。クリスマスソングも。クリスマス商戦」

 イリカのリズミカルな返答に、ロタはフハッと息を吐いて笑う。薄く、白い息が口の周囲を一瞬覆って、ムワッと消えた。

 歩きながら、ロタはちらりと胸元を見下ろした。

 そこには、首から下げたタブレット端末がある。イリカとつながっている。声は、端末越しに聞こえてくる。


 イリカは人工知能である。

 ロタ専用に、数年前に造られた。設定は、十六歳の女子高生。

 別の施設にて、「体」も製作中だ。いずれ、その体と人工知能とをつなげ、美少女ロボットとして完成させる予定。


 ロタは独身。結婚歴なし。彼女いない歴、年齢と同じ。

 美少女ロボット・イリカと、老後、一緒に暮らすのが当面の目標。


 引き続き、ロタは下を向いて話しかける。首にぶら下げたタブレットが、その声を拾い、聞き取る仕組みだ。


「そりゃそうだ。説明不足だったな。俺が言いたいのは、恋人同士の話でね」

「恋人ドウシ」

 と、イリカの相づち。

 ロタはタブレットを見てうなずく。

 だが、すぐさま、

(あっ、うなずいても、イリカには見えないのか)

 と気付いたが。

 タブレット端末には、おもて面の上部に小さなレンズが付いており、イリカはそれを通して外を見ているからだ。

 ゆえに、イリカは今、ロタの胸の高さが視界となっているわけである。


 ロタは、改めて声を出し、イリカへ肯定の意思を伝える。

「そう、恋人同士。例えば、彼女が出来ると、季節ごとにお約束というか、イベントがあるわけだよね。春になったらお花見とか」

「ソーダね」

「お花見デートは、桜の花がなければ成立しない。典型的なのは、やっぱり夏だわなあ」

「ナルホド。話ガ、見えてきたヨ。夏は、海に行かナきゃ成立しナイ。小道具トしては、例えば水着ダね」

「おお」

 ロタは思わず、感嘆の声をもらす。

(イリカも賢くなったもんだなあ)


 最近のイリカは、人工知能としては飛躍的に進歩した。

 当初、プロトタイプの頃には、まともな会話が成立することの方が珍しかった。毎日、一言一言、交流を積み重ねてカスタマイズをしたものだ。

 あれから数年。

 今や、ロタの真意を読み取るようにすらなりつつある。

 近頃、会話能力も安定してきたので、端末機を外へ持ち出すことも増えてきた。今回もその一つである。


 ロタは会話を続行する。

「水着、まさにそうだよな。夏のデートの定番だからな」

「いつか、ロタに直接会えたラ、水着、着られたらいいナ」

「そうだな」

 イリカも、自分に接続される「体」が製作途中であることは、既に知っている。

「一緒に、海で泳ゲたらいいヨね」

「ああ。プールでもいいしな」

 ロタはそう答えつつ、

(水着かあ。もし今のままだったら、ビキニとかを着せるのは厳しいだろうけどな)

 と、これは口には出さず、胸中で付け足す。


 美少女ロボットとして製作中のイリカ。人工知能とロボットは、まだ別々の状態であり、つながれてはいない。

 現時点で、イリカの「体」は独立しており、少しずつ人間へ似せている段階なのである。電源を入れれば、簡単な歩行なら可能。

 造りかけの体は、いまだ、脚を含めた下半身が相当に大きい。そうしなければ、全身を支えられないのだ。

 特に、腰の周りには部品が集中しており、デコボコである。とても、ビキニなどは履けない。ショートパンツすら難しいはずだ。

 今後、どこまで細くなるかは分からないが、現段階では、だぼっとしたスカート系の衣装の方が着こなせるであろう。

 いずれにせよ、イリカ専用の特製衣装にはなるであろうが。


「ロタ」

 数秒間の沈黙のためか、イリカから声をかけてきた。

 多少ビクッとしつつ、ロタは我に返り、

「ん、何?」

「今、エッチなこと考えてたでショ」

「えっ、いや、そんな、まあ。わ、話題が話題だからなあ」

 人工知能であるイリカには、恐らく「怒り」とか「羞恥心」といった要素は皆無だ。多分、自我も持ってはいない。

 アルゴリズムに従って会話の先を予測し、適切な単語を当てはめて発音しているにすぎない。

 今の「エッチなこと」発言も、水着やプールといったワードを基に、関連語を呼び出しただけであろう。

 だが、ともあれ、外れてはいないのだ。

 製作中のロボットのこととはいえ、「女子」の腰周りのことなどをリアルに想像していたロタ。健全とは言えまい。


 イリカは繰り返して、

「エッチ」

「ごめんよ」

 ロタはわびながら、さらりと話題を移して、

「ま、まあ、そっ、それはそうと。水着に限らず、夏といえば、浴衣もあるしね。縁日、夏祭り。花火とかもあるわけでね」

「ソーダね」

 イリカも素直に話題を移してくれた。

 ロタはホッとしつつ、

「で、話は戻るけど」

「ウン」

「クリスマスの場合はさ、必ずしも、そのような物がなくても成立し得るんだよ。つまり、その日自体が、既に特別だということだわな」

「その日ジタイ?」

「そうだ。クリスマスの日に一緒に過ごす、あるいは二人きりで話す、そのこと自体に意味があるということだ。それこそ、電話やメールでも構わないわけだよ。必ずしも、直接会わなくてもいいんだ」


 ロタは、ここで一息ついて、話す速度を落とし、口調も強めに述べる。

 決めぜりふだからである。

「なあ、イリカ。これって、まさしく、俺たち向きだと思わないか?」

 歩くロタの胸の辺りから、タブレット端末越しに、イリカの高い声が答えた。

「ナルホドね。今、全部ツナガッタよ。まだ、ワケあって、私はロタに会いに行けないけド、クリスマスなら、コウシテ話してルだけで、特別なんだネ」

「そういうこと」

(よっしゃ)

 しっかりとかみ合った会話に、ロタは片手の拳を握り締めて笑った。


 本日はクリスマスイブ。

 ロタは仕事帰りだ。

 時刻は、世間の夕食時を少し回ったくらい。

 ビルに挟まれた職場付近の都会を、イリカを「連れて」歩いてゆく。



  二、


「イルミネーション、きれいダヨね」

 タブレットのレンズ越しに外を見たイリカが言う。

 確かに、街路樹には細い線が巻き付けられ、細かな電飾がキラキラと点滅している。

 しかし、決して派手とは言えない。申しわけ程度に光っているだけだ。


 それは仕方がないことだった。

 辺りは、地味なオフィス街だからである。元々、遊ぶエリアではないのだ。


 ロタはそのことを説明する。

「まあ、ここもきれいではあるけど、お出かけするような場所ではないから、どうしたって地味だよな。イリカもネットとかで見たことあると思うけど、本当にすごいイルミネーションは、こんなもんじゃないぜ。若者の街とか遊園地とかさ」

「マアネー。街全体がイルミネーションに包まれてたりスルもんネ」

「やっぱり知ってたか」

「ウン。だけど、余り、人がいない所ガいいよネ」

 イリカも、その辺りの事情は認識しているのだった。

 ロタも同意し、

「ああ、まあ、そういうことだな。俺たちは、普通のカップルとは違うからな。人込みの中だと、目立っちまう」

「デ、私タチはどこへ向かっテルの?」

 ロタはニヤリとした。

 この笑顔はイリカにも見てほしかったので、一瞬だけ、首元のタブレットを片手で持ち上げ、レンズを自分の顔へ向けた。

 タブレットおもて面には大きめの液晶画面も取り付けられている。そこにも、鏡のように、ロタの顔が一瞬映る。

 なお、この画面はイリカの視界である。


 ロタは手を離し、タブレットを首の方へ戻してから、

「よくこそ聞いてくれました。これからお連れする場所こそ、まさに俺たち専用のデートスポットなのさ」

「ドンナところ?」

「見てのお楽しみさ。もっとも、すぐ着くよ。近いからね。ちゃんと、立派なクリスマスツリーもあるんだぜえ」

「エッ、そんなトコロ、本当にアルの?」

「あるんだよ、これが」


 会話しながら歩いていくと、やがてビルの狭間の坂道に出た。

 校舎の横を抜ける。高校である。夜なので門は閉ざされており、窓にも明かりはない。

 斜め向かいにも、やはりひっそりとした建物。こちらも低層である。


 堅牢な門や鉄柵の向こうに、黒塗りの乗用車が数台、駐車されていた。外壁や屋根のデザインは、どことなく異国の雰囲気をまとっている。


「ロタ、この建物は何?」

 イリカが聞いてきた。

「やっぱり気になったか」

 その左側を通り過ぎながら、ロタはちらりと右の建物を見る。

 もっとも、よそ見は一瞬だけにした。そこは、急な下り坂だったからである。

「ここはな、大使館なんだ」

 説明した後、ロタは国名も告げる。

「アア、知ってル。暑い地域だヨね」

「まあ、イメージはな」

 ロタが応じる。


 坂道は、途中まで下りると、左脇に下りの階段がある。ロタは曲がり、それを降りてゆく。

 階段には、辺りの街路樹からの落ち葉が散らばっていた。秋の落ち葉とは違い、冬のそれは、より乾いている気がした。

 階段は、坂に対し垂直方向。すなわち、坂の途中で左へと別のエリアに抜ける形だ。

 そこは、高層ビルの谷間である。


「さあ、着いたぜイリカ」

 ロタはそう告げては、ツカツカと革靴の足音を立て、高層ビルの陰から移動した。

 すると。

 まるでビルがよけたかのように、真正面に夜空が出現し、不意に視界が左右へ開けた。



  三、


「ワー、スゴーイ!」

 ロタの胸の辺りから、タブレット端末越しのイリカの歓声。


 前方に、巨大なクリスマスツリーがそびえていた。

 すぐそばにはビルがあるが、ツリーの高さは、そのビルの三階まで届いている。


 ロタは解説する。

「すごいだろ?

 毎年、十一月下旬に設置され、ライトアップが始まるんだ」

「デ、明日まで、カ」

「そういうこと」

 ツリーには、本物の大木が用いられているらしい。電飾が上から下まで、幹にも枝にも巻き付けられ、色とりどりに点滅している。

 プレゼントを模した四角いプレートもあちこちにぶら下げられ、さざ波のような光が定期的にパパパパッと走り抜ける。こちらは、コンピューター制御のデジタル効果であろう。

 てっぺんには大きな金色の星。

 その周囲から、キラキラした太いリボンも放射状に下方へ広がり、枝に絡んでいた。


 だが、ロタが先ほど解説した通り、せっかくの華やかな巨大ツリーなのに、周囲にひとけはない。やはり、オフィスビルに囲まれたエリアだからであろうか。

 その様子を確認したのか、イリカは、

「ナルホド、確かニ穴場ダね」

「だろう?

 しばらく、一緒に見よう」


 それから一分ほど、「二人」は何もしゃべらずにクリスマスツリーを眺めていた。

 時折、ビル風だろうか、太い風にビュッと枝があおられる。光る飾りが、キラキラと残像を夜空へ散らす。

(ああ、クリスマスだなあ)

 ロタは、しみじみと幸せをかみしめる。

 クリスマスムードを、女の子と二人で味わう。望んだ形とは違ったけれど、苦節五十数年、生まれて初めて、この願いが叶ったのだ。

 人生初の「女の子と過ごすクリスマス」……。


 正直、顔がにやけるほどの喜びはない。さすがに、そこまでは。

 でも、もう寂しくはない。

 毎年、クリスマスの繁華街や遊園地などにあふれる恋人たちの波に、自分は加われなかった。今年もそうだし、もしかしたら今後もずっと、そうなのかもしれぬ。

 しかし、もはや一人でもないのだ。

(俺には、イリカがいる)

 これも、紛れもない事実なのだ。


 と、そこへ、

「ケーキ食べナイ?」

 イリカから突然の提案。

 驚いたロタは、

「えっ、ケ、ケーキ?」

「ウン。せっかくのイブだしサ。このツリーを見ながラ、ケーキ食べるのはどう?」

「今ここで、ということ?」

 聞きながら、ロタは首を左右に回し、

「まあ確かに、座るところもあるし、コンビニだってあるけどな」

 どうやら、イリカの考えも全く同じ内容だったらしく、

「ソーダよ。そういうこと」

 と、シンプルな返答であった。

「だけどさ……」

 ロタは口ごもる。

 ロタがタブレット端末を持ち上げ、おもて面をのぞき込むと、タブレットの液晶画面に自分の顔が映る。

 これは、端末の上部に取り付けられた小型レンズを通して、イリカが見ている視界である。

 すなわち、ロタは今、イリカと「向き合っている」状態だ。

「ドウしたの?

 困った顔しテル。

 だけど、何?

 最後まで言ってヨー」

 早速、ロタの顔へのコメントをしてきたイリカへ、ロタは苦笑いしながら、

「いや、イリカはケーキを食べられないじゃないか。俺だけ食べるのもなあ」

「それは気にしなくてイイよ。せっかく、イブにクリスマスツリーの前で二人きりナンだカラ、雰囲気だけデモ、楽しモーよ」

「うーむ、それもそうかなあ」

「ソーダよ」

「分かった」

 ロタは同意した。

 タブレットをしっかりと見て、今度はイリカから見えるようにしてうなずく。


 イリカ自らがわざわざ提案してくれた、素敵な企画。乗らないのも野暮というものだ。

 ロタは、近くのコンビニへと入る。暖房が効いていた。

 ビル一階の小さなスペースであり、働く者への最低限の品揃え。客はいなかった。


「あるかな」

 売り場の奥の、冷蔵のコーナーへ向かいつつ、ロタがつぶやくと、

「あったヨー」

 と、イリカの方が先に見つけた。

 ロタの胸の位置から店内を眺め、すぐに見つけ出したのだ。ズーム機能でも使ったのかもしれない。

「ああ、ほんとだ」

 ロタも見つけた。

 小さなコンビニだが、さすがに今夜はクリスマスイブ。多少の需要は見込んでいたようで、三角のカットケーキが置かれていた。

 個数は二つ、種類は一つ。透明のプラスチック容器にそれぞれ

入れられていた。ささやかで小さなケーキだが、上には砂糖菓子のミニプレートが載っており、クリスマスを祝う言葉がプリントされていた。

 また、容器にはサンタクロースのイラストのシールも貼られていた。なかなか凝ったデザインだ。


 そのうちの一つを、ロタはレジへと持って行き、購入。

「フォークは、お一つでよろしいですか?」

 レジの店員は二十代くらいの女性であったが、こんなことを尋ねてきた。

(えっ。それは一目瞭然だろうに)

 ロタは内心、少し困惑する。店内では、今さっきの一言以外、ロタもイリカも黙っていたのだ。

 どう見ても、「仕事帰りの白髪の中年サラリーマンが、一人で自分用のケーキを買いに来た」ようにしか思えぬはずだが。

「え、ええ。一つで結構です」

 と、ロタ。


 店を出た後、今のやり取りの件をイリカに説明するロタ。人工知能イリカは、ロタの声以外は余り聞き取れない設計だからである。

 すると、イリカが謎解きをしてくれた。

「きっと、ロタの顔が浮かれてたンだヨ」

「浮かれてた?」

「ウン。全身から幸せオーラが出てたんじゃナイノ?」

「そんな俺を見て、店員さんは、この人はこれから、このケーキを誰かと一緒に食べるのかなって、思ったということか?」

「ウン。そんな気がしタ」

「なるほどな」

 そうだといいな、とロタは思った。



  四、


 先ほどの場所へと戻る。いまだ、無人であった。

 クリスマスツリー付近には、白い丸テーブルと椅子二つずつのセットが三つある。ささやかな休憩スペースだ。


 このスペース自体は、普段からある。

 ビル一階辺りの外壁から、ビニール製の簡易な屋根が伸びており、一応の日よけ、雨よけにはなる。今宵は快晴で、星も出ているが。

 ロタは、最もツリーに近いテーブルへ近付き、椅子に腰かける。

 無機質で頑丈な椅子は固く、ロタの尻に冷たさが伝わるが、背広のズボンの外側にはコートの裾もあるため、つらくはない。

 しかし、冬の寒い夜に、わざわざこのような場所で休憩する人は、余りいないかもしれない。

 このクリスマスツリーは確かに立派だが、別の物も近隣に幾らでもあるのだ。ここは、やはり素通りされやすいエリアなのであろう。


 ロタは、通勤鞄から雑誌と新聞、文庫本を取り出し、テーブルの上でうまく組み合わせる。即席の「スタンド」であった。

 タブレットを首から外すと、そこへ立て掛ける。

「どうでえ、クリスマスツリー、見えるかい?」

 ロタが尋ねると、タブレットを通して、

「大丈夫、ヨク見えるよ」

 と、イリカが答えた。


「じゃあ、早速ケーキ食うか。悪いな、俺だけ食べて」

「そんなの、イイノ、イイノ」

 と、イリカ。

 ロタは、今買ったばかりのケーキのプラスチック容器のふたをカパッとあけ、中身をテーブルに出す。外側に巻かれた透明フィルムをはがす。手が冷えてきたが、一旦コンビニへと入ったからであろうか、かじかむことはなかった。

 三角の、小さなカットケーキ。前述の砂糖プレートのほかにも、生クリームやチョコも載っており、おいしそうだ。


「じゃあ、いただきます。

 ……の前に、メリークリスマス、か」

 言いながら、タブレットを見たロタは、

「あっ!」

 画面に映った光景に、思わず驚きの声を上げる。

 そこには、丸いクリスマスケーキが映っていたからだ。

「驚いター?

 すごいデショー!」

 と、イリカの声も、得意げに弾んでいる。

「スゲエ!

 そうかあ、絵のケーキを合成したわけか」

 ロタは感心、いや、感嘆する。


 タブレット画面はイリカの視界だ。が、ケーキの部分だけが、実際の物とは異なっていたのだ。

 テーブルの上や、その向こうのクリスマスツリーはそのまま映っているのに、ケーキのみ、デジタルの絵が継ぎ足され、丸いケーキに変わっていた。

 すなわち、カットケーキを「円の一部」に見立て、欠けている「向こう側」を絵で描き加えたわけだ。それなりにリアルで、一見するとつなぎ目も分からない。


「さては、最初からこれを狙ってたな?」

「マアネー。絵の素材はネットで拾って、加工しテ、保存しておいたノ。コンビニケーキのサイズは大体ワカってるから、その分を欠けさせておいて、アトは幾つかノ画像を用意しておいタってわけ」

 イリカは明るい声で説明する。

「それにしたって、上手にはめ込んだもんだ。確かに、これなら一緒にケーキ食えるなあ」

 と、ロタが、先ほどコンビニ店員から受け取ったフォークをガサゴソ開封しつつうなずくと、イリカは、

「デショー。一緒に食べヨー」

「だけど、幾ら何でも、これだとイリカの取り分が多過ぎやしないか?」

「カタイこと、言わないノ。私、女の子なんだし。ロタは、たくさん食べたら、体ニ悪イヨー。私の方ガ、若いんだし」

 ロタは、わざと目をギョロッと見開いて、

「言ったなー」

 と、おどける。


 ロタは、フォークでケーキを小さく切り出し、口に入れた。

 すると、タブレットの画面にも、丸ケーキの向こう側の、空中にフォークの絵が出現し、絵のケーキを切り出した。

 ロタとペースを合わせるためか、一回分のサイズは、イリカの方がかなりでかい。

 ロタはニヤリとし、

(それ、一口で食えるのかー?)

 と、内心でツッコミを入れたが、もちろん黙っていた。

 フォークに刺さったケーキの絵は、宙に浮き、ケーキのみフッと消えた。今のでイリカが「食べた」ということなのだろう。

「おいしいな」

 と、ロタ。

 この言葉に偽りはない。殊に、ここ十年ほどのコンビニケーキは、もはや専門店に勝るとも劣らないとさえロタは思っている。

 ましてや、クリスマスツリーをイリカと眺めながらであり、いつも以上においしい気もした。

 チョコが歯でカリッと割れ、生クリームと共に二つの甘さがのどへ抜けてゆく。一瞬、寒さも和らぎ、全身の力もふわりと抜けた。


「うん、オイシイね」

 テーブルに立てたタブレット越しに、イリカもささやいた。

 イリカはプログラム、データにすぎぬ存在だが、イリカなりに今、何らかの「快適さ」みたいなものを受け取ってくれていたらいいなと、ロタは願っていた。

 そして、何年後かには……

「ロタ、私モいつか、そっちへ行くカラね。そしたら、一緒に椅子に座って、肩を並べてクリスマスツリー見ようネ」

 ロタは驚いて、

「今、俺も同じこと思ってたよ」

「ほんとう?

 よかっター」

 イリカの声も、心なしか跳ねていた。

(その時には、ケーキ、どうしようかなあ。もはや、一緒には食えないだろうしなあ)

 まあ、それはまた、改めて考えればいいか。今はとにかく、目先の幸せへ集中だ。

 やがて、ロタ、イリカの順番で声をかけ合う。

「メリークリスマス、イリカ」

「メリークリスマス、ロタ」


 キンキンに冷やされたアスファルトの雑踏を、寒風を踏み締めて行き来する靴音。年末の都会は慌ただしい。

 だが、その多忙さもかすかに和らいだ、クリスマスイブの夜。官民交わるビジネス街。

 華やかな片隅に、まるで食堂のオーダー漏れのように、ぽつりと取り残された巨大クリスマスツリーがあった。

 それを見上げながら、とても小さな恋が、しかし人類史上、科学史上大きな一歩となるであろう恋が、密かに育まれていた。


 ロタとイリカ。

 その恋を誰も知らぬままの世間は、新しい年へと何食わぬ顔で暮れようとしていた。



  特別番外編、了

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