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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
60/83

59 ロタとリモリ、青春時代とイリカの今後。

  百四十、


 ロタとリモリは、再び横に並んで歩く。

 時折、足下で草や小石がサクッ、カリッと鳴る。


 山や畑が取り巻く中、途切れ途切れに夜道を外灯が照らす。その合間の暗闇は、月光が淡く埋めていた。満月前後の、やや欠けた白い月。


「文化祭、か。言われてみればだね」

 ロタが、リモリの言葉を繰り返す。

 本日、皆が工場に集まって作業をした様子を、リモリがそう例えたのである。

「何か思い出、ある?」

 リモリの問いに、ロタは、

「私の学生時代ということ?」

「そうです」

「んー。まあ、それなりには。もう、三十年以上も前だけどなあ」

「クラスの出し物、何やりましたか」

「高校時代は、一年が縁日、二年が迷路、三年が喫茶店」

「わー、なんか、超普通」


 リモリの率直過ぎるコメントに、ロタは苦笑いしつつも、

「まあな。ありがちだわな。リモリさんは?」

「あんまり、覚えてないんですよねー」

「ええっ、だって二年前とかでしょうに」

「さすがに高三はね。演劇やりましたよ」

「普通ですなあ」

 ロタがおどけると、リモリも噴き出して、

「そうね。当時流行ったアニメがあって、そのパロディー。もっとも、ネタはネットで拾った」

「ネットかあ。そうか、今の若い人はインターネットがあるんだよな。便利だな」

「うん。けど、一、二年生はよく覚えてないや。部活と掛け持ちしてたしね」

「何やってたの?」

「バスケ。文化祭準備期間も、普通に練習ありましたし。あと、私、図書委員だったんだ。図書委員も文化祭で古本売ったの」

「そりゃ忙しいね」

「うん。あと、私、彼氏もいたしさ」


 ロタが顔を右へ向けると、ニヤッとしたリモリがロタを見上げていた。

「そうだったね。去年の春、言ってましたよね」

 と、ロタ。リモリは、

「うん。イリカちゃんと話した時にね」

「いいなあ。うらやましいぜ」

「そうかな?」

 ロタは、しみじみと首を三回ほど縦に振って、

「そりゃそうよ。恋人がいて、スポーツもして、絵に描いたような青春じゃないの。クラスの出し物なんか、そりゃ忘れちゃうかもな。充実してたってことだよ」


 リモリは顔の前で左手をパタパタと振り、

「いやいや、クラスなんか、って。そっちはそっちで大切でしたよ」

「そうか。悪い」

 失言を、ロタは軽くわびる。

「逆にさ、三十年も前なのに、スラスラ答えられるロタさんもすごいよ」

「ああ、それは自分でも思う。俺、よっぽど未練があるんだろうよ」

「青春に?」

「そう、青春に」


 ロタの言葉を最後に、しばし黙る二人。

 歩く道が曲がりくねっていたため、空の方角が変わり、不意に月が真正面に見えた。

 リモリが大きめのモーションでロタへ首を回したので、その気配にロタもリモリの方を見る。

「三十年前、彼女さえいたなら、ロタさんの人生に後悔はなかった?」

 丸い瞳と、さらりと揺れたリモリの茶髪が、月光に光る。

(きれいだな、リモリさん)

 ロタは、唇の先でフッと細いため息をつく。

(きっと、うれしくて有頂天になってただろうなあ)

 と思う。

 もし、現在のロタが二十歳前後でリモリと同世代だったなら、だ。

 でも、実際にはそうではないのだし、それに、ロタは今から、現実的な質問に答えなければならない。うまくいかないものである。

(やれやれ。人生のタイミングというか。せっかく、よさげな場面なのに。一致しないもんだ、な)

 ロタは寂しく苦笑した。



  百四十一、


 次に、ロタはどう返答したものか迷う。今度は、リモリのせりふにロタが困惑する番だった。

「ええと、いや。どうだろ。彼女さえ、と言われても……」

「一概に言えないか。ごめん」

 ロタはフォローするように、

「いや、分かる分かる、言いたいことは。何となくね。

 んー。それこそ、さっきのデスクワークと町工場の話じゃないけどさ。幻想もあるのかもな。隣の芝生の青さにすぎないのかもしれんわな。

 けど、まあ。あの頃は、多分、人生で一番、女の子のことばかり考えてた時期だからね。あの当時、女の子と一緒に帰ったり、教室で女の子と二人、遅くまで話し込んだり。例えば、一回でもそういう思い出があったなら、その後の人生、随分違ったんじゃないかなあと思うんだよね」

「そんなんでいいんだ?」

「ああ。ゼロ回と一回の差は大きいよ。あと、男って、案外素朴なのさ」

 リモリは含み笑いで、

「ロマンチストとも言う」

 ロタもほほえんで、

「かもな」


 だが、リモリはここで、不意に困ったように首をかしげる。

 偶然、この瞬間、ロタはリモリを見たため、リモリの無言の動作に対する質問をした。

「どうしたの?」

 リモリはロタをちらりと見上げ、

「なんか、すごいなあって」

「すごい?」

 リモリは首肯し、強調するようにもう一回繰り返す。

「すごい。だって、ロタさん、もう五十代でしょ。高校卒業されて、三十年以上も、そういう想いが続いてたわけでしょ。すごいことですよ」

「そうか」

「うん。でね、今思ったのは、ロタさんのその熱い気持ちに、私たち、ちゃんと応えられるのかなあって」

「どういうこと?」

「ごめんね、急に。だってさ、ロボットのイリカちゃんは、今日、ようやく手に皮膚が付いたばかりでしょ。それも、人間にしてはまだまだ大きい手だよね。

 ましてや、これから顔やら脚やら、全身を造っていかなきゃいけないわけだからさ。あんまり、リアルには造れないかもしれないじゃん。

 果たして、ロタさんの憧れにどこまで近付けるんだろうって、心配になってきちゃった」


(なんだ、そんなことか)

 ロタはハハッと声を立てて笑い、

「ああ、それなら心配ないよ」

「そうなの?」

 リモリは瞳を見開く。ひどく意外そうである。

 重いことを聞かれたのにあっさり即答したロタに、意表を突かれたらしい。


 ロタは順を追って説明してゆく。

「これは、ロボイリカが徐々に仕上がってきた今だからこそ、改めて気付かされたことなんだけどさ」

「うん」

 ロタの横を歩きつつ、リモリが相づちを打つ。

 いつしか、道は下り坂に差し掛かっていた。

 二人は、草や小石で足を滑らせないように、一歩ずつ、強めに地面を踏んで歩いた。

 この道こそ、先ほどリモリが言っていた、自宅へつながる下り坂かもしれぬ。だとすれば、この散歩もそろそろ終了だ。

(これが最後の話題かな。ちょうどいい感じに、会話を終わらせられるかもな)

 などと計算しつつ、ロタは話を進め、

「もし仮に、あくまで仮に、だよ。現在の俺が、あるいは今後還暦を過ぎた俺が、もし本当に、現役女子高生を恋人にしたとしたら、どうなると思う?」

 一瞬、リモリは「えっ」と口をあけ、返答に詰まるが、すぐ話が見えたらしく、ニヤリとして、

「普通に犯罪かな」

 辛らつなコメントだが、ロタも同意し、

「だろう?

 初老の俺と、制服の女子高生が恋人として並んで歩いてたらヤバいだろ。相当、グロテスクな光景だわな。街でそれをやったら、通報されかねんぜ」

「確かに」

「だけどね、」

 と、ロタは続けて、

「それがロボットだったら、どうだろう。そこそこリアルだけども、一目でロボットだと分かる外見なら。

 みんな、笑って許してくれると思うんだよね。たとえ、そのロボットが明らかに女子高生の格好をしていたとしても」

「なるほどなあ。そういうことか。それは考え付かなかったな」

 リモリはフフッと噴き出しつつも、しきりに感心したように二、三度大きくうなずいた。


 ロタはさらに、

「街のみんなも、俺を見て、ああ、あのおじいさんは寂しい人生だったんだろうな、老後にささやかな埋め合わせをしてるんだろうなって、察してくれると思うんだよな。

 中には俺を馬鹿にしてくる人もいるはずだし、気持ち悪がる人もいるだろうけど、まあ、大半は同情してくれるんじゃないの」

「その意味でも、イリカちゃんが余りリアル過ぎてもいけないわけか」

「いけないということはないだろうけどな。いつかリモリさんから言われた通り、イリカの気持ちみたいな物も大事だから。

 リアルに仕上がるように粘りつつも、最終的にはそれなりのリアルさに落ち着きました、というのがいいのかも。落としどころとしてはね。

 で、今日の実験を見た限り、何だかんだで、そこがゴールになるような予感がしたんだよ。正直、俺は今、結構ホッとしてるんだ」

 ロタの本心であった。

 ただし、リモリと今、ここまで話したからこそ、自分の気持ちを言葉ではっきり意識できたのだ。


 やがて、下り坂も終わった。

 そこから先は、道が二手に分かれていた。

 リモリは、左の脇道の方を指差して、


「じゃあ、私、こっちだから。送っていただいて、ありがとうございました」

「こちらこそ、楽しかったですよ。じゃあ、また」

「人工知能のイリカちゃん、安定した方向に変わってたらいいね」

「リモリさんも、そう願っててください」

「もちろん」

 こうして、二人は別れた。


 直進して少し歩くと、リモリから教えてもらった通り、バス停留所があった。

 ベンチ一つと、上部が円形の、標識型バス停ポール。暗闇にぽつりという感じではあったが、そばには外灯もあり、怖さはない。

 一人で座り、しばらく待つと、駅行きのバスが来た。

 ロタは、駅前のホテルへチェックインし、こうして、長い一日が終わったのだった。

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