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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
63/83

62 巨大な手。

  百四十六、


 どう答えるか、ロタは考える。

 引き続き用心はするし、わざわざ先回りしてまで、余計なことをしゃべるつもりはない。だが、もはや、ごまかしたりとぼけたりするような真似もしたくはなかった。

 イリカに体が付く、最も重要な工程なのだから。

 人間を相手にした時と同じくらい、誠実に接したいとロタは思った。

 仮に先延ばしをしたところで、もう、これ以上の山場は訪れない気もした。


(イリカと本気で語り合うぞ。腹を割って話すぜ)

 決意を新たにしつつ、ロタは口を開く。

「なるほどな、俺が出てきたのなら、それはインターネット上の情報ではないのかもな。俺は有名人ではないし、まあ、俺の映像とかがネット上に公開されているとは思えないから」

「ソーダよね。あり得ナイよね」

「確かに、イリカの言う通り、夢を見たのかもな」

「ウン」

「どんな夢を見たんだい?

 イリカの夢の中で、俺は何をしていた?」

(おっと、いきなり大胆に踏み込んでしまったな)

 自分で言っておきながら、ロタは息をのむ。


 タブレットが鳴る。

 ガガッ、ガガッ。ガッ。ガーッ。ガガッ。

 イリカは答える。

「あのね、あのネッ。ロタが……。大丈夫なノかな、コレ。言ってもいいのかなア」

 声が止まる。

「言いづらいこと?」

 と、ロタ。

 ガー、ガガッ、ガガッ。ガッ。ガッ。ガガッ。

 イリカは戸惑っているのだろうか。

 更に、ロタは言い足す。

「いいぜ、ゆっくりで。それとも、俺から予想を言おうか?」

「ウン、言ってみて」

(はははっ、イリカめ、そこは即答なんだな)

 まるで人間のようなしたたかさに、ロタは苦笑しながらも、これはこれでイリカの成長とも捉えられる。

(これも女心ってやつか?)

 不意に、ロタの心が浮き立った。理由はよく分からぬ。ただ、

(急に、生身の女の子相手にしゃべってる気分になったのかもな)

 とは感じた。

 ロタの心が、無意識にそちらへ切り替わったのかもしれない。


 ロタは、わざと豪快な口調で、

「ああ、いいとも」

(もう、いいや。言ってしまえ)

 ロタは、

「俺がイリカのことを好きだ、って。俺がそう言ったのが聞こえた、とか?」

「エッ、えっ。あの。ドウシヨー。エーット……。

 えっ、すごいじゃん。当たり。正解です。何で。何で。何で分かったノ?」

 イリカの声は、人間に比べれば抑揚よくようがない。

 が、この時には、明らかに弾んでいるように、ロタには聞こえた。


 ロタは、もう何もためらわず、もったいぶらず、タブレット端末をまっすぐに見つめ、

「イリカ、今から俺が言うことを、よく聞いてほしい」

「ウン、聞くヨ。聞いてる」

「イリカが見たそれは、夢じゃないんだ」

「夢じゃナイ……」

「その場所に、俺もいたんだよ」

「ロタもいタ」

「そうさ。俺は、確かに、イリカのことを好きだと言った。ただし、」

 ロタは数秒、言いよどむ。

 半ば、意識的にそうしたのだ。

 スーッ、フーッと、強めに息を吸い込み、吐き出す。頭が忙しく働いている。

 大急ぎで、ロタは作戦を練る。

(さあて、どうするかな。よし、せっかく、イリカが投げてくれたボールだ。この「好きだ」の件を取っかかりにして、芋づる式に、みんなを登場させてしまおう。人工知能としても、この思考経路なら分かりやすかろう)


「タダシ?」

 イリカが続きを催促してきた。

 ロタはしゃべり始める。作戦開始だ。



  百四十七、


「ああ、済まん。続けるぞ。

 ただし、あのセリフは、まあ情けない話ではあるけど、俺が自発的に言ったわけじゃないんだ。リモリさんに問われて、答えたのさ」

「リモリさん。リモリさん。じゃあ、リモリさんも、本当ニ、あの場所ニいたということカ」

 何かに納得したようなイリカの反応。

(よし、いいぞいいぞ)

 ロタは、思わず拳を握る。それによって、自分の手のひらがジットリ汗ばんでいることに気付いた。

 今、ロタが喜んだ理由。それは、先日のマノウの工場における実験の光景を、脳イリカ本体が正確に記憶しているらしいと分かったからである。ならば、それに沿って話を進めるのが自然であろう。

「夢だとイリカが思ってたその場面に、リモリさんもいたのかい?」

 ロタの問いにイリカは答え、

「ウン、多分ネ」

「えっ。多分というのは?」

「あのね、私。私、主にロタばかり見てたみたいだカラ。他の人は、余り覚えテないノ。でも、リモリさんもいた気がスル」

(なるほどな、そういうことか)

 ロタは、先日の光景を思い出して納得する。

 確かに、あの時、ロボイリカはロタの方を目で追いかけていた。たとえ、録画等をしていたとしても、常にロタが視野の中央で、ロタ以外はぼやけているかもしれぬ。


(そうか。イリカは、あの場にいた俺以外の五人については、必ずしも記憶が定かではないんだな。ううむ。なら、やっぱり俺を話題の中心に据えるか)

 ロタは、作戦を修正しつつ、もう少し核心へ踏み込む。

「それから、俺はイリカを誘ったんだよ、こっちへおいで、ってさ。こうやって、手を伸ばしたんだ」

 タブレット端末へ右手を伸ばすロタ。


「あっ、あッ、あっ。本当ニ、じゃあ本当に」

 イリカの声が大きくなる。同時に、

 ガガー、ガッ、ガガッ、ガッ。カー、ガッ。ガッ。ガガッ。

 ラジオみたいな低い雑音がまた響く。

 それが収まると、イリカは、

「本当ダ!

 ぴったり符合スル。符合しまス。本当にいたんだネ、あの場所に」

「そうさ。イリカが勝手に一人で夢を見てたわけじゃないんだよ」

 ロタは手を下ろしてにっこりし、

「何で、あの時、俺の手を握ってくれなかったんだい?

 動かし方が分からなかったとか?」

「ソレモアルケド」

「けど?」


 ガー、ガッ、ガガッ!

 ガッ!

 ガッ。ガガッ。ガンッ!


 雑音が激しくなった。恐らく、答えることをためらっているのではないか。

 ロタは、今度は積極的に、


「イリカ!

 遠慮するな。そのまま答えていい。迷うな。いいから!」

「明らかニッ、矛盾、矛盾……。本当にイイの?

 ロタ、私、私は」


 ロタの心臓の音はドクドクッと早くなるが、何とか冷静さを保つことが出来た。それは、

(大丈夫だ、イリカは乗り越えてくる。以前ならエラーを起こしたかもしれない。でも、今は違う。何しろ、実際にロボットの体へ入ったのだ。もはや経験値が違う。人工知能の容量も、はるかに拡張されてるはずなのだ。大丈夫だ。多分……)

 ロタは、もう一押しする。

「構わない、言ってごらん」

 やがて、雑音は鳴りやみ、イリカはノロノロと、しかしはっきりと、

「じゃア、言ってみるね。ロタの手を、私ガ、最初なかなか握らなかった理由、ダよね」

「ああ」

 ロタは深くうなずく。

「私の手が、大きかったカラ。ロタの手よりも、相当に大きカッたから」


 ロタの胸の奥に、太い針の先で強くつつかれたような痛みが走る。

「くうっ」

 唇がワナッと震え、前歯がカチッと鳴った。顔から血が引くのが自分でも分かる。


 イリカは機械だが、機械なりに何かが吹っ切れたのかもしれない。ロタの動揺が収まらぬうちに、次のセリフをたたみかけてくる。

「私は少女。女子高生。ジョシコーセー。そう言われてきたノに。横目で見たらサ、私の手、すごくでかいんだもん。世の中の女子高生像を、どんなニ呼び出して、照らシ合わせテも。アアイウ手をした女子高生が、現実にイルとは思えナイ。

 そもそも、アレは人間の手じゃないでショ」


 何ということだ。

(ああ、ダメだなこれは。気付かれたかな)

 自分が作り物であることに。

 覚悟していたとはいえ、いきなりそこへ到達した脳イリカへ、ロタは何も言えなくなる。

(あちゃー。もう少し、違う着地点へズレてくれるかなあと期待してたんだけどな……)

 例えば、「記憶はおぼろげだけど、何となく、手を動かしたらしい」など。この程度のあいまいで緩い認識ならば、ロタも、それに合わせて徐々に誘導することが出来たかもしれないのに。

 しかし、その段階はあっさり省略されてしまった。さすがに、ここまで直接的な飛躍をするとは思わなかった。


 もう、女の子っぽく振る舞ってはくれないのではないか。もしかして、開き直って機械丸出しの態度になってしまうかも。いや、逆に、殻へ閉じこもって、全くの無反応になってしまうのだろうか。

 次々と、嫌な想像が頭に浮かんでは消える。

「いや、あの、あのな、イリカ。それはつまり、その、」

 ロタは声だけは出すが、言葉にならない。


「ロタ、何をアセッテルノ」

「えっ」

 反射的に返事をしたためだろうか、ロタの声は裏返ってしまう。

「そんな顔シナイデ」

 イリカの声は安定的だ。

 いや、むしろ。

「え……」

「私、別ニ責めてるワケじゃナイよ」

 むしろ、優しい響きに聞こえるイリカの声。

「えっ」

(やばい、俺、「えっ」しか言ってないや)

 何か言わなきゃと動じるロタへ、イリカから言葉が伝えられる。

「私の手、大きかったカラ、ロタの手を傷つけるんじゃないかって、それが不安ダったんだよ。だからね、私は手を動かさなかったの」

 これが、先ほどのロタの問いに対する、イリカの答えであった。

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