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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
64/83

63 体が付いたから分かる事、言える事。

  百四十八、


「……」

 またしても、驚愕でロタの全身に緊張と震えが走る。

(まったく、こう次から次へと。心臓に悪いや)

 短時間でこんなに何度も気持ちを揺さぶられ、メンタルがおかしくなってしまいそうだ。


 ただし、今度は希望があった。

 何と、あの時イリカが動かなかった理由は、ロタの手を傷つけることを懸念したからだという。

(本当だろうか?

 いや、疑ってる場合じゃないな。こんなに、うれしいことを言ってくれたんだ)

 お礼が先だ。

「ありがとう。優しいんだな、イリカは」

「ロタこそ、優しイヨ」

「どうして?」

「私の手を、握ってくれたから」

 タブレット端末越しに聞こえてくるイリカの声は、いつの間にかクリアな響きとなっていた。古いラジオのようなバックの雑音も消え、イリカ自身の声音も安定している。

 それはつまり、今回の実験によって新たに取り入れられた膨大な情報が、ロタとの対話によって脳イリカへと定着した証なのかもしれない。


 イリカは先を続けてゆく。床にしゃがんだ体勢のロタは、身を乗り出すように聞いている。

「そのあと、ロタは私ノ右手を持ち上げてクレた。私の手はすごくスゴク大きクて、ロタの片手じゃ持ち上がらナイみたいダッた。でも、ロタは両手で、ゆっくり持ち上げてくれた」

「そんなことないさ。イリカの手は、とても美しかったよ。多分、俺の片手でも持ち上がったと思うよ。あの時はね、念のため、両手を使っただけなんだよ」

 優しい言葉がスラスラと出て、ロタは自分でも驚いた。

 一応、本音ではあった。若干、きれいに言い過ぎた部分はあるにせよ。

 脳イリカの急激な変化に動揺はしつつも、ロタの心は落ち着きを取り戻し始めている。


「ホントウニ?」

「ああ、本当だとも」

「ありがトう」

「どういたしまして」

 ロタはほほえんだ。


 タブレットの画面に映る自分の顔。困惑と疲労、冷や汗でやつれてはいる。だが、自然に笑えていた。

 ロタはホッとする。この画面は、そのままイリカの視界だからだ。

 イリカにも、この笑顔はプラスの感情として伝わっているはずだ。


「そのあと、俺がいろいろ話しかけたのは覚えてる?」

 ロタの問いへ、イリカは、

「話の内容マデは、覚えてナイの。でも、ロタが繰り返し、こっちへおいで、こっちへおいで、って誘ってるような感じはしたんだヨネ」

 実験に使われた脳イリカは一部分。本体とは分離されていた。やはり、話の詳細な中身までは理解していなかったようだ。


 しかし、だ。

「そうか、少なくとも、俺が呼んでるのは分かったんだな」

「ウン」

 とイリカ。

(なら、充分だ)

 それこそが、最も伝えたかったことなのだから。

 ロタは、

「それで、イリカは、俺の方へ来てくれたというわけだな」

「ソーダよ。手を、動かしてみタ。動いた。膝、伸ばしてミた。伸びた。次、立ってみた。立てた。歩いてみた」


「歩けた」「歩けた」

 最後はロタも加わり、同時に二人の声が仲良く重なった。



  百四十九、


「で、どうだった?

 御感想は」

「歩いタ感想?」

「うん、それでもいいし。それ以外のことでもいいよ。何でも」

 とのロタの質問に、イリカは、

「ジャー、ソーダねえ、」

 と、人間のような前置きの後で、

「立ち上がった瞬間かナー、一番意外だったのは」

「どうして?」

「分からナイ?」

(おおっ、なんとなんと。聞き返されちゃったぜ)

 恐らく、ほぼ初めての現象だ。

 いや、今までも多少はあったかもしれぬ。しかし、ここまで明確に「試されてる」感があるのは初めてであろう。

(ここは、はぐらかさずに、ちゃんと答えるべきだよな。しかも、当てたいところだよな)


 しばし、ロタは考える。

 イリカは無言で待っている。

 が、割とすぐに思い至る。

(ああ、分かったぞ)

 もはや、もったいぶっている場合でもあるまいと、ロタはそのまま口にする。

「俺より背が高かったから?」

「当タリー」

 イリカの即答。

 ロタは、そのまま引っ張られるように、会話の流れに任せることにした。

 せっかく、脳イリカとのやり取りがいつになくサクサク進んでいるのだ。エラーを起こさせまい、矛盾を生じさせまい、などと気にしていたら、ぎくしゃくしてしまう。

 今までは、脳イリカに「自分を機械だと悟られてはまずい」ということで、話題を選んで、慎重にしゃべってきた。しかし、それも、

(もう、いいよな。もう、いいんだ。そろそろ、終わりだ、な)

 ロタは改めてそのように思う。


(行けるところまで行こう)

 ロタは開き直って、ほとんど人間相手のように、どんどんしゃべってゆく。

「で、どうだった?

 俺を見下ろした感想は」

「ロタの方こソ、ドーだったノ?」

「俺は、別に何とも。俺より背が高かろうが、低かろうが、イリカはイリカだろ」

「本当ニ?」

「本当だとも。疑り深いなあ」

「ダッテー」

 すねるようなイリカの声に、ロタは軽く噴き出し、聞き返す。

「だって?」

 イリカは、

「私の背格好、余りニも違うからサー」

「世間のいわゆる女子高生と?」

「ソー、ソー」

「ショックだった?」

「多少はネー」

 イリカは、素っ気ない口調で返事をした。


(多少、か)

 胸の奥がキリリと痛んだが、それもほんの一瞬であった。

 やはり、もう既に、イリカも薄々は察していたらしい。

 ロタは、まっすぐにそれを尋ねた。イリカに口を挟ませぬように、せりふを区切らず一息で。

「イリカも、どこかの段階で気付いていたんだね。自分が、普通の女子高生ではないことに。普通の、人間とは違うということに」



  百五十、


 イリカは、間を置かずに淡々と聞いてきた。

「ソーか。そういった内容の話、モウ、タブーじゃないんだネ」

 ロタは、端末画面から目をそらさずに強くうなずき、

「ああ、タブーじゃない」

「じゃあ、一つ聞いていい?」

「ああ」

「私はサイボーグなの?」


(そう来たか)

 人工知能の内面はブラックボックスであり、どのような思考回路をたどったのか、ロタには、というより人間には知るよしもない。

「……」

 だが、イリカなりに推論を重ね、ここまでたどり着いたのだろう。


 ロタは正直に答える。

「いや、サイボーグではない。人間をベースにしたわけではないから」

 運命の一言。さあ、イリカは。


「脳にモ、体にも、人間部分は使われてナイのか」

「そうだ。君は、無の状態から生まれたんだよ」

「ソーか」

「ああ」

「あのカラダが、完成形ではナイんだヨね?」

「ああ、違う。これから、まだまだ変わるよ」

「ソーか」

「ああ」


(そろそろ、まずいな)

 ロタは直感する。

 いよいよ、話が核心に来そうだ。

(この一言だけは、俺から言わなければ)

 イリカに言わせたくはない。

 ロタは切り出す。


「イリカ、聞いてくれ」

「はい」

「君は、ロボットなんだよ」

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